第10章 コンサバトリー
11月半ば、季節は一気に冬の気配を帯び始めていた。
冷たい木枯らしが吹き抜ける中、テラス席では駒子さんたちトイプートリオ夫人たちが、まるで『だるまインコ』のように着膨れしながら、「根性」でお茶を飲んでいた。
店内からその様子を心配そうに見つめていた未来が、ポツリと呟く。
「駒子さんたち……あんなところで我慢してお茶飲んでたら、身体が冷え切って膀胱炎になりませんかね……?」
菊は困り顔でため息をついた。
「もう寒いですからテラス席はおやめになった方が……とお止めしたのだけれど、『大丈夫だから!』っておっしゃってきいてくれないのよ」
その直後、庭から「ハックショイッ!!」と盛大な駒子さんのくしゃみが響き渡った。
花音が気遣わしげに微笑む。
「お腹の中から温まるような、お鍋や熱々のシチューみたいな冬メニューを考えましょうか?」
すると、あんずがのほほんと柔らかく笑いながら提案した。
「菊さん、いっそのことコンサバトリーを作ったらどうですかぁ〜? なんか……夏にも同じようなことがありましたよね〜」
菊は「まあ!」と嬉しそうに両手を打った。
「コンサバトリー! 良い考えねぇ。昔イギリスに住んでいたお家にもあったのよ。太陽の光がいっぱい入って、第二のリビングって感じで大好きだったわ」
「ナイスアイデアだわ、あんずちゃん!!」
気がつくと、凍りついた顔をした駒子さんがすぐ後ろに立っていた。
(((神出鬼没の駒子さん、相変わらず早すぎる……!!)))
心の中で未来がツッコミを入れる中、駒子は身を乗り出した。
「菊さん、コンサバトリーを作るって本気!?」
菊はニッコリと温かい笑顔を向けた。
「ええ。だって駒子さんたちは最初の約束通り、ワンちゃんたちは庭にしか連れてきていらっしゃらないでしょう? 少しでもお客様に喜んで快適に過ごしてもらいたいですもの」
「なら建てるのはうちの旦那(大輔)に任せてもらっていいかしら!?」
「まあ、大輔さんに? でも資材がないと時間がかかってしまうから……主人の生前からの友人で、輸入住宅を扱っている会社の社長さんがいるから、一度在庫を聞いてみるわね」
菊がさっそく亡き夫の友人に相談してみると、なんと運良く希望通りの本格的な英国風コンサバトリーの組み立て部材が一式揃っていることが判明。大輔の工務店の手配で、さっそく着工することとなった。
◇
数日後、本格的な工事が始まった。
「まずは土台づくりからだな。基礎がしっかりしてないと長持ちしないからね」
作業着姿の大輔が手際よく現場を指揮していく。
まずはテラスの床部分の墨出しを行い、基礎となるコンクリートを打ち込んでいく。コンクリートが完全に固まるまで数日間の養生期間を置き、その間に部材の最終調整が行われた。
休業日には、春彦と明も「お手伝いします!」と作業服を着て駆けつけた。
「よし、二人とも。基礎がしっかり乾いたから、今日はフレームの組み上げだ! 慎重にな」
「はい、大輔さん!」
大輔の指導のもと、白い柱が立ち上がり、頑丈なアルミと木造のハイブリッドフレームが組み上げられていく。
大輔が特にこだわったのは、八角形を描くような優美な多角形のガラスデザインだった。数日がかりでフレームを完璧に固定し、一枚一枚、クラシカルな格子の入った強化ガラス窓がはめ込まれていく。
天頂にはアンティーク調の繊細な装飾が施され、気密性と防水コーキングの施工、さらにエアコンの室外機配管まで完璧に整えられた。
着工からおよそ二週間——
ついに、まるで本場イギリスの邸宅から抜け出してきたかのような、本格的で完璧なコンサバトリーが完成したのだった。
「すごい……! 大輔さん、本当に職人さんなんですね……めちゃくちゃ格好いいです!」
春彦と明が汗を拭いながら感嘆の声を上げる。
「ふふん、伊達に長年工務店やってないからね!」
大輔が誇らしげに胸を張る。
完成したコンサバトリーを見た菊、花音、未来、あんずの4人は、思わず「わぁぁ……!」と歓声を上げた。
全面ガラス越しに冬のやわらかな陽光がたっぷりと差し込み、中は冬の冷気が嘘のようにぽかぽかと温かい。
