表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死体鑑定士、追放されたので魔王の遺体を育てます 〜勇者が殺した魔王を埋めたら、滅びた村に黒い花が咲きました〜  作者: swingout777
第1章 役立たずの死体鑑定士

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/40

第7話 死者を素材にする国

 王都の地下には、太陽が届かない。


 華やかな大通りも、白い花で飾られた広場も、勇者を称える鐘の音も、そこまでは降りてこない。


 あるのは、低く唸る魔道炉の音だけだった。


 王城の地下深く。


 厚い石壁と結界に守られた研究区画で、宰相グラウスはゆっくりと歩いていた。


 彼の前には、巨大な円筒形の炉がある。


 青白い魔力光を脈打たせながら、王都全体へ力を送り続ける王国最大の魔道炉。


 王都の街灯も、貴族街の温室も、城壁の防御結界も、すべてこの炉から供給される魔力によって維持されている。


 民は知らない。


 自分たちが夜でも明るい通りを歩ける理由を。


 冬でも温かい部屋で眠れる理由を。


 魔族領から流れ込む魔力の澱みを、誰がどこで処理しているのかを。


 知らない方が幸せなこともある。


 グラウスはそう考えていた。


「宰相閣下」


 白衣をまとった老研究者が、深く頭を下げた。


「魔王の遺体が消失した件、すでに報告は受けております」


「では、状況も理解しているな」


「はい。非常にまずい」


 老研究者の名は、ドルトン。


 王立魔道研究院の院長であり、王国の魔力技術を三十年支えてきた男だった。


 彼の目の下には濃い隈がある。


 魔王討伐の報せが入って以来、ほとんど眠っていないのだろう。


「魔道炉の安定率は?」


「今朝から三パーセント低下しています」


「三パーセントか。まだ誤差の範囲ではないのか」


「通常ならば、そう申し上げます。しかし今回は違います。魔王死亡後、魔族領から流れ込む魔力毒の濃度が急上昇しています。これまで魔王が何らかの形で吸収していた可能性が高い」


 グラウスは眉を動かした。


「その言い方は控えろ」


「事実です」


「事実でも、言い方がある」


 ドルトンは口を閉じた。


 研究者は、時に政治を知らない。


 魔王が世界を守っていたなどという言葉が外へ漏れれば、王国の正義は揺らぐ。


 勇者の栄光も傷つく。


 民は混乱し、貴族は責任を押しつけ合い、教会は教義の修正を迫られる。


 そんな事態は避けなければならない。


「必要なのは事実の整理ではない。王国を維持するための対応だ」


 グラウスは魔道炉を見上げた。


「魔王の遺体があれば、炉は安定するのだな」


「それどころか、王都の魔力供給は現在の三倍以上になります」


 ドルトンの声に、研究者としての興奮が混じる。


「魔王ゼルグレイスの遺体には、規格外の魔力が残っているはずです。心臓、骨、角、血液、眼球、髄液……どの部位も貴重な素材になります。特に心臓は、魔道炉の永久核として利用できる可能性がある」


「永久核」


「はい。もし成功すれば、王都は二百年、いえ三百年は魔力不足に悩まされません。魔族領に頼る必要もない。辺境の枯渇地帯など切り捨てても、王都だけは永遠に栄える」


 グラウスは薄く笑った。


「すばらしい話だ」


「ですが、そのためには遺体が必要です。損傷の少ない状態で、可能なら心臓を完全な形で回収したい」


「レイン・オルディアが持ち去った」


「死体鑑定士の若造ですね」


 ドルトンの声に、わずかな苛立ちが混じった。


「彼の能力は以前から報告を受けていました。死体の状態や残存魔力を読む、珍しい鑑定技能です。研究院へ引き抜こうとしたこともありますが、勇者パーティーに同行していたため保留されていました」


