身を窶して
「なんだよこのかっこうー!」
ジュリアが、自分の姿に頭を抱えて絶叫した。
「もう着てるくせに何いってんの。でもいいな、カワイイじゃん」
「……師匠、こりゃヤバイぜ。何かの小説で読んだ泥棒よろしく、スピンしながらパンツ一丁でダイブしちまいそうだ。もっとも、ジュリアさんにそんなことした日には明日の朝刊に載っちまうけどな」
「うう、こんな姿をマ、……母さん見たら、きっと悲しむんだろうな」
己が着る過激な衣装を顧みたジュリアが、両手で胸と股を隠すようにして縮こまった。
衣装の特徴を一つ一つ連ねると、まずは肩を出した黒のボディスーツを着て、脚には網タイツを履いていた。
首には蝶ネクタイをし、手首にはカフスを付けている。肩をさらけ出して腕も覆っていないのに何故カフス、という指摘を、今のジュリアの姿で挙げるのは野暮である。
頭には「ぴょん」とウサギの耳を模した飾り付きのヘアバンドをし、尻にはこれまた「もふっ」としたウサギの尾を模した飾りを付けていた。つまりジュリアは「バニーガール」の恰好をしていた。いや、させられていた。
「わっはっは、私が目を付けた通りだ。とっても似合ってるじゃないか」
中年のぽっちゃりと太った小男が、恥ずかしがるジュリアのバニーガール姿に喜んだ。
あなたたちが今いる場所は、大通りに面するカジノ、「ボナ」という店の控え室内である。
店としてはそれほど大きくない。ハレーシャンにはカジノが幾つもあるが、ボナはその内の一つであり、規模としては中堅にあたった。
そして今にんまりと笑う、山吹色の背広を着た中年の小男は「ハワード」と言い、ボナのオーナーである。
太った上に短足で、その外見はタヌキのようだった。ディーラーなど店のスタッフには「社長」と呼ばれていた。
「では君も頼むぞ。おまけの君もな」
「おまけって傷付くぜ社長」
任せたぞ、とハワードがあなたとテオの肩をポンと叩き、おまけと言われたテオがぼやく。
あなたは鎧を着込み、テオはタキシードを着せられていた。あなたたちが中年の男を助けるべく若い男四人と相対したとき、ハワードはワラビが屋根の柱を切ったところを陰から見ており、家主に謝罪と弁償をするから代わりにしばらくウチで働け、とあなたたちはハワードに強請されていた。
あなたがカジノで何をするのか。それは防犯である。客が変な気を起こさぬよう常に武装して立ってくれ、とあなたはハワードから守衛を命じられていた。
テオは雑用。だが、あなたは松葉杖を突いている。そんなあなたとテオを雇ったのはついでなのだろう。
己の格好に慣れ始めたジュリアにハワードが、
「ウチにも看板娘がいたんだが、急に“妊娠したから辞めます”とかぬかしおってな。だがジュリアくん、君はそいつなど尻尾巻いて逃げ出すほどの逸材だ。代わりが見つかるまで、ウチの看板娘として十分に頑張ってくれたまえ。なんならずっと働いてくれても構わんぞ、わっはっは」
その容姿とスタイルでボナに客を呼んでくれ、と励ました。
滞在費は受け持つとのこと。ハワードはジュリアを見込んで雇い、ついでにあなたとテオも雇ったのである。
「うー、テオ君まで仕事あるのに私だけ無いなんて。社長、柱切ったの私なんだけど?」
「うーむ、君は背が低いからなぁ。と言うか、君ほんとにジュリア君と歳同じなのかね?」
「当たり前じゃない! もう大人よオトナ! それとチビって言わないで!」
「中々可愛いし使ってやりたいのは山々なんだが、……うーむ、ダメだ。君だけはどうもカジノで働く姿が想像できない。すまないが諦めてくれ」
謝ったハワード。柱を切った張本人のワラビだけ不採用だった。
カジノというのは大人の社交場でもある。そこに見た目が子供のワラビが働いていたら確かに問題だろう。
仲間はずれにされたワラビがむくれ、あなたとジュリアが苦笑する。そんなワラビに慰めようと雇われたテオが、
「ワラビさ」
「うっさい!」
「ほげっ! お、おいワラビさん、まだ何も言ってねえじゃねえか!」
声をかけたが、その余裕が気に入らないワラビに逆ギレされた。
「ところでジュリア君、その腰に巻いた鎖はどうにかならんかね?」
