第32話 戦えない鑑定士
魔道砲が、黒花の村へ向けて放たれた。
青白い光が砲口に集まり、次の瞬間、圧縮された魔力弾が朝霧を裂く。
狙いは村の南側。
昨日、避難民を受け入れたばかりで、まだ境界が薄い場所だ。
そこには、井戸水を運ぶ村人たちがいた。
エナ。
リーネ。
ミト。
リナ。
そして、まだ足の傷が癒えきらないノア。
「伏せろ!」
俺は叫んだ。
だが、声より魔力弾の方が速い。
ベルクが走る。
大盾を構え、砲弾の軌道へ割り込もうとする。
しかし、間に合わない。
ミレイユが青い魔力を放つ。
光の壁が一瞬だけ砲弾の速度を落とす。
けれど、止めきれない。
圧縮魔力弾は、光の壁を食い破りながら境界へ迫る。
俺の視界に鑑定結果が叩きつけられた。
【対象:圧縮魔力弾】
【状態:発射済み】
【弾種:魔道炉由来混合魔力弾】
【構成:魔石粉末、戦死者魔力結晶、魔族遺骸粉末、聖油微粒子】
【効果:結界破壊、黒曜花根部焼損、広域衝撃】
【着弾予測:南側拡張境界】
【危険:極大】
戦死者魔力結晶。
魔族遺骸粉末。
聖油微粒子。
王国は、死者を砲弾にしていた。
俺は歯を食いしばる。
止めなければならない。
だが、俺には魔力弾を斬る力はない。
盾で受け止める力もない。
魔法で打ち消す力もない。
俺は戦えない。
勇者パーティーにいたころ、何度も言われた。
死体しか見えない鑑定士。
戦場で役に立たない男。
攻撃できない。
守れない。
癒やせない。
今、その言葉が胸の奥で黒く響く。
けれど、俺の視界にはまだ鑑定結果が浮かんでいる。
死体しか見えないからこそ、見えているものがある。
【圧縮魔力弾】
【弱点:内部死者結晶の名呼び反応】
【構造欠陥:聖油微粒子と黒曜花浄化水の相反】
【誘導可能:旧水路跡、低地、未修復水門】
【推奨対処:直撃阻止ではなく、着弾点変更】
直撃阻止ではなく、着弾点変更。
止めるな。
逸らせ。
俺は叫んだ。
「水路だ!」
周囲がこちらを見る。
「魔力弾を旧水路へ落とす! 境界で受けるな!」
ミレイユが一瞬だけ目を見開いた。
「砲弾を落とすって、どうやって!」
「旧水門を開ける! 井戸水を流して、聖油を反応させる!」
「そんなの、一瞬でできるわけないでしょ!」
「やるしかない!」
俺は南側へ走った。
肩の傷が痛む。
聖剣にかすめられた傷だ。
血が袖を濡らしている。
だが、止まれない。
魔力弾はすでに迫っている。
南側境界の内側で、ノアが井戸水の桶を抱えたまま固まっていた。
「ノア!」
「はい!」
「旧水路へ水を流せ! 桶じゃ足りない。井戸から引いた溝を広げる!」
「溝を?」
「水で砲弾を引っ張る!」
「分かりました!」
分かっていない顔だった。
だが、ノアは動いた。
足を引きずりながら、グランが刻んだ小さな水路へ桶の水を流す。
エナとリーネもそれに続く。
ミトとリナが小さな桶を持って走る。
「水、ここ?」
「そこじゃない! こっちへ!」
ノアが叫ぶ。
彼はもう、置いていかれた補充兵ではなかった。
今は、村の中で水路を指示する者だ。
俺は旧水門の残骸へ駆け寄る。
腐食した板。
錆びた金具。
土に埋まった水路の石。
さっき北側で使ったものと似ているが、こちらはもっと古く、重い。
俺は水門に触れた。
【対象:旧南水門】
【状態:閉鎖、腐食、土砂詰まり】
【過去価値:アシュベル共同畑への水流調整】
【現在価値:機能停止】
【未来価値候補:魔道砲弾の誘導路】
【起動条件:錆びた固定具三点破壊、黒曜花根部による補助、水量確保】
「固定具三つ!」
俺は叫ぶ。
「グラン!」
「聞こえてる!」
グランは南側の境界を支えながら、工具袋をこちらへ投げた。
重い袋が足元に落ちる。
俺は中から細い鉄棒を取り出し、錆びた固定具へ差し込んだ。
一つ目。
固い。
力任せでは動かない。
戦えないだけではない。
力もない。
グランなら一撃で叩き壊せるだろう。
ベルクなら盾で押し潰せる。
ミレイユなら魔法で弾ける。
俺にはできない。
だが、俺には見える。
