第31話 黒花の村防衛戦
死者たちの名前が、朝の空に浮かんでいた。
マリア。
エイダ。
ロム。
ネル。
エミル・ラグ。
ミナ・オルセン。
ダリオ・ベン。
カスパル・ノイン。
リック・ハウゼ。
ユリアン・ホフ。
セド・マルク。
イリナ・テス。
ラザル。
そして、まだ名前を取り戻せない無数の灯。
王国軍本隊の前に、死者の名簿が広がっていた。
それは剣ではない。
魔法でもない。
だが、兵士たちの足を止めるには十分だった。
前列の兵たちは、槍を構えたまま動けない。
神官兵の中には、杖を落とした者もいた。
耳を塞ぐ魔道具をつけた第二列の兵士たちでさえ、空に浮かぶ名前の文字から目を逸らせずにいる。
死者は王国のもの。
白面神官が放ったその言葉は、王国軍の胸に深く刺さっていた。
名誉殉職。
聖遺物。
保護。
浄化。
王国が白く塗ってきた言葉の下に、どれだけの死者が埋められていたのか。
兵士たちは、見てしまった。
聞いてしまった。
もう、完全には戻れない。
だからこそ、白面神官は叫んだ。
「魔道砲、発射準備を続行せよ!」
砲手たちがためらう。
その目の前には、盾騎士ベルクが立っている。
大盾を構え、黒花の村境界の外側で、魔道砲の照準線上に立っている。
かつて勇者を守った盾。
魔王討伐の英雄の一人。
その男を撃てという命令に、砲手たちは手を動かせなかった。
「聞こえなかったのか!」
白面神官の声が鋭くなる。
「撃て! あの盾騎士もすでに汚染されている!」
砲手の一人が震える声で答えた。
「で、ですが……ベルク様です」
「反逆者だ!」
「それでも、王国を守った方です!」
「今は王国を裏切っている!」
白面神官が黒い札を再び掲げようとした。
死骸兵起動札。
戦死者の魔力結晶を強制的に再起動し、死者を兵として使う禁式。
先ほどは、死者の名前を呼ぶことで発動を止めた。
だが、あれで終わりではない。
白面神官はまだ、死者を使う気でいる。
「リュシア!」
俺が叫ぶと、リュシアは黒曜花の前で頷いた。
「墓守リュシアが命じます」
彼女の声が、村全体に響いた。
「死者を兵に戻させないでください。眠りを奪わせないでください」
黒曜花の根が、地面の下を走る。
共同畑から。
井戸から。
村境界から。
そして、魔道砲の足元へ。
根は攻撃しない。
兵士を刺さない。
だが、死者の魔力結晶が埋め込まれた魔道砲の台座へ絡み、淡い黒銀の光を流し込んだ。
俺の視界に鑑定が浮かぶ。
【対象:王国式魔道砲一番砲】
【状態:発射準備中】
【動力核:混合魔力結晶】
【黒曜花干渉:進行中】
【死者結晶:名呼び反応】
【発射安定率:低下】
【注意:強制発射時、暴発危険】
「撃てば暴発する!」
俺は叫んだ。
「その砲の中の死者が、もう撃たれることを拒んでいる!」
白面神官は仮面越しにこちらを睨んだ。
「死者の意思など存在しない!」
「なら、なぜ砲は震えている!」
魔道砲の砲身は確かに震えていた。
青白い魔力が不安定に明滅し、砲手たちは慌てて制御盤を押さえている。
ミレイユが杖を掲げた。
「見えないなら見せてあげる!」
青い光が魔道砲を包む。
すると、砲身の内部に組み込まれた魔力結晶が、透けるように浮かび上がった。
その中に、銀色の灯がいくつも閉じ込められている。
死者の残響。
魔石ではない。
ただの燃料ではない。
そこには、かつて名前を持っていた人々がいた。
王国兵。
処刑された魔術師。
魔族。
混血者。
王国にとって都合の悪い死者たち。
ミレイユは歯を食いしばった。
「これを……兵器の核にしていたのね」
