帰りたくない
「うう、……ぐずっ。ヤダお姉ちゃん、私、帰らないからね」
連れて帰る、と言った姉のシスイに、妹のワラビがバッと離れて歯向かった。
唇を噛み、濡れた瞳で睨むワラビを、分かっていたようにシスイが一息吐いてから、
「わがまま言わないで。父上と母上がどれだけ心配しているか、貴方わかっているの?」
「いやだ! 私はご先祖様が見つけられなかった終末を止めるの! お姉ちゃん構わないで!」
「貴方、まだそんなことを。……家を出て二年も経ったのに、まだ満足できないの?」
「ヤダ! 家には絶対帰らない!」
家に帰ろうと促すが、妹が声を荒げて拒む。
「お、おいワラビ、シスイさん」
言い争う姉妹を前にし、喧嘩は良くない、とジュリアが止める。
シスイが、ジュリアとあなたに顔を向け、
「二人とも、この子が家出した訳って聞いてる?」
「い、家出? おいワラビ、家出って」
「…………」
家出という言葉にジュリアが訊ねるが、ワラビは下を向いて答えなかった。
「ジュリア」
「は、はい。何でしょうか、シスイさん」
「この子、なんて言ってた? 旅している目的」
「あっ、はい。シスイさん魔王ってご存知ですよね?」
「うん」
「その魔王が予言した、終末を止めるために旅をしている、って聞いています」
「やっぱり。ジュリア、私とこの子が“ミブノキ・イチイ”、……勇者・ウルの末裔であることは知ってるかしら?」
「イチイ? は、はい。もちろん聞いています」
返答を聞いたシスイが、諦めたような溜め息を吐いた。
それから、俯くままの妹に視線を移し、
「ワラビ。貴方、よくもそんな恥ずかしい絵空事を他人に言える」
シスイがワラビを、冷めた口調で叱責する。
「やめて、お姉ちゃん……」
「拒否。貴方は二年前から何も変わっていない。この私が、その現実逃避を正さないと」
「やめてよ……」
「……二人とも、この子の言う事を信じないで」
シスイがあなたとジュリアに顔を向け、信じないで、と告げた。
涙を溜める妹の制止を無視して。これにジュリアが思わず「えっ?」と、訊き返すと、
「この子は子供。終末を止めるなんて大それたこと、これっぽっちも考えてない。ただこの子は、勇者の血を引いてることをいいことに、ミブノキの家から逃れるため、終末を止めると言い続けて逃げ出しただけの子供なの」
戸惑うジュリア。ワラビの終末を止めるという目的は、全て家を出るための口実、とシスイは告げた。
あなたも些か動揺する。勇者の血を引くワラビは、終末を止めるという目的を持って遠い東から渡って来た、と思っていたのだから。
勇者たち四人が見つけられなかった終末。ワラビは手掛かりを得ようと今まで探してきた。その行動は全て嘘であったのか。
これに堪らずワラビが、
「やめてお姉ちゃん! 絵空事なんかじゃない! 終末は確かに在るの!」
と反論する。
「急にしゃしゃってきて、私たちの旅に水を差さないでよ!」
「ならワラビ、貴方、これまでの二年間で終末に近付いた手応えは感じているの?」
「感じた! 私は」
涙目のワラビがあなたを指し、
「このヒトと会ってから、ご先祖様を知ってる悪い石像を倒した! それに終末を実現するって言う教団のことも知ったし、この二年間で二回、教団の力って言って変身するヒトをやっつけたの!」
「…………」
「私たちは教団が救世主っていうヒトを確かめにヒルダガルへ行くの! 今日お姉ちゃんも戦ったでしょ!?」
「確かに今日、ヒト非ざる腐れ外道とは戦った。それは認める。でも、今の話では全く納得できない。なに? 教団と救世主って」
「だから! それが終末を実現するの!」
「バカなの貴方。急に変な単語を持ち出されても意味不明、勢いだけで話さないで」
「バカってなによ! 本当だもん!」
「うるさい。それで、教団と言うからには宗教団体なのでしょうけど、それが何の神を奉じる団体で、規模の大きさと組織形態を、簡潔に誤謬なく説明してくれる?」
「えっ? それは……」
「ふっ。二年間も旅して、そんな事も答えられないの? それに救世主って何者? 字面だけで言えば終末に関連しそうだけど、それが誰かとか、貴方、目星ついているのかしら?」
