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死体鑑定士、追放されたので魔王の遺体を育てます 〜勇者が殺した魔王を埋めたら、滅びた村に黒い花が咲きました〜  作者: swingout777
第4章 魔王を弔う者

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第32話 戦えない鑑定士

 魔道砲が、黒花の村へ向けて放たれた。


 青白い光が砲口に集まり、次の瞬間、圧縮された魔力弾が朝霧を裂く。


 狙いは村の南側。


 昨日、避難民を受け入れたばかりで、まだ境界が薄い場所だ。


 そこには、井戸水を運ぶ村人たちがいた。


 エナ。


 リーネ。


 ミト。


 リナ。


 そして、まだ足の傷が癒えきらないノア。


「伏せろ!」


 俺は叫んだ。


 だが、声より魔力弾の方が速い。


 ベルクが走る。


 大盾を構え、砲弾の軌道へ割り込もうとする。


 しかし、間に合わない。


 ミレイユが青い魔力を放つ。


 光の壁が一瞬だけ砲弾の速度を落とす。


 けれど、止めきれない。


 圧縮魔力弾は、光の壁を食い破りながら境界へ迫る。


 俺の視界に鑑定結果が叩きつけられた。


【対象:圧縮魔力弾】


【状態:発射済み】


【弾種:魔道炉由来混合魔力弾】


【構成:魔石粉末、戦死者魔力結晶、魔族遺骸粉末、聖油微粒子】


【効果:結界破壊、黒曜花根部焼損、広域衝撃】


【着弾予測:南側拡張境界】


【危険:極大】


 戦死者魔力結晶。


 魔族遺骸粉末。


 聖油微粒子。


 王国は、死者を砲弾にしていた。


 俺は歯を食いしばる。


 止めなければならない。


 だが、俺には魔力弾を斬る力はない。


 盾で受け止める力もない。


 魔法で打ち消す力もない。


 俺は戦えない。


 勇者パーティーにいたころ、何度も言われた。


 死体しか見えない鑑定士。


 戦場で役に立たない男。


 攻撃できない。


 守れない。


 癒やせない。


 今、その言葉が胸の奥で黒く響く。


 けれど、俺の視界にはまだ鑑定結果が浮かんでいる。


 死体しか見えないからこそ、見えているものがある。


【圧縮魔力弾】


【弱点:内部死者結晶の名呼び反応】


【構造欠陥:聖油微粒子と黒曜花浄化水の相反】


【誘導可能:旧水路跡、低地、未修復水門】


【推奨対処:直撃阻止ではなく、着弾点変更】


 直撃阻止ではなく、着弾点変更。


 止めるな。


 逸らせ。


 俺は叫んだ。


「水路だ!」


 周囲がこちらを見る。


「魔力弾を旧水路へ落とす! 境界で受けるな!」


 ミレイユが一瞬だけ目を見開いた。


「砲弾を落とすって、どうやって!」


「旧水門を開ける! 井戸水を流して、聖油を反応させる!」


「そんなの、一瞬でできるわけないでしょ!」


「やるしかない!」


 俺は南側へ走った。


 肩の傷が痛む。


 聖剣にかすめられた傷だ。


 血が袖を濡らしている。


 だが、止まれない。


 魔力弾はすでに迫っている。


 南側境界の内側で、ノアが井戸水の桶を抱えたまま固まっていた。


「ノア!」


「はい!」


「旧水路へ水を流せ! 桶じゃ足りない。井戸から引いた溝を広げる!」


「溝を?」


「水で砲弾を引っ張る!」


「分かりました!」


 分かっていない顔だった。


 だが、ノアは動いた。


 足を引きずりながら、グランが刻んだ小さな水路へ桶の水を流す。


 エナとリーネもそれに続く。


 ミトとリナが小さな桶を持って走る。


「水、ここ?」


「そこじゃない! こっちへ!」


 ノアが叫ぶ。


 彼はもう、置いていかれた補充兵ではなかった。


 今は、村の中で水路を指示する者だ。


