逆転した摂理
「注射器……」
医者が持ち出すのでないならば、あまり良いイメージを浮かばない医療器具に、あなたたちが息を呑む。
「マオウに注射器、賢明なお前たちなら俺が何を言いたいか分かるだろう?」
今、店内はエザナーンとあなたたちだけであり、声を潜める必要なくエザナーンが訊いた。
麻薬、とあなたが答える。マオウは薬として用いられる一方で、麻薬成分を抽出することができる。
抽出した成分を体内に取り込むと、気分が高揚し、溜まっていた疲れが嘘のように吹き飛ぶ。だが効果が切れ次第うつに陥り、頭痛に口渇に突発的な昏睡等、様々な副作用が体を蝕んでゆく。
何よりも深刻な弊害がまた欲しがること、すなわち依存症に侵される。ボロボロになっても欲しがる苦しみはクロロでも述べており、結果的には誰も幸せにならない、それが麻薬である。
「マオウを栽培しているのを見て懸念はしていたんだがな、遂に現れやがった」
「おじさん、それじゃ、あたしらに依頼ってのは」
「ああ。これを売りさばいてる奴、できれば製造元も突き止めてくれ」
続けて腕を組んだエザナーンが、あなたたちに依頼する訳を明かす。
「これは他の戦士には頼めねえ。難民が軍だけじゃなく、街のモンともギスギスしている事は知ってるだろう?」
「あっ、……うん」
「マオウは難民が持ち込んだ物だ。それが麻薬になっていると知れりゃあ、ただでさえギスギスしている確執がより深いものになっちまう。だからこの依頼はこの町に縁のねえお前たちこそ適任だと思ったんだ」
「そっか。おじさんは、難民がマオウを持ち込んだ所為とは考えてないんだな」
「当たり前だ。街のモンの気持ちも分かるけどよ、かと言って行く宛てがねえ人々を責められるかよ。俺はなるべくこの事件を内密かつ穏便に済ましてえんだ。お前ら、頼んだぞ」
***
翌日、あなたたちは調査を開始した。
だが、なしのつぶてだった。よくよく考えてみるとあなたたちは犯人探しなどした事がなく、この日は何の成果も挙げれなかった。
困ったあなたたちがエザナーンの元へ駆け込む。するとエザナーンは、
「そうだな、……麻薬ってのは違法だ。お前らはその違法って響きや行為に何も感じないと思うが、中には嘆かわしいことではあるが、違法の響きや行為に魅力を感じる奴がいる。そういった奴をあたってみたらどうだ?」
と一考した後に助言し、さらに、
「注射器を使ったってことは、必ずやその痕があるはずだ。腕に注射の痕跡がないか注意深く見てみるんだ」
とも告げた。
そして翌日。エザナーンから得た助言を基にあなたたちが調査を再開する。
「はあ。気が進まないね」
「ああ。できればあーいう奴らには関わりたくないからなぁ」
「オラオラしてるヒトって、何しでかすか分かんないから怖いよね」
これから向かう先に、あなたの後ろを歩くワラビとジュリアがぼやいていた。
あなたたちがこれから向かう先は、いわゆるアウトローな少年たちがたむろしている場所。街の外れにある広場にあなたたちは向かっていた。
悪たれな少年なら、違法な行為に感じ入るものがあるかもしれない。あなたたちは今からそんな少年たちに会い、手掛かりを得ようとしている。
「あぁ? なんだテメーら、俺たちに何か用か?」
そして、公園と言うにはうらぶれた趣きの広場に着き、一目で素行不良と分かるガラの悪い少年があなたたちに言った。
広場には七人の若者がおり、内三人が広場の奥で板に車輪の着いた乗り物、スケートボードに興じている。
少年は顎をしゃくって眉根を上げている。だが、
「お、おいやめろ。こいつら、いや、このヒトら戦士だぞ」
「はぁ? 戦士だって?」
その友人と思しき少年が止め、顎をしゃくっていた少年が素っ頓狂な声を上げた。
「しかもこの小せえのとギャル」
「は? 小せえってなによ」
「ギャルだと? てめえなめてんのか」
「あっ、わ、わりぃ、勘弁してくれ。……んで、この二人、めちゃくちゃ強いって噂だぞ」
「へ? マジかよ。けっこう可愛い顔してんのに」
「ああ。俺の叔父さん戦士だろ? その叔父さんから聞いたんだ、いま注目株とか言われてる戦士三人ってこのヒト達で間違いねえ。それでこっちの赤い髪のねーちゃんなんか、街のみんながビビって手が出せなかった、あの爆発サボテンぶっ壊したらしいぞ」
「へっ!? このねーちゃんがアレぶっ壊したのかよ!? すげえ、マジかー」
「マジマジ、やべえだろ?」
少年たちのあなたたちを見る目が変わった。