「有用なのか」


「使い方によっては」


「勇者は役立たずと言っていたが」


「勇者様は、死者を調べる技術の価値をご存じないのでしょう」


 その言葉には、勇者への軽い侮りがあった。


 グラウスは聞かなかったことにした。


 研究者は、時に英雄さえ素材の一つとして見る。


 それはそれで使いやすい。


「その死体鑑定士は、魔王の遺体から何かを見た可能性がある」


「でしょうな」


「何を見たと思う」


 ドルトンは答えに迷った。


 やがて、声を落として言った。


「おそらく、魔王の遺体が世界の魔力循環に関わっていることを」


「どの程度だ」


「能力の精度によります。ただ、彼が遺体を王都へ運ばせず、魔族の娘とともに持ち去ったのなら、少なくとも兵器転用や炉への投入が危険だと判断したのでしょう」


「危険か」


「はい」


「では聞くが、魔王の遺体を炉へ入れれば、本当に危険なのか」


 ドルトンは、わずかに視線を逸らした。


「制御に失敗すれば、王都の半分が消し飛びます」


「成功すれば?」


「王国は大陸を支配できます」


 グラウスは笑った。


「ならば、やる価値はある」


 ドルトンは何も言わなかった。


 魔道炉の唸りが、地下に重く響く。


 その音は、巨大な獣の呼吸のようだった。


「この国は、死者の上に立っている」


 グラウスは静かに言った。


「先王の時代から、ずっとそうだ。戦で死んだ兵士の魔力結晶。処刑された魔術師の骨。魔族領で回収した遺骸。名誉ある犠牲という言葉で包めば、民は何も疑わない」


「閣下」


「何だ」


「その言葉は、私どもの前だけにしてください」


 ドルトンは苦々しく言った。


「研究者は、素材を素材として扱います。しかし民は、そうではない」


「分かっている」


 グラウスは微笑んだ。


「だからこそ、言葉を選ぶのだ。死体ではなく、聖遺物。実験ではなく、浄化研究。兵器ではなく、防衛技術。王国は昔から、名前を変えるのが得意だからな」


 ドルトンは返事をしなかった。


 魔道炉のそばに、いくつもの透明な容器が並んでいる。


 中には、青白く光る結晶が浮かんでいた。


 グラウスはその一つに近づく。


「これは?」


「魔族兵の心臓から抽出した魔力結晶です。出力は低いですが、安定しています」


「こちらは?」


「王国兵の遺体から採取した残留魔力です。本人の同意書は、死後に家族から取得しています」


「同意書か」


「形式上は必要です」


 グラウスは容器の中の光を見つめた。


 死者はよく働く。


 文句を言わない。


 反乱を起こさない。


 眠ることも、食べることも、報酬を求めることもない。


 正しく加工すれば、彼らは死後も王国を支える。


 それの何が悪いのか。


 生きている者のために、死んだ者を使う。


 国家とは、そういうものだ。


 グラウスは本気でそう思っていた。


「レイン・オルディアは、厄介だな」


「彼が遺体の価値を理解しているなら、なおさらです」


「捕らえた場合、研究院で使えるか」


「能力だけなら使えます。ただし、性格が問題でしょう」


「死者への敬意、というやつか」


 グラウスは鼻で笑った。


「若いな」


「若さだけではありません。ああいう者は、死体を数字で見ない。だから研究には向きません」


「では、処分か」


「可能なら、鑑定能力だけは記録したいところです」


 ドルトンの目が、研究者のものに戻る。


「もし彼の眼球や脳に、鑑定能力の痕跡が残るなら――」


「そこまでだ」


 グラウスが片手を上げた。


「まだ殺すと決めたわけではない」


「失礼しました」


「だが、必要になれば許可する」


 ドルトンは深く頭を下げた。


「承知しました」


 そのとき、地下研究区画の扉が開いた。


 一人の騎士が入ってくる。


「宰相閣下。勇者カイゼル様がお見えです」


「通せ」


 ほどなくして、勇者カイゼルが姿を現した。


 凱旋式の白銀鎧を脱ぎ、動きやすい戦装束に着替えている。腰には聖剣。表情からは、民衆の前で見せていた柔らかな笑みが消えていた。


「ここにいたか、宰相」


「勇者様。式典後すぐにこちらへ?」


「当然だ。レインの件を片づける」


 カイゼルの視線が、地下研究区画を一巡する。


 魔道炉。


 容器に浮かぶ魔力結晶。


 魔族の骨。


 切り分けられた魔物の角。


 彼は一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに興味を失ったようだった。


「ここが魔王の遺体を運ぶ予定だった場所か」