 俺は旧水門の残骸へ駆け寄る。


 腐食した板。


 錆びた金具。


 土に埋まった水路の石。


 さっき北側で使ったものと似ているが、こちらはもっと古く、重い。


 俺は水門に触れた。


【対象:旧南水門】


【状態:閉鎖、腐食、土砂詰まり】


【過去価値:アシュベル共同畑への水流調整】


【現在価値:機能停止】


【未来価値候補:魔道砲弾の誘導路】


【起動条件:錆びた固定具三点破壊、黒曜花根部による補助、水量確保】


「固定具三つ!」


 俺は叫ぶ。


「グラン!」


「聞こえてる!」


 グランは南側の境界を支えながら、工具袋をこちらへ投げた。


 重い袋が足元に落ちる。


 俺は中から細い鉄棒を取り出し、錆びた固定具へ差し込んだ。


 一つ目。


 固い。


 力任せでは動かない。


 戦えないだけではない。


 力もない。


 グランなら一撃で叩き壊せるだろう。


 ベルクなら盾で押し潰せる。


 ミレイユなら魔法で弾ける。


 俺にはできない。


 だが、俺には見える。


【固定具一】


【腐食部位:右下】


【破損誘導:斜め上から圧力】


 右下。


 斜め上。


 俺は鉄棒の角度を変え、体重をかけた。


 金属が嫌な音を立てる。


 外れた。


 二つ目。


【固定具二】


【状態:内部亀裂】


【破損誘導:横方向振動】


 叩くのではなく、揺らす。


 俺は鉄棒を差し込み、何度も左右へ小刻みに揺らした。


 固定具が砕ける。


 三つ目。


【固定具三】


【状態:聖油微粒子付着】


【危険:素手接触不可】


【対処:井戸水冷却後、工具使用】


「水!」


 俺が叫ぶと、リナが小さな桶を差し出した。


「これ!」


「ありがとう!」


 井戸水を固定具へかける。


 黒曜花の根が水に触れ、黒銀に光る。


 聖油の白い膜がじゅっと音を立てて薄まった。


 俺は工具を差し込む。


 だが、その瞬間、空気が震えた。


 魔力弾が近い。


 あと数呼吸。


「レイン、急いで!」


 ミレイユの声。


 彼女は空中で魔力弾の軌道を青い光で照らし、わずかに進路をずらそうとしている。


 だが、負荷が大きい。


 顔が青ざめている。


 ベルクは大盾を掲げ、万一の直撃に備えている。


 その盾でも、受け止めれば無事では済まない。


 セレナは黒曜花の前で、名前を呼んでいた。


「ユリアン・ホフ!」


 魔力弾の内部に閉じ込められた死者の名。


「セド・マルク!」


 砲弾の光がわずかに乱れる。


「イリナ・テス!」


 さらに乱れる。


 死者の名呼びが、弾の内部を揺らしている。


 だが、まだ足りない。


 俺は三つ目の固定具をこじ開けようとした。


 動かない。


 手が滑る。


 肩の傷から血が流れ、指先に力が入らない。


 戦えない鑑定士。


 また、その言葉が響く。


 俺は唇を噛んだ。


 戦えない。


 だから何だ。


 斬れないなら、読む。


 壊せないなら、壊れ方を見る。


 守れないなら、守れる者へつなぐ。


 それが俺の戦い方だ。


「グラン!」


「何だ!」


「固定具三、聖油を抜いた! 左から叩け!」


「やっと鍛冶屋の出番か!」


 グランが走り込む。


 槌を振り上げる。


 俺が指差した一点へ、正確に叩き込む。


 金属が砕けた。


 旧水門が軋む。


 土砂に埋まっていた水路が開き、井戸水が流れ込んだ。


 ノアたちが流した水が、黒曜花の根に導かれ、南側へ広がる。


 旧水路に水が走る。


 その流れが、魔力弾の下を横切った。


 鑑定結果が変わる。


【旧南水門:一時開放】


【水流誘導:成立】


【黒曜花浄化水:流入】


【圧縮魔力弾の聖油微粒子と反応】


【軌道変化可能】


