第6章 新メンバーあんずちゃん召喚
「いらっしゃいませ〜♡」
『人間空気清浄機』こと新ウェイトレスのあんずが加わったことで、お店の客層にはあきらかな変化が現れ始めていた。
開店から1か月。
土日祝日の超満員御礼な賑わいは相変わらずだったが、平日の店内は少しずつ落ち着きを見せるようになっていた。そんな平日の常連として定着したのが、近所のおじいちゃんたちである。彼らは可愛らしくて温かいあんずにすっかり癒されているらしく、毎日のように足繁く通ってきていた。
さらに一部の常連客の間では、早くも『あんずちゃんを守る会』なるものが結成されていた。聖女のように純粋なあんずに悪い虫がつかないよう見張る、まるで強力な「殺虫剤」のようなシルバーファンクラブである。
「あ、佐藤のおじいちゃん、おはようございます♡ いつものハーブティーですかぁ?」
あんずが人懐っこい満面の笑顔でお水を持ってやってくる。
「おはよう。あ、何か今日のおすすめはあるかい?」
「旬のいちごが届いたので、特製のいちごタルトがあります!」
「じゃあ、それをもらおうかな」
「はい♡ ありがとうございます!」
嬉しそうに微笑むと、あんずはトコトコとカウンターへ戻ってきた。
「佐藤さんに、いつものハーブティーといちごタルトお願いします!」
その時、カランコロンとドアが開き、『あんずを守る会』の面々がゾロゾロと入ってきた。
「あ、いらっしゃ〜い!」
あんずがパタパタと出迎えていく。
その微笑ましい光景を見ながら、未来が菊に小声で囁いた。
「あんずちゃん、雇って大正解でしたね」
「本当にねえ」
「なら良かったわ!!」
(((こ、駒子さん、いつの間に……!?)))
いつの間にか2人のすぐ隣に駒子が立っていた。
「おはようございます駒子さん。あら、今日はどうされたんですか?」
「土日はお店が混むでしょ? だから平日に休みを取ることにしたのよ」
「え? 大丈夫なんですか、本業の方は……?」
「大丈夫よ〜! ほら、林田さんと川村さんもお休みにしたんですって!」
お庭のテラス席を見ると、林田と川村が楽しそうに手を振っていた。
(((休日をカフェの平日営業日に合わせるなんて……!)))
「それにね、ちょっとあんずのことが心配だったというのもあるのよね」
駒子が少し表情を曇らせると、未来が明るく話題を繋いだ。
「あんずちゃん、今すごい人気なんですよ。ほら、あそこにいるおじいちゃんたちなんですけどね。あんずちゃんに変な虫が近づかないように守る『殺虫剤』みたいなファンクラブを結成してくれたんです」
菊も思い出してクスクスと笑う。
「そう言えばこの前も、お店で、近づいてきた若い男性を質問攻めにして撃退していたわねえ」
「『名前は? 年齢は? 職業は? 年収は? 病歴は?』って、ノートにメモまで取りながら詰問してましたからね」
「あ、進藤さんって元刑事さんでしたっけ?」
2人が笑いを噛み殺しながら話していると、駒子は真剣な顔で菊、未来、花音を呼び寄せ、一枚の写真を取り出した。
「実はね……この人が来たら教えて欲しいの」
そこに写っていたのは、どこか影のある若い男の写真だった。
「地元の男なんだけど、あんずにストーカーまがいのことをしていてね。あんずがノイローゼ気味になって、今は私の家に避難させているんだけど……姉から連絡があって、彼が地元を出て東京に向かったらしいのよ」
写真を見つめた菊が、毅然とした表情で頷いた。
「そういうことなら、親戚の駒子さんの家より我が家の方が安心だわ! 部屋ならたくさん余っているんだから、あんずちゃんさえ良ければうちに住めばいいわ」
自身も過去に似たような苦い経験がある花音も、強く同意した。
「駒子さん、それが良いと思います!」
未来も腕まくりをして胸を張る。
「私もそう思うわ!! 見つけたら私が叩き潰します! 私、こう見えて極真空手黒帯ですから、任せてください!」
花音と菊は目を見開き、思わず未来を二度見した。
(((そんなすごい特技があったの……!?)))
「ちょっと失礼。その写真、私にも見せていただけますか?」
気がつくと、隣に『守る会』の進藤が立っていた。
「なるほど、ストーカーですか……あんずちゃん、怖かったでしょうに。しかし、けしからん奴だ!! この男を見かけたら、私たちが責任を持って対処しましょう」
駒子は胸を打たれ、目をうるませた。
「菊さん、進藤さん、花音ちゃんに未来ちゃん……本当にありがとうございます!」
深々と頭を下げる駒子に、進藤は力強く頷いてみせた。
「なんのなんの! 現役を退いたとはいえ、私の息子は現役の警察官ですしね。ほら、あそこにいる竜崎君は大手の弁護士事務所の会長、国枝君は元検事、大家君は剣道七段の達人ですから。法的にも物理的にも、綺麗に抹殺できますよ。ハハハ!」
あまりの豪華スペックと物騒なワードに、菊たちは引きつった笑顔で固まった。
(((なんか最後、ものすごく恐ろしいこと言っていなかったかしら……!?)))
