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死体鑑定士、追放されたので魔王の遺体を育てます 〜勇者が殺した魔王を埋めたら、滅びた村に黒い花が咲きました〜  作者: swingout777
第1章 役立たずの死体鑑定士

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第3話 魔王の遺体に表示された価値

 鑑定結果に浮かんだその文字を、俺は何度も読み返した。


【処置期限:夜明けまで】


【警告:期限内に埋葬されなければ、世界の魔力循環は崩壊を開始する】


 冗談だと思いたかった。


 だが、死体鑑定は冗談を言わない。


 俺の鑑定に映るのは、死者に残された事実だけだ。誰かの願望でも、噂でも、王国が作った英雄譚でもない。肉体に残った傷、血に染みた毒、骨に刻まれた履歴。そういうものだけが、文字となって見える。


 だからこそ、俺は息をするのも忘れていた。


「夜明けまでに、埋葬しなければならない」


 俺がそう言うと、リュシアの顔から血の気が引いた。


「夜明け……あと、どれくらいですか」


「分からない。けれど、長くはない」


 魔王城の割れた天井から、まだ夜の色が見えている。だが東の空は、ほんのわずかに薄くなり始めていた。勝利に浮かれた王国軍が城を完全に制圧するまでの時間も、そう長くはないだろう。


 俺は魔王ゼルグレイスの遺体にもう一度触れた。


 指先に、冷たさが伝わる。


 だが、その冷たさの奥で、かすかに脈打つような魔力を感じた。


 死体なのに、生きているようだった。


 いや、違う。


 生きているのではない。


 死んだあとも、何かを支え続けているのだ。


 鑑定を深く潜らせる。


【対象:魔王ゼルグレイスの遺体】


【状態:死亡】


【死因:聖剣による心臓部貫通】


【残存魔力量:測定不能】


【遺体価値:世界再生素材SSS】


【本質価値:魔力循環の楔】


【適正処置:埋葬】


【不適正処置:解体、焼却、魔道炉投入、兵器転用、王都搬送】


【推奨埋葬地:魔力枯渇地帯】


【備考:本遺体は世界に蓄積した魔力毒を吸収し、浄化し続けている】


 次々と文字が浮かび、俺の視界を埋めた。


 魔力循環の楔。


 魔力毒の吸収。


 浄化。


 魔王に対して使うには、あまりにも似合わない言葉ばかりだった。


「……何が見えたのですか?」


 リュシアが、恐る恐る尋ねた。


 俺は少し迷った。


 この結果をそのまま伝えれば、彼女は何を思うのだろう。


 父親の遺体が、世界を救う素材だと言われる。埋葬すれば大地を再生するという。けれどそれは、彼女にとっては父を土に還すということでもある。


 救いなのか、残酷なのか、俺には判断できなかった。


「魔王は、世界を壊していたんじゃない」


 俺は、できるだけ慎重に言葉を選んだ。


「世界の壊れた部分を、引き受けていた」


 リュシアの瞳が揺れる。


「父は……ずっと、そう言っていました」


「何を?」


「魔王とは、世界に嫌われる役目だと」


 リュシアは、魔王のそばに膝をついた。


 彼女の細い指が、魔王の冷えた手に触れる。


「父は人間を憎んでいませんでした。もちろん、戦いはしました。魔族を守るために、剣も取りました。けれど、人間を滅ぼしたいと言ったことは一度もありません」


 その声は震えていた。


 けれど、涙はこぼさなかった。


 泣くことを、ずっと我慢してきた人の声だった。


「王国は、魔族領を魔力の吹き溜まりだと言いました。穢れた土地だと。父は違うと言っていました。人間の国が使いすぎた魔力の澱みが、こちらへ流れ込んでいるだけだと」


「魔力の澱み……」


 俺は、玉座の間の床に広がる黒い血を見た。


 その血が染み込んだ石の割れ目から、小さな黒い芽が顔を出している。


 死から生が出ている。


 普通ならあり得ない。


 だが、鑑定結果は言っていた。


 魔王の遺体は、世界再生素材だと。


「王国は、魔王を倒せば世界が平和になると言っていた」


「人間たちには、そう見えたのでしょう」


 リュシアは静かに言った。


「父は説明しようとしました。でも、誰も聞かなかった。魔王が何を言っても、それは悪の言葉にされるから」


 その言葉に、俺は何も返せなかった。


 勇者カイゼルの顔が脳裏に浮かぶ。


 魔王を倒した英雄。


 人類の希望。


 あの場にいた全員が、彼を称えていた。


 俺も、旅の途中までは信じていた。カイゼルが正義だと。魔王を倒すことが、世界を救うことだと。


 けれど、死体は違うことを示している。


 魔王の死体は、世界を壊すなと警告している。


「リュシア」


「はい」


「魔力枯渇地帯に心当たりはあるか?」


 彼女は少し考えたあと、顔を上げた。


「あります。魔王城から西へ進んだ先に、アシュベルという村があります」


「村?」


「十年前までは、魔族と人間の混血の者たちが暮らしていました。でも戦争が激しくなってから、井戸が枯れ、畑が枯れ、ほとんどの者が去りました。今は、死にかけた土地です」