「ミレイユ!」


「見えてる!」


 ミレイユが杖を振る。


 青い光が水路に沿って走る。


 水流が光り、魔力弾の下部へ触れた。


 聖油微粒子が反応する。


 魔力弾の軌道がわずかに沈む。


 ベルクが大盾を構え、叫んだ。


「南へ落とす!」


 彼は盾を地面へ叩きつけた。


 衝撃で黒花の村境界が波打つ。


 砲弾の軌道がさらに低くなる。


 セレナが最後の名前を呼んだ。


「名の分からない方たちも、もう撃たれなくていい!」


 その声に、魔力弾の内部の銀色の灯が一斉に揺れた。


 砲弾は、村境界の直撃位置を外れた。


 旧水路へ落ちる。


 青白い光が水路の中で爆ぜた。


 凄まじい轟音。


 水が柱のように噴き上がる。


 泥と石が空へ舞う。


 衝撃で俺は吹き飛ばされた。


 背中を地面に叩きつけられ、息が止まる。


 耳が鳴った。


 視界が白く霞む。


 しばらく、何も聞こえなかった。


 やがて、黒曜花の光が見えた。


 水路の爆発地点から、白い煙が上がっている。


 だが、村境界は破れていない。


 南側の家も、畑も、井戸も無事だ。


 魔力弾は旧水路で爆発し、威力の大半を地面と水が受け止めた。


 俺の視界に、かすれた鑑定結果が浮かぶ。


【圧縮魔力弾】


【状態:誘導爆散】


【直撃回避:成功】


【黒花の村境界:損傷軽微】


【旧南水路:損壊拡大】


【副次効果:埋没水路の一部再開通】


 埋没水路の一部再開通。


 こんな状況で、そんな表示が出るのか。


 俺は思わず笑いそうになり、痛みで咳き込んだ。


「レインさん!」


 リュシアの声が聞こえる。


 彼女が駆け寄ってきた。


 セレナもすぐに膝をつく。


「動かないでください!」


「生きてる」


「見れば分かります!」


「鑑定しなくても?」


「しなくてもです!」


 セレナが俺の肩の傷へ手を当てる。


 教会式の祈りではない。


 彼女は俺の名前を呼んだ。


「レイン・オルディア」


 黒曜花が応じる。


 温かい光が傷へ染み込んだ。


 痛みが少しだけ引く。


 完全には治らない。


 それでも、血は止まり始めた。


【対象:レイン・オルディア】


【状態:肩部裂傷、打撲、魔力疲労】


【危険:中】


【処置:黒曜花補助、聖女の名呼び治癒】


【活動継続:短時間可能】


 活動継続、短時間可能。


 ずいぶん雑な鑑定だ。


 俺は起き上がろうとした。


 リュシアが止める。


「駄目です!」


「まだ終わってない」


「分かっています。でも、あなたが倒れたら」


「倒れてない」


「倒れていました!」


 珍しく、リュシアが強い声を出した。


 その目には涙が浮かんでいる。


 俺は少しだけ息を吐いた。


「すまない」


「謝るくらいなら、無理をしないでください」


「それは難しい」


「レインさん」


 彼女が本気で怒りそうな顔をしたので、俺は黙った。


 その間にも、戦場は動いている。


 魔道砲の一基が撃てなくなったことで、王国軍はさらに混乱していた。


 砲手たちは自分たちの兵器を恐れ始めている。


 魔力弾が暴発すれば、撃つ側にも被害が出る。


 しかも、その動力核には死者が閉じ込められている。


 名を呼ばれた死者たちは、撃たれることを拒む。


 王国軍の兵器は、死者の沈黙を前提に作られていた。


 その沈黙が破られた今、兵器は安定しない。


「魔道砲二番、三番も動力が乱れています!」


「死者反応が拡大!」


「黒花の村からの干渉を遮断できません!」


 王国軍後方の叫びが聞こえる。


 白面神官が怒声を上げる。


「遮断しろ! 死者の名など聞くな!」


 ミレイユが空から声を返した。


「聞かなくても、見えるようにしてあげるわ!」