【固定具一】
【腐食部位:右下】
【破損誘導:斜め上から圧力】
右下。
斜め上。
俺は鉄棒の角度を変え、体重をかけた。
金属が嫌な音を立てる。
外れた。
二つ目。
【固定具二】
【状態:内部亀裂】
【破損誘導:横方向振動】
叩くのではなく、揺らす。
俺は鉄棒を差し込み、何度も左右へ小刻みに揺らした。
固定具が砕ける。
三つ目。
【固定具三】
【状態:聖油微粒子付着】
【危険:素手接触不可】
【対処:井戸水冷却後、工具使用】
「水!」
俺が叫ぶと、リナが小さな桶を差し出した。
「これ!」
「ありがとう!」
井戸水を固定具へかける。
黒曜花の根が水に触れ、黒銀に光る。
聖油の白い膜がじゅっと音を立てて薄まった。
俺は工具を差し込む。
だが、その瞬間、空気が震えた。
魔力弾が近い。
あと数呼吸。
「レイン、急いで!」
ミレイユの声。
彼女は空中で魔力弾の軌道を青い光で照らし、わずかに進路をずらそうとしている。
だが、負荷が大きい。
顔が青ざめている。
ベルクは大盾を掲げ、万一の直撃に備えている。
その盾でも、受け止めれば無事では済まない。
セレナは黒曜花の前で、名前を呼んでいた。
「ユリアン・ホフ!」
魔力弾の内部に閉じ込められた死者の名。
「セド・マルク!」
砲弾の光がわずかに乱れる。
「イリナ・テス!」
さらに乱れる。
死者の名呼びが、弾の内部を揺らしている。
だが、まだ足りない。
俺は三つ目の固定具をこじ開けようとした。
動かない。
手が滑る。
肩の傷から血が流れ、指先に力が入らない。
戦えない鑑定士。
また、その言葉が響く。
俺は唇を噛んだ。
戦えない。
だから何だ。
斬れないなら、読む。
壊せないなら、壊れ方を見る。
守れないなら、守れる者へつなぐ。
それが俺の戦い方だ。
「グラン!」
「何だ!」
「固定具三、聖油を抜いた! 左から叩け!」
「やっと鍛冶屋の出番か!」
グランが走り込む。
槌を振り上げる。
俺が指差した一点へ、正確に叩き込む。
金属が砕けた。
旧水門が軋む。
土砂に埋まっていた水路が開き、井戸水が流れ込んだ。
ノアたちが流した水が、黒曜花の根に導かれ、南側へ広がる。
旧水路に水が走る。
その流れが、魔力弾の下を横切った。
鑑定結果が変わる。
【旧南水門:一時開放】
【水流誘導:成立】
【黒曜花浄化水:流入】
【圧縮魔力弾の聖油微粒子と反応】
【軌道変化可能】
「ミレイユ!」
「見えてる!」
ミレイユが杖を振る。
青い光が水路に沿って走る。
水流が光り、魔力弾の下部へ触れた。
聖油微粒子が反応する。
魔力弾の軌道がわずかに沈む。
ベルクが大盾を構え、叫んだ。
「南へ落とす!」
彼は盾を地面へ叩きつけた。
衝撃で黒花の村境界が波打つ。
砲弾の軌道がさらに低くなる。
セレナが最後の名前を呼んだ。
「名の分からない方たちも、もう撃たれなくていい!」
その声に、魔力弾の内部の銀色の灯が一斉に揺れた。
砲弾は、村境界の直撃位置を外れた。
旧水路へ落ちる。
青白い光が水路の中で爆ぜた。
凄まじい轟音。
水が柱のように噴き上がる。
泥と石が空へ舞う。
衝撃で俺は吹き飛ばされた。
背中を地面に叩きつけられ、息が止まる。
耳が鳴った。
視界が白く霞む。
しばらく、何も聞こえなかった。
やがて、黒曜花の光が見えた。
水路の爆発地点から、白い煙が上がっている。
だが、村境界は破れていない。
南側の家も、畑も、井戸も無事だ。
魔力弾は旧水路で爆発し、威力の大半を地面と水が受け止めた。
俺の視界に、かすれた鑑定結果が浮かぶ。
【圧縮魔力弾】
【状態:誘導爆散】
【直撃回避:成功】
【黒花の村境界:損傷軽微】
【旧南水路:損壊拡大】
【副次効果:埋没水路の一部再開通】
埋没水路の一部再開通。
こんな状況で、そんな表示が出るのか。
俺は思わず笑いそうになり、痛みで咳き込んだ。
「レインさん!」
リュシアの声が聞こえる。
彼女が駆け寄ってきた。
セレナもすぐに膝をつく。
「動かないでください!」
「生きてる」