「あ、ありがとうございます進藤さん……とても心強いですわ」
進藤は軽く敬礼すると席へ戻り、状況の説明を受けた『殺虫剤軍団』からは、メラメラと怒りの黒いオーラが立ち上り始めた。
こうして念のため、あんずは北城家の洋館に下宿することとなった。
そして翌日から——あんずを守るため、殺虫剤軍団のおじいちゃんたちが「午前2人・午後2人」のシフト制で交代で来店するようになるのだった。
ある日、あんずが駒子と一緒にクリニックに行っている時、菊、花音、未来が、進藤の所に菊の手作りクッキーが入った可愛い袋を持っていく。
「進藤さん。本当に毎日ありがとうございます。あんずちゃんも落ち着いてきてます」
3人は、頭を下げる。
進藤は不敵に笑うと、胸ポケットからスマートフォンを取り出した。
「実はですね、我が家の息子が警察のサイバー犯罪対策課——いわゆるサイバー課に勤めていましてね。昨日のうちに頼んで、カフェ周辺の防犯カメラの映像データや、あんずちゃんのSNS周りの痕跡を解析してもらったんですよ。すでに地元警察にも被害届の手続きが裏で進んでいましてね」
進藤の言葉に、周囲のおじいちゃんたちが「ふふふ」と黒い笑みを浮かべた。
「この男がこの街に足を踏み入れた瞬間、防犯カメラのリレー追跡で一発で検知できるよう、息子の協力のもと『あんずちゃん防衛ネットワーク』を構築済みです。さらに、あそこにいる竜崎君(弁護士会長)と国枝君(元検事)が、法的措置の書類を完ペキに揃えて待機していますから」
(((おじいちゃんたちのスペックとIT活用能力が凄すぎる……!!)))
花音、菊、未来の3人は、あまりの用意周到さに言葉を失っていた。
◇
そして、決戦(?)の時は、あっけなく訪れた。
数日後の平日、少し雨が混じる午後のことだった。
カフェの敷地外、門の陰からチラチラと店内を覗き込むフードをかぶった怪しい男の姿があった。例のストーカー青年である。
しかし、彼が店内に入る前に、サイバー課経由の通知を受けた『殺虫剤軍団』が動いた。
「君、ちょっといいかな」
男が振り返ると、そこにはビシッとスーツを着こなした元刑事の進藤、元検事の国枝、弁護士会長の竜崎、そして竹刀袋を小脇に抱えた剣道七段の大家が、寸分の隙もなく立ちふさがっていた。
「ひっ……な、なんですかあなた達は!?」
動揺する青年に、進藤は警察手帳……ではなく、息子から送られてきた防犯カメラの鮮明な解析画像が映るスマホをスッと突きつけた。
「君が地元からあんずちゃんを追ってきた証拠は、防犯カメラの映像も含めてすべて押さえている。すでに地元の警察にも被害届が正式に提出されていてね。サイバー課のルートで君の行動履歴もバッチリ記録されているよ」
国枝(元検事)がメガネの奥の目を光らせ、静かな声で追い詰める。
「ストーカー規制法違反、および不法侵入の予備罪だね。今ここで警察を呼んで逮捕され、前科がついて人生を棒に振るか……それとも二度とあんずちゃんやこのカフェに近づかないと『誓約書』にサインして、おとなしく地元に逃げ帰るか。君ならどちらを選ぶかね?」
さらに横で、大家(剣道達人)がトントンと竹刀袋を意味深に叩く。
「ひ、ひええぇぇぇぇ!!! す、すみませんでしたぁぁぁ!!!」
あまりの圧威と完璧すぎる包囲網に、男は完全に戦意を喪失。その場で泣き出しながら、竜崎(弁護士)が用意していた誓約書に震える手でサインをすると、脱兎のごとく駅の方へと逃げ去っていった。
遠くからその様子を窓越しに見ていた未来が、ポツリと呟いた。
「……なんか、ストーカーが一番哀れに見えてきましたね」
「物理的にも法的にも、そしてデジタル的にも完勝でしたわね」
菊もお上品に微笑んでいる。
◇
こうしてストーカー問題はあっけなく撃退され、あんずの平和は完全に守られたのだった。
その日の営業後、安心したあんずが、殺虫剤軍団のおじいちゃんたちに満面の笑顔でお礼を言った。
「みなさん、本当にありがとうございました! あんずとっても安心しました♡」
「「「がはは! あんずちゃんの笑顔が見られれば、それで十分だよ!!」」」
おじいちゃんたちは鼻の下を伸ばして大喜び。
なお、念には念を入れて、あんずはそのまま北城家の洋館に下宿することになり、カフェ『素敵なお茶会』はより一層賑やかで温かい家族のような空間へと進化していくのだった。
(第7章へ続く)




