amphisbaena
パズズは伝承によると、正か邪か定かならぬ魔人と言うべき姿をしている。
ライオンの頭と腕にサソリの尾を備え、背には天の使いと見紛うばかりの翼を持つと思えば、股間には禍々しきヘビの男根を隠すと云う。
ヘビの男根。今、あなたたちの目の前にいる蠕虫は、見ようによってはそう見えなくもない。
「パズズだって? センセ、そいつもっと南にいるんじゃなかったのかよ? 砂嵐だって吹いてないし」
パズズと言ったエムブラに対し、ジュリアが熱砂の蠕虫を臨みながら反論した。
亡き食堂の主人の言ったことが正しければ、パズズはアシュタルト砂漠の南部に出没する。その忠告に従ったあなたたちは、砂漠でも北寄りの地を進んでいた。
そもそも砂嵐が吹いていない。パズズはカムシーンと共に現れると聞いている。しかし、
「でもこんな大きなモンスター他にいると思う? 雪が降ったんだもの、北に移動していてもおかしくないよ」
先日の異常気象を理由に、エムブラは蠕虫をパズズと断定する。
「来たよっ!」
蠕虫の後方から砂が吹き上がる。砂の中に隠していた尾を、蠕虫があなたたちに向けて振った。
速い。しかも長い。あまりにも長大な尾の長さにあなたが驚く。
伸ばすと歩幅にして五十を越えるのではないだろうか。その長さと速さに戸惑いつつも、あなたたちが薙がれる尾をかろうじてかわすが、
「あんっ!」
一人、喰らったエムブラが弾かれたように砂の上を転がる。
「センセ! 大丈夫か!?」
「な、なんとか。いてて……」
駆け寄るジュリア。あまりダメージはなかったようで、あなたがほっとする。
しかし蠕虫は息吐く暇も与えない。再び尾を振り、ジュリアとエムブラを一遍に叩こうとする。
ジュリアは大丈夫だろう。問題はエムブラだ。先にかわせなかったことから、あなたがエムブラに不安を覚える。
だから庇った。盾を構えるあなたが強い衝撃を受けるが、かろうじて持ち堪えた。
「飽くなき闘争の果てに! ――“雷巣”!」
そして、庇うあなたを見て呪文を唱えていたエムブラが、蠕虫に近付いて雷巣を放った。
電撃を浴びて悶える蠕虫。この動けぬ蠕虫にエムブラが、
「二人とも、今よ!」
「うん!」
「分かってる!」
ワラビとジュリアに攻撃を命じた。
ジュリアの放った矢が蠕虫の左眼に刺さり、続けてワラビがその胴体を切り裂く。
蠕虫がのたうち、その巨体に巻き込まれては敵わないと、あなたたちが一度退く。
「君、ありがとね」
庇ったあなたにエムブラが礼を述べた。
眼前の蠕虫。ミミズのようでいてヘビにも似てることから、確かにドラゴンなのかもしれない。
しかし、この世にはミミズトカゲという生物が存在する。主に地中で活動するその生物は、その名が表す通りミミズとトカゲが合わさったような外見を持ち、環節状の胴体をしながらも鱗を纏っている。
蠕虫は大きさこそドラゴンに比肩するが、外見と地中から現れた生態はミミズトカゲのそれである。よってパズズはヘビやドラゴンではなく、巨大なミミズトカゲではないか。そう推察しているあなたが、ジュリアに目以外の急所を狙うよう告げる。
地中に生息する生物の大抵は、光を必要としないために目が退化している。この特徴をあなたが、「どうして」と訊き返したジュリアに述べると、
「分かったアンタ。次は口か頭を狙うよ」
納得したジュリアが次の矢を番え、弦を引いた。
そしてジュリアが弩を構えるが、
「……うん? あいつどうした?」
不審を感じ、引き金に掛けた指を止めた。
蠕虫は頭を右に向けていた。その様子は傷付けられたことを忘れ、遥か彼方を望んでいるよう。
本当に忘れてしまったのか。しかし、敵は曲がりなりにも悪霊の名で知られるモンスター。あなたたちから受けた痛みを忘れるはずがなく、その名に相応しき恐ろしさをあなたたちはこれから知る。
