lost
「な、なに、あんたたち」
没鶏の時を過ぎ、西日が街を翳らせた夕方の刻。
乾いた風が抜けるように吹く。あなたたちは人気のない裏路地にて一人の女性を追い詰めていた。
少年たちから話を聴いたあなたたちは、件の娼婦を尾行した。
娼婦は名を「ローザ」と言い、少年たち曰く鬱や躁の他、一度街中で突然眠りこけたことがあったらしい。
突然眠る。これを聞いたあなたたちはますます怪しんだ。マオウから抽出した麻薬成分にはそのような副作用があると聞く。
今日の昼間、あなたたちは彼女を見つけ、気付かれぬように跡を付けた。そして、落ち着きのない彼女の挙動からやはり怪しいと踏み、あなたたちは麻薬を使っていないか直接問い詰めることにした。
「なによ、アタシに何の用?」
再度訊く娼婦の彼女。とても奇麗な女性だが、麻薬を常用して食欲を失っている所為か、その顔は少々やつれている。
長い亜麻色の束ねた髪と、細い体が纏うキャミソールドレスが風になびき、さて、どう尋ねるものか、などとあなたが考えていると、
「ねえお姉さん、私たち戦士なんだけど、率直に聞く。麻薬使ってない?」
ワラビが直球で尋ねた。
「麻薬!? そ、そんなの、使ってるわけないじゃない」
うろたえながらも否定する彼女だが、あなたが彼女の手を強引に掴む。
そして、確信したあなた。その細い腕の内側には、針を刺した痕が確かに残っていた。
「ビンゴだな。お姉さん、手間かけさせるけど戦士会まで来てくれ」
「お姉さん、お姉さんが麻薬を作ってるとはとても思えないから、麻薬を買ったヒト教えてもらうよ」
あなたが連行するべく彼女の手を牽くが、
「い、いやよ! 手を放して!」
その彼女が腕を払い、あなたの掣肘を振りほどく。
そして距離を置いた彼女。だが壁を背にし、逃れないと悟る。
あなたたちが一歩進み、追い詰められる彼女は惧れと動揺から、――理不尽だ、と逆に怒りを抱いた。
「……ねえ、あんたたちさ」
この低く重い問い掛けにあなたたちがたじろいだ。
ギラギラした殺意とは違う、刺し違えも辞さないジトッとした呪いだ。あなたたちが思わずびくりとする程、彼女の声には怨念が籠もっていた。
恨めしい眼で睨めつける彼女。私が今まで受けてきた苦しみを知らないくせに、と。
いま彼女の心には、苦労と無念から生まれたドス黒い感情が渦巻いている。
「一つ訊くけど、処女?」
「う、うん」
彼女がワラビとジュリアに訊き、それにワラビが戸惑いつつも答えた。
処女と聞き、彼女が「ハッ」と一笑、それから奇麗な顔をふてぶてしいものに変える。
「そう。いいわね、あんたたちはまだ、男にあまーい幻想を抱けるのね」
「な、なんでバージンかどうかなんて訊くんだよ。麻薬と関係ないだろ」
ジュリアの上擦った反論に、彼女が怒りを露わにする。
「大有りよ! 処女にアタシの苦しみの何が分かる! アタシはさ、幼い弟と妹を養うためにカラダ売ってるのよ!」
「……っ!」
「きったねえオッサンや軍人に毎日抱かれてさ、そんなアタシを、処女のあんたたちがどうして責められるのよ!」
ぶちまけた感情に、ワラビとジュリアは何も言えなかった。
この女性、並大抵ではない苦労をしているようだ。あなたも些か同情を覚える。
「ねえ知ってる!? この国ってさ、難民を奴隷としか見てないの! まっとうな仕事じゃ人ひとり食べるのがやっとな金しかよこさない! 体でも売らなきゃ養えないのよ!」
「…………」
「おまけに軍人どもはアタシをブタか何かとしか見ていない! 出したら出しっ放し、避妊なんてもちろんする訳ないし、一遍に四人を相手させられた日もあるわ! 女として扱ってくれないの!」
息を荒げる彼女が、恵まれない境遇をあなたたちに吐露した。
この街の外れ、ちょうどあなたたちが昨日赴いた、少年たちがたむろする広場の直ぐそばには私娼街が建っている
街に駐在する軍人に利用者は多い、とあなたたちは聞いたことがあり、エザナーンからは「あまり近付くなよ」と言われていた。
閉口するあなたたち。しかし、まだまだ言い足りぬ彼女が、バルキダッカ大陸の方を指し、
「アタシは両親をあっちの大陸で殺された! 付き合ってたヒトも殺された上に、その殺した男にアタシは初めてを奪われた! 分かる? 処女にこの辛さと悔しさを! 好きなヒトの前で、アタシはぐちゃぐちゃになるまで犯されたの!」
今まで受けた苦しみを分かってもらうべく、口角泡を飛ばして過去を曝す。
「でも弟と妹がいるから、それだけを支えに歯を食いしばって、命からがらこの国に逃げてきた。なのに、なんでアタシばっか! いつもいつも誰かにいじめられる! 誰かアタシに優しくしてよ!」
「……っ」
「だからアタシはクスリを打って忘れるの! あのヒトが作るクスリだけがアタシの支え! ……なに黙ってるの! 何か言え、このクサレ処女ども! アソコ大切に守ってる女が一丁前に同情してんじゃねえよ!」
彼女が興奮余って麻薬を使っていると吐いた。
さらに麻薬を渡す人物がいることも吐いた。しかし、あなたたちは動けなかった。
逆上した彼女の罵倒は、ワラビとジュリアにはとても辛い話であった。あなたも気付くべきところを、彼女の鬼気迫る勢いに押されて気付けずにいる。
「……あぅっ!」
「どけっ!」
そして失態を演じた。あなたたちが自失している隙を突き、彼女がワラビを押し退けた。
そのまま逃げる彼女。この走る背を臨んであなたが、ワラビとジュリアをすかさず呼び、
「う、うん」
「わ、分かった」
同情はするが、逃がすわけにはいかない。あなたたちは彼女の後を追った。




