第5章 カフェ『素敵なお茶会』開店
開店30分前。林田の手作りによる大正ロマンを感じるフリルエプロンを身に纏った3人は、ソワソワと落ち着かない様子で店内を行き来していた。
花音は連日パンを焼き込み、メニューを吟味し、考え得る限りの準備を整えてきた。それでも胸のドキドキは一向に収まらない。
そんな花音の緊張を察した菊が、ふっと柔らかく笑って一言かけた。
「たとえ誰もいらっしゃらなくても、伊藤さんたちなら来てくださるわね」
未来もその言葉に優しく頷く。
「そうですよね! ……あ、いけない、お湯沸かさなきゃ!」
慌ててキッチンへ走る未来。
その時だった。外からざわざわと人が集まる気配と話し声が聞こえ始めたのだ。
花音がそっと窓から覗くと、なんと玄関の前に行列ができていた。
「き、菊さん!! 近所迷惑になっちゃいますから、開店しちゃいましょう!」
「あら、そうね」
玄関を開け、看板を「OPEN」へとひっくり返すと、川村が刷ってくれたチラシを手にしたお客様たちが、吸い込まれるように店内へ入ってきた。
「いらっしゃいませ!」
一歩足を踏み入れるなり、重厚で美しい洋館の内装に「わあ……」と声を漏らすお客様たち。
花音と未来は、バカラのローハンタンブラーに注いだ安曇野の冷たい湧き水と、川村の温かいイラストが添えられたメニュー表を抱えて各席へ向かった。
最初はお店の豪華な雰囲気に「お値段、高いのかしら……」と身構えていたお客様たちも、メニューを開いた瞬間に胸を撫で下ろした。想像以上にリーズナブルで良心的なカフェ価格だったからだ。
お水を一口飲んで、「……!?」と驚いたようにグラスをまじまじと見つめる人が何人もいた。
キッチンに戻った花音が菊に小声で囁く。
「安曇野のお水、大好評みたいですね」
「ええ」
「食器も本物ですからね。目でも楽しめて、ますます美味しく感じるんだと思いますよ」
未来も2人に向かってキュートにウインクしてみせた。
伊藤夫人の口コミ宣伝効果なのか、その後も客足は全く途切れることがない。
別の意味で花音の顔が青ざめていく。
(ざ、材料……足りるかしら……!?)
そして意外なことに、一番の人気を集めたのが3人の合作である『アフタヌーンティーセット』だった。
先日、トランクルームの箱から未来が奇跡的に見つけ出した3段のケーキスタンド(20セット分)を、急遽メニューに加えたものだ。
一番下の段には花音特製の贅沢サンドイッチ。真ん中には菊の絶品スコーン。一番上の段には季節のフルーツを散りばめたプチケーキ。
2人前のケーキスタンド1つで5,000円(飲み物おかわり自由)という設定にしたところ、注文が殺到したのだ。ホテルの高級アフタヌーンティーに比べれば、はるかにリーズナブルだからである。
客席からは、絶賛の声が次々と聞こえてきた。
「この間、某ホテルで食べたアフタヌーンティーよりかなり安いのに、このお店の方が断然美味しいわ!」
「ねえ見て、このカップ! ウェッジウッドよ!? それにこのお水用のグラスって……え? バカラなの!? なんて贅沢なの……!」
「メニュー見て! オーガニックの小麦粉や野菜を使っていて、このハムも無添加よ。あ! この養鶏場知ってる! 平飼いの元気な鶏の卵を扱ってるところだわ!2人で、 5,000円なんて安すぎないかしら? お店、大丈夫なのかしら……ずっと残って欲しいわ、ここ!」
「お水が美味しいと思ったら、安曇野の天然水なんですって!」
「何というチートカフェ!!」
お客様の中には、涙ぐみ祈りを捧げている女性まで現れた。
さらにパウダールームからは、「可愛い〜〜♡」という女性客の黄色い歓声まで聞こえてくる始末だった。
午後に入り、トイプートリオの3夫人が満を持して姿を現した。
「開店おめでとう!!」
「ありがとう伊藤さん! お陰様で大繁盛なの!」
花音、菊、未来が悲鳴を上げそうなほど慌ただしく動き回っているのを見て、伊藤夫人はニヤリと笑った。
「じゃ、私たちは庭にいるからね」
そう言って、3夫人は一度お庭のテラス席へと向かっていった。
「ふふ、こんな事もあろうかと作ってもらっておいて良かったわ」
伊藤夫人は車から持参したフリルエプロンを身につけると、林田と川村に愛犬たちを託し、勝手口から厨房へと潜入してきた。案の定、シンクには洗う暇もない食器が山積みになっていた。
「私、洗い物やるから! あなたたちは作る方に集中して!」
伊藤夫人は腕まくりをすると、凄まじい手際で食器を洗い、キュッキュと拭き上げていく。
「ありがとう伊藤さん! 本当に助かります!!」
花音は感謝しつつ、庭の林田と川村にお水とメニューを運び、注文を素早く取ってきた。
そして夕方——なんと用意していた食材が完全に底をついてしまい、初日は予定より数時間早く閉店することとなった。
