愚者
「ハァ、ハァ。……あ、おい、あれ」
「ま、町だぁ。せんせぇー、あれ、蜃気楼とかじゃ、ないよね?」
「うん。だい、じょぶ、だと思う。きっと……」
砂漠を歩くあなたたちの遥か前方に、ゆらゆらと揺らめく街並みが見えた。
安堵したあなたたち。地図とコンパスで入念に確かめながら進んでいたため、間違っても蜃気楼、つまり光が屈折することで見せる幻ではないだろう。
既に述べたがあなたたちは遭難一歩手前。四日前、あなたたちは熱砂の蠕虫に襲われ、ラクダのビッグスとウェッジを失った。したがって徒歩での砂漠横断を敢行したのだが、これが過酷の一言に尽きた。
砂の大地はあなたたちの進む速度を著しく遅らせた。これは炎天下にそれだけ晒されることとなり、そのため多く買い込んでおいた水と食糧を、全て消費する事態まで追い込まれた。
今、あなたたちは軽度の日射病に罹っている。体内の熱が汗として発散できずに籠もり、それが引き起こす火照りや眩暈があなたたちを苛んでいる。
足が酩酊したように覚束ず、意識は朦朧とした。尿を飲まなければ生きられないか。そんな瀬戸際まで立たされたとき、あなたたちは町を見つけた。
「や、やった。やっと着いたぁ」
「暑い。ダメだ、もう、くたくただ……」
街に着き、ワラビとジュリアが砂の上に倒れた。
ボロボロのあなたたちに街の人々が駆け寄る。あなたたちは命からがら砂漠を越えた港町、ニャンフンルルに辿り着いた。
***
あなたたちはしばらく休養に徹した。
砂漠はあなたたちを心身共に削った。特に脱水症状から来る不調は、あなたたちを食欲不振に陥らせた。
体内の砂の排出も兼ね、あなたたちは暫くのあいだ日陰で体を落ち着かせた。そして、食欲が戻り、山津波の心因も忘れかけてきた頃、
「センセイ、花とか用意できなくてごめん。達者でな」
「エムブラせんせー」
「やだワラビさん、抱き付いたりして。でも、こういうの久々だから、ちょっと嬉しいかも」
ここはニャンフンルルの波止場。裾礁を削って造った石灰岩による埠頭に、大きな船が係留している。
服を新調したエムブラが、その船の前でワラビの頭を撫でる。あなたたちにエムブラとの別れが訪れた。
エムブラが、抱き付くワラビを優しく離し、それからあなたを見据えて予想される苦労を告げる。
「君。これから世界の情勢は大きく変わり、数年は苦しい時代が続くと思う。物価も上がったりして旅も儘ならなくなると思うけど、くじけずに頑張って二人を護るんだよ」
「センセイ、レキのどこ行くつもりなの?」
「とりあえず“ロウラン”に行こうかな、って思ってる」
レキの国の「ロウラン」。このロウランとはかなり前に述べたが、戦士会の本部がある都市である。
いわゆる東方と呼ばれる地域にレキは所在する。
「あ、先生、最後にあれやってよ」
「あれって?」
「占い」
「げっ」
良い思い出のないジュリアが呻く。ワラビが別れ際にタロット占いを催促した。
「ここじゃかき混ぜられないから、テキトーに切って引くけど、それでもいい?」
「うん、いいよ」
「了解。じゃあまず、君から」
荷物からタロットを取り出したエムブラが、切ったカードの束からおもむろに一枚を引く。
だが、カードを見てエムブラが唖然とする。
「またStrength……」
あなたに示されたカードは、またStrengthの正位置だった。
「君はそういう運命なんだねぇ。じゃ次、ジュリアさん」
「せ、センセ、あたしはいいよぉ」
「なに言ってるのジュリアさん、占い好きだったじゃない。前は一番ノリノリだったし」
共に旅をしてジュリアと呼ぶようになったエムブラが、恐れるジュリアにカードを引く。
「当たるも八卦、当たらぬも八卦。なーんてね。……お」
「お?」
「Emperor。よかったね、今度は正位置だよ」
「ああよかった。センセ、どういう意味?」
「権力とか信念とか。まあお堅いけど悪い意味じゃないね」
玉座に座った王様が描かれたカードを示され、前回と違って良い結果にジュリアが喜ぶ。
「じゃあ最後、ワラビさん」
「今度こそ可愛いカード来て」
前回は武骨なカードだったワラビが願うが、
「……うわっ」
「えっ、なになに?」
「…………」
エムブラがご愁傷様、といった顔でカードを差し出す。
カードには雷を喰らって崩れる塔が描かれていた。
「Tower。二十二枚の中で唯一、正位置でも逆位置でも良い意味のないカード。ワラビさん、気を付けてね」
「ええっ。なんで先生、そんな不吉なの別れ際に引くのよ。やり直してよやりなおし」
「バカ、お前が頼んだんだろ。第一おまえが気にするタマかよ」
「気にするよ。私信心深いもん」
「どうだか。明日になりゃ大体忘れてるくせに」
「まあでも、逆位置だから」
ワラビに提示されたカードは、あまり良い意味のないカードのようだった。
「それじゃみんな、元気でね。またいつか会おうね」
エムブラが船に乗り込む。が、突然踵を返し、
「今までずっと忘れてたよ! 君、これあげる!」
荷物から一冊の本を取り出し、あなたに押し付けるようにして手渡す。
渡された本をあなたが見ると、それはなんと魔導書だった。
「たまたま見つけてね。君なら使いこなせる、ううん、これは君にしか使いこなせない。期待してるからね!」
こうして、教師・エムブラとあなたたちは別れた。
***
船の上。エムブラが、波止場に立つあなたを見つめ、
「……君、ウソついてごめん」
甲板の上からあなたに謝る。
遠のくあなたを見つめながら、エムブラが詫びるようにつぶやく。
「ボク、ゴーストの呼び方も、十二番目の元素もみんな知ってるんだ。……禁じられた魔法は本当だから、許してね」




