第7章 風雅登場
カフェ『素敵なお茶会』は、今日も温かく和やかな空気の中、大繁盛で営業を続けていた。あまりの美味しさに「使っている食材を買いたい」というお申し出が増えたため、駒子の幼馴染たちが立ち上げたこだわり食材を扱う信州のアンテナショップ『素敵なカフェのお友達』まで開店するほどの賑わいを見せていた。
ある日、厨房の貯蔵庫を確認していた花音は、お塩のストックが減っていることに気づいた。花音は、アンテナショップへ買い出しに向かうことにした。
その帰り道、路地裏で倒れている猫を保護しようと右往左往している男性の姿を見つけた。街の動物病院の獣医師・明だった。
「明さん、どうされたんですか!?」
「あ、か、花音さん! この猫、車と接触してしまったみたいで……!」
見ると、猫の足から血が滲んでいる。
「これからすぐ病院に運びます」
そう言うや否や、明は猫を抱えて全力で走り出した。花音も買い出し袋を抱えたまま、夢中で病院まで並んで走った。
病院でレントゲンを撮ると、やはり足の骨折だった。
「これから緊急手術に入ります!」
「あ、私、患者さんが来たら受付で伝えておきますね!」
花音はすぐさま未来に連絡を入れ、事情を説明した。
するとしばらくして、病院の待合室に駒子さんが息を切らせて駆け込んできた。
「たまたまカフェにいたんだけど、未来ちゃんから事情を聞いたわよ! 花音ちゃん、私が受付を代わるから! 早くお店に戻ってあげて!」
「駒子さん……! ありがとうございます!」
花音は、会釈をすると、急いでカフェへと走り戻っていった。
やがて手術室のドアが開き、マスクを外した明が出てきた。
「か、か、花音さん! 待っていてくれてありがとうございます……!」
顔を上げた明の目の前に立っていたのは、花音ではなく駒子だった。
「あら、花音ちゃんならさっき私と交代してカフェに戻ったわよ。花音ちゃんじゃなくて悪かったわね、先生」
「えっ……あ、いえっ!」
明の顔が、一瞬でゆでダコのように真っ赤になる。
(((ふふ〜ん……なるほどねぇ)))
駒子さんはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「先生、未来ちゃんだってカフェでお世話になってるんだから、一度お店に顔を出してお礼を言いに行ったらどうかしら? 花音ちゃんにも会えるし」
「カ、カフェに……ですか!?」
「そうよ。でもね先生、そんなボロ雑巾みたいなヨレヨレの格好じゃなくて、パリッとおしゃれして来なさいね。先生、磨けば絶対にいい男になるんだから! その方が花音ちゃんだって喜ぶわよ」
明はさらに真っ赤になって絶句してしまった。
「明日は病院の休診日でしょ? スタイリスト(?)として林田さんを連れて来てあげるから!」
◇
翌日。カフェのテラス席に、トイプー夫人たちと一緒に座っている一人の男性がいた。
未来に頼まれ、お水を運んでいく花音。
「いらっしゃいませ」
花音がお水をテーブルに置くと、その男性がガタッと勢いよく立ち上がった。
「か、花音さん! 先日は本当にありがとうございました!」
「……え?」
(((どちら様……??)))と困惑の表情で駒子さんを見つめる花音。
「明先生よ! 見違えたでしょ? カフェに来るのにボロ雑巾みたいな格好じゃダメって、私たちが全身コーディネートしたの!」
「ええっ!? 明さん!?」
ボサボサの天然パーマにヨレヨレの白衣姿だった明は影も形もなく、そこにはファッション誌から飛び出してきたような超爽やかイケメンが立っていた。
「先日は忙しい時間に病院まで付き添っていただいて、本当にありがとうございました」
「いいえ、私なんて何もお役に立てず……」
何となく良い雰囲気な2人の様子を見て、テーブルの下でトイプートリオ夫人たちが一斉に親指を立て(グッジョブ!)を作っていた。
そこへ未来がやって来て、明の姿を二度見した。
「明君、見違えちゃったわ!! 磨けば光る原石だとは思ってたけど! ……あ、そうだ花音ちゃん、例の『新作サンドイッチ』を出してあげてよ。きっと明君、大好きだと思うから!」
「え? いいのかしら? ちょっとお高いけれど……」
「大丈夫、大丈夫! 先生は仕事一筋で貯め込んでるからね!」
駒子さんが明の背中をバシッと叩く。
「あ、じゃあその新作のサンドイッチをお願いします!」
