極東三國志
「私とこの子の生家、“ミブノキ”の家は、勇者ウルが興した四百年続く家系」
「勇者から四百年も続いているんですか。由緒ある家なんですね」
「……その前に、ジュリア、キミ」
「はい、なんですか?」
「二人は先祖が、“耶皇”でどんな人生を過ごしたか知ってる?」
「いえ、勇者がこっちを追われてからは知りません。初めて聞きます」
「そう。では簡潔に。先祖はヤガミでも戦いに明け暮れたの。ただし、西では魔王が支配する世を憂え、世のため人のため戦ったのに対し、ヤガミでは徹頭徹尾、自分の生を全うする為に戦った」
東洋に浮かぶ島国「ヤガミ」の国。ワラビとシスイの故郷であり、勇者・ウルが渡った地である。
その文化は今までも述べたとおり。独特の一言に尽き、着物や刀を始めとした大陸にはない物と文化が根付いている。
よくワラビとジュリアの話題に挙がる「マンガ」なる読み物も流行っていると聞く。ジュリアと同じくあなたも、勇者が東に亡命してからの事績は知らず、シスイの話に耳を傾ける。
「今から四百年前、ヤガミ、……当時は“耶摩斗”と言ったのだけど」
「昔はヤマトって言ったんですか」
「うん。ヤマトは三つの国に割れていて、一つは日輪、つまり太陽を国の象徴に掲げる天照の国、もう一つは夜空に浮かぶ月と、無数の星を象徴とする月読の国、それと海と大地を尊ぶ国・素戔嗚の三国が、骨肉相食む激しい争いを繰り広げていたの」
「へえ。国が三分割って、……あれ? どこかで聞いたことある話だな」
「この三国は血を分けた姉弟から始まっていて、当時は三国時代と呼ばれていた。で、勢力争いはスサノオに傾いていて、スサノオが近いうちにヤマトを統一すると目されていた時代だったの」
西は魔王が世を席巻した、暗黒の時代だったが、東も東で戦乱の真っ只中にあったらしい。
ヒトは争いと切り離せぬものだ、などとあなたが煩い、引き続きシスイの話に耳を傾ける。
「それでアマテラスの国だけど、この国の大御神は聡明だけどプライドの高いお方だった。下賤と蔑んでいた弟のスサノオに後れをとるなど許せなかったらしい。……あ、大御神というのは、こちらで言う王様にあたるヒト」
「はい。その呼び方でなんとなく理解しています」
「よかった。それで大御神は、伸張するスサノオにショックを受け、岩屋と呼ばれる洞窟に引き籠もってしまったの。その所為でアマテラスはますます領土を侵され、まさに風前の灯火と言える状態に陥った」
「なるほど。それでそのアマテラスの国に勇者が現れるわけですか」
「そう。ジュリアの言うとおり、私とこの子の御祖である勇者が、小さな舟に乗ってアマテラスに流れ着いたの」
漂浪の末に辿り着いた勇者。その血を引くシスイが、一息吐いてから祖の足跡を語る。
「突然異国の者がひょっこり現れたものだから、誰もが驚いたと聞く。当然先祖は捕らえられ、大御神の前に引き出されたのだけど、そこで先祖は大胆にも、岩屋を塞いでいた岩戸を一太刀の下に斬って見せ、自分を兵として使ってくれ、と大御神に申し出たの」
「へえー。さっすがワラビとシスイさんの御先祖様だ、あたしにはとても真似できないや。それから勇者が獅子奮迅の活躍をして、アマテラスが巻き返すわけですね?」
「いいえ、そう簡単にはいかなかった。いくら先祖に力があろうとも、所詮は個の力だから。でも、先祖は挫けずに長い時をかけて、地道に功績を重ね、遂には大御神に認められて将まで上り詰めたの。そして、先祖がヤマトに流れ着いてから八年、高天原の大戦にて、将として指揮を執った先祖はスサノオの大軍を打ち破った」
「おお。でも意外、兵を率いてですか。勇者って言えばワラビみたいに、何でも斬る剣で有名なのに」
「先祖も戦は数だと思い知ったのでは。先祖は大御神や同僚の信頼を得るために、決して出しゃばらずに頭を下げ、他人を立て続けたと聞く」
「出来たヒトじゃないですか、ご先祖様」
「どうかな、保身のためじゃないかしら。先祖は力を振るうだけじゃダメって西で思い知ってるから。“狡兎死して走狗烹らる”、大きな力を振るうためには、それに釣り合う徳や覚悟がなければ、行く末は破滅ということを身に染みて分かっていたのでしょう。ましてや先祖、異邦人だし」
