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その女

 あなたたちはパズズこと熱砂の蠕虫に遭遇し、敗北を喫した。

 塵旋風さえ吹かなければ倒せたのかもしれない。しかしあなたは、運が悪かったとは片付けておらず、蠕虫はあの場に風が吹くことが分かっていたのではないか、などと感じている。

 理由は蠕虫がのたうって地中に逃れたときに逃げ出さなかったからだ。地中に逃げればあなたたちは手が出せず、ましてやあの時の蠕虫はエムブラを腹に収めている。あなたたちに固執する必要があったのだろうか。

 それに、ジュリアが矢を放とうとし、戦いを忘れたが如く右を向いたあの挙動。あの時に風が吹くことを察知し、だからこそ粘ったのではないか。

 蠕虫は風の魔王とまで称されるモンスターだ。風を読むくらいは()(やす)いだろう。そうあなたは敗北を顧みていた。

 あなたたちは腹の中から逃れたエムブラに助けられ、かろうじて生き延びた。そして、その日の夜。


「うう、今日も冷えるね」


 毛布に包まるエムブラが、白湯(さゆ)(すす)りながらあなたに言った。

 呑み込まれたエムブラの服は、蠕虫の体液によって所々が溶かされてしまった。間の悪いことに替えを持っておらず、それで毛布の中は下着姿である。

 昨日も、エムブラは夜空を見上げながら同じことを言っていた。しかし昨日とは状況が違う。今のあなたたちはラクダのビッグスとウェッジを失い、徒歩での砂漠横断を余儀なくされている。

 予定が狂った。あなたたちは遭難一歩手前、残る水と食糧に気を払わなければならない。前に砂漠を越えた町、ニャンフンルルまであと二日と述べたが、それはラクダに乗っていた時の話であり、あなたたちはいま切羽詰まった状態に追い込まれている。