蠕虫は目が利かずとも、僅かな振動やあなたたちの体温などから、あなたたちが今いる場所を察知している。
右を向く蠕虫が一転、大きな口をがばっ、と開け、
「うっ!」
急に振り向き、口から砂の混じった猛烈な息をあなたたちに吐き出した。
「あうぅ、み、みんな、大丈夫?」
「う、げほっ! げほっ」
くぐもった声で呼びかけるワラビ。ジュリアは吸い込んでしまい噎せている。
吹き付ける砂風があなたたちに目と鼻と口を塞がせる。この状態では戦うことなど敵わなかった。
一度距離をとるべきだ。そうあなたが皆を退かせようとするが、
「え、やっ」
「セっ、センセ!」
その間なく体をぐんと伸ばした蠕虫が、一瞬のうちに開いた大口で、エムブラを上から包み込んでしまった。
「エムブラ先生!」
ワラビが叫ぶが返事はない。仰け反った蠕虫が一気に嚥下する。
そして、あなたたちに向き直る蠕虫。過去にバースデイ島で似たような事態が起きたが、あなたたちは確と見てしまった、蠕虫に呑み込まれるエムブラの姿を。
蠕虫が満たされたように長き尾をくねらせ、対するあなたたちの脳裏には、あの濁流に呑まれた食堂の主人が想起される。
――また、助けられないのか。
「……ううっ! ジュリア、キミ! こいつ絶対にやっつけよう!」
「ああ! 待ってろセンセー、絶対に助けてやる!」
ワラビとジュリアが奮い立った。エムブラはあなたたちにとっての大事な恩師だ。
それに、無力さに打ちひしがれるなどもう御免だ。山津波の無念を払拭すべく、あなたたちが絶対に助けると心に誓う。
腹の中のエムブラを考慮し、ワラビとジュリアが短刀に鎖と、殺傷能力の低い得物を構える。
「このぉっ、喰らいやがれっ!」
蠕虫の顔面目掛け、ジュリアが新たな鎖分銅「流星槌」を振った。
振り上げた錘は顎に当たり、蠕虫の顔が跳ね上がる。
続けてジュリアがもう一度鎖を振り上げ、錘を蠕虫の顔側面に強打する。これに蠕虫が障り、ジュリアに噛みつかんとするが、この大口をジュリアがかわす。
「先生を、返せぇ!」
代わって躍り出たワラビが、同じく新たな短刀にて蠕虫の胴体を切り付けた。
ワラビの短刀は、カタリナの女鍛冶集団・ヒルデブランドが作製した一品である。前に刀は採算が取れないと生産を断念したヒルデブランドだが、懲りずに作ってしまった物をワラビが買い取っていた。
三度傷付け、鱗の中の肉を晒したところで蠕虫が尾を振るが、これをワラビが屈んで避ける。
更にもう一度切り付け、蠕虫がしきりに体をくねらせる。この巻き添えを避けるべくワラビが下がる。
「あっ、こいつ!」
しかし、蠕虫はワラビを下がらせる為に体をくねらせた訳ではなかった。
砂の上で蠕虫が激しくのたうつ。そして砂を掘り、蠕虫が砂の中にその巨体を隠した。
「くっ!」
悔しがったジュリア。掘ると同時に吹き上がる砂が、あなたたちの接近を阻む。
逃げられたらまずい。そんな考えがあなたの頭をよぎるが、幸いにも蠕虫は諦めていなかった。
隆起する砂が、あなたに迫っている。間もなくして地中から飛び出した蠕虫が、あなたに向かって大口を開ける。
ラクダのビッグスとウェッジを貪り、エムブラを呑み込んだ口。これに向かってあなたが、盾をあらん限りの力で投げつける。
盾を噛んだ蠕虫。そして側面に回り込んだあなたが剣を払い、蠕虫の顎の辺りを切り付ける。
盾が落ち、あなたがすかさず拾う。
「いいぞアンタ! くたばりやがれ!」
体液を散らしながら暴れる蠕虫の頭に、ジュリアが錘を叩きつけた。
打撃と斬撃を浴び、やぶれかぶれに蠕虫が、ワラビに襲い掛かるが、
「くらうもんか! やあぁっ!」
大口をかわしたワラビが弧を描き、またも蠕虫が体液を散らした。
勝てる。蠕虫はあなたたちの動きに対処できていない。あなたたちは蠕虫に呑まれたエムブラを助けられる、――はずだった。




