探求者につき
エムブラとは仮初の名。あなたたちの教師を務めた目の前の女は、自分を姫君・ゼノビアと確かに告げた。
馬鹿な。だがそれが真ならば、幼さの残る顔に反した経験も、あの伝え聞く紫電の矢も納得がいく。しかし、
「……ふふ、んふふ」
目の前の女が、口を押さえて笑う。
「んふふっ、うそだよウソ。ボクが姫君なわけないじゃん。あー面白かった」
エムブラが満面の笑みを浮かべ、今のは嘘と自白した。
てへっ、と彼女が舌を出し、一瞬でも信じてしまった自分が恥ずかしい、などとあなたがうなだれる。
気の抜けたあなたが改めて問う。では結局、彼女が唱えたスイハヒョウハと言う魔法は何なのか、と。
凄まじい魔法だ。熱砂の蠕虫を一撃で倒した。けれども、
「ふふっ、それはヒ・ミ・ツ。女には触れられたくない過去が一つや二つくらい誰だってあるものだからねっ」
と、愉快そうに彼女は何一つあなたに教えなかった。
弄ばれている、とあなたは感じた。
彼女はあなたたちの教師だ。しかも強く、昼間も窮地を助けられた。しかしそれ故に、己を高みに置き、いつまでも見下した態度の彼女があなたは許せなかった。
あなたが初めて彼女に不満を覚える。短い間だが、共に戦って助け合い、多少の絆が生まれた、とあなたは思っていた。だが、それは独りよがりだったのか。
それなら話すことはない、などとあなたが、我ながら子供じみていると思いつつもそっぽを向いて拗ねる。
「……え、怒っちゃった? ごめんごめん」
そんなあなたの態度に、エムブラが慌てて謝った。
気にしたようである。そして、観念したエムブラが大きく息を吐き、あなたの疑問について答え始める。
「だから見られたくなかったんだよなぁ。まさか君があれを見てたなんて思わなかったからさ。……しょうがない、君に嫌われたくないし、あの魔法の正体を先生が教えてあげましょう。あの魔法はね、遥か昔に魔道士が封印した魔法の一つなの」
今の彼女の話にあなたが振り返った。
いま彼女はとてつもなく重要な事を言った。あなたが耳を傾ける。
「魔道士はね、後の世に必要ないと思った魔法は伝えなかったんだ。雷上動はそんな魔法の一つだね。……もっとも、雷上動に関して言えば、姫君と魔道士が二人で唱えた合体魔法として伝わっちゃってるけどね」
存在を抹消されし魔法。紫電の矢の正体をエムブラはあなたに教えた。
考えてみれば有り得る話だ。魔道士とてニンゲン、何らかの事情で全てを後世に伝えるわけにはいかなかったのだろう。
だから魔法に詳しいのか、とあなたが得心し、何者かと尋ねる前に、
「ボクはね、魔道士によって失われた魔法を探求するフリーの学者なんだ。だから今まで色んな所へ行ったし、身を守るために戦いも覚えたし。魔法の事なら誰よりも詳しいつもりだよ」
と、彼女が自らの素性を初めて明かした。
「でも、……てへへ、学者なんて偉そうに言ってるけど、学会には所属してないから“プーちゃん”みたいなもんでねー。それで暫く学校のお世話になってたんだよね」
プーちゃんとは無頭路、つまり無職を指し、エムブラが学校に勤めた経緯を苦笑しながら話した。
クレオは彼女が学者とは知らないようだった。自分が学者だと明かした上で教師を務めれば、良い待遇で迎えられたのでは、とあなたが訊くが、
「いやー、それはちょっと。ほら、校長先生って魔道士に対する想いが半端じゃなかったよね? それはもうまさに神、ってくらい魔道士に心酔しててさ。それでボク、校長先生と面接したとき感じたんだ、魔道士が封じた魔法を掘り起こそうとするボクとは絶対に合わないだろうなー、って。そうじゃなくても下手に厚遇されたら、辞める時に辞めづらいし」
飽くまでも学者として自由でありたい為に隠したようだった。
「雷上動だけ伝わっちゃった理由って、ジュリエッタさん家の祖先のルイスってヒト? いつも魔道士のそばにいたあのヒトがたぶん原因なんだろうな、ってボクは思ってるんだ。勝手な推測だけどね」