「かしこまりました!」
花音はパッと表情を輝かせると、キッチンへ戻っていった。
薄々明の片思いに気づいていた未来と駒子たちは、お互いに顔を見合わせて黒い笑みを浮かべつつ、全力で背中を押しているのだった。
やがて花音が運んできたのは、見た目も華やかな豪華ワンプレートだった。
自家製の楕円形パンにサニーレタス、紫玉葱、そして安曇野の牧場自慢の濃厚チーズとジューシーなローストビーフを挟んだサンド。もう一つは、ローストチキンと野菜と自家製エッグスプレッドを挟んだサンド。そこにカリッとしたフライドポテトと手作りサラダピクルスが添えられている。
「「「わあぁぁ〜〜!!」」」
歓声を上げる4人。
明が一口かじりついた瞬間、彼の脳内では天界の門が開き、飛び交う天使たちが祝福のラッパを吹き鳴らす映像が駆け巡った。
「じ、人生で一番美味しいサンドイッチです……!!」
「花音ちゃん、私にも同じの頂戴!」
駒子さんが叫ぶと、他の二人も「私も!」「私も食べるわ!」と大興奮。
「はい! すぐ作りますね!」
実はこの豪華プレート、先日のストーカー事件で撃退してくれた進藤さんたち『殺虫剤軍団』を招待した際に振る舞ったお礼の一品だったのだ。あまりの大好評につき、この度正式にメニュー化されたばかりだった。
明とトイプー夫人たちが大満足で味わい、花音も混ざって楽しそうに歓談していた、その時だった。
突如、一人の若い男性がカフェに踏み込んできて、花音の腕をグッと強く掴んだ。
「ちょっと来て!!」
「きゃっ……!?」
花音が驚いて声を上げると、すかさず明が立ち上がり、男性の手をパシッと振り払った。
「君! 急に女性の手を掴むなんて失敬じゃないか!」
男性は明を睨みつける。
「……あんた、花音の何なんだよ?」
そう問われると、何者でもない明は一瞬言葉に詰まりつつも胸を張った。
「友人……だと思っています!」
男性ははあぁぁと深いため息をつくと、鬱陶しそうに髪をかき上げた。
「俺は花音の双子の弟の風雅だよ。弟なんだから問題ないだろ?」
(え!?双子の弟?)
トイプートリオ夫人達は驚いた。
花音は目を丸くしている。
「風雅!? あなた今、フランスにいるはずじゃ……!?」
「実家に連絡したら、母さんがめちゃくちゃ心配してたんだよ! こんな所で何やってるんだよ? ピアニストの道を諦めて、せっかく親の反対を押し切ってなった音楽教師まで辞めてさ……! 母さんを心配させるなよ。帰るぞ!」
風雅が再び花音を連れ出そうとしたその時、奥からあんずが飛んできた。
「暴力反対〜!!」
さらに、あんずに引き連れられた『殺虫剤軍団』の進藤たちが一斉に立ち上がった。
「君、まずは冷静になりたまえ」
重厚なスーツを着た進藤を筆頭に、ただならぬ眼光と圧を放つシルバー軍団がズラリと立ち塞がり、さすがの風雅も気圧されて大人しくなった。
「……俺は西蓮寺風雅花音の双子の弟です。身内のこととはいえ、お騒がせしてすみません」
するとあんずが「あっ!」と声を上げた。
「えっ!? 西蓮寺風雅さんって……あの世界的に有名なピアニストの!?」
「ええ‥‥まぁ」
これには進藤たちも驚きの声を上げた。
「何? あの有名な作曲家の西蓮寺隼人氏の息子さんで、ピアニストかね! たしかお母様も世界的な画家の西蓮寺百合さんのはず……日本を代表する芸術一家ではありませんか」
「ありがとうございます。ですが今、話が立て込んでおりますので……」
花音の手を引き、連れ戻そうとする風雅。
そこへ、竜崎(老弁護士)が静かに歩み寄り、風雅の肩にそっと手を置いた。
「風雅君。彼女は今、仕事中なんだ。もう少し待ってあげてはくれないかね? 花音さんの作るサンドイッチを心待ちにしているお客様もたくさんいるんだから」
風雅はハッとして、初めて周囲を見渡した。
お店にいる客もスタッフも、全員が心配そうな目で見守っていたのだ。
菊が優しく微笑みながら歩み寄ってきた。
「風雅さん。良かったら、こちらの席にお座りになりませんか?」
菊が丁寧に席を案内し、竜崎が微笑む。
「風雅君。一度、お姉さんの作ったサンドイッチを食べてみるといい。花音さんに新作サンドのプレートを一つ頼むよ」
あんずがお水を運んでくると、風雅はそれを一口飲んで目を見張った。
(((この水……天然水か? それにこのグラス、バカラのローハン……!?)))
