慈善者
「ジュリア、いけそう?」
「もう少し近付きたいな。……アンタ、あたしが撃ったら守りはお願いな」
しゃがんで弩を構えるジュリアが、直ぐそばで盾を構えるあなたに頼んだ。
あなたたちが今いる場所は畑なのだが、作物どころか雑草すら生えていない。
今、ジュリアが狙いを定めている敵は、表皮に針をびっしりと生やした丸い形のサボテン。このサボテンの討伐を、あなたたちは戦士会から請け負っていた。
『ヒラグモカクタス』。あなたたちが討伐しようとしているサボテンの名称である。見た目は針が多めなくらいで特に変哲もないサボテンなのだが、その実は非常に危険で、且つ害悪な植物系モンスターとして知られている。
このサボテンは異常なほど生存競争に長けており、周囲の土壌から水分および滋養を根こそぎ吸い取ってしまう。だから畑に草一つ生えていないのだ。
さらに、このサボテンは傷付けられると自爆する。その爆発はまさに爆弾と言うべき破壊力で、大岩すら木っ端微塵にしてしまう恐ろしい特徴を持っている。
しかも針まで飛ばす。このサボテンを枯らしたければ、地中深くまで根を掘り起こすか、長い時をかけて日射を遮るしかない。素人が絶対に手を出してはいけないサボテンとして知られており、戦士ですら尻込みするほどのモンスターを、今、あなたたちは討伐しようとしていた。
「……よし、そろそろ撃つぞ。ワラビ、下がってろ」
「うん」
ジュリアの用意を受け、ワラビが後方に下がった。
話は逸れるが、あなたたちは依頼を受けるために、この町ニャンフンルルでも戦士会の名簿に名を記入した。
そのとき、あなたたちは職員から驚かれた。東から来たサムライ風の小さな女の子と、赤い髪をしたギャルの女の子、そしてその二人を守る盾役の三人組がいる。あなたたちはこの二年間を通じてそんな風に知られていた。
期待のルーキー。あなたたちは少しだけ有名になっていた。旅を振り返ったあなたは感慨深いものを感じたが、二人は「チビってなによ」「ギャルってあたしそんなに遊んでねえよ」と憤っていた。
「アンタ、行くぞ」
話を戻し、ジュリアが引き金を引いた。
矢は見事サボテンに命中、間を置かずしてサボテンが大爆発を起こし、
「アンタ!」
撃ったジュリアがすかさずあなたの後ろに隠れる。
遠く離れているために爆風はそれほど感じなかった。
しかし、爆発と共に放たれた無数の針。これに対してあなたが盾で身を隠すように防ぐ。
程なくしてあなたが盾を下げ、前方を覗くと、サボテンが跡形もなく消えている。あなたたちはサボテンに勝利、依頼を達成した。
「ふう。すっげえ爆発。アンタがいてくれて助かるよ」
「ジュリア、キミ、おつかれ。……うわっ、すごい。あんなに離れててもこれなの? 針のムシロじゃん」
ワラビがあなたの盾に刺さった無数の針を見て驚いた。
あなたも驚いていた。サボテンが飛ばした針の数と速さは凄まじく、もう少し近かったら盾を破壊されていたのではないか、などとひやひやしていた。
根を掘り返し、それから灯油を掛けて燃やし、あなたたちがサボテンの残骸を始末する。
ひとまず戦士会に見せる討伐の証拠として、盾の針はそのままに、あなたたちが街へ戻る。
「でもなんで“ヒラグモ”なんて、ワラビん家っぽい名前が付いているんだろうな」
「あっ、私聞いたことある。うちの方の昔話にね、お殿様、……こっち風に言い直すと主君? んで、主君を裏切ってばっかのサムライがいたんだって。で、そのサムライが裏切ってばっかだから追い詰められたとき、“なんとかヒラグモ”って釜に爆薬詰めて自爆したからなんだって」
「へえ。ってか何でおまえんちの昔話が由来になってんだよ。ここ砂漠だぞ?」
「さあ。でもその釜から採った名前だって聞いたこと、……う」
そのとき、ワラビが異変を訴えた。
「うー、また」