「はい」


 ドルトンが答えた。


「魔王の心臓を炉の核にする準備は整っていました」


「なら、必ず取り戻す」


 カイゼルは即答した。


「レインはどこへ向かった」


「魔力導線の反応から見て、西方です」


 ドルトンが地図を広げる。


 魔王城から西へ、黒い線が薄く浮かんでいた。


「この先には、アシュベル廃村があります」


「廃村?」


「魔力枯渇地帯です。十年前に放棄された混血村。現在は数名の住人が残るのみ」


「なぜそこへ」


「魔王の遺体が、枯渇地帯に反応している可能性があります」


 カイゼルは意味が分からないという顔をした。


「死体が土地を選ぶのか」


「魔王の遺体は通常の死体ではありません。世界規模の魔力循環に干渉している可能性が高い」


「難しい話はいい」


 カイゼルは地図を指で叩いた。


「要するに、あいつはそこへ向かっているんだな」


「おそらく」


「なら追う」


 グラウスが口を挟む。


「勇者様自ら動かれるのですか」


「俺の物語を汚された」


 カイゼルの声には、怒りがにじんでいた。


「あいつは魔王を倒したこの日に、俺の凱旋に泥を塗った。反逆者として民の前に引きずり出す」


「魔王の遺体は、できれば損傷の少ない状態で」


「分かっている」


 カイゼルは不快そうに言った。


「心臓が必要なんだろう」


「はい。心臓だけは必ず」


「リュシアという魔族の娘は?」


 グラウスが尋ねる。


「魔王の娘です。血族として研究価値がある。生け捕りが望ましい」


「価値、価値か」


 カイゼルは笑った。


「お前たちは何でも価値で見るな」


「国家運営とは、価値の配分です」


「まあいい。俺も利用できるものは嫌いじゃない」


 その言葉を聞き、グラウスは満足そうに微笑んだ。


 カイゼルは、王国にとって理想的な英雄だった。


 民衆の前では美しい言葉を語る。


 だが裏では、必要な汚れ仕事を理解している。


 彼は正義を信じているのではない。


 自分が正義として称えられることを信じている。


 だから扱いやすい。


「勇者様」


 ドルトンが慎重に口を開いた。


「一点だけ、ご注意を。魔王の遺体に無理な干渉をすると、予期せぬ反応が起きる可能性があります」


「死体だろう」


「魔王の死体です」


「俺が殺した」


 カイゼルは聖剣の柄に手を置いた。


「もう一度動くなら、もう一度斬るだけだ」


 ドルトンは黙った。


 その沈黙を、カイゼルは同意と受け取った。


「部隊を出す。騎兵と神官兵を中心に編成しろ。セレナは置いていく」


「聖女様を?」


 グラウスが尋ねる。


「余計なことを考えている顔をしていた。レインに情でも移ったのかもしれない」


「それは困りますな」


「だから連れていかない。あいつの祈りは民衆の前で使える。戦場で迷われては邪魔だ」


「承知しました」


 カイゼルは地図を見下ろした。


 魔王城から西へ伸びる黒い線。


 その先にある廃村アシュベル。


 そこへ向かうレインとリュシア。


 カイゼルの目には、もう彼らは人間にも魔族にも見えていなかった。


 自分の英雄譚に生まれた汚点。


 消すべき染み。


 ただそれだけだった。


「レイン」


 カイゼルは低くつぶやいた。


「死体しか見えないお前に、国の未来など見えるはずがない」


 地下の魔道炉が、再び低く唸った。


 その音は、王国の心臓の鼓動のようだった。


 死者の魔力で動き続ける、巨大な心臓。


 地上では今も、民衆が勇者の名を叫んでいる。


 白い花が舞い、鐘が鳴り、酒が配られ、子どもたちは英雄ごっこをしている。


 誰も知らない。


 その明るい街の地下で、死者が素材として並べられていることを。


 誰も知らない。


 王国が救った世界は、誰かの遺体を燃やして光っていることを。


 そして今、王国は新たな素材を求めていた。


 魔王の心臓。


 魔王の血。


 魔王の娘。


 死体鑑定士の能力。


 死者を素材にする国は、もう止まれない。


 グラウスは地図の上に指を置き、静かに命じた。


「追討隊を出しなさい」


 その命令は、地下研究区画から王城へ、王城から軍司令部へ、軍司令部から西門へと伝わっていく。


 まもなく、王都の西門が開いた。


 勇者カイゼルを先頭に、騎兵たちが荒野へ向かって駆け出す。


 彼らの目的は、魔王の遺体を取り戻すこと。


 そして、反逆者となった死体鑑定士を捕らえることだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