救えぬ葛藤
空に灼ける陽が、砂の大地を熱く照らす――。
「はぁ、はぁ……、ぐっ、このぉっ!」
肩で息をするジュリアが鎖を振り、錘を熱砂の蠕虫に叩きつけた。
蠕虫が頭を打たれ、殴られたように横を向いたが、それでも倒れぬ蠕虫にジュリアが歯噛みした。
「やああっ! ……はぁ、はぁはぁ」
代わってワラビが右の短刀で蠕虫の胴体を切り付けた。
蠕虫が胴を裂かれ、その傷口から膿のような体液を垂らすが、それでも倒れぬ蠕虫にワラビが荒い息を吐いた。
「くっ、しぶてえ……」
「いいかげん倒れてよ、こいつ……」
ジュリアが何度錘を叩きつけても、ワラビが何度切り裂いても、熱砂の蠕虫は倒れなかった。
これに対する二人の疲労は濃い。砂地という足場と、昇る陽につれて上昇する気温が二人を参らせている。
敵の想像を越えるタフネスさに弱音を吐いた二人。乾いた風が吹き付け、そして、遂に限界が訪れる。
手で汗を拭うジュリアが気を緩めてしまい、その一瞬の隙を突いた蠕虫が、
「う、うわあっ!」
胴体を伸ばしてジュリアを呑み込まんとする。これをジュリアは寸でのところで避けたが、服の袖が蠕虫の飾り物のような手に引っかかってしまった。
「わっ、た、助けて!」
「ジュリア!」
幸い、直ぐにワラビが斬りつけたことによりジュリアと蠕虫が離された。
しかし、これ以上は困難とあなたが悟る。ジュリアは戦いの初めこそ蠕虫の攻撃を避けていたのだから。
もはや案じれる状況じゃない。あなたが二人に、長刀と弩を持つよう指示し、
「アンタ、……分かった」
「…………」
二人が躊躇しながらも長刀と弩を構える。
「……エムブラ先生、ごめんなさい」
二人に長刀と弩を持たせるということは、あなたたちは蠕虫に呑まれたエムブラを考慮しないこととなる。
だが、手加減などできる相手ではない。苦渋の決断、あなたたちがエムブラごと斬る覚悟で蠕虫に臨む。
それでも二人は、知らず知らず加減をしてしまうだろう。だからまずは自分が実践するべきと、あなたが吹き付ける風を切って蠕虫に近付き、今まで避けていた蠕虫の太き腹を斬る。
腹を裂かれて蠕虫が体液を撒き散らす。しかし切り口は消化器官に至らず、中のエムブラは窺えない。
斬らなかった事に内心ほっとし、これではダメだ、などとあなたが煩悶する。
この自責するあなたに蠕虫が尾を振った。
あなたが盾で受け止める。しかし、強い衝撃に腕が痺れ、未だ余力を残す蠕虫を前に、二人と同じく疲れているあなたが渋面を浮かべる。
そして、あなたたちは気付いていなかった。悪霊の名を冠する蠕虫がしぶとく耐え続けている意味を。
矢を装填したジュリアが、
「撃つぞアンタ!」
引き金を引くが、矢は狙い定めた蠕虫の頭に刺さらず、やや上へと逸れてしまった。
「外した!? ……風か!」
外したことでジュリアが気付いた。砂漠に吹く風が、高まる日に併せて徐々に強まっていたことに。
あなたたちの服の裾を、めくるような風が吹き、風の魔王が長き尾をしならせる。
荒れる前に蠕虫を倒さねば。そう気付いたあなたが二人を急かそうとするが、既に上昇気流は砂を巻き上げ始めている。
あなたの頬を砂がバチバチと打ち、間もなくして宙を舞う砂が、あなたたちの前をみるみると灰汁色に覆う。そして、
「……うっ!?」
「見えない!」
視界が遮られた。熱砂の蠕虫とあなたたちを、突如として起きた塵旋風が包み込んだ。
「くっ、目が!」
「……うっ、げほっ! げほっ、げほっ」
風と粒子があなたたちをあらゆる角度から襲う。
目を塞がれ、息をすることすら許さない。あなたが暴風と目の痛みに耐えながら逃げ道を探すが、周囲は煙に包まれたようで敵わなかった。
カムシーンと共に現る風の魔王。その蠕虫が、惑い苦しむあなたたちに尾を振り上げる。
最早あなたたちは手頃な獲物だった。じっくりと、一人ひとりを確実に仕留めればよい。そう蠕虫がジュリア、ワラビと尾を叩きつけ、そして残るあなたも為すがままに尾を喰らって倒された。
「く……ゲフッ! ゲフゲフッ、ゲフッ……」
「ガフッ! うぅ、……ガフッ」
這い蹲るジュリアに、胸と口を押さえて横に臥すワラビ。
何としてでも倒さなければ。そうあなたが咳き込みながらも気力で立ち上がるが、蠕虫はそんなあなたの戦意を挫くように、その長く太い胴体を伸ばした。
そして、蠕虫があなたに巻きつく。捩じられるような力があなたを絞め付ける。
バラバラになりそうだった。塵旋風が微かに晴れ、視界が効くようになったが、軋む肉と骨の音にあなたは死を直感した。
しかし、あなたを絞める力が急に緩んだ。
崩れるように倒れ、何事かと腹ばいに寝るあなたが首だけを向けると、蠕虫が激しく身を震わせていた。
口を大きく開けて悶えている。間もなくしてその大口から、体液まみれのエムブラが吐き出される。
「……ふう。なんとか魔法唱えて逃げれたけど、服べちゃべちゃだし、なんかクサイし、もう最悪」
立ち上がったエムブラが、ぬめる服に染み付いた臭いを嗅いで嘆いた。
それから、エムブラが辺りを見回し、
「みんなやられちゃったか。……ちょうどいいか」
と呟き、
「それじゃ、ボク本気を出すね。この子たちを餌にされる訳にはいかないから。バイバイ、悪霊さん」
弓を引くような格好をして呪文を詠む。
――”白猿啼きし我が神箭、とくと御覧じろ“
“汗奔る戦場よ、捨て奸す果て臨む躯の大廈、重畳々々なり”
“孤高の名は創と共に有り。傲岸不遜こそ頂への階と図られよ”
“此の二矢こそ失いし王の双眸。栄光閉ざし烈火が報復す”
“射貫きし傲慢、されど先陣は切られたばかり。悍馬駆り嘶うる音も”
“風よ風よ、むさ苦しき前の乾きし心地、これぞ戦場なり”
“吠えよ吠えよ。踊る心に些かの小心、これも戦莫迦なり”
”天貫きて地を砕かむ。虚空に響け、更衣の霹靂よ“――
迸る電流。詠唱するエムブラの両腕の間には、紫の稲妻が顕現していた。
これを見てあなたが目を剥く。それは、姫君と魔道士が二人で唱えた合体魔法、伝え聞く紫電の矢のようだ。
「――“雷上動”」
あなたが聞いたことのない魔法をエムブラが放った。
紫電の矢を浴び、熱砂の蠕虫が倒れる。タンパク質が燃えるような不快な臭いが漂う。
この女、何者だ。そう思ったところであなたの意識が途絶えた。




