ヘンジン
「なにっ!? あの僧侶が、麻薬を作っていた犯人だと!?」
ローザを病院に届け、それから戦士会の店に赴き、今日知り得た事実を報告するとエザナーンが仰天した。
エザナーンが驚くのも無理はなかった。あなたたちとて騙されていたのだ、ワラビ曰く、虫も殺さぬ優しい顔に。
腕を組むエザナーンが、顎に手をあて、
「うーむ、俄かには信じられんな。まさか、あの男が裏でそんな事してたなんて」
あなたたちの報告を信じられずにいる。
「おじさん、本当なんだ。あいつはあたしが今まで会ったヒトの中でも、とびっきりの下種ヤローだ。早く捜して懲らしめよう」
奴を許せぬジュリアが半信半疑のエザナーンを促した。
ためらうエザナーン。奴は長くこの町でナンナ教の教えを説いており、その事はエザナーンも当然知っている。
難民のために善行を積む聖職者が、急に犯人と言われても。悔しいことに奴は、街の人々から信用されていた。
だが、あなたたちに麻薬の犯人探しを依頼したのはエザナーンである。あなたたちは嘘など言ってなく、奴の非道な本性を目の当たりにしている。
「おじさん」
「……分かった。直ぐに手配する」
なおも催促するジュリアをエザナーンは信じることにした。
「まだ信じられんが、お前たちが嘘を吐くとも思えんからな。俺の方から奴を見つけて真偽を確かめよう。ご苦労だった、今日はゆっくり休め」
こうしてあなたたちは戦士会に協力を仰いだ。
それにしても奴は慕われていた。先の戦いでジュリアは奴を殺す気で撃ったが、もしも本当に殺していたら大変な事になっただろう、などとあなたが独りごつ。
***
今日という日は色々あった。
娼婦ローザの尾行に始まり、麻薬の追及。そして姿を変えた外道との交戦。
あなたとジュリアがぐったりと椅子に体を預ける。あなたたちがこの町で戦士として活動するにあたり、拠点としている安宿の一室で疲れた体を休める。
「なあワラビ。シスイさんって、妹のおまえから見てどんなヒトなんだ?」
「どんなヒトって、うーん、一言で言えば変なヒト」
姉の手を握るワラビが、親友にその姉を変人と答えた。
ワラビだが戦士会に訪れていない。あなたとジュリアがエザナーンに報告している間、店の外で姉と共に待っていた。
この理由はあなたが面倒だ、などと感じたからである。今日ワラビに起きた事をエザナーンに説明するのは難しい。禁じられた魔法の事を言って信じるだろうか。
それに、ワラビは心を侵された。呪文すら唱えられない今のワラビに説明など無理だろう。もしもエザナーンが問い詰めたら、今のワラビでは泣いてしまうかもしれない。
「不服。私のどこが」
「えっ、お姉ちゃん、自分で気付いてないの?」
「…………」
「呆れた。私いろんなヒトと会ったけどさ、お姉ちゃんに勝る変人は未だに見たことないもん。それにフツー戦いの最中に服脱いだりする?」
「古より伝わる“空蝉の術”とはそういうもの」
「百歩譲ってそういうものだったとしてもさ、それを本当にしちゃうのはおかしいから。あれでとどめ刺せたからよかったものの、刺せなかったらお姉ちゃんただの変質者じゃない」
「…………」
「ねえジュリア、キミ。お姉ちゃんって昔から“ウツセミノジツー”なんつって、着てるもの脱ぐ練習をしてたんだよ? おかしいでしょ?」
姉のことになると饒舌になったワラビ。先の抱擁もあって安心できるのだろう。
外道との戦いで見せた、シスイの一瞬にして服を脱ぐ技。奴にとどめを刺した必殺の早業なのだが、あれをやったあと彼女は恥ずかしがっていた。
顔を赤くして俯くシスイ。あなたが思い出す。まだジュリアに出会う前のシュラク東の廃墟。そこでワラビに忍者なのか、とあなたが尋ねたとき、ワラビは「そんな訳ないじゃん」とあっさり否定した。
