糞と太陽
「ねえキミー、日が暮れてきたしそろそろ帰ろー?」
「アンタ―、おなか空いちゃったよー」
大地が茜色に染まった没鶏の時。籠を担ぐワラビとジュリアが、土に鍬を入れるあなたに呼びかけた。
もう少し、とキリの良い所まで掘り起こすあなた。サボテンを倒した翌日、そのサボテンが枯らした畑をあなたたちは耕していた。
ここニャンフンルルに着いてからあなたたちは、戦士会から休みなしで依頼を受けている。この畑の耕作も戦士会からの依頼による。
毎日依頼を受ける理由だが、旅の資金が減ってきたのである。あなたたちはラクダのビッグスとウェッジの購入に大金を支払い、これを失ったことはまことに痛手であった。
「あ、ワラビだ」
「私? ……フンコロガシじゃん。なんで私がフンコロガシなのよ」
「おまえウンチ大好きじゃんか。よかったなワラビ、この国じゃスカラベってめっちゃ縁起がいい生き物だぞ」
「どこがいいのよ。私ウンチ転がしてないし」
ワラビの言うフンコロガシ、スカラベは、この国では神聖なものとして信仰されている。
スカラベは動物の糞を餌とし、その糞を後ろ足で転がす習性を持っている。そうして出来た丸い糞を、この国の人々は太陽に見立てて崇めていた。
「でもかわいいよね、フンコロガシ」
「頑張れ、って応援したくなるよな、ふふっ」
せっせと転がすスカラベをほほえましく見守る二人。
スカラベが糞を転がすことで土壌が肥え、この荒れた畑も少しは回復するだろうか、などとあなたが耕しながら思った。
それから程なくして、あなたたちが戦士会の店に向かう。
今日は畑を半分ほど耕した。この報告をしなければならず、依頼は明日も続く。
農具を担ぐあなたたちが大通りを歩いていると、
「おまえら! ここで何をしている!」
あなたたちが言われた訳ではない。声がした方へあなたたちが振り向く。すると、
「兵隊さん、話を聞いてくれ! 我々に労働の自由を、賃金の値上げを!」
「お願いします、私たちに選挙権を!」
「ダメだダメだ! 許可のないデモは法律で禁じられているだろう! 直ちに解散しろ!」
権利を。そんな文言が書かれた旗を持つ人々の集団に、軍服姿の男が解散を強く命じていた。
「またやってる。ねえキミ、どうしよう?」
「止めに行った方がいいんだろうけど……、アンタ、どうする?」
判断に困ったあなたたちがひとまず見守ることにする。
軍服姿の男が応援を呼ぶ。この光景をあなたたちは初めて見たわけではなかった。
市民として扱われていない難民。この対抗策として難民は、団結して地位の改善を国に訴えた。
訴え続ければ思い改めるかもしれない。あるいは誰かが取り上げ、世論を巻き込んだ問題として提起してくれるかもしれない。そんな希望を胸に抱き、難民は現状の不遇を声高らかに唱えている。
別にこの国ではなくてもいいのではないか。だが難民は、あなたたちのように若い者ばかりではなく、年老いた者もいる。命からがら逃げだした老人に更なる亡命など酷だろう。
今の生活を少しでも改善するためにも、そしてこれからを背負う若者たちのためにも、難民は団結して国から権利を勝ち取ろうとしていた。
しかし、許可なき示威行為は国が法で禁じている。だから軍人が止めているのである。
この国境沿いの町には軍が常駐していた。ハルシエシスとルガルパンダ間は、粗末な橋が架け渡されているだけである。両国の仲は悪いため、どちらも整備する気などない。
軍は海峡を越えた対岸に不穏な動きがないか監視の他、海を何らかの手段で越えた難民を政策により保護している。だが難民が果たして本当に難民かは調べないと分からず、ルガルパンダが送った間者の可能性も有り得るため、軍は保護した難民を取り調べる役目も果たしている。
また、隙あればデモを始める難民だ。軍は取り締まるべく警邏もしており、ともかく内に外にと、この町は常に緊張を強いられている。
「きゃっ!?」
「うわっ! な、なんだ?」
轟音が突如として上がり、これにあなたたちの他、難民が大きく動揺した。
軍人の一人が大砲を運び、空砲を発射したのだ。この威嚇を受けて難民が解散する。
あなたたちはこの町に滞在して十日ほどだが、このような過激な手段を講じるとは思わなかった。度重なる難民の主張に軍もいら立っているのか、などとあなたが思う。
「……ふぅ、びっくりした」
「何にも起きなくてよかったぁ……。ジュリア、キミ、行こう」
ひとまず暴動に発展する事態は免れたため、あなたたちがこの場を後にする。
ちょうどその時、風に乗って新聞が飛んできた。そして新聞があなたの顔にかぶさる。
ワラビとジュリアが笑う中、あなたが新聞を顔からはがすと、「前代未聞の降雪に未曽有の山津波、終末は本当に起きるのか?」という記事が、以前オムドゥルマで見た時よりも僅かに大きく書かれていた。
***
「帰って来たかルーキー。畑仕事は楽しかったか?」
戦士会の店に着き、顎髭を綺麗に整えた肌の濃い男があなたたちを呼んだ。
この男の名は「エザナーン」と言い、戦士会の職員である。ターバンをラフに被り、長い黒髪を所々三つ編みに編んでいる。服装はゆったりで、典型的な砂漠の民、といった出で立ちだ。
かつてこの男は名の馳せた戦士だった。「闇夜のエザナーン」と称される程に夜間の戦闘を得意としており、あのゼク三兄妹の母親、霹靂のマーヒムと面識があるらしい。
「んもうおじさん、それどころじゃないよ。空砲の音聞いてなかったの?」
「ハハッ、兵隊が遂に大砲を持ち出したか。俺がガキの頃はこの街も平和だったんだけどなぁ。最近は物騒になっちまって、ったく、時代の流れってヤツは年寄りには辛いねえ」
「平和に戻るといいな、おじさん。とりあえず今日は半分くらい耕してきたよ」
「そうか、ご苦労。では明日もよろしく頼みたいんだが」
「ん?」
首を傾げるあなたたちに、エザナーンが続ける。
「明日は違う依頼をお前たちルーキーに戦士会から頼みたい」
「戦士会から?」
ジュリアが訊く。普段なら依頼は住民から頼まれるものだ。戦士会から、ということは治安の維持に係わる重要な案件である。
「お前たち、これがなんだか知ってるか?」
エザナーンが差し出したものは植物の茎。雑草と言っても差し支えないほど見た目はありふれている。
あなたは知っていた。マオウ、と答える。
「そうだ、マオウだ。この草は元々ここら辺に生えてるもんじゃなく、難民が持ち込んできた物なんだがな……」
マオウ。魔王ではない。主に薬として用いられている植物である。
咳や鼻づまり、喘息などに効能があるらしい。この草は元々ウシル大陸に生えておらず、難民が持ち込んで栽培している、とエザナーンは説明した。
「まあ、これだけなら特に言うことはない。だがな、つい先日見過ごせない物がうちに届けられた。……お前ら、これを見てくれ」
続いてエザナーンが差し出した物に、あなたたちが息を呑んだ。