強いと知り、手のひらを反した少年たち。あなたたちの評判はこんな少年たちにも知られているようである。
そもそも、ワラビとジュリアは関わりたくないなどとぼやいていたが、あなたは気にしていなかった。二人なら何か起きても問題なくねじ伏せられるはずだ、と。
どの口が言うんだか、などとあなたは二人に呆れていた。第一ワラビとジュリアには、世界最大の国家権力を笠に着た悪たれの中の悪たれ、ラズィーヤという親分がいる。
「やべえ、しかもすげえマブいし。へへっ、赤い髪のねえさん」
「な、なんだよ」
「俺、惚れました。これからお姉さまと呼ばせてもらっていいっすか?」
「おねえ、さま。……やめろ、頼むからやめてくれ」
ジュリアが頭を抱え、ワラビが苦笑する。
この苦悩するジュリアを後目に、あなたが少年たちの半袖から晒した腕を観察する。
腕に針を刺した痕はなかった。もう二人に任せておけば十分だろう。そうあなたが下がった。
「ねえ君たち」
「おっと、君たちなんてよそよそしい呼び方やめてくれ。俺“ライフ”って言うんだ」
「あ、何いけしゃあしゃあとアピールしてんだよてめえ。俺“ポミオ”、よろしく」
「は、はは。私ワラビ、こっちはジュリア、よろしく……」
顎をしゃくった少年・ライフと、それを止めた少年・ポミオが、笑顔でワラビに自己紹介した。
名乗るつもりはなかったが、名乗られたので仕方なくワラビも名を告げた。
「じゃ、じゃあ、ライフ君にポミオ君」
「へへっ、なんだ? なんでも答えるから何でも訊いてくれ」
「あ、ありがと。……あのね、君たちの知り合いにさ、最近みょーにハイなヒトとかいない?」
「あるいは挙動不審な奴とか、情緒不安定な奴とか、お金に困ってる奴とか」
ワラビとジュリアが、ライフとポミオを含めた少年たちに尋ねた。
注射の痕や麻薬とは尋ねなかった。これはエザナーンから内密に、と頼まれているからである。
顔を見合わせる少年たち。間もなくしてライフが、
「……あっ」
思い当たる人物を見つける。
「えっ、心当たりある?」
「あまり自信ないけどよ。そのヒト女で、難民で、……あー、うーん」
「どうしたの? 歯切れ悪いね」
「“ウリ”やってるヒトなんだけどさ」
「うり?」
「カラダ売ってるってことさ」
「…………」
娼婦、と聞いてワラビとジュリアが口を閉ざした。
暫しの沈黙。この微妙な雰囲気を感じ取ったポミオが、友人と二人に合いの手を差し伸べる。
「た、確かにあの姉ちゃんなら、情緒不安定って言って当てはまるな」
「弟と妹を元気よく連れてるところを見かければ、次の日には失恋したのか、ってくらい落ち込んでるの見るしな」
「そ、そのヒトのこと、一応教えて……」
ワラビが手帳を取り出し、娼婦の特徴を聴く。
落ち着かない様子でライフとポミオから聴き込むワラビをよそに、あなたがふと気が付いたことを、スケートボードを担ぐ少年に訊く。
今、あなたが訊いている少年。その隣に立つ若者は難民だった。
若者の顔をあなたは、先日のデモの中にいたことを覚えており、元々の住民と難民はギスギスしている、と聞いていたが、
「俺らには関係ねえさ。生まれた場所が違うとか信じる神様が違うからとか色々理屈付けてっけどよ、要は難癖つけてイジメたいだけじゃねえか。住む所を追い出された弱いヒトをいじめるなんて恥ずかしいと思わねえ? 俺らそういった腐ったオトナむかつくんだよ」
この少年たちは難民を排除する気風に反感を抱いているようである。
「ジュリアお姉さま」
「お姉さまじゃねえ。……ああもうワラビ、どうして名乗っちまったんだよ」
「だってぇ、この子たちから名乗って来たんだし、しょうがないじゃん」
「今度デートおなしゃす。もちろんワラビさんも一緒に」
「俺もおなしゃす。俺、お姉さまの武勇伝むちゃくちゃ聞きてえっす。お姉さまなら男なんて腐るほど相手にしてますよね? ぜひ俺も、その中に混ぜてほしいっす」
「ふざけんなこんにゃろう! あたし男と付き合ったことすらねえよ!」
「あはは……私たち忙しいから。ごめんね、協力ありがとう」
見た目から判断されてジュリアがむきー、と大激怒し、そんなジュリアをワラビが下がらせた。
あなたたちは広場を後にした。ぷんすかと憤るジュリアを、
「ジュリアいつもお姉さまだね」
「んなキャラじゃねえよあたしは、……もうっ。お姉さまなんて言われんのミレーユだけで十分だ」
ワラビがどうどう、と宥めていた。