「でも、それでも中々できることじゃないですよ。誇っていいと思います、ワラビも、シスイさんも」
「ありがとう」
勇者の末裔のシスイが、勇者の東での事績をつまびらかとした。
勇者は姫君の父親・オルバヌスによって処刑の憂き目に遭っている。東ではこれを教訓とし、処世術を身に着けたようである。
時に媚び、時には諂ったこともあっただろう。シスイが自分の生を全うするため、と言ったのはそういった意味のようだ。
「先祖は高天原の大戦の後、返す刀で漁夫の利を狙ったツクヨミの軍勢も退けた。こうしてアマテラスは息を吹き返し、先祖は褒美としてミブノキの姓と娘を、大御神から賜ったの」
「それで勇者は自他ともに認める、ヤガミの人になったわけですか」
「そう。先祖がヤマト人となった時。その時から先祖はウルの名を改め、“ミブノキ・イチイ”と名乗るようになった」
極西に位置する辺鄙な漁村出身の勇者が、紆余曲折を経て極東の島国に帰化した経緯をあなたは知った。
シスイが続ける。三国の行方、そしてヤガミの国の成立についてを。
「先祖はそれからも戦った。アマテラスによるヤマト統一を成し遂げるため、強いてはミブノキの家を守るために。でも」
「でも?」
「ヤマト統一を目前に控え、大御神は増長してしまった。度重なる豪奢な宮殿の造営に、誰が見ても無駄な土木事業。終いには諫言する臣を容赦なく斬り捨てるようになり、皆、心が大御神から離れてしまったの」
「えっ。って事は」
「そう、クーデター勃発。臣は蛭子様という穏健な方を帝に立て、大御神に反乱した。このエビス様は大御神、ツクヨミ、スサノオの兄にありながらも、大御神の下に甘んじていた方」
「反乱ですか。よく勇者無事でいられましたね」
「それは問題ない。元々先祖を大御神に推薦したのはエビス帝だし。こうして大御神を誅し、国名を改めたヤガミの国は、エビス帝主導のもと弟のツクヨミとスサノオを降し、ヤマトはエビス帝の下に統一、長きに亘る戦乱に終止符が打たれたの」
「へえ。結局ヤマトを統べたのは、アマテラスでもツクヨミでもスサノオでもなかったんですね」
「三国時代なんて言っている割にはね。それからヤガミは“大化の維新”を経て体制を移行。エビス帝は自ら法の下に降り、今に至る。……ちなみに」
シスイが、妹を一瞥する。
「先祖の子も孫も、そして私も、先祖の何でも斬る剣技は再現できなかった。……この子を除いては」
少し話が戻るが、シスイが妹を一瞥する前、体制を移行、と言った。
シスイの話で言う帝、つまり王は絶対的な権力だ。ヤガミではその王が法の下にあるらしい。
私欲がなかったか、はたまた重責から逃れたかったのか。エビスという帝は法に立場を禅譲したようである。
そして、話は現代に移る。
「そんなわけで、ミブノキの家は皇家と血縁関係にあるの。……ジュリア、このような家庭に生まれた女の行く末って想像付く?」
「……なんとなく」
「そう。ジュリアの想像通り、本人の意思など関係なしに夫を決められる。そこに自由などない。有象無象の輩が、皇家との繋がりを求めて許嫁を押し付けて来る」
「…………」
「それでも、今までは父上と母上が断ってくれた。でも、悲しいかなミブノキ家は、帝と血縁関係と言っても傍流も傍流、とても微妙な立場。そして遂に年貢の納め時、ある財閥の権威者が、自分の息子にこの子を、って縁談を申し込んできたの」
「そんな。ワラビの意志を関係なしにですか」
「うん。その権威者、いわゆる成り上がりなのだけど、ヤガミの生活基盤を担ってる政商だから無視できなかったの」
ワラビに起きた縁談をシスイが説明した。
しかし、あなたが疑問を抱いた。シスイはワラビの二つ上の姉であり、縁談ならワラビよりも適正な年頃のはずだ。
普通なら先に話がいくはず。シスイには縁談の話がなかったのか。あなたが尋ねるが、
「あのね、キミ」
ワラビが代わって返事をし、
「もちろん先にお姉ちゃんの方へ話が舞い込んだの。お姉ちゃん暗いけど綺麗だしね。でもお姉ちゃん変だから、お父さんやお母さんには内緒で“果たし状”を送り付けたの」
「果たし状!? シスイさん、なんで」