王国軍の後列が揺れる。
魔道砲部隊の一人が、制御盤から手を離した。
「こんなの、聞いてない……」
白面神官が即座に怒鳴る。
「持ち場を離れるな!」
カイゼルは、聖剣を握ったまま沈黙していた。
空に浮かんでいた聖剣の記憶は薄れつつある。
だが完全には消えていない。
魔王ゼルグレイスの声。
聖剣が止まる瞬間。
カイゼルがそれを押し込む瞬間。
その残像が、まだ朝の空に揺れていた。
カイゼルはそれを見ないようにしている。
しかし、見ないようにするほど、その影は彼の背後へ濃くまとわりつく。
「勇者様!」
白面神官が叫ぶ。
「ご命令を! 軍が動揺しています!」
「分かっている」
カイゼルの声は低かった。
「ならば、ただちに――」
「黙れ」
短い一言に、白面神官が口を閉じた。
カイゼルは聖剣を持ち上げる。
刃はまだ震えている。
しかし、彼はその震えを力で押さえ込んだ。
「王国軍」
その声が戦場に響いた。
「前進しろ」
兵士たちが動けない。
カイゼルは続けた。
「魔道砲が撃てぬなら、歩兵で境界を押し潰す。神官兵は聖油を準備。盾隊、前へ」
白面神官がすぐに便乗する。
「聞け! 勇者様の命令である! 死者の幻影に惑わされるな! 黒花の村は王都を枯らす災厄である!」
盾隊が前へ出た。
大きな鉄盾を並べ、ゆっくりと村境界へ進む。
耳を塞ぐ魔道具をつけ、視線は足元だけに固定している。
死者の名前を見ないため。
声を聞かないため。
王国は、兵士から見る力と聞く力を奪って進ませている。
「来るぞ!」
グランが境界鍬を構えた。
「境界を踏まれたら押し込まれる!」
「リュシア、境界の弱い場所は?」
俺が尋ねると、リュシアは目を閉じて黒曜花へ意識を向けた。
「南東側。昨日、新しい避難民を受け入れた場所です。境界が広がったばかりで、まだ薄い」
「ノア!」
「分かってる!」
ノアは杖をつきながら、南東側へ走る。
完全には走れない。
足の傷がまだ痛む。
それでも、彼は行った。
「盾隊の右端が薄い! 王国式の隊列なら、そこから圧をかけてくる!」
彼の指示に、村人たちが動く。
戦えない者たちは、石や水桶を運ぶ。
ミトとリナも、小さな手で水を運んでいる。
エナが子どもたちを下げようとするが、ミトが首を振った。
「水を運ぶだけならできる!」
リナも言う。
「村だから、手伝う!」
エナは一瞬迷ったが、すぐに頷いた。
「遠くには行かないで」
「うん!」
水桶が境界線の内側へ運ばれる。
ただの水ではない。
黒曜花の根が触れた井戸水だ。
聖油が迫ったとき、境界を冷やし、油を薄めるための水。
黒花の村の防衛は、剣と魔法だけではなかった。
鍬。
水桶。
壊れた鎌。
鍛冶屋の鉄くさび。
村人の手。
それらすべてが、防衛線の一部になっていた。
盾隊が境界に近づく。
王国兵たちの鉄盾が、黒銀の光に触れた。
境界が軋む。
俺の視界に表示が浮かぶ。
【黒花の村境界】
【外部圧力:上昇】
【盾隊による物理圧迫】
【聖油微粒子付着】
【耐久:低下中】
「聖油を盾に塗ってる!」
俺が叫ぶと、グランが舌打ちした。
「直接投げずに盾で押し込む気か!」
盾の表面に、薄く白い油が塗られている。
境界は聖油の侵入を拒んでいるが、物理的な圧力と合わせられると負荷が大きい。
南東側の光が弱まり始めた。
「水!」
エナが叫ぶ。
村人たちが水桶を持って走る。
だが、王国兵の盾が押し込んでくる。
水をかけるには近づかなければならない。
危険だ。
「俺が行く!」
ノアが杖を放り出し、桶を持った。
「ノア!」
俺が叫ぶが、彼は止まらない。