「すごい……! 基礎からこんなに立派に作ってくださるなんて。本当にイギリスのお家にあるコンサバトリーそのものだわ!」
菊が感動で目を潤ませながらガラスに手を添えた。
すると大輔は、部屋の片隅に洒落た暖炉を設置してみせた。
「陽が落ちると寒いだろうから、これを置いておくよ」
「大輔さん、これ煙突がないけど大丈夫なんですか?」
未来が不思議そうに覗き込むと、大輔が誇らしげに説明した。
「これはバイオエタノール暖炉といってね。煙突は必要ないタイプなんだ。煙や灰が出ないから、このコンサバトリーには向いている。ただし、燃焼する以上は換気も必要だから、換気設備はちゃんと付けておいたよ」
大輔が専用の燃料を注ぎ、長いライターで着火すると、ゆらゆらと美しい橙色の炎が立ち上った。
パチパチとはぜる薪の音こそないものの、無臭で静かに揺らめく炎が、ガラス壁に優しく映り込んでいく——。
「わぁ〜素敵〜!! 叔父さんやるぅ〜♡」
叔父の心遣いに目を輝かせて喜ぶあんず。
「これなら、真冬でも冷たい木枯らしを気にせず、お庭を眺めながら温かくお茶を楽しんでいただけますね!」
花音も嬉しそうにパッと顔を輝かせた。
「大輔さん、本当に素敵なコンサバトリーをありがとうございました!」
菊が深々と頭を下げる。
「そこでお支払いなんですが、おいくらかしら? 資材の請求書も来ていないんですよ……」
「あ、いらないですよ。これは駒子に俺たち夫からのプレゼントだから」
「え? そういう訳には……」
「林田さん、川村さんのご主人たちも喜んで出しましたから。みんな、このカフェに感謝してるんですよ。妻たちが明るくなったから……駒子があんなに生き生きと毎日を過ごせるのは、あなたがたのお陰です。俺たち夫婦には、どんなに望んでも子供に恵まれなかったからね。妻が喜んで楽しそうにしてくれるなら安いもんです」
「そうでしたか……分かりました。本当に、ありがとうございます」
菊、花音、未来、あんずの4人は、大輔へ改めて深く頭を下げた。
◇
そして、お披露目の日——。
「ちょっとこれ……天国じゃないの〜〜〜♡」
今日はお店を休業とし、伊藤、林田、川村夫妻たちを新しく完成したコンサバトリーへご招待していた。
コンサバトリーのふかふかチェアに座った駒子たちは、ぽかぽかの日差しを全身に浴びてうっとりと蕩けていた。足元ではトイプートリオのワンコたちも、ぬくぬくとした床で気持ち良さそうにごろりと寝転がっている。
ご主人たちもソファに腰掛け、和やかな時間が流れていた。
そこへ、次々と運ばれてくる絶品のお料理たち。
ご主人たちも思わず歓声を上げる。
「妻が足しげく通うわけが分かりましたよ」
「絶品ですね」
「この紅茶は、どこの茶葉ですか?」
感嘆の声だけでなく、熱心な質問まで飛んでくるほどだった。
花音が、湯気が立ち上る自家製クラムチャウダーと焼きたてのパンを運んでくると、駒子さんたちは「幸せすぎるわ〜!」と至福の表情を浮かべた。
やがて日が落ちてくると暖炉に火が灯り、橙色の炎がゆらゆらと揺れて、まるで別世界のようなロマンチックな空間へと変化していく。
そして締めくくりのデザートは、菊の特製絶品ケーキだった。
「菊さん……こんなに素敵な場所を用意してくれて、本当にありがとう」
駒子の目にじんわりと涙が浮かぶ。
「あら、この場所をプレゼントしてくれたのは、皆さんのご主人よ?」
あんずがすかさず
「愛されちゃってるね〜駒子叔母さん」
「え……?」
思いがけない言葉に、3人の夫人は驚きで言葉を失い、ぽろぽろと涙を流した。
「ありがとう、大輔さん……!」
「ありがとう、あなた……!」
「……っ……!」
林田夫人は胸がいっぱいで言葉にならない。
ご主人たちはどこか照れくさそうにはにかんでいた。
「ふふ、続きのラブラブは、お家に帰ってからにしてね、叔母さん♡」
あんずがいたずらっぽくウインクする。
菊はご主人たちの温かい想いを汲み取って、コンサバトリーは『予約制』にし、必ず駒子たちが優先して使えるように配慮したのだった。
(第11章へ続く)