「私は、私を守れるような強い男でなければ相手にしない」
「そしたら矛先が私に変わって」
姉の奇人ぶりを明かす。
「じゃ、じゃあシスイさん、どうしてワラビを連れて帰ろうとするんですか。ワラビに望まない結婚をさせる気ですか?」
「ジュリア、心配しなくても私がそんなことさせない。私との決闘を体よく避けた軟弱者などに妹は渡せない」
「じゃあどうして」
「ワラビ」
「うん?」
シスイが妹を呼び、振り向いたワラビの目前に、姉が素早く苦無の先を突きつけた。
これにたじろぐワラビ。反応できず、ただ慄いている。
そしてぺたりとワラビが尻もちをつく。普段のワラビなら驚きこそすれ、何かしらの反撃態勢に移るはずだ。
「……ジュリア、これが答え。今のこの子を危険に晒すわけにはいかない」
シスイがあなたとジュリアの目を見つめて言った。
しかしジュリアが、目に涙を溜めるワラビを庇うように抱き、シスイに反抗する。
「待ってくださいシスイさん。あたしには、ワラビがどうしても必要なんだ」
「ジュリア」
「ワラビはいつまでも怖気づくような女じゃありません。直ぐに立ち直ります。だからお願いします、連れて帰るにしても、もう少し待ってください」
ジュリアが親友を信じ、シスイに向かって深く頭を下げた。
これに続いてワラビも、
「お願いお姉ちゃん。私もジュリアといたい、旅を続けたいの……」
姉に向かって懇願する。
「……それでもダメ。この子は連れて帰る」
「そんな。どうしてですか」
「父上と母上が心配してるから。この子、手紙の一つもよこさないの」
「……ああ。そりゃワラビが悪い」
家族の愛を受けて育ったジュリアは、このシスイの答えには納得した。
「ワラビ、今更だけどよ、おまえなんで手紙の一つも書かないんだよ」
「ええ、だって、なに書けばいいか分かんないし、恥ずかしいよ……」
「バカ。貰った側はな、一言“元気だよ”、だけでも喜ぶんだよ。おまえが家族と仲悪くないってんなら今日中に書け。でなきゃ友達やめるからな」
「わ、分かったよぉ。……ねえお姉ちゃん、お父さんとお母さん、元気?」
「元気よ。まあ、父上も母上も、貴方に似て図太いから。分かってるでしょ?」
「うん」
連れて帰ると言ったシスイだが、その態度は頑なではなかった。
どこか諦観した目。妹とその親友の仲を、姉は嬉しがっている。
とても良き友人を得た。そのように口角を上げるシスイを、ジュリアが勧誘する。
「シスイさん。ワラビが心配なら一緒に行きましょうよ。ワラビがさっき言った教団とか救世主のことも分かるでしょうし。……アンタ、いいよな?」
あなたから異論はなかった。彼女は奴に深手を負わせた強者だ。
戦えないワラビの穴を埋める意味でも都合が良かった。訊いたジュリアにあなたが頷く。
「承知。一緒に行きましょう。よろしく、ジュリア」
「こちらこそ」
「ジュリア、貴方は熱い女。妹をここまで必要としてくれるなんて感無量」
「当然ですよ。ワラビとは苦しい時も一緒にやって来てるんですから」
固い握手を結ぶ二人。シスイはジュリアを気に入ったようである。
それにしても、また変わった女性が現れた。エムブラに続いての変人にあなたが軽く息を吐く。
エムブラとは違った方向でアクが強い。そんなことを考えるあなたに、シスイが、
「キミ、暫くお世話になる。よろしく」
こうして、シスイがあなたたちのパーティーに加わった。
***
ジュリアが眠り、シスイも眠る。あなたは外に出て空を見上げた。
夜空に輝く無数の星々。長い一日の終わりにあなたが息を吐く。
シスイが加わったことで補填はされたが、心を侵されたワラビは立ち直れるのだろうか、などとあなたが気にかけていると、
「…………」
不意にあなたが、後ろから抱き付かれた。
振り向くと、ワラビがあなたの背を抱き締めていた。
「キミ、ウソついててごめんなさい……」
申し訳なさそうにワラビが言った。
確かにワラビは嘘を吐いていた。終末を止めることはただの口実で、ワラビは政略結婚が嫌で逃げ出しただけの女の子だった。
「私、キミとも一緒にいたい。絶対に立ち直って見せるから、お願い、キライにならないで……」