「王国式の盾の隙間は知ってる!」
足を引きずりながら、彼は境界の内側ぎりぎりまで進む。
盾隊の圧が強まる。
聖油の白い膜が境界へ染みようとしている。
ノアは桶を振りかぶった。
「元補充兵をなめるな!」
水が盾の下部へかかる。
黒曜花の根が反応し、井戸水が黒銀に光った。
盾に塗られた聖油が薄まり、地面へ流れ落ちる。
境界の光が少し戻る。
「効いてる!」
ノアが叫ぶ。
「水を下に! 盾の上じゃなく、下の縁だ!」
村人たちが一斉に動いた。
ミトとリナが小さな桶を渡し、エナとリーネが大きな桶を運ぶ。
グランが境界鍬で地面を叩き、水路を作る。
水が境界線に沿って流れ、盾の下へ回り込む。
王国兵たちが足元を滑らせた。
「隊列を崩すな!」
指揮官が叫ぶ。
だが、黒曜花の根が水を導き、盾隊の足元は泥に変わっていく。
ミレイユがそれを見て笑った。
「いい泥ね」
彼女が杖を振ると、青い光が泥を照らした。
泥の中に含まれる水分が一瞬だけ膨らみ、盾隊の足をさらに取る。
攻撃魔法ではない。
だが、進軍は止まった。
「黒花の村式防衛術ってところかしら」
「名前をつけるな!」
グランが叫ぶ。
「でも悪くないでしょ!」
その横で、ベルクは大盾を構えて前列の突破を防いでいた。
彼は王国兵を斬らない。
盾で押し返し、槍を逸らし、足を払うだけだ。
それでも、一人で数人分の圧を止めている。
だが、王国軍は多い。
別の方向からも盾隊が回り込み始めた。
北側。
旧水路の近く。
そこは黒曜花の根が深いが、地形が低く、押し込まれやすい。
「北側に回った!」
サナが家の影から叫んだ。
彼女は子どもたちを奥に下げたあと、勝手に見張りに出ていた。
「サナ、下がれ!」
「見張りならできる!」
彼女は泣きそうな顔で、しかし逃げなかった。
「北に神官兵もいる! 白い瓶持ってる!」
聖油瓶。
盾隊が境界を押し、神官兵が薄い場所に聖油を流し込む気だ。
リュシアが北側へ向かおうとする。
だが、魔王の墓から離れすぎると黒曜花全体への指示が弱まる。
俺は剣を握った。
「俺が行く」
「レインさん!」
「鑑定が必要だ」
北側へ走る。
途中、黒曜花の根が足元を照らす。
北側の旧水路には、王国兵がすでに数人入り込もうとしていた。
境界そのものは破れていない。
だが、水路の石壁に沿って、聖油が流し込まれている。
俺は水路の石に触れた。
【対象:旧水路石壁】
【状態:魔力毒浄化中、亀裂あり】
【聖油侵入:外側表面】
【危険:亀裂から境界内へ浸透】
【対処:亀裂封鎖、黒曜花根部保護、水流誘導】
亀裂。
そこから入られる。
「グラン! 北側の水路に亀裂!」
「今行けるか!」
遠くからグランの声。
南側を支えているため、すぐには無理だ。
俺は周囲を見回す。
石。
泥。
古い木材。
壊れた水門の残骸。
使えるものは。
俺は水門の残骸に触れた。
【対象:旧水門の腐食板】
【状態:半腐食、破損】
【過去価値:水流調整板】
【現在価値:応急封鎖材】
【使用可能:亀裂への一時圧着】
これだ。
俺は腐食板を持ち上げようとした。
重い。
水を吸っている。
そこへ、ノアが足を引きずりながら来た。
「手伝う!」
「南は?」
「水路はできた! グランが持たせてる!」
「その足で来るな!」
「怒るのはあと!」
二人で腐食板を持ち上げ、亀裂へ押しつける。
聖油が白くにじんでくる。
触れれば危険だ。
ノアが歯を食いしばる。
「熱い……!」
「離せ!」
「離したら入る!」
その瞬間、サナが走ってきた。
手には小さな桶。
「どいて!」
