権力は横暴で、そして煙たい
あなたとジュリアとテオが、カジノ「ボナ」で働き始めてから七日が経過した。
この間、あなたの右足が完治した。松葉杖が要らなくなり、あなたは自由に歩ける喜びを噛み締めたが、併せて足が衰えてしまったことも実感し、鍛えねば、などと心に誓った。
また、あなたは装備を一部新調した。かの魔王の時代に重装歩兵が装着していた、伝統ある型の鉄製脛当て「アイアングリーブ」を購入した。
話を戻し、今日もカジノ「ボナ」は平常営業。気紛れな神がもたらす幸運に場内が沸いている。
淋狗の時を過ぎた遅い時間。剣を差し鎧を着たあなたが店内を見回っていると、
「ジュリアー、まだ仕事終わらねえのかー。早く遊び行こうぜー」
あの、件の貴族の手下を叩きのめしていた、褐色銀髪の刑事ラズィーヤにジュリアがからまれていた。
「まだ終わんないよ。司直の仕事はいいのかよ、“ラズさん”」
「あん? 仕事なんて放っておいてもソロンが適当にやってくれるさ。おまえも仕事なんてもう切り上げてよ、ワラビも呼んで早く遊び行こうぜ。その格好でさ、にひひ」
「この不良刑事」
溜め息を吐くバニーガール姿のジュリアを、黒いドレスを着てめかしこんだラズィーヤがにたにたと笑った。
地下牢獄の手前で会った時はチェインメイル姿のラズィーヤだが、今日の彼女は肩出しのパーティードレスを纏い、ボリュームある銀髪をリボンで左右に結わえている。この二人だが、ワラビを除いたあなたたちがカジノで働くことが決まった日、カジノを出ようとしたときにこの刑事と偶然出会った。
若い男たちに容赦ない暴行を加えていた印象が忘れられず、あなたたちは警戒した。だがこの刑事は、ワラビとジュリアをまた嘗め回すように見た後、「おい、ぱっつんとギャル、ちょっとわたしに付き合えよ」と言った。
そうして、二人は強引に連れて行かれた。あの日、二人があなたとテオの元に帰って来たのは、始鼠の時を過ぎた遅い時間だった。
何かされなかったか。そう問うあなたに、二人は「子分にされちゃった」と言った。
「またあの刑事さん来ているのかね。やりにくいから来て欲しくないんだよなぁ……」
あなたのそばに来たハワードが、ジュリアにからむラズィーヤを見て嘆いた。
そして奥に引っ込むハワード。以前ジュリアにからむ彼女を見てハワードは注意しようとしたが、彼女はケルベロスの徽章を掲げて「わたしは司直の刑事だ。知っているだろうが、最近ウィルガスト家の威を借るチンピラ共が街の治安を著しく乱している。見回らせてもらうぞ」と返していた。
ハワードは従うほかなかった。彼女の言うチンピラ共は既に殆どが捕まっているのだが、国直属の警察機構・司直に異議を唱えられるはずもなく、彼女の跳梁を許していた。
ギャンブルとは、客が多少なりとも羽目を外して成り立つものだ。そこに取り締まる立場の者がいればやりづらいことこの上ない。救いとしては、彼女の見た目が司直の一員に見えないことだろうか。
とは言え、彼女はワラビとジュリアによると、決して悪いヒトではないこと。
二人が強引に連れて行かれた日、二人と彼女は、杖を折ってしまった足の悪い老爺と出くわした。老爺が立ち上がれずに困っていたところ、彼女は率先して老爺を抱え、家まで運んでいったらしい。
その抱え方は俗に言う「お姫様だっこ」で、彼女の容姿もあって老爺はとても恥ずかしがったそうだ。また、観光に来た老夫婦には、ぶっきらぼうな口調ながらも丁寧に道案内をしたらしく、そんな老人には優しいエピソードをあなたは二人から聞き、ソロンが「悪いところばかりではない」と言った意味を思い出す。
子分にされた二人は、彼女によく飯を奢ってもらっていた。それと彼女、風呂が甚く好きのようで、いつも公衆浴場で裸の付き合いをさせられる、と二人はぼやいていた。
彼女の裸体は二人曰く、ムッキムキでびっくりするとのこと。ともあれ、二人はラズィーヤと仲良くなった。彼女の方が年上だが、二人は「かしこまられるの苦手なんだ」と言われており、そんな訳で二人はもう彼女と、友達のように気兼ねなく接している。
「おーいアンター、このヒトどうにかしてくれよー」
しつこく絡むラズィーヤに参ったジュリアが、あなたに助けを求めた。
ラズィーヤがすかさず「おいバカやめろ」とジュリアを叱る。あなたは、あまり彼女に好かれていない。
この理由もあなたは二人から聞いていた。ラズィーヤは二人に、「この世には逆らっちゃいけない奴が一人いる。それはおまえらも知っているクライブの旦那だ。昔あんまりにも偉そうだったからムカついてケンカ売ったんだけどさ、このわたしが手も足も出なかったのは初めてだったよ。旦那め、女相手にバカスカと殴りやがって。ソロンが止めなきゃわたし死んでたからな」と、上司について吐露していた。
そして、「あのヒトからは、クライブの旦那とおんなじ恐ろしさを感じるんだよ。ほら、“触らぬ神に祟りなし”、っていうだろ?」と二人に話していた。
***
「今日も仕事終わったぜー」
テオが背を伸ばしながら喜びを口にした。
今日の勤務が終了し、あなたとテオがカジノの裏口から退出した。ジュリアはラズィーヤに連れられてもういなかった。
ワラビも合流するのだろう。ちなみにワラビだが、あなたたちがステーキを食べた食堂で働いている。店主は初め人手は足りていた為にワラビの雇用を渋ったのだが、ワラビが店の桶を借り、その中に水を溜めてから得意の氷結魔法を唱えると、店主は掌を返したようにワラビの短期雇用を認めた。
冷蔵庫という食糧を保存するための大きな箱がある。箱の中に氷を収めて冷やす、食堂などでは割と見かける物だが、ワラビは「自分を雇うと冷蔵庫の氷がただで作れますよ」と店主にアピールし、認めてもらったのだ。
そんな事あり、いまワラビは製氷を兼ねて食堂で働いている。製氷に関しては他の店から頼まれることもあるらしい。
時刻は終猪の時を過ぎ、普通の街なら閑散としている時刻だが、この街ではこれからが隆盛を極める。
今日はどうするか。このままハワードが滞在費を受け持つ宿へ帰るか。それとも、少し寄り道をするか。
夜に灯る光があなたとテオを照らす。ぼんやりとあなたが歩いていると、
「こんばんは。夜分遅くに失礼」
思わぬ人物に出会った。あの、若者の首を一瞬にして刎ねた、青年刑事・ソロンがあなたに声を掛けた。
「ラズィーヤがいつも迷惑をお掛けしてすみません。今日は貴方に用がありまして」
微笑む今日のソロンは私服だった。デニムを履き、襟の付いた前開きの厚いニットを着用していた。
どこにでもいそうな格好である。だが背が高めで細身、さらに容姿も良い彼がすると映えるから不思議だ。
共にいたはずのテオはもう逃げていた。しかしそれよりも、あなたが気になったのは怪我だった。
ソロンの左手には包帯が巻かれていた。服の袖で覆っているが彼は腕を負傷しているようで、その手をあなたが尋ねると、
「不覚をとってしまいました。僕もまだまだですね。少しお時間いいですか?」
このどこか一癖ありそうな二枚目の刑事にあなたは誘われた。