 彼女の魔法が、魔道砲内部の死者結晶をさらに照らした。


 砲手たちの顔が引きつる。


 自分たちが操作していたものの中に、かつて人だった灯がある。


 それを見ながら撃てる者は少ない。


 少なくとも、普通の人間なら。


 だが、白面神官は違った。


 彼は懐から新たな札を取り出した。


 今度は白でも黒でもない。


 灰色の札。


 骨灰を固めたような色。


 セレナが顔を強張らせる。


「また禁式です」


「何の札だ」


「兵士の恐怖と迷いを抑える術式。戦場で使うことは禁止されています。人格を鈍らせるから」


 白面神官が札を掲げる。


「王国に忠誠を!」


 灰色の光が王国兵たちへ降り注ごうとする。


 迷いを消す術式。


 死者の名前を聞いて立ち止まった兵士たちを、再び命令だけで動く駒に戻すつもりだ。


「止めないと!」


 セレナが立ち上がる。


 だが、彼女も消耗している。


 名を呼び続け、治癒もした。


 魔力は残り少ない。


 ミレイユも砲弾の誘導でかなり消耗している。


 ベルクは盾隊を止め続けている。


 グランは境界を支え、ノアは水路を走り回っている。


 誰も手が空いていない。


 俺は立ち上がった。


「俺が行く」


「駄目です」


 リュシアが即座に言う。


「走れる状態ではありません」


「走らなくていい」


 俺は灰色の札を見た。


 壊れていない。


 まだ発動前。


 普通なら鑑定対象ではない。


 だが、札の素材に死者の骨灰が使われているなら、俺には見える。


 俺は足元の黒曜花へ手を置いた。


「直接触れなくても、死者由来なら読めるかもしれない」


 鑑定を伸ばす。


 灰色の札。


 白面神官の手。


 骨灰の術式。


 そこに残る死者の痕跡。


【対象:忠誠強制札】


【状態:発動準備】


【材料:処刑囚骨灰、戦場回収灰、聖油】


【効果:恐怖抑制、疑問低下、命令優先化】


【弱点:材料由来死者名の開示】


【開示名:カロン・ディス】


 カロン・ディス。


「セレナ!」


「はい!」


「カロン・ディス!」


 セレナはすぐに叫んだ。


「カロン・ディス!」


 灰色の札が震えた。


 白面神官の手が止まる。


「なぜ、その名を……」


 反応した。


 この札にも、名前がある。


「もう一人!」


 俺は鑑定を深める。


【開示名:メル・サージ】


「メル・サージ!」


 セレナが呼ぶ。


 灰色の札に亀裂が入った。


 王国兵たちへ降りかけていた灰色の光が揺らぐ。


 ミレイユが気づき、青い光を重ねた。


「見えた!」


 空中に二つの名前が浮かぶ。


 カロン・ディス。


 メル・サージ。


 王国兵の一人が顔を上げる。


「カロン……処刑された反戦神官の名だ」


 別の兵士が呟く。


「メルは、南部の救護隊にいた人じゃないか?」


 白面神官が怒りで杖を震わせる。


「黙れ!」


「その札も死者でできている」


 俺は言った。


「兵士の迷いを消すために、死者の骨を使っている」


 兵士たちの動揺がさらに大きくなった。


 死者を素材にする国。


 その実態が、次々と暴かれていく。


 白面神官は灰色の札を握り潰そうとした。


 だが、その前に黒曜花の光が届いた。


 札が割れる。


 灰色の粉が風に散った。


 その中から、二つの小さな銀色の灯が浮かび上がる。


 セレナが静かに言った。


「カロン・ディス。メル・サージ。もう、誰かの迷いを消すために使われなくていい」


 灯は黒曜花へ溶けていった。


 王国兵たちは、もう完全には進めなくなっていた。


 前へ進もうとする者。


 下がろうとする者。


 命令を待つ者。


 武器を下げる者。


 隊列が割れ始める。


 白面神官は怒り狂ったように叫んだ。