「見れば分かります!」
「鑑定しなくても?」
「しなくてもです!」
セレナが俺の肩の傷へ手を当てる。
教会式の祈りではない。
彼女は俺の名前を呼んだ。
「レイン・オルディア」
黒曜花が応じる。
温かい光が傷へ染み込んだ。
痛みが少しだけ引く。
完全には治らない。
それでも、血は止まり始めた。
【対象:レイン・オルディア】
【状態:肩部裂傷、打撲、魔力疲労】
【危険:中】
【処置:黒曜花補助、聖女の名呼び治癒】
【活動継続:短時間可能】
活動継続、短時間可能。
ずいぶん雑な鑑定だ。
俺は起き上がろうとした。
リュシアが止める。
「駄目です!」
「まだ終わってない」
「分かっています。でも、あなたが倒れたら」
「倒れてない」
「倒れていました!」
珍しく、リュシアが強い声を出した。
その目には涙が浮かんでいる。
俺は少しだけ息を吐いた。
「すまない」
「謝るくらいなら、無理をしないでください」
「それは難しい」
「レインさん」
彼女が本気で怒りそうな顔をしたので、俺は黙った。
その間にも、戦場は動いている。
魔道砲の一基が撃てなくなったことで、王国軍はさらに混乱していた。
砲手たちは自分たちの兵器を恐れ始めている。
魔力弾が暴発すれば、撃つ側にも被害が出る。
しかも、その動力核には死者が閉じ込められている。
名を呼ばれた死者たちは、撃たれることを拒む。
王国軍の兵器は、死者の沈黙を前提に作られていた。
その沈黙が破られた今、兵器は安定しない。
「魔道砲二番、三番も動力が乱れています!」
「死者反応が拡大!」
「黒花の村からの干渉を遮断できません!」
王国軍後方の叫びが聞こえる。
白面神官が怒声を上げる。
「遮断しろ! 死者の名など聞くな!」
ミレイユが空から声を返した。
「聞かなくても、見えるようにしてあげるわ!」
彼女の魔法が、魔道砲内部の死者結晶をさらに照らした。
砲手たちの顔が引きつる。
自分たちが操作していたものの中に、かつて人だった灯がある。
それを見ながら撃てる者は少ない。
少なくとも、普通の人間なら。
だが、白面神官は違った。
彼は懐から新たな札を取り出した。
今度は白でも黒でもない。
灰色の札。
骨灰を固めたような色。
セレナが顔を強張らせる。
「また禁式です」
「何の札だ」
「兵士の恐怖と迷いを抑える術式。戦場で使うことは禁止されています。人格を鈍らせるから」
白面神官が札を掲げる。
「王国に忠誠を!」
灰色の光が王国兵たちへ降り注ごうとする。
迷いを消す術式。
死者の名前を聞いて立ち止まった兵士たちを、再び命令だけで動く駒に戻すつもりだ。
「止めないと!」
セレナが立ち上がる。
だが、彼女も消耗している。
名を呼び続け、治癒もした。
魔力は残り少ない。
ミレイユも砲弾の誘導でかなり消耗している。
ベルクは盾隊を止め続けている。
グランは境界を支え、ノアは水路を走り回っている。
誰も手が空いていない。
俺は立ち上がった。
「俺が行く」
「駄目です」
リュシアが即座に言う。
「走れる状態ではありません」
「走らなくていい」
俺は灰色の札を見た。
壊れていない。
まだ発動前。
普通なら鑑定対象ではない。
だが、札の素材に死者の骨灰が使われているなら、俺には見える。
俺は足元の黒曜花へ手を置いた。
「直接触れなくても、死者由来なら読めるかもしれない」
鑑定を伸ばす。
灰色の札。
白面神官の手。
骨灰の術式。
そこに残る死者の痕跡。
【対象:忠誠強制札】
【状態:発動準備】
【材料:処刑囚骨灰、戦場回収灰、聖油】
【効果:恐怖抑制、疑問低下、命令優先化】
【弱点:材料由来死者名の開示】
【開示名:カロン・ディス】
カロン・ディス。
「セレナ!」
「はい!」
「カロン・ディス!」
セレナはすぐに叫んだ。
「カロン・ディス!」
灰色の札が震えた。
白面神官の手が止まる。
「なぜ、その名を……」
反応した。
この札にも、名前がある。
「もう一人!」
俺は鑑定を深める。
【開示名:メル・サージ】
