捜索
「“姐さーん”」
「ジュリア」
翌日。ジュリアがシスイを呼び、これにシスイが眠そうな半眼で応えた。
気怠そうにするシスイ。だがワラビ曰く、この様子がいつもの彼女のよう。
「キミ。ジュリア、お姉ちゃんとあっという間に仲良くなったね」
親友と姉の仲の良さを眺めるワラビが、その感想をあなたに述べた。
今朝方ジュリアは、親友の姉であるシスイに、「姐さん」と呼んで良いか許可を求めた。
これに快く応じたシスイ。それにしても、壁を作る癖のあるジュリアが、シスイに対しては胸襟を開いている。
ワラビの姉であり、助けられた恩はもちろんあるだろう。けれどもあなたは、二年間行動を共にし、ジュリアが他人と一日で打ち解ける場面を見たことがなかった。
人見知りはしないが、他人に対してどこかよそよそしいのがジュリアだ。愛称で呼ぶほどシスイに懐くジュリアを、あなたが意外に思う。
ちなみに、ジュリアは一部から「お姉さま」と呼ばれ、その呼称をジュリアは嫌がっている。それにも関わらずジュリアはシスイを「姐さん」と呼び、それをワラビにツッコまれると、「うるさいなワラビ。あたしには兄さんしかいないんだから、姉さんって呼んでみたっていいじゃねえかよ」と返していた。
「ダメだった。見てないって」
「そう」
あなたたちは今、ニャンフンルルの難民街にいた。
前に述べたが、この国境沿いの町には、隣国を追われて逃げ出した難民が住み着いており、その難民による街が町の一角に形成されている。
ハルシエシスの政策により、難民の殆どが食うや食わずの低所得である。したがって地震が起きれば崩れそうなみすぼらしい家屋が連なっている。
さらに道は狭く、漂う空気はどこか埃っぽい。まさに余所者を狭い区画に追いやったような街であり、その雑な有り様は、あなたたちが以前立ち寄ったクロロよりも劣悪である。
「今度はあのヒトに訊いてみるよ」
ジュリアが狭い通りを歩く痩せぎすな男を目で指して言った。
あなたたちは逃げた外道の行方を追っている。今朝戦士会の店に訪れたあなたたちは、エザナーンに難民街を捜索することを告げた。
難民にナンナ神の教えを説いていた奴だ。匿われているとすれば難民街ではないか。あなたたちはそう目星をつけ、奴を見ていないか難民に尋ね回っているが、今のところ収穫はなかった。
なおエザナーンは、あなたたちから難民街を探すと聞き、「いいか? 手分けして探そうなんて絶対に考えるなよ。貧すれば鈍するとも言う、難民がお前たちに危害を加えてこないとも限らんからな」と忠告した。
これはあなたたちもそのつもりでいた。噂の教団と係わりがあるかは分からないが、奴は怪物に変身する力を持っている。もし見つけ、抵抗するようならば、あなたたちは持ちうる限りの力を尽くさなければならないだろう。
「すみません。少し訊きたいんですが……」
ジュリアが痩せぎすな男から聞き込みを開始する。
言うまでもなく相手は初対面だ。警戒されぬようジュリアが笑みを浮かべて訊く。
しかし、あなたたちはエザナーンの言葉に従うべきだった。尋ねる相手はよく選ぶことを痛感する。
ジュリアの整った顔立ちを見た男が、
「うヒッ、ひひひっ、ヒャハハハ!」
突然、大きな声で笑い始めた。
「お、おい、あんた」
「イヒヒッ、夢じゃねえよな。やっべ、楽しくなってきた、ハハハッ!」
呆気にとられるジュリアに対し、男は愉快に笑っていた。
それから男が覚束ない足取りで踊り出す。ジュリアは尋ねただけで、男は勘違いしている。
独りで盛り上がる男。予想外の行動にあなたたちがうろたえる。そして、
「ギャルのねえちゃん、ヒヒ、俺とブギー踊ろうぜ?」
「う、おいっ!」
男がジュリアの腕を強引に掴んだため、あなたが割って入って男をジュリアから引き剥がした。
そして押す。エザナーンが警告していたが、まさかここまでとは、などとあなたが聞き込みの困難さを懸念する。
けれど違った。痩せぎすな男は、貧しさ故に見境を失った訳ではなく、押されてよろよろと倒れた男の左腕には、注射の痕があり、
「ハハッ、ハハハッ!」
倒されたにも係わらず、男は大の字に寝そべって哄笑していた。
「ジュリア」
「ジュリア、大丈夫?」
「ワラビ、姐さん。なんとか。……なあアンタ、このヒト」
明らかに異常な男を前にし、ジュリアがあなたに訊いた。
間違いない。男は麻薬を常用している。マオウから抽出した麻薬成分には、気分を高揚させる効果があると聞く。
ひとまず、今も腹を捩らせて笑うこの男をどうするか。あなたたちが考えていると、
「きゃあっ!」
「えっへへ、君、かわいいねぇ」
悲鳴に振り向いたあなたとジュリア。ワラビが後ろから、見知らぬ男に抱き付かれていた。
「やっ! やだぁっ!」
「へへ、女の匂いだ。へへへ……」
男が鼻をワラビの首筋に近付ける。
今のワラビに男を撥ね退ける意志の強さはない。あなたがジュリアの時と同じように、男をワラビから引き剥がそうとするが、
「うぶぇっ!」
「妹に何をする」
先にシスイが、男の顔面に強烈な拳を見舞い、男をワラビから引き離した。
「おっ、おっ……あぶっ!」
「よくも私の前で。殺す」
さらにシスイが、男の首を刈り取るようなハイキックを浴びせる。
前後不覚の男。続けざまにシスイが男の髪を掴み、男の面を己の右膝に叩きつけた。
男が鼻から血を流し、うつ伏せに倒れた男の後頭部を、
「死になさい」
踏み抜こうとするシスイだが、あなたが羽交い絞めにして止める。
「……キミ、止めないで。妹が受けた苦痛を、この男に何千倍にもして返すんだから」
どす黒く濁ったシスイの瞳に、あなたがたじろいだ。
先の眠たそうな眼はどこへやら。まるで怨念のように恨みがましく、まるで鬼のような憎しみがその眼には籠もっている。
凄まじき妹への愛である。そしてシスイが、妹のためならヒト殺しも辞さない眼を、男に再び振り向けるが、
「うへ、うへへ……」
「この男、……笑ってる?」
惑うシスイ。打ちのめされたにも係わらず、この男もへらへらと気持ちよさそうに笑っていた。
左腕を確かめれば、この男にも注射痕が残っている。
「なんだなんだ?」
今の騒ぎにより、あなたたちの周りにはヒトが集まって来ていた。
注目されるのは好ましくない。もし奴が難民街にいれば、あなたたちに気付いて街を離れるだろう。
しかし、麻薬に侵された男二人をこのままにしておく訳にはいかない。あなたが考えていると、
「あっ、お姉さまー」
「どうしたんスかこれ、ジュリアお姉さま」
先日あなたたちが聞き込みをした少年たちの内二人、ライフとポミオが現れた。
「いいタイミングに。お前らヒマ?」
「え? ええ、まあ」
「この二人を戦士会まで運ぶの手伝ってくれ。後でメシ奢るからさ」