「勇者様! 今こそお命じください! 反逆者どもを討てと! 王国を守るために!」


 皆の視線が、カイゼルへ向いた。


 聖剣は封印され、灰色に沈黙している。


 カイゼルはその剣を握ったまま、立っていた。


 彼は、戦場を見ている。


 死者の名前。


 動揺する兵士。


 止まる魔道砲。


 黒花の村で水を運ぶ子ども。


 自分の前に立つベルク。


 こちらにいるミレイユ。


 名前を呼ぶセレナ。


 魔王の墓を守るリュシア。


 そして、血を流しながら立つ俺。


「カイゼル」


 俺は言った。


「まだ止められる」


 彼の目がこちらを向く。


「聖剣は封印された。魔道砲も不安定だ。兵も迷っている。これ以上進めば、王国軍は壊れる」


「……壊したのはお前だ」


 カイゼルの声は低かった。


「違う」


「お前が死者の名など呼ばなければ、兵は迷わなかった。聖剣の記憶など開かなければ、俺は……」


 彼は言葉を切った。


 その先を言えなかったのか。


 言いたくなかったのか。


 分からない。


「俺は、勇者でいられた」


 最後に出た声は、小さかった。


 戦場の喧騒の中で、それでも俺には聞こえた。


 カイゼルは、王国のために戦っている。


 民のためだと信じている。


 だが、その奥にあるのは、勇者でいられなくなる恐怖なのかもしれない。


 俺は息を吸った。


「勇者でいるために、どれだけ死者の名前を消す」


 カイゼルの顔が歪む。


「黙れ」


「どれだけ村を焼く」


「黙れ」


「どれだけ仲間を裏切り者にする」


「黙れ!」


 カイゼルが聖剣を振ろうとした。


 だが、剣は光らない。


 封印された聖剣は、ただ重い鉄のように沈黙していた。


 その事実が、彼をさらに追い詰める。


 白面神官が焦ったように言う。


「勇者様、聖剣が使えずとも、王国軍は残っています! ご命令を!」


 カイゼルは、ゆっくりと白面神官を見た。


 一瞬、彼の目に疑いがよぎったように見えた。


 だが、それはすぐに消えた。


 彼は聖剣を鞘に戻し、代わりに腰の予備剣を抜いた。


 普通の剣。


 聖剣ではない。


 それでも、彼の剣技は本物だ。


 白銀の英雄は、聖剣を封じられても戦える。


 いや、むしろこれからは、聖剣の拒絶なしに斬れる。


 ベルクが大盾を構え直した。


 ミレイユが息を呑む。


 セレナが顔を青ざめさせる。


 カイゼルは、俺を見た。


「聖剣が使えなくても、俺は勇者だ」


 その声には、悲しいほどの執着があった。


「レイン。お前を倒せば、この混乱は終わる」


「俺を倒しても、死者の名前は消えない」


「なら、まずお前からだ」


 カイゼルが踏み込んだ。


 速い。


 聖剣ではない剣が、俺へ向かってくる。


 俺は剣を抜いた。


 だが、分かっている。


 勝てない。


 勇者パーティーにいたころから、俺はカイゼルとまともに剣を合わせられたことがない。


 一撃受ければ、弾かれる。


 二撃目で倒される。


 俺は戦えない。


 それでも、逃げなかった。


 カイゼルの剣が迫る。


 俺は鑑定を発動した。


【対象:勇者カイゼルの予備剣】


【状態:抜剣】


【由来:王国騎士団支給剣、勇者用改装】


【損耗:軽微】


【弱点:鍔元の魔力導線】


【使用者状態:怒り、恐怖、自己証明衝動】


【攻撃予測:右上段から斜め下】


 攻撃予測。


 見える。


 体が追いつくかは別だ。


 俺は右上段からの斬撃に合わせ、剣を斜めに構える。


 衝撃。


 腕が痺れる。


 剣が弾かれそうになる。


 だが、完全には弾かれない。


 カイゼルの目がわずかに見開かれる。


「読んだのか」


「剣が教えてくれた」


「気味が悪い」