「メル・サージ!」
セレナが呼ぶ。
灰色の札に亀裂が入った。
王国兵たちへ降りかけていた灰色の光が揺らぐ。
ミレイユが気づき、青い光を重ねた。
「見えた!」
空中に二つの名前が浮かぶ。
カロン・ディス。
メル・サージ。
王国兵の一人が顔を上げる。
「カロン……処刑された反戦神官の名だ」
別の兵士が呟く。
「メルは、南部の救護隊にいた人じゃないか?」
白面神官が怒りで杖を震わせる。
「黙れ!」
「その札も死者でできている」
俺は言った。
「兵士の迷いを消すために、死者の骨を使っている」
兵士たちの動揺がさらに大きくなった。
死者を素材にする国。
その実態が、次々と暴かれていく。
白面神官は灰色の札を握り潰そうとした。
だが、その前に黒曜花の光が届いた。
札が割れる。
灰色の粉が風に散った。
その中から、二つの小さな銀色の灯が浮かび上がる。
セレナが静かに言った。
「カロン・ディス。メル・サージ。もう、誰かの迷いを消すために使われなくていい」
灯は黒曜花へ溶けていった。
王国兵たちは、もう完全には進めなくなっていた。
前へ進もうとする者。
下がろうとする者。
命令を待つ者。
武器を下げる者。
隊列が割れ始める。
白面神官は怒り狂ったように叫んだ。
「勇者様! 今こそお命じください! 反逆者どもを討てと! 王国を守るために!」
皆の視線が、カイゼルへ向いた。
聖剣は封印され、灰色に沈黙している。
カイゼルはその剣を握ったまま、立っていた。
彼は、戦場を見ている。
死者の名前。
動揺する兵士。
止まる魔道砲。
黒花の村で水を運ぶ子ども。
自分の前に立つベルク。
こちらにいるミレイユ。
名前を呼ぶセレナ。
魔王の墓を守るリュシア。
そして、血を流しながら立つ俺。
「カイゼル」
俺は言った。
「まだ止められる」
彼の目がこちらを向く。
「聖剣は封印された。魔道砲も不安定だ。兵も迷っている。これ以上進めば、王国軍は壊れる」
「……壊したのはお前だ」
カイゼルの声は低かった。
「違う」
「お前が死者の名など呼ばなければ、兵は迷わなかった。聖剣の記憶など開かなければ、俺は……」
彼は言葉を切った。
その先を言えなかったのか。
言いたくなかったのか。
分からない。
「俺は、勇者でいられた」
最後に出た声は、小さかった。
戦場の喧騒の中で、それでも俺には聞こえた。
カイゼルは、王国のために戦っている。
民のためだと信じている。
だが、その奥にあるのは、勇者でいられなくなる恐怖なのかもしれない。
俺は息を吸った。
「勇者でいるために、どれだけ死者の名前を消す」
カイゼルの顔が歪む。
「黙れ」
「どれだけ村を焼く」
「黙れ」
「どれだけ仲間を裏切り者にする」
「黙れ!」
カイゼルが聖剣を振ろうとした。
だが、剣は光らない。
封印された聖剣は、ただ重い鉄のように沈黙していた。
その事実が、彼をさらに追い詰める。
白面神官が焦ったように言う。
「勇者様、聖剣が使えずとも、王国軍は残っています! ご命令を!」
カイゼルは、ゆっくりと白面神官を見た。
一瞬、彼の目に疑いがよぎったように見えた。
だが、それはすぐに消えた。
彼は聖剣を鞘に戻し、代わりに腰の予備剣を抜いた。
普通の剣。
聖剣ではない。
それでも、彼の剣技は本物だ。
白銀の英雄は、聖剣を封じられても戦える。
いや、むしろこれからは、聖剣の拒絶なしに斬れる。
ベルクが大盾を構え直した。
ミレイユが息を呑む。
セレナが顔を青ざめさせる。
カイゼルは、俺を見た。
「聖剣が使えなくても、俺は勇者だ」
その声には、悲しいほどの執着があった。
「レイン。お前を倒せば、この混乱は終わる」
「俺を倒しても、死者の名前は消えない」
「なら、まずお前からだ」
カイゼルが踏み込んだ。
速い。
聖剣ではない剣が、俺へ向かってくる。
俺は剣を抜いた。
だが、分かっている。
勝てない。
勇者パーティーにいたころから、俺はカイゼルとまともに剣を合わせられたことがない。
一撃受ければ、弾かれる。
