sisters
「お姉ちゃん……」
「…………」
尻もちをつくワラビが、窮地を救った姉・シスイに驚いていた。
「最近やけに“さぶいぼ”が立つな、って思ってたら、そうか、お姉ちゃんだったのね……」
このワラビの言葉に、あなたがふと思い出した。
ワラビには特異な能力がある。それは約二年前、シンシアが司直に逮捕され、ジュリアが助けを求めていた時、その遠く離れたジュリアの助けをワラビが感じ取ったことである。
ジュリアが助けを求めている。そう言ったワラビを、当時のあなたは何を言っているんだ、などと呆れていた。しかし、その日の夕、本当にジュリアが助けを求めてあなたたちの元へやって来た。
ここ最近ワラビは鳥肌を立てる毎日を送っていた。これは姉の接近による物であり、どうやらワラビには、常人では持ち得ない特別な勘が、親しい者とのあいだ限定で働くようである。
ちなみにワラビは、この姉による鳥肌を「Towerの呪い」と言っていた。
「でも、お姉ちゃんなんでここに」
「……彼女、早く助けないと」
「あっ」
立ち上がったシスイの言葉に、あなたたちが慌てて振り向いた。
視線の先には、血を吸われて息も絶え絶えな娼婦・ローザが伏せている。
あなたたちが駆け寄る。早く応急処置を施さねば彼女が命を落としてしまう。
「ワラビ、頼んだぞ」
「う、うん」
ジュリアは先の戦いで消耗が激しい。生命円環の役目を親友に託した。
任されたワラビが手を組み、両の人差し指を立て、呪文を紡ごうとする。だが、
「し、死が変えた。ぜん、全知全能、たる、……夢の、中の」
「お、おいワラビ」
「ゆめ、夢の中の……」
どもっていつもはすらすらと詠む呪文を、ワラビが詠めずにいる。
「……ど、どうしようジュリア。私、呪文唱えらんないよ」
「なんだって!?」
「き、緊張しちゃうの。あぅぅ、なんでだろ、今までこんなことなかったのにぃ……」
ワラビが組んだ手を解き、ぽろぽろと涙を落とした。
この原因をジュリアもあなたも分かっていた。奴が唱えた魔法、黒屍恐慌による後遺症だろう、と。
ぐずぐずしている暇はない。無理を承知でジュリアに頼むか、いや、急ぎ彼女を担いで医者の元へ連れるべきだ、などとあなたが身を乗り出すと、
「…………」
「……お姉ちゃん」
めそめそと泣くワラビの背を、包み込むようにシスイが抱き締めた。
「落ち着いて。私が付いている」
「……うん」
シスイに抱き締められること間もなくして、唾をごくりと呑んだワラビが詠唱を再開した。
その詠唱は、いつもに比べるとややぎこちなかったが、先のように止まることはなかった。
そして、八句全てをワラビが詠み終わり、
「――“生命円環”」
魔法の発動に成功、ローザに輸血を開始する。
「……なあ、アンタ」
微笑ましき姉妹の絆なのだが、あなたとジュリアは懸念していた。
出会う前は分からないが、少なくともあなたとジュリアの知るワラビは、緊張や恐れとは無縁の女の子だ。
今まで一度たりともこんな事はなかった。シュナイドに謁見したときですら、口では緊張すると言いつつも、足取りは堂々としていたことをあなたは覚えている。
何よりも、その能天気とも言える勇ましさに、いつもあなたは勇気付けられていた。心を侵されたワラビをあなたとジュリアが心配する。
「くっ、あの腐れナルシストめ。ワラビをこんなにしやがって、絶対に見つけてぶっ殺してやる」
ジュリアに殺人を犯させる気はないが、あの男はこのままにしておけない、とあなたも同意する。
あのモートという男は、僧侶の皮を被った外道だ。自分は神に選ばれた者ゆえ、救われぬ者には何をしてもいい、などと宣っていた。
また、己の非道を時流と言って正当化していた。たとえそんな時代が来たとしても、あの男が嗤う時代など全力で止めねばなるまい。
エザナーンに報告し、直ぐに捕まえなければ。あなたとジュリアが目を合わせて頷く。
しかし、あなたが思い出した。ジュリアが戦いの最中に仕掛けた誤誘導、あれはあまりにも心臓に悪い。
捕らわれたワラビを解放する会心の一手だった。だがそれでも納得できず、あなたがジュリアに文句を垂れた。
ジュリアが「ごめんごめん」と謝る。そしてちょうど輸血が終わったため、あなたがローザの元へ赴く。
ローザを抱きかかえたあなた。このあなたの背にジュリアが、
「ちぇ。アンタ以外に体を任せられるヒトがいるもんかよ」
と、独り諦めた笑いを浮かべてつぶやいた。