具体的に、と問い詰められ、妹が口を噤んでしまった。
説明するのは難しいだろう。あなたたちが旅を通じて知った教団と救世主という存在だが、シスイは何ら関わっていないのだ。
前提を通すには時間が要る。それにシスイの態度は高圧的だ。妹に理解を示そうともしない。
「どうしたの? 黙っていては終末と繋がらない」
「…………」
「もう一度訊く。教団、救世主。仮にそんな存在があるとしても、それがどのような計画と手段で、あの魔王が予言した終末、即ち現世の終わりを実現するのか、貴方、説明できないの?」
「計画、手段……」
「ふっ、説明できないか。やはり貴方は子供、いつまでも絵空事にうつつを抜かして。国に連れて帰るしかない」
姉が妹を見下ろして言った。
手掛かりは感じているのだ。けれどワラビは説明が上手な方ではない。それにあなたたちは現時点で教団や救世主による終末との決定的な関連を見つけていない。
何を言っても憶測の話にならず、終末と結び付けるには難しい。シスイを納得させるのは無理だろう。
それにしてもあの外道はさておき、真朱の怪鳥アーレ・ミゼルと、憤白の憑虎アンナは、何かを知っていたのかもしれない。
二人の口から教団との関わりは聞いている。けれどあの二人は既に亡く、石像にしたって同じだ。あれを間近で相手にしたのはあなたとワラビだけ。そもそもあの石像は何だったのだろうか、などとあなたは疑問を抱いている。
ジュリアなら説明できるだろうか。あなたが振り向くと、
「おいワラビ」
そのジュリアが、争う姉妹の間に割って入った。
「ワラビ、真面目に答えてくれ。中途半端な気持ちじゃなく、本気で終末を止めよう、って考えてるんだよな?」
いつになく険しい顔をジュリアは浮かべていた。
嘘であったのが許せないのだろうか。この親友にワラビがたじろぐ。
ワラビの両肩を、返事を待つジュリアが強く掴み、
「う、うん」
この親友にワラビが一度は頷いたが、
「決して家出するために、終末を止めるなんて吹いてた訳じゃないよな?」
「…………」
更に問い詰める親友から、ワラビが目を逸らしてしまった。
「ワラビ」
「うう、ジュリア、ごめん。終末を止めるのは嘘じゃない、嘘じゃない、けど……」
「…………」
両の手のひらで顔を覆って膝を突いたワラビに、ジュリアが手を放す。
「ごめん、ごめんジュリアぁ……」
「ワラビ」
「ジュリア、妹に代わって謝罪する。どうかこの子を許してあげて」
「いや、怒ってないよシスイさん。そろそろはっきりさせたかったんだ」
「……え?」
顔を上げるワラビに、ジュリアが息を吐いて微笑した。
「終末を止める、っていう気負いって言うの? ワラビから全然感じられないし。逆にワラビが本当に起きるか分からない終末なんかにかかずらってるような必死な女なら、あたしドン引きしてたしな」
「ジュリアぁ」
「別にあたしはなんでもいいんだ。ワラビが一緒にいてくれるなら。だから終末なんて関係ないさ。それにあたしだって、ちょっと前まで大したあてもなくフラフラとしてたしな」
嘘を吐かれても、ジュリアは気にせず笑ってワラビを許した。
ただし、全く嘘という訳ではない。ワラビはカタリナで手掛かりを得ようと図書館に通っていた。
そもそも雲をつかむような話なのだ、終末を止めるなんていう事は。急に世界が終わるなどという予言を本気で信じている訳でもなく、あなたとジュリアはそれを承知している。
シスイがジュリアに、妹の家出した訳を明かす。
「ジュリア、一応弁明させて。この子には、歳の離れた男の元へ嫁ぐ縁談があったの」
「えっ!? ちょっと待って、あたしがワラビに会う前の話だよな。すると、ワラビが十五くらいの時に?」
「そう。俗に言う政略結婚」
「政略結婚!?」
「しかも顔も知らない相手。だからこの子は、終末に縋って家を飛び出したの」
ここまで聞き、ワラビの実家とはどんな家なのだろう、などとあなたが気に掛けた。
ジュリアも気になった。そこで、
「シスイさん、ワラビとシスイさん家って、どんな家なんですか?」
と訊いた。
「少し、長くなるけどいい?」
「ぜひ聞かせてください」