「サナ!」
「水!」
彼女が井戸水を腐食板にかける。
黒曜花の光が水に混ざり、聖油の白い膜を押し返した。
腐食板が亀裂に吸いつくように固定される。
【旧水路亀裂:一時封鎖】
【聖油浸透:停止】
俺は息を吐いた。
「助かった」
サナは肩で息をしながら、北側の王国兵を睨んだ。
「お母さんを盾にした人たちに、村まで焼かせない」
その声は震えていた。
だが、強かった。
王国兵の一人が、彼女を見て目を逸らした。
彼にも、子どもがいるのかもしれない。
白面神官の声が飛ぶ。
「北側部隊、何をしている! 進め!」
王国兵たちは再び盾を構える。
だが、勢いは鈍い。
死者の名前。
子どもの声。
水を運ぶ村人。
それらが、兵士たちの足を重くしている。
そのとき、戦場中央で強い白銀の光が爆ぜた。
カイゼルだ。
彼がついに前へ出た。
聖剣アステリオスは震えている。
だが、カイゼルの魔力が強引に刃を覆い、拒絶反応を押さえ込んでいた。
彼は黒花の村境界へ向かって、まっすぐ歩いてくる。
ベルクが立ちはだかった。
「カイゼル」
「どけ」
「どかない」
「なら、押し通る」
カイゼルが聖剣を振る。
ベルクの盾が受け止める。
衝撃が村全体へ響いた。
聖剣の破片が大盾の中で激しく光る。
本体と破片がぶつかり合う。
俺の視界に遠隔鑑定が走る。
【聖剣アステリオス】
【攻撃対象:盾騎士ベルク】
【本体拒絶反応:発生】
【使用者強制上書き:進行】
【破損危険:上昇】
【警告:このまま使用継続で循環鍵機能、さらに損傷】
聖剣が壊れる。
これ以上カイゼルが無理に使えば、本来の循環鍵としての機能まで損傷する。
王都を救う手段も失われるかもしれない。
「ベルク!」
俺は北側から叫んだ。
「聖剣が壊れる!」
ベルクは歯を食いしばった。
「聞こえたか、カイゼル!」
「黙れ!」
「この剣は、お前の怒りを受け止めるためのものではない!」
「俺の剣だ!」
カイゼルがさらに力を込める。
ベルクの足が地面に沈む。
大盾が軋む。
ミレイユが援護しようとするが、神官兵の札が飛ぶ。
セレナが名前を呼び続けているため、彼女も動けない。
グランは南側の境界を支えている。
俺は北側から戻ろうとした。
だが、その前に王国兵が立ちはだかる。
若い兵士だ。
槍を持っている。
その手は震えていた。
「どけ」
俺は言った。
「命令で……」
彼は声を震わせる。
「命令で、あなたを捕らえます」
「名前は」
「え?」
「お前の名前だ」
兵士は戸惑った。
戦場で敵に名前を聞かれるとは思わなかったのだろう。
「……トマ」
「トマ。俺はレイン・オルディア。死体鑑定士だ」
「知っています。反逆者だと」
「今、ベルクが聖剣を止めている。あれを止めなければ聖剣が壊れる」
「聖剣が……?」
「お前は、壊れた聖剣で何を守るつもりだ」
トマは答えられなかった。
彼の目が、中央のカイゼルへ向かう。
聖剣の光は歪んでいる。
王国兵である彼にも、それは分かったのだろう。
俺は静かに言った。
「通せ」
トマは槍を下げた。
「……行ってください」
「ありがとう」
「俺は、見なかったことに」
「いや」
俺は首を振った。
「見たことにしろ。見た上で、選べ」
トマは言葉を失った。
俺は中央へ走った。
ベルクの盾が限界に近い。
カイゼルの聖剣が、盾を押し割ろうとしている。
ミレイユが叫ぶ。
「レイン、早く!」
俺は黒曜花の根を踏み、前へ出た。
聖剣に触れるには近すぎる。
斬られれば終わりだ。
だが、鑑定するには近づくしかない。
「カイゼル!」
俺が叫ぶと、彼の目がこちらを向いた。