魔道士の従者にして一時期はミネルバを牛耳る権力者であったジュリアの家の祖・ルイス。彼女なら魔道士を讃えるためにやりかねないだろう。
その魔道士が封じた魔法、雷上動。世に伝わる紫電の矢を間近に見たあなたは、まさに稲妻、と思った。
それだけの魔法を唱えて血は大丈夫なのか。そうでなくとも雷巣を唱えており、あなたが問うが、
「ああ、ボクはコレをいつもぶら下げているからね」
被る毛布を開けたエムブラが胸元を晒す。
「ふふっ、大きいでしょ?」
胸も大きいが、その間に据わる大きな赤黒い石は、あなたの目を引くのに十分であった。
ヘリオトロープ。ブラッドストーンとも言われる稀少な宝石である。
この宝石は魔法に必要な血液の量を軽減することができる。彼女はこれを首から提げることで、体への負担を軽くしているのだろう。
なぜ彼女は、魔道士が使用を禁じた魔法を追求するのか。それを尋ねると彼女は、
「学者にそれ訊いちゃう? 単純に知りたいからだよ」
と答えてから、
「……ああ、でも誤解しないでね? ボク授業でも述べた通り、魔道士のことは尊敬してるよ。雷上動の他にも魔道士が封じた魔法、ボク知ってるんだけどさ、中には道徳や倫理なんて知ったことか、ってくらい酷いのがあるんだよねー。それをしっかり選別し、邪なものを切り捨てた魔道士ってホント立派なヒトだなー、って思ってるよ」
魔道士が消したことに対して研究の支障とは思わず、むしろ魔道士に対する敬意を表した。
「じゃ次。ゴーストについての話も少ししようか。これはボクも詳しく知っているわけじゃないんだけど、元素ってね、学校で教えた十一個だけじゃないの。どうやら十二番目があるみたいなんだよね」
十二番目の元素。更に彼女があなたの興味を引く話題を振る。
ゴーストを召喚する術の手掛かりがあるのか。引き続きあなたが耳を傾ける。
「時系列で言うと“界の元素”と“空の元素”の前だから十番目か。魔道士はね、その十番目の元素も封じちゃったっぽいんだよね。それでその元素の内容ってね、驚くなかれ、なんと魂に関する要素、……いや、これだと抽象的で分かりづらいな。言い直すね、なんとあの世とこの世を繋ぐ要素を持つ元素っぽいの」
魂の元素と言うべきか。確かにそんな物があるなら、ゴーストを召喚できるだろうか。
だが、あまりにも突飛すぎる。あの世なんて見たことがないあなたは、彼女の話を聞いてもいまいちピンとこなかった。
先ほどのことがある。からかっているんじゃ、などとあなたが念を押すが、
「君、案外根に持つね。嘘じゃないってば」
疑われてエムブラが口を尖らせる。
「封じられた魔法を解析していくうちにボクはこの元素の存在を知ったんだ。ボクの知らない、十二番目の元素があるぞ、ってね。その元素の生成方はボクも知らないし、知ることもないんだろうけど、この元素こそがゴーストを生む鍵なんじゃ、ってボク睨んでるんだ」
魂などと、あなたはいまいち信じられないが、彼女は学者だ。あなたよりも魔法についてずっと詳しいだろう。
十二番目、正確には十番目か。そんな元素の存在をあなたが留めておく。
しかし、あなたがふと見た夢を思い出す。それはハレーシャンで邪眼の石竜に噛まれ、意識不明の重体になったとき。あの時に見た夢はあの世のようだった。
あの世という物を信じても良いのかもしれない、などとあなたが思い直す。
「だから今度ゴーストと戦う機会あったら、ちょっと覚えておくといいかもね。どう? これで少しは満足してくれた?」
尋ねた彼女に対し、面白い話が聞けてあなたが頷く。
何より、彼女が初めて胸襟を開いたことが、あなたは嬉しかった。
「ふふっ、よかった。あ、朝日」
東の地平線が赤く色付いている。
「さて、遭難しないよう気合い入れますか。……君、砂漠を越えるまで一緒に頑張ろうね」




