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焦燥の誑かし

「救世主……」


 救世主と聞いてジュリアが、目を見開いてモートを見つめていた。

 モートは典型的な女の敵である。精神を侵したワラビに調教すると(のたま)い、娼婦の彼女をゴミ(くず)のように捨てた。

 ジュリアが最も嫌うタイプの男だろう。しかしジュリアは、ただ驚いたようにモートを見つめており、その事にあなたが違和感を覚える。

 そんなジュリアにモートが、今一度自己紹介する。


「そう、僕が救世主さ。君もどうかな? 君のその美しさは十分に救済される権利がある。僕でよければ導くよ」


 面の皮だけは良い爽やかな笑顔を、モートがジュリアに見せた。

 ふざけている、などとあなたが感じた。ワラビを侵したくせに、ジュリアを平然と誘っている。

 あなたの知るジュリアは、普段は主体性こそないものの、譲れないものだけは決して譲らない、悪く言えば頑固、良く言えば芯のある女性、いや、仲間だ。

 悪い男に決して(だま)される子ではない。しかしジュリアが、あなたを焦燥に駆らせ、且つ不安に陥れる言葉を吐く。


「ホントに、本当にあんたが、あの、よく言われてる救世主なのか?」

「うん。僕がその救世主さ」

「じゃ、じゃあ、死んだヒトを蘇らせるってのは」

「うん。もちろん可能さ」


 目を剥くあなた。何を言っている、などとあなたが言葉を失う。

 そんなあなたを後目に、ジュリアが構える弩を下げ、ふらふらと吸い寄せられるようにモートへ近付く。


「あ、あたしには、死んだママがいるんだ。あんたが本当に救世主なら、ママを、取り戻せるのか?」

「お母さんが死んだんだ。可哀そうに。いいよ、僕が生き返してあげる」

「本当か!? ……いえ、本当ですか?」

「うん。もっとも、それなりの代償は要るけどね」


 更にモートへ近寄るジュリア。あなたがやめろ、と叫ぶ。

 どうしたのか。死んだ者が帰ってくるはずがない。いくら今までの事があるとは言え、それが分からない彼女だったのか。

 あなたがジュリアを止めに追う。だが、ジュリアが翻って弩の引き金を引き、

「来るなアンタ。悪いけど、アンタとはここでお別れだ」

 放たれた矢があなたの足元に刺さった。


 それからジュリアが、次の矢を素早く装填し、

「今までの付き合いだ。これ以上あたしに撃たせないでくれ」

 弩をあなたに構える。

 呆然とするあなた。間もなくして、ジュリアが自嘲したような笑みを浮かべ、

「ふざけんな、って思ってるよな。でも、あたしはママが死んでから心に決めたんだ。悪魔に魂を売ってでも、ママを生き返らせてやる、って」

 亡くなったクレオへの想いがあなたよりも強いことを告げる。


「だからあたしはヒルダガルに行きたかったんだ。救世主に会って、ママを蘇らせるために。でも、ここで救世主に会えたなら、もうその必要はない」


 旅を放棄する、とジュリアが言った。しかし、あなたは納得がいかなかった。

 死に際に告げたムラートの言葉を忘れたのか。それにアンナの最期を知らぬ訳ではあるまい。

 あの親子と同じ(てつ)を踏もうと言うのか。そのような旨をあなたが言ってジュリアを責める。けれども、

「何とでも言ってくれ。あたしは、“救世主様”に付く」

 ジュリアは聞く耳すら持たなかった。


「君。仲間割れは見苦しいよ」

「あ、すみません、救世主様」

「でも、すごく嬉しい。君のような綺麗な子が僕に付いてくれるなんて」

「綺麗、なんて。やめてくださいよ」


 ジュリアが駆け、モートの後ろに回る。


「ワラビの説得は任せてください。あたし、救世主様のためなら何でもしますから」

「うん」


 うなだれるあなた。今までの旅は何だったのか。

 しかし、直ぐにそれは間違いだったことを知る。笑みを浮かべるモートの後ろから、ジュリアが密かに弩を向けていたためにあなたが目を疑った。

 そして、気付いていないモートの後ろ頭に、

「死ね」

 ジュリアが矢をぶっ放した。


「くっ、かっ……っ! 何を!?」

「チッ。てめえのあたま狙ったつもりなんだけどな。……アンタっ! ワラビを!」


 モートがかろうじて気付いたことにより、矢は外れた。

 しかし倒れたモート。すかさずジュリアが次の矢を装填する。突然のことで頭が追い付かないが、モートが放したワラビをあなたが保護する。

 立ち上がろうとするモートだが、ワラビ曰く虫も殺さぬ優しげな顔を、ジュリアが蹴って阻止し、

「うぐっ!」

 そしてジュリアがモートの胸を踏みつける。


「アンタ、ごめんな。でもアンタを騙せるなら、こいつ絶対に騙せると思ったんだ」


 眉尻を下げて謝ったジュリア。

 今までのジュリアの変心は、全て芝居であった。


「おいこのむっつりヤロー。おまえはあたしが殺してやる」

「ま、待ってくれ! 僕は救世主だ、君のお母さんを生き返せるんだぞ!?」

「うるせえ生臭坊主が。どうせ吹いてんだろ? てめーみてえな奴が救世主なんて、ハナから信じてねえよ」

「……っ!」

「たとえお前に生き返してもらったところでママは喜ばねえわ。それよりもてめえ、ワラビに何をした? 調教とか言ってたよな、あー? てめえはあたしの一番の友達に、どんなやらしいことをしようと企んでいたんだ?」


 親友を害され、ジュリアがこの上なく憤っていた。

 あなたがやめろ、と叫ぶ。何故ならジュリアは、ヒトを殺したことがない。

 ヒトを殺した嫌な思いは未だあなたの中にこびりついている。そんな思いをあなたは彼女にさせたくはない。それに、いくらあなたたちが司直と同じ権限を持っているとはいえ、ここはハルシエシスだ。

 面倒な事になるだろう。落ち着け、とあなたが呼びかけ、代わりにあなたが制すべく駆け出すが、

「頼むアンタ、あたしにやらせてくれ。あたしとワラビは常々思っていたんだ。ヒトを殺せなきゃ、アンタに並び立てない。いざというときアンタの足を引っ張っちまう、って」

 ジュリアの意思は固く、

「だから今日、あたしはヒトを殺すよ。幸い殺しても心が痛まない野郎が現れた。ワラビを汚そうとしたこいつを、あたしは絶対に許さない」

 矢を番えた弩を、(おび)えるモートの顔に向ける。


「やめろ! やめてくれ!」

「うるせえって言ってんだろ。おまえさ、あたしが魔道士に縁のあるモンだって知ってるか?」

「し、知らない」

「だろうな。魔道士への侮辱はあたしへの侮辱、魔道士の意思を継ぐあたしが、てめえみたいなヤツ殺してやる」


 あなたが驚く。ジュリアが魔道士の意思を継ぐ、なんてことを言うとは思わなかった。

 クレオの死が彼女を変えたのか。それとも、ワラビが勇者の子孫だから、それに対抗する事にしたのか。

 しかし、あなたがジュリアのためらいを感じる。殺すなら先程のようにやるべきだ。さっさと引き金を引けばいい。

 先から脅しているのも、いざ殺人に面して迷っているからだろう。これを機と見たあなたが、ジュリアを止めに再び駆け出すが、

「死にやがれ! うわあああぁぁっ!」

 覚悟を決めたジュリアの方が早く、奮い立たせるための絶叫を上げ、人差し指を引いた。


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