「来たか、死体鑑定士」
「聖剣を止めろ!」
「命令するな」
「壊れるぞ!」
「壊れるのは、この村だ!」
カイゼルが聖剣を振り直す。
ベルクの盾を弾き、俺へ向かって刃が来る。
速い。
避けきれない。
その瞬間、黒曜花の根が俺の足元で跳ねた。
攻撃ではない。
ほんの少し、俺の体を横へ押した。
聖剣の刃が、俺の肩をかすめる。
血が飛ぶ。
焼けるような痛み。
だが、刃の側面に手が届いた。
俺は指先を押しつける。
「鑑定!」
視界が白く弾ける。
【対象:聖剣アステリオス】
【状態:強制使用中】
【本来機能:循環鍵】
【損傷:進行】
【使用者適合率:二十一パーセント】
【拒絶理由:死者名簿の否定、癒やし手への攻撃、盾騎士への攻撃、世界楔破断事実の拒絶】
【緊急提案:一時封印】
【条件:破片共鳴、盾騎士の防御、魔導士の光固定、聖女の名呼び、墓守の弔い許可、死体鑑定士の接触】
一時封印。
聖剣を奪うのではない。
壊れる前に、止める。
「ベルク!」
俺は叫んだ。
「盾で押さえろ! ミレイユ、光で固定! セレナ、カイゼルの名前を呼べ!」
セレナが息を呑む。
「カイゼル様の……?」
「勇者じゃなく、名前を!」
彼女は一瞬迷った。
だが、すぐに叫んだ。
「カイゼル!」
カイゼルの動きが止まる。
様をつけない名。
勇者ではない名。
ただのカイゼル。
「カイゼル!」
ミレイユも叫んだ。
「いい加減、剣を見なさい!」
ベルクが大盾で聖剣の刃を挟み込む。
「カイゼル、止まれ!」
リュシアが魔王の墓の前で叫ぶ。
「墓守リュシアが許可します! 聖剣を、これ以上死者を傷つけるために使わせません!」
黒曜花が開く。
ミレイユの青い光が聖剣を包む。
ベルクの盾の破片が本体と共鳴する。
セレナが名を呼ぶ。
「カイゼル!」
聖剣の白銀の光が、大きく震えた。
カイゼルの手が痺れたように緩む。
「やめろ……」
彼は歯を食いしばる。
「俺から剣を奪うな……!」
「奪わない!」
俺は叫んだ。
「壊させないだけだ!」
鑑定結果が変わる。
【聖剣アステリオス】
【一時封印条件、成立】
【循環鍵保護のため、攻撃機能を一時停止】
【封印時間:不明】
【注意:使用者の精神抵抗、大】
聖剣の光が収束した。
白銀の刃が、鈍い灰色へ変わる。
カイゼルが目を見開く。
彼の手から、聖剣が重く沈むように下がった。
剣は折れていない。
だが、光を失った。
勇者の象徴が、戦場の真ん中で沈黙した。
王国軍が凍りついた。
白面神官も動けない。
カイゼルは、光を失った聖剣を見つめていた。
「俺の……聖剣が……」
彼の声は、ひどく小さかった。
ベルクは荒く息を吐き、大盾を下ろしかける。
だが、その瞬間だった。
白面神官が黒い札を掲げた。
「今だ! 勇者様をお守りしろ! 黒花の村へ総攻撃!」
聖剣が封印された混乱を、白面神官は利用した。
神官兵たちが一斉に聖油瓶を投げる。
魔道砲のうち一基が、暴発覚悟で発射態勢に入る。
王国兵の一部が叫びながら突撃してくる。
カイゼルはまだ呆然としている。
だが、軍は止まらない。
むしろ、暴走した。
「防げ!」
ベルクが叫ぶ。
ミレイユが杖を振る。
グランが境界鍬を叩く。
リュシアが黒曜花へ手を伸ばす。
セレナが名前を呼ぼうと息を吸う。
俺は血の流れる肩を押さえながら、魔道砲を見た。
発射される。
境界に向かって。
黒曜花に向かって。
村に向かって。
次の瞬間、黒花の村防衛戦は、最も激しい局面へ突入した。
死者の名前だけでは止めきれない暴力が、ついに村へ牙をむいたのだ。