その時にワラビは、今の「ウツセミノジツー」について言っていた気がする。この姉の影響なのか、などとあなたが推知する。
「それにさ、いっつも眠たそうな目してやる気ないし、口を開ければボソボソと喋るし。お姉ちゃん昔っから“何考えてるか分からない”ってよく言われてたよね?」
さらに姉の特徴をあげつらう妹だが、これにあなたは頷かざるを得なかった。
彼女は暗い。その細い身からは負のオーラとでも言うべきか、じめっとした陰気があふれている。
それに今の彼女は、先の彼女と同一人物とは思えない。軽やかな身のこなしと俊敏な足さばきで奴を翻弄した彼女だが、今の彼女の挙措動作は緩慢、気だるげな雰囲気を常に纏っており、先の活躍など微塵も感じなかった。
そして、何を考えているか分からない。いつもは大人しいが、何かを折にとんでもないことをしでかしそうな暗さと危うさを兼ね備えている。そんな彼女が黒いストールを首に巻き、口元を隠している。顔は整っているが不審者である。
「どこからどう見ても変人じゃない。私の友達、みんなお姉ちゃんのこと変わってるね、って言ってたよ?」
「……私、すごく悲しい」
「ははっ。シスイさんもやっぱり戦士なんですか?」
しかしワラビの姉であり、先に助けられたジュリアは好感を抱いていた。
ジュリアがシスイに職業を訊いた。だがシスイが、その眠たそうな半眼をジュリアに向け、
「忍者よ」
と、きっぱり告げた。
「え?」
「私は忍者。それ以外の何者でもない」
「ね、ジュリア? 変なヒトでしょ? お姉ちゃんの言う事なんか聞くだけ無駄だから」
憚らない姉に妹が溜め息を吐いた。
過去にあなたは東方に存在すると言われる戦の達人、忍者に憧れを抱いていたが、今ではそうでもなくなっている。
これはワラビが忍者の実像を説いたことに起因した。昔はともかく今は忍者なんて存在せず、その実体も戦の達人というのは大げさで、主に諜報活動や破壊工作を行う地味な存在であったとのこと。
何が言いたいのかと言うと、忍者はいないのだから職業ではない。それにも関わらずシスイは己を忍者と言い張り、中々の変わり者だ、などとあなたが感じる。
だがジュリアはくすくすと笑っていた。ジュリアにとってはその変な様が面白いようである。
「お姉ちゃん。もしかして、しばらく前からこの町にいた?」
「いた」
「やっぱり。その頃からさぶいぼ感じてたんだ」
「ずっと貴方を陰から見守っていた」
「えっ? やめてよ気持ち悪い。ってか何でそれじゃあ、さっき中々助けに来てくれなかったの?」
「ふっ。今のは冗談。貴方がこの町にいるのは感じてたけど、見つけたのは貴方の声を聞いたとき」
「そっか。っていうかお姉ちゃんが言うと冗談に聞こえないから冗談もやめて。それになにその金髪。いつの間に染めたの?」
「ふっ、似合うでしょ?」
「全然似合ってない。染め方なんか汚いし、忍者なんて言うわりに全然忍んでないじゃん。……あうっ!」
言われっぱなしで業を煮やしたか、姉が妹にサミングを喰らわせた。
目を突かれて痛がるワラビ。シスイは流れるように中指を妹の鼻筋に沿わせ、そして人差し指と薬指でトン、と叩いた。
何よりも反応の良いワラビの虚を突いた。さすがは姉だけあり、ワラビの癖を分かっている。だが――。
「……うう、うわぁぁぁ、わああぁぁぁ」
「お、おいワラビ、どうした」
突然、ワラビが泣き始めた。
まるで子供のように。奴が唱えた黒屍恐慌の影響だろう。
深刻である。ワラビは元に戻れるのだろうか。
「お姉ちゃんが、ぐずっ、いじめたぁ……」
「しまった、昔のくせで」
すかさずシスイが妹を抱き寄せ、あやすように頭を撫でる。
姉の胸に顔を埋めるワラビ。それから、シスイが改めてあなたとジュリアに向き直り、
「二人とも、妹が世話になった」
と告げた。
「明日、この子を連れて国に帰る。今まで妹をありがとう」




