第4章 女は度胸
花音、菊、未来は前日、北城家が契約しているトランクルームから、大輔やトイプートリオの夫人たちに手助けしてもらい、カフェで使う家具や食器類を運び出していた。どれも亡きご主人がよく選び抜いた、素晴らしい品ばかりだった。
カフェを開業するにあたり、花音と未来は
「今あるもので、まずはやってみよう」という方針を立てていた。菊には十分な財力があるが、なるべく金銭的な負担をかけたくなかったのだ。幸い北城家の倉庫には上質な家具や食器が数多く眠っていたため、家具はなるべく統一感のあるものを、食器は「壊れてもかまわないもの」を選ぶことにした。
そう。壊れても惜しくないものを——。
ヨーロッパ製家具の配置が終わり、いよいよ食器の入った箱を開けた時だった。
「げ!!」
「どうしたの未来ちゃん? カップ、割れてた?」
「き、菊さん。このセットって、マイセンですよね? こっちはヘレンドなんじゃ……!?」
「そうだけれど……」
「私、こんな高いの怖くて使えません! ご自宅用にして!!」
「あ、こっちはウェッジウッドで、こっちがロイヤルコペンハーゲン!! 全部新品ですよね!?」
「そうよ。主人のお店の物だったから。家具だけじゃなくて、食器も扱っていたのよ。それはカフェで使いましょう。あと、ロイヤルアルバートもね。私が好きなブランドだから。暗い倉庫にずっと眠っているより、たとえ割れたとしても食器も喜ぶと思うわ」
そう言って微笑む菊の横で、別の箱からグラスを取り出した未来が、ピタリと石のように固まった。
「ち、ち、ちょっと待って……! 菊さん、このお水用のグラス、カットの入り方がおかしくないですか!?」
箱から取り出した透明感抜群のグラスを光にかざし、未来の手がブルブルと震えだす。
「あ、それ? 主人が海外の取引先からまとめて仕入れていた、バカラのローハンタンブラーよ。お水用にちょうどいいと思って持ってきたのだけれど……」
「バカラでお水!? 1客いくらすると思ってるんですかー! 手が滑って割ったら、私の1日分のバイト代どころか、数日分の給料が飛ぶんですが!!」
「あら、バカラのクリスタルは丈夫だし、割れたら割れた時よ。まだ沢山あるから心配しないで」
未来は心の中で強く思った。
(今の菊さんの台詞、天国のご主人に聞かせてあげたい……!)
青ざめる未来を見て、菊がクスクスと上品に笑う。
なるほど、形ある物はいつか壊れる。
だが満場一致で、マイセンとヘレンドだけは菊の自宅で大切に使ってもらう事になった。
そして、お店の名前を決める時。いつもは一歩引いている花音が、珍しく最初に口を開いた。
「私ね、菊さんがカップケーキを初めて持って来てくれた時に言ってくれた『素敵なお茶会』がイイと思うの!!」
菊と未来はお互いに顔を見つめ合い、パッと表情を明るくした。
「花音ちゃん、ソレいいと思う!!」
「私も頭がキラッとしたわ! 『素敵なお茶会』って、本当に素敵ね」
2人も大賛成してくれて、店名は満場一致で『素敵なお茶会』に決定した。
開店日は、菊の提案が採用された。
「3月20日の春分の日はどうかしら。ちょうどお庭の桜もほころび始める頃だし、祝日なら皆さんもお越しになりやすいと思って……」
桜の花が咲き誇る庭の情景を想像して、うっとりと頬を緩める3人。
やがて、別次元の妄想に行っていた花音がハッと現実に戻って口を開いた。
「あ、あとは、食材を仕入れる場所を探さないと……。お野菜は新鮮で、なるべく農薬を使っていない物が良いと思うの」
その時、玄関のチャイムが鳴った。伊藤夫人だった。
「こんにちは〜! そろそろ開店の日が決まったかな?って思って。あ! これ、おはぎ作ってきたからみんなで食べてね」
「わ! 伊藤さん、ありがとうございます」
未来がタッパーを開けると、色とりどりのおはぎが沢山並んでいた。
「わ〜美味しそう♡ この間の海苔巻きも絶品だったし! 伊藤さん、本当にお料理お上手ですよね」
「あら、ありがとう。田舎から色々送ってくれるのよ。この小豆も有機栽培で美味しいわよ。兄が、趣味で畑やっててね……」
その瞬間、花音の目がキラーンと光り、伊藤夫人の手を両手でがっしりと握りしめた。
「お兄様、何の野菜を育ててますか?」
花音の目が、完全に危ない光を発している。
「さ、さあ? そこまでは……」
花音が熱烈に事情を話すと、伊藤夫人はポンと自分のお腹を叩いた。
「兄に無農薬農法を教えたのは、私の幼馴染なのよ。彼ならビニールハウスもやってるから、色々相談に乗ってくれるんじゃないかしら? 連絡しとくね」
「ありがとう伊藤さん!! 貴女は女神様だわ!」
伊藤夫人は、少し照れながら笑った。
「ちょっと幅がある女神だけどね」
菊が美味しい緑茶を淹れてくれて、4人は伊藤夫人お手製のおはぎに舌鼓を打った。
伊藤夫人は開店の日程を川村に伝えに行くと言い、数日後、その幼馴染の家へ一緒に行く事まで約束して帰って行った。