「いやー、これがないと落ち着かなくて。頼みますよ社長」
ジュリアは腰に鎖を巻いていた。
露出を好まない彼女が、肌をさらして人前に出るのだ。不安なのだろう。しかし、腰に鎖を巻いたバニーガールという形は、あまりにも斬新で先鋭的である。
ジュリアの頼みにハワードが、暫し悩んだ後に折れる。強く禁じず、今日雇ったジュリアとテオの「社長」という呼称を許し、あなたたちの滞在費用を受け持つあたり、彼は存外に優しいヒトである。
経営者としては不安を覚えるが。こうして、この日は解散となる。
「では君たち、明日から頼むぞ」
ジュリアとテオが着替え、あなたたちが控え室から出た。
篝火が焚かれ、屋内でも明るい店の中では、ルーレットにブラックジャック、ポーカーにバカラが繰り広げられている。
ブラックジャックのテーブルでは、ディーラーがカードを流れるような手付きで混ぜている。ルーレットの方では、ある客が当選結果に喜び、またある客が落選結果に「仕方ない」といった顔で笑っている。
「師匠、どうせだから、ちょっと遊んでいかねえ?」
テオの誘いにあなたが迷う。ギャンブルというものは基本勝てないものだ。素人では運に任せるしかない。
客が負けるからこそ胴元は成り立つ。また、十八歳未満の男女、これをザイオニアやミネルバの法律では「青少年」と呼ぶが、この者達の賭場への立ち入りが最近問題にされていた。
ギャンブルとは言うまでもなく金の掛かる遊びだ。若いうちからこれに凝るのは常識として好ましくない。あなたは新聞を通して知ったこの時事問題に、ごもっとも、などと頷いたことがあった。
あなたの仲間は誰一人として十八歳を満たしていない。しかし一時的とは言え、あなたとジュリアとテオはカジノの従業員となった。特に見た目に反して真面目なジュリアには、ギャンブルと言うものへの理解が必要かもしれない。
人生経験を積ませるべきか、金の浪費を抑えて常識を貫くべきか、などとあなたが迷っていると、
「ねえねえ、あれやってみようよ」
ワラビがある機器に目を付け、そちらに行ってしまった。
「これ図柄が三つ揃えばいいんだよね」
ワラビの目の前に立つのは、スロットマシンという機器であった。
スロットマシンとは、機器にコインを入れて備え付けられたレバーを引くと、様々な図柄が描かれた三つのリールが一斉に回る仕組みのゲーム機である。
三つのリールには、それぞれを止めるボタンがあり、ボタンを押して図柄が三つ揃えばコインを獲得できる。特に「7」の図柄が揃えば大量のコインを獲得できた。
眼に自信を持つワラビが、硬貨をカジノ用のコインに換え、
「社長め。私だけ仲間はずれにしたこと、いっぱい出して後悔させてやる」
私怨を交えてコインを投入する。
そして、回るリールをじっと見つめ、一つ二つと7を止める。
苦もない様子でワラビは7を二つ揃えた。その後にとどめと、力強く三つ目のボタンを押すが、
「……あれれ?」
7は揃わず、ワラビが首を傾げる。
「なんで。三つ目だけ思ったところに止まらない。図柄は見えてんだけど、ボタンを押したら7が滑ったの」
不満げにぺちぺちと、ワラビがボタンを空押しした。
ワラビの強さを支えているのは眼だ。眼が知得した危機や好機が、彼女を反応させる。
優れた動体視力を持つ彼女だから、きっと回るリールの7が見えているのだろう。そのワラビをもってしても7を三つ揃えることはできなかった。
一つ目と二つ目は問題ないようだ。しかし三つ目の7は、狙ってボタンを押しても止まらず、ワラビ曰く違う図柄に「滑る」ようである。
どうやらスロットマシンには、容易に7を揃えさせない仕掛けがあるらしい。
「おかしい。インチキじゃんこれ」
その後、納得のいかないワラビがスロットマシンを何度か回し、諦めてあなたたちがカジノから出ようとしたときだった。
「……あっ」
「あっ」
※我が国ではギャンブルは二十歳未満禁止(パチンコだけ十八歳未満だったかな?)ですが、この世界では特に年齢制限を設けていません。青少年などと言っておりますが、そういう法律が出来る前の話としてご理解ください。