「……ごふっ、あうぅ」

「ごほっ! ……げほっ」

「二人とも、辛そうだね」


 そんな今のあなたたちを追い討つように、テントの中で休むワラビとジュリアが苦しんでいた。

 二人の様子を心配するエムブラ。砂を多量に吸い込んだ二人は、今日一日ずっと咳き込み、砂の混じった(たん)をしきりに吐いていた。

 砂を排出するためにも休ませるべきだろう。しかし、もう一度述べるがあなたたちは遭難一歩手前である。この砂漠で助けなど期待できず、苦しくても進まなければならない。

 オムドゥルマでの心労に加え、砂に苦しむ二人。あの様子ではろくに休めないだろう、などとあなたも気を遣う。


「ねえ、君もだからね? 二人が心配なのは分かるけど、ボクは君の方が心配だよ」


 二人同様に咳き込み、加えて蠕虫に巻きつかれたことで体の節々を痛めているあなたを、エムブラが物憂げに見つめた。


 程なくして、エムブラとあなたが囲う()き火から、パチっと炭がはぜた。

 あなたが訊いた。エムブラが発現し、熱砂の蠕虫を倒した紫電の矢。あれは一体何なのか彼女に訊いてみた。

 スイハヒョウハ、と彼女は唱えていた。そんな魔法あなたは聞いたことがない。大抵の魔導書を蔵書しているカタリナの図書館にも、そんな題の魔導書はなかったはずだ。

 そして、あなたが見た紫電の矢は、伝え聞く姫君と魔道士の合体魔法のようだった。その事も併せてあなたは訊いてみた。


 そもそも彼女は何者だ。彼女はあなたたちの教師であったが、その魔法に対する知識は亡きクレオが舌を巻いたほど。

 さらに、熟練の戦士に劣らぬ強さまで持っている。カタリナ籠城では誰も彼女に手を出せなかった。

 あどけない顔に反して経験が過ぎる。謎多い彼女にあなたが問い詰めると、

「……君。君たちは、ゴースト見たことあるよね?」

 エムブラが逆に尋ね、あなたが(うなず)いた。


「ゴーストってさ、どうやって生まれるか知ってる?」


 この疑問にあなたが一度は首を振った。だが知っている限りの事は答えた。

 ゴーストという存在が、文献に現れ始めたのは魔王の時代からだ。魔王が死に切れぬ者の魂を呼び寄せ、具現化させたものがゴーストと聞く。

 ゴーストは呼び寄せる、つまり召喚することで生まれる。その旨をあなたは伝え、そして彼女に問うた。

 こんな事を訊くということは、ゴーストを召喚する(すべ)を知っているのか、と。しかし、

「ううん、そこまではボクも知らない。まずゴーストについてどこまで知っているか、君との共通認識を確かめたくってね」

 エムブラが首を振りながらゴーストに対する認識を確認する。


「それでね、ゴーストの中にはさ、やけに生前の想いを残すヤツいなかった? 例えば誰かのために働くゴーストとか、生きていた頃の話を(じょう)(ぜつ)(しゃべ)るゴーストとか」


 彼女の問いかけに、あなたがハッと思い出した。

 二年前。シュラク東の廃墟。まだあなたとワラビがジュリアと出会う前で、迷子を捜索した館だ。

 あの館で遭った石像は、死に際にワラビを勇者の子孫と言い当てた。他にも「あの方が残した終末は止められん」と言っていた。

 今更ながらにあなたが、あの石像は何者だったのか、などと思い返す。中に()(はく)を宿していた事から、ゴーストであることは間違いないだろうが、記憶を持つゴーストなんて存在あり得るのだろうか。


 また、あなたにはもう一つ思い当たる節があった。それはつい最近、ジュリアの実家である。

 ジュリアの実家にあったガーゴイル像。あの像はいま無くなっている。カタリナで凶徒を倒し、あなたたちが家に帰ったあの時、あの像はクレオの亡骸と共に破壊されていた。

 なぜ像が壊されたのか。それをあなたはハインツに尋ねたことがあった。するとハインツは「あの像が俺たちを護ってくれたんだ」と答えた。

 ハインツが言うに、凶徒がカタリナ占拠を宣言したとき、家にいたクレオはハインツですら知らない魔法をあの像に向かって唱えた。すると像が動き始め、カタリナ籠城の間、あの像は家と家人を護るべく奮闘したらしい。

 しかし、凶徒から度重なる打撃を受け、あの像は破壊された。そしてハインツが凶徒に襲われたところを、クレオが庇って倒れた。

 脇腹を深く刺されたクレオは「ジュリエッタに会うまでは死ねるもんですか」と自身を励ました。しかし事切れ、最期の望みは叶わなかった話をあなたはハインツから聞いていた。

 そして、あの像にも宝石が埋め込まれていた。思い当たる節があってあなたが戸惑う。


「……ふふっ。君はボクの唱えた魔法を見て、あの姫君と魔道士を思い出したんだよね?」


 あなたの戸惑いを見透かしたようにエムブラが訊いた。

 立ち上がり、含み笑みを浮かべるエムブラ。焚き火の炎が毛布に包まる彼女を赤く照らす。


「どう? 気が付かないかな? 君が見たゴーストの中には想いを持つヤツがいた。そしてゴーストが、無機質な物ばかりに乗り移ると思う?」


 エムブラが歩き、月を背にして(なお)も尋ねる。

 可笑(おか)しそうな彼女のペースにあなたは惑っている。ゴーストと彼女の素性、この関連なさそうな関係を問う間もなく、あなたはただ茫然(ぼうぜん)と月光に照らされる彼女を見つめている。

 そんなあなたに彼女がヒントを告げる。


「ふふっ、あははっ。そう、ゴーストは無機質な物ばかりに乗り移るとは限らないんだ。ゴーストがヒトを襲う理由ってこれなんだよね、生きた肉体が欲しいから。そしてボクは、あの姫君と魔道士が唱えた紫電の矢を顕現した」


 紫電の矢を顕現。言われてあなたが気が付いた。

 エムブラは今、命ある肉体にもゴーストは宿る、と暗に告げた。

 俄かには信じ難い。しかしいま目の前にいるエムブラ、いや、女の体は、元々の持ち主ではない魂が宿っている可能性があるのだ。

 それならあどけない顔に反した経験も納得がいく。そして、伝え聞く紫電の矢を発現させた人物は、魔道士ともう一人。

 しかしまさか、そんなことがあるのだろうか――。


「やっと気付いたようだね」


 眼前の女が妖しく告げた。


「エムブラとは仮の名前。ボクの本当の名は、姫君・ゼノビアさ」


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