「よく言われる」


 二撃目が来る。


【攻撃予測:突き、左肩狙い】


 俺は半歩ずれる。


 剣先が肩の傷をかすめる。


 痛みで視界が揺れる。


 だが、致命傷ではない。


 三撃目。


【攻撃予測:足払いから首狙い】


 これは避けきれない。


 俺は叫んだ。


「ベルク!」


 ベルクの盾が間に入る。


 カイゼルの剣が盾に当たり、火花が散る。


「またお前か、ベルク!」


「何度でも立つ」


 ベルクが押し返す。


 カイゼルが後退する。


 俺は膝をつきかけた。


 セレナが名を呼ぶ。


「レイン!」


 黒曜花の光が体を支える。


 ミレイユが隣に立つ。


「戦えないんじゃなかったの?」


「戦えてない。読んでるだけだ」


「十分よ」


 グランも境界鍬を担いで笑う。


「読めるやつがいると、叩く場所が分かって助かる」


 ノアが息を切らしながら言った。


「水路も、拘束具も、砲弾も、レインが読んだから止められました」


 リュシアが魔王の墓の前から言う。


「あなたは、戦えない鑑定士ではありません」


「いや」


 俺は首を振った。


「俺は戦えない鑑定士だ」


 皆が俺を見る。


「斬れない。守れない。癒やせない。魔法も使えない。勇者には勝てない」


 俺はカイゼルを見た。


「でも、壊れたものを読める。死者の名前を拾える。道具の未来価値を見られる。誰かが戦わずに済む方法を探せる」


 剣を握り直す。


 戦うためではない。


 読むために。


「だから、俺は戦えないままでいい」


 黒曜花が静かに揺れた。


「戦えないから、殺さずに止める道を探せる」


 カイゼルの顔が歪んだ。


「綺麗事を」


「綺麗じゃない。泥だらけだ」


 俺は旧水路を見た。


 爆発で泥まみれになった村人たち。


 水を運ぶ子どもたち。


 血を流す捕虜。


 盾を構えるベルク。


 消耗しきったミレイユ。


 名前を呼び続けるセレナ。


 父の墓を守るリュシア。


「でも、ここはまだ残っている」


 王国軍は止まりかけている。


 魔道砲は不安定。


 聖剣は封印。


 死者の名前は空に浮かび続けている。


 黒花の村は、まだ落ちていない。


 防衛戦は終わっていない。


 だが、王国軍の最初の総攻撃は、確かに食い止めた。


 そのとき、白面神官が静かに笑った。


 仮面の奥から、低い声が漏れる。


「なるほど。聖剣も魔道砲も、死者の名も、すべて厄介だ」


 彼は後方へ合図を送った。


 王国軍のさらに奥。


 白い布で覆われた大きな箱が運ばれてくる。


 鉄の鎖で縛られ、神官兵が四人がかりで押している。


 嫌な気配がした。


 黒曜花が一斉にざわめく。


 俺の鑑定が、勝手に反応する。


【対象:封印輸送箱】


【状態:封印中】


【内容物:魔王由来血液サンプル、黒曜花焼却実験灰、死骸兵核、王都魔道炉汚染結晶】


【用途:黒曜花根部汚染】


【危険:極大】


 白面神官は言った。


「ならば、花そのものを汚せばよい」


 リュシアの顔色が変わった。


 セレナが息を呑む。


 ミレイユが杖を握り直す。


 ベルクが盾を構える。


 カイゼルでさえ、その箱を見て眉をひそめた。


 白面神官は、もう勇者の物語すら利用しきったのだろう。


 次に狙うのは、黒曜花そのもの。


 死者の名を呼ぶ花を、汚して殺す。


 黒花の村防衛戦は、まだ終わらない。


 俺は痛む肩を押さえながら、箱を睨んだ。


 戦えない鑑定士に、また読むべきものが現れた。


 なら、読む。


 どれほど醜くても。


 どれほど恐ろしくても。


 死者をもう一度、素材にも兵器にもさせないために。


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