「どうしたワラビ?」
「最近ね、よく“さぶいぼ”が立つの。うー、これはあのTowerの呪いだ」
「んなわけないだろ。でも風邪か? ……うーん、熱はなさそうだな」
ジュリアがワラビの額と自身の額に手をあてて確かめた。
あなたもワラビを見る。顔色は至って普通、調子が悪そうな様子は特に窺えない。
しかし、以前のタロット占いはジュリアの不幸を予見した。ワラビをしばらく見守る必要があるかもしれない、などとあなたが思ったそのとき、
「やあ、こんにちは」
「あ、僧侶さん。こんちは」
黒い装いをした一人の男に話しかけられ、これにジュリアが答えた。
「君たちのこと聞いたよ。君たちって有名な戦士なんだってね」
「いやー、それほどでもないですよ。今日もお勤めですか?」
「うん、そんなとこ」
「ご苦労様です。偉いなあ、あたしと同年代とは思えないや」
「ねえ僧侶さん、前から思ってたんだけど、僧侶さんは僧侶なのに、なんで坊主頭じゃないの?」
「ははっ」
二人と親しく話す青年。この黒い法衣を着ける男の名はモートと言う。
エムブラと別れた後に知り合い、今ではさらりとした会話を交わすようになっていた。
隣国から来た僧侶で、ウシル大陸の直ぐ東には、海峡を挟んで「バルキダッカ大陸」が浮かんでいる。バルキダッカ大陸とは元ムーダイトの領地と呼ばれる地であり、この男はバルキダッカ大陸から海を渡って来た、ナンナ教の教えを説く旅の僧侶である。
西方の言葉で表すと巡回牧師があてはまった。歳はワラビやジュリアの一つ上で、そんな歳の男が聖職に就き、布教に努めているところに二人は好感を抱いている。
また、この男は容姿が中々良い。青年らしく爽やかで、且つ女装をすれば女と見紛うかもしれない中性的な顔付きをしている。
耳にかかる程度の黒髪が、また爽やかさを醸し出している。ソロンやヨハンとは違った正統派の美男子である。
「あのヒト達は、住む所を追われて可哀そうなヒト達なんだ。だから僕がせめて、ナンナの教えを忘れないように努めないと」
モートが自身に課せられた役目をあなたたちに告げた。
感心する二人。モートが言った「あのヒト達」とは難民のことを指す。この国境沿いの町は、ある問題を抱えていた。
バルキダッカ大陸の最も西には「ルガルパンダ」という国があるのだが、この海峡を越えた隣国から難民が流れ込んでいるのである。
元ムーダイトの領地が不安定な情勢であることは前に述べた。住む所を追われた者、あるいは迫害に耐えられず逃げ出した者が、この町に住んでいた。
難民は正規に入国したわけではない。そのほとんどが密入国である。
しかしハルシエシスという国家は、最近人道的な主張を唱えて難民を受け入れた。したがってハルシエシスはルガルパンダと仲が良くなく、ルガルパンダからの難民返還要求を、ハルシエシスはことごとく無視している。
困った人々を暖かく受け入れ、隣国からの返還要求を突っぱねる国家。ここまで聞くとハルシエシスは難民にとって安住の地と思われるかもしれない。だが違い、実態はルガルパンダよりはマシ程度である。
ハルシエシスという国は難民を市民としては受け入れなかった。参政権などは与えず、また就く仕事に制限を設けている。
この政策はハルシエシスで育った国民が反発を唱えたことによった。なぜ昨日今日移住してきた者が、古くからこの国に住み、この国に貢献してきた我々と同等の立場なのか、と。
「じゃ僧侶さん、あたしら戦士会に用があるから」
「またね、僧侶さん」
「うん。また」
あなたたちが手を振り、モートと別れた。
「アンタ、静かだったな」
「あ、もしかしてキミ、あのヒトがちょっとカッコイイから気後れしてる? ふふっ、なんてね」
特に口を開かなかったあなたをワラビがからかい、ジュリアがこれを聞いてくすりと笑った。