しばらくして、花音が少し緊張した様子でローストビーフ&ローストチキンの新作プレートを運んできた。
風雅が一口かじりつく。
(((このパン、姉さんの手作りか……!? 中の肉の火入れも完璧だし、何よりこのピクルスの隠し味……母さんのレシピと同じだ)))
風雅が絶句していると、竜崎が温かい眼差しで語りかけた。
「どうだい? 素晴らしいだろう。これは花音さんがパンから手作りした一品だよ。そのハーブティーは未来さん、絶品のケーキは菊さん。最初は我々も『素人が始めたカフェだろう』と高をくくっていたのだがね……ここまで本物を見せつけられては脱帽だよ。今では我々にとって、なくてはならない大切な場所なんだ」
皿を見つめていた風雅のもとへ、花音が静かに近づいてきた。
「風雅」
「……姉さんゴメン。本気でやってるんだね」
「学校のことだけれど、同僚からのセクハラが原因で辞めたの。教師の仕事は本当にやりがいがあったし、生徒たちとも素敵な時間を過ごせたと思ってる。でもね、私は今のこの生活が、心から楽しくて充実しているの」
「……なんで母さんたちに相談しなかったんだよ?」
「親の反対を押し切って教師になった手前、言えなかったのよ。余計な心配もかけたくなかったしね」
風雅はしばらく静かに考え込んだ後、ポンと花音の頭を撫でた。
「……わかった。俺から母さんたちに話していい?」
「ええ、お願い。ありがとう風雅」
風雅がお会計をしようとすると、すでに竜崎がスマートにお支払いを済ませていた。
風雅は「ここがもう、姉さんの新しい居場所なんだな」と察し、穏やかな顔で帰っていった。
◇
数日後。
風雅はなんと、両親を連れて再びカフェにやってきた。
「パパ、ママ!? どうしてここに!?」
驚く花音に、ダンディな父親とエレガントな母親が微笑みかけた。
「風雅から『すごく素敵なカフェがある』と聞いてね」
「私、楽しみで昨日はなかなか眠れなかったのよ〜」
後ろで風雅がウインクしてみせる。「まあ、こうなるよね」と言いたげだ。
西蓮寺一家のテーブルには、豪華なアフタヌーンティーセットと新作サンドプレートが並び、3人は終始楽しそうに花音の料理と空間を堪能していた。
その光景を遠くから見つめ、菊、未来、あんずがほっこりと微笑み合っていた。
「あのテーブルの周りだけ、オーラが金色に光っているみたいね」
「そりゃあ、日本……ううん、世界を代表する芸術家ご一家だもの!」
「やっぱり花音さんって本物のお嬢様だったんですね〜!」
「本当にねえ〜。……ところで、彼(明)はこれからどうなるのかしらね?」
「「「えっ!? 駒子さん!?」」」
いつの間にか背後に立っていた駒子さんに、3人は同時に飛び上がった。
一方、西蓮寺家のテーブルへおかわりのお茶を運んだ花音の耳元で、風雅が小声で囁いた。
「ところでさ……あの勇敢に『友人だと思っています!』って立ち塞がってくれた人、誰?」
「明さんね。未来ちゃんの従兄弟で、近所で動物病院をやっている獣医さんよ」
「ふーん……」
(((どう見ても、彼の片思いだな……)))
風雅が心の中で生温かいツッコミを入れている頃。
厨房の陰では、駒子さんと未来が不敵な笑みを交わしていた。
「キューピッド作戦、継続ってことで!」
「ラジャー!」
2人の怪しげな視線が花音に注がれていることなど知る由もなく、カフェ『素敵なお茶会』の平和で賑やかな一日は過ぎていくのだった。
(第8章へ続く)