片付けを終え、お庭のテラス席で待っていた伊藤夫人たちにハーブティーとケーキを運ぶ3人。
「今日はバタバタしてしまって、本当にすみませんでした」
「あら、いいのよ〜! 本当にお疲れ様でした」
未来が、汗だくで手伝ってくれた伊藤夫人におしぼりを手渡す。
「伊藤さん、本当にありがとうございました!」
伊藤夫人はお水をゴクゴクと飲み干し、一息ついた。
「あら、いいのよ。お店が繁盛してくれないと困るもの。……あ、ケーキいただくわね!」
一口食べて、うっとりと頬を緩める。
「やっぱり絶品ね……♡ 残しておいてくれてありがとう」
そこへ、菊がぽち袋を手に歩み寄ってきた。
「伊藤さん。これは今日手伝っていただいた分のお礼です」
「えっ!? いただけないわよ、勝手に手伝ったんだし!」
未来がニッコリと意悪く笑いかけた。
「エプロンまで持参で準備満タンだったのに〜?」
菊も優しく首を振る。
「受け取ってくださいね。時給分しか入っていませんけれど、こういう事はきちんとお支払いしないと」
年長者である菊の毅然とした姿勢に、伊藤夫人も照れくさそうに頭を下げた。
「……はい、わかりました。ありがとうございます! これで次は、堂々とアフタヌーンティーセットを頼むわね!」
すかさず林田がツッコミを入れる。
「あら、私たち3人だから、もう1セット頼まないと足りないじゃないの」
すると伊藤夫人は、自分の豊満なお腹をポンと叩いて胸を張った。
「大丈夫! 私が2人分食べるから!」
菊が「あら」と目を丸くし、その絶妙な返しに未来のツボが完全に破壊された。未来のお腹を抱えた爆笑が引き金となり、その場の全員にどっと笑いが伝染していったのだった。
◇
一週間後。
初日の勢いだけかと思いきや、『素敵なお茶会』のフィーバーは一週間が過ぎても全く衰える気配がなかった。
ある日の営業後、お店を閉める作業をしていると、玄関から声がした。
「こんばんは〜」
「あ、駒子さん! いらっしゃい!」
話は前後するが、いつの間にかスタッフの3人は、伊藤夫人のことを親しみを込めて『駒子さん』と呼ぶようになっていた。きっかけは、数日前の名前の話題だった。
『駒子ってね、将棋好きだった祖父がつけた名前なのよ。子供の頃は本当に嫌だったわ〜』
と溢していた伊藤夫人に、菊も共感して口を開いたのだった。
『私もですよ。菊なんて、おばあちゃんみたいな名前で昔は恥ずかしかったわ。何時代かしらって』
すると伊藤夫人が言ったのだ。
『あら! 皇室の御紋だって菊の花じゃない。高貴で気品のある最高のお花よ、素敵だわ』
『駒子だってとっても可愛らしい名前ですよ』
未来もすかさず乗っかった。
『じゃあ、これからは駒子さんって呼びますね! 私もすごく可愛い名前だと思います!』
花音も大賛成したことで、伊藤夫人は無事に『駒子さん』へと昇格(?)したのだった。
そして、現在。
「駒子さん、何かありましたか?」
花音が尋ねると、駒子さんは真顔で切り出した。
「あのね、一週間経ってもこれだけ大繁盛でしょう? そろそろスタッフを増やしたらどうかしらって思ったの」
花音、菊、未来の3人は顔を見合わせた。今の3人の完璧なチームワークと絆があるだけに、新しい人を入れることには少し戸惑いがあった。
「気持ちはすごくわかるのよ。でもね……実は私の姪が、すっかりこのお店の大ファンになっちゃってね」
「駒子さんの姪御さんですか?」
「そう、一番上の姉の娘なのよ」
3人は顔を見合わせ、少しだけ目線で相談すると、すぐに頷き合った。
「わかりました。一度お会いしてみましょう!」
「ほんと!?」
そう言うや否や、駒子さんはバッと玄関のドアを開け放った。
「実は、外に連れてきてるの!!」
(((行動力!!)))
心の中で3人が同時にツッコむ中、ドアの向こうから、ふわふわとした綿飴のような雰囲気を纏った少女が足を踏み入れてきた。
「……南野あんずで〜す」
そこに立っているだけで空間がパッと和むような不思議な魅力を醸し出す少女を見て、未来が即座に叫んだ。
「採用!!!!」
(((勝手に決めるな!!)))と心で思いつつも、菊も花音も完全に同意見だった。
例えるなら、彼女は存在するだけで空気を浄化する『人間空気清浄機』。間違いなくお店の看板戦力になる逸材だった。
こうして、あんずは『素敵なお茶会』の新ウェイトレスとして仲間入りすることとなった。
なお、菊・花音・未来の3人には北城家の洋館に映える品のある「大正ロマン風フリルエプロン」を仕立てた林田だったが、あんずを見た瞬間にクリエイター魂(と趣味)が爆発。あんずだけは、彼女の雰囲気に合わせた「メイドカフェ風キュートエプロン」が用意されることとなったのだった。
後に男性客の間で『あんずちゃんファンクラブ』が結成されるのは、また別のお話——。
第6章に続く