二撃目で倒される。
俺は戦えない。
それでも、逃げなかった。
カイゼルの剣が迫る。
俺は鑑定を発動した。
【対象:勇者カイゼルの予備剣】
【状態:抜剣】
【由来:王国騎士団支給剣、勇者用改装】
【損耗:軽微】
【弱点:鍔元の魔力導線】
【使用者状態:怒り、恐怖、自己証明衝動】
【攻撃予測:右上段から斜め下】
攻撃予測。
見える。
体が追いつくかは別だ。
俺は右上段からの斬撃に合わせ、剣を斜めに構える。
衝撃。
腕が痺れる。
剣が弾かれそうになる。
だが、完全には弾かれない。
カイゼルの目がわずかに見開かれる。
「読んだのか」
「剣が教えてくれた」
「気味が悪い」
「よく言われる」
二撃目が来る。
【攻撃予測:突き、左肩狙い】
俺は半歩ずれる。
剣先が肩の傷をかすめる。
痛みで視界が揺れる。
だが、致命傷ではない。
三撃目。
【攻撃予測:足払いから首狙い】
これは避けきれない。
俺は叫んだ。
「ベルク!」
ベルクの盾が間に入る。
カイゼルの剣が盾に当たり、火花が散る。
「またお前か、ベルク!」
「何度でも立つ」
ベルクが押し返す。
カイゼルが後退する。
俺は膝をつきかけた。
セレナが名を呼ぶ。
「レイン!」
黒曜花の光が体を支える。
ミレイユが隣に立つ。
「戦えないんじゃなかったの?」
「戦えてない。読んでるだけだ」
「十分よ」
グランも境界鍬を担いで笑う。
「読めるやつがいると、叩く場所が分かって助かる」
ノアが息を切らしながら言った。
「水路も、拘束具も、砲弾も、レインが読んだから止められました」
リュシアが魔王の墓の前から言う。
「あなたは、戦えない鑑定士ではありません」
「いや」
俺は首を振った。
「俺は戦えない鑑定士だ」
皆が俺を見る。
「斬れない。守れない。癒やせない。魔法も使えない。勇者には勝てない」
俺はカイゼルを見た。
「でも、壊れたものを読める。死者の名前を拾える。道具の未来価値を見られる。誰かが戦わずに済む方法を探せる」
剣を握り直す。
戦うためではない。
読むために。
「だから、俺は戦えないままでいい」
黒曜花が静かに揺れた。
「戦えないから、殺さずに止める道を探せる」
カイゼルの顔が歪んだ。
「綺麗事を」
「綺麗じゃない。泥だらけだ」
俺は旧水路を見た。
爆発で泥まみれになった村人たち。
水を運ぶ子どもたち。
血を流す捕虜。
盾を構えるベルク。
消耗しきったミレイユ。
名前を呼び続けるセレナ。
父の墓を守るリュシア。
「でも、ここはまだ残っている」
王国軍は止まりかけている。
魔道砲は不安定。
聖剣は封印。
死者の名前は空に浮かび続けている。
黒花の村は、まだ落ちていない。
防衛戦は終わっていない。
だが、王国軍の最初の総攻撃は、確かに食い止めた。
そのとき、白面神官が静かに笑った。
仮面の奥から、低い声が漏れる。
「なるほど。聖剣も魔道砲も、死者の名も、すべて厄介だ」
彼は後方へ合図を送った。
王国軍のさらに奥。
白い布で覆われた大きな箱が運ばれてくる。
鉄の鎖で縛られ、神官兵が四人がかりで押している。
嫌な気配がした。
黒曜花が一斉にざわめく。
俺の鑑定が、勝手に反応する。
【対象:封印輸送箱】
【状態:封印中】
【内容物:魔王由来血液サンプル、黒曜花焼却実験灰、死骸兵核、王都魔道炉汚染結晶】
【用途:黒曜花根部汚染】
【危険:極大】
白面神官は言った。
「ならば、花そのものを汚せばよい」
リュシアの顔色が変わった。
セレナが息を呑む。
ミレイユが杖を握り直す。
ベルクが盾を構える。
カイゼルでさえ、その箱を見て眉をひそめた。
白面神官は、もう勇者の物語すら利用しきったのだろう。
次に狙うのは、黒曜花そのもの。
死者の名を呼ぶ花を、汚して殺す。
黒花の村防衛戦は、まだ終わらない。
俺は痛む肩を押さえながら、箱を睨んだ。
戦えない鑑定士に、また読むべきものが現れた。
なら、読む。
どれほど醜くても。
どれほど恐ろしくても。
死者をもう一度、素材にも兵器にもさせないために。