♢
数日後。
伊藤夫人の運転するワゴン車に乗り、信州・へ向かう3人。
長野に近づくにつれ、車窓には雄大な山々が見えてきて、流れ込んでくる空気も澄み切って冷たく心地よいものに変わった。
さらに走っていくと、広大な農園が見えてきた。
アーチ型の入り口には「小林農園」と書かれている。
全員が車を降りると、伊藤夫人が小走りで向かっていった。
「いっくん。いる〜?」
すると、ハウスの中から野球帽を被った男性が出て来た。
「よ、駒子。相変わらず元気いいな」
「今日はお友達連れて来たよ」
3人は並んで綺麗に会釈した。
「この度は、お時間を作って下さりありがとうございます」
品のある3人の女性を目の当たりにして、男性は少し緊張したように帽子を取ると、慌てて頭を下げた。
「あ、どうも。駒子の幼馴染の小林樹です。……で、どういった野菜が必要で?」
花音がスッと前に出る。
「胡瓜、サニーレタス、トマト、ミニトマト、あれば紫玉葱や、旬のお野菜があれば……!」
「だいたい作ってるよ。リクエストがあれば挑戦してもいいしな」
花音は目をキラキラさせて両手を合わせた。
「ありがとうございます小林さん!!」
すかさず駒子が横から口を挟む。
「いっくん、分かってるでしょうね! お友達価格でヨロシクね!!」
伊藤夫人は『お友達価格』の部分だけをドスを効かせて強調した。
菊は慌てて手を振る。
「手塩にかけて育てられた大事なお野菜なんですから、通常の金額で構いませんわ!」
未来もニッコリと愛想よく笑う。
「産地直送ってだけで、十分お安いですからね」
小林は、少し照れながら頭をかいた。
「まあ、勉強させてもらいますよ」
と少しデレている。
そこで花音が、持参したバスケットを取り出した。
「今日、少し作って来ましたので、良かったら召し上がりませんか?」
小林は笑いながら「ぜひ!」と受け取った。
花音のサンドイッチ、菊のカップケーキ、そして水筒から注がれた未来のハーブティーを味わった瞬間、小林の目が驚きに見開かれた。
「これは……レベル高いですね。パンも手作りで?」
「はい」
花音が恥ずかしそうに答える。
小林は、少し真剣な顔で考えてから口を開いた。
「俺には仲間がいるんだが、無農薬農法で小麦を作ってるヤツもいるし、こだわり卵を作ってる養鶏場や、牧場やってる奴、ハム工房もあるぞ。野菜だけじゃなくて、そういう素材も使ったら、もっと美味しくなるだろうな。あと、やはり水だな。美味しいお茶は水で決まるからな」
菊と花音はお互いを見つめ合い、目を輝かせた。
しかし、未来だけが慌てて2人の袖を引っ張り、小声で囁く。
「そりゃ美味しい素材ばかり集めたら、神様に献上出来るくらい美味しくなるでしょうけど、原価がとんでもない事になりますよ!! 私達、高級レストランじゃなくてカフェを作るんですよ。サンドイッチ一皿数千円なんて、誰も頼まないんじゃ……!?」
菊が真面目な顔をして未来を見つめ返した。
「未来ちゃん。カフェ『素敵なお茶会』は、家賃がいらないし、初期にかかる物もほとんど今ある物を使ったでしょう? だから材料は良い物を使って、お客様には丁度良いくらいのお値段で提供しましょう。安全で美味しい物なら、小さなお子様にも胸を張って出せるしね」
花音も力強く付け加える。
「私も同じ意見です。身体に入る物は、その人を作るのだから。節約するなら他の部分でしましょう」
その真っ直ぐな言葉に、未来も深くうなずいた。
そこへ伊藤夫人が近づいてきて、ポンと未来の肩を叩いた。
「心配しなくて大丈夫!! みんな私の幼馴染だから、私がばっちり交渉するわ。くっくっく……」
と、黒い笑みを浮かべていた。
その後、小林と伊藤夫人に案内されるがまま、3人は農園、牧場、養鶏場、ハム工房、そして安曇野の美しい湧き水を求め、精力的に移動した。小林と駒子の強烈な後押しのお陰で、提示された金額は、本当に有難い「お友達価格」だった。
伊藤大輔がかなり安い金額でリフォームしてくれた事もあり、3人が用意していた初期費用は余り、カフェの資金には少し余裕が生まれていた。たとえ2、3ヶ月お客が来なくても、なんとか持ち堪えられるくらいに……。
帰りの車の中で、未来がしみじみとつぶやく。
「伊藤さん。本当に女神様だわ」
伊藤夫人はハンドルを握りながら、上機嫌で笑った。
「幼馴染たちも楽しそうだったわ!! まるで子供の頃を思い出しちゃった。美人3人組連れて行って大正解だったわね!! クックック」
まるで「私の勝ちだ!」と言わんばかりの満面の笑みだ。
「あ! 黒駒子、発動してますよ〜」
未来が笑いながら茶化す。
伊藤夫人はバックミラー越しにウインクした。
「女神よりは、合ってるんじゃない?」
3人は車内で賑やかに笑い合いながら、春の足音が近づく東京へと向かって行った。
(第5章に続く)