 魔力枯渇地帯。


 死にかけた土地。


 鑑定結果が示した推奨埋葬地に、あまりにも近い。


「そこへ行く」


 俺は言った。


「父を、そこに?」


「鑑定結果では、魔力が枯れた土地に埋葬するのが正しい。魔王の遺体は、そこなら力を正しく使える」


「正しく……」


 リュシアはその言葉を噛みしめるようにつぶやいた。


「王国は父を切り刻もうとしているのに、あなたは父を正しく扱おうとしてくれるのですね」


「俺が正しいかどうかは分からない」


 俺は首を振った。


「ただ、死体を見れば分かることがある。少なくとも、魔王の遺体は王都へ運ばれることを望んでいない」


「死者の望みも、鑑定できるのですか?」


「望みじゃない。残った価値だ」


 俺は魔王の胸元を見た。


 聖剣に貫かれた傷は深い。そこから流れた黒い血は、床のひびに沿って根のように広がっている。まるで、この城そのものを最後まで支えているようだった。


「人は死ぬと、何かを残す。未練かもしれない。証拠かもしれない。毒かもしれない。誰かを守る力かもしれない。俺の鑑定は、それを見るだけだ」


 そして、魔王が残した価値は、世界を再生する力だった。


 それを勇者も王国も知らない。


 いや、知ろうとしていない。


「レインさん」


 リュシアが俺の名前を呼んだ。


 第1話で名乗った覚えはない。だが、カイゼルが俺をそう呼んでいたのを聞いていたのだろう。


「父を、連れていってください」


「一緒に行くんだろう?」


「私は……」


「君がいなければ、棺を動かせない。魔王の娘である君が、最後まで見届けるべきだ」


 リュシアは目を伏せた。


「私は、父を守れませんでした」


「それは違う」


「違いません。私は墓守なのに、勇者たちが城へ来たとき、地下に隠れることしかできなかった。父が戦っている間、何もできなかった」


「生き残っただろう」


 俺が言うと、彼女ははっとしたように顔を上げた。


「死ぬことだけが、守ることじゃない。生き残って、弔うことも守ることだ」


 自分で言いながら、俺は少し驚いていた。


 こんな言葉を、誰かに言ったことはなかった。


 勇者パーティーでは、弔いなど弱者の言い訳だと思われていた。戦い、勝ち、生き残ることだけが価値だった。


 けれど、俺はずっと死者を見てきた。


 死者は、生き残った者に託している。


 名前を。


 記憶を。


 真実を。


 それらを誰かが受け取らなければ、死はただの消失になってしまう。


「……私も、行きます」


 リュシアは小さく、けれどはっきりと言った。


「父を、王国の道具にはさせません」


「ああ」


 俺はうなずいた。


「そのためには、急いで棺に納める必要がある」


 リュシアが黒い棺を魔王の遺体のそばへ動かす。


 棺は床から少し浮き、音もなく滑るように進んだ。


 俺は魔王の肩に手をかけた。


 人間より大きな体は重い。だが、不思議なことに、ただ重いだけではなかった。大地そのものを抱え上げようとしているような、底の知れない重みがある。


 リュシアも反対側から父の体を支えた。


 細い腕が震えている。


「無理するな」


「無理ではありません」


 彼女は歯を食いしばった。


「娘ですから」


 俺たちは魔王の遺体を棺へ納めた。


 その瞬間、棺に刻まれていた魔族の文字が黒い光を放つ。


 玉座の間の空気が変わった。


 床に芽吹いていた小さな黒い芽が、一瞬だけ葉を開く。


 それは花にはまだ遠い、弱い芽だった。


 だが確かに、生きていた。


 俺の視界に、新たな鑑定結果が浮かぶ。


【対象:魔王ゼルグレイスの遺体】


【状態:棺納】


【劣化進行:停止】


【処置期限:夜明けまで維持】


【次工程:魔力枯渇地帯への埋葬】


【埋葬完了時予測効果:土地再生、毒性魔力浄化、生命循環回復】


 間に合う。


 夜明けまでにアシュベルへ運べれば、まだ間に合う。


 そう思った直後だった。


 玉座の間の扉の向こうから、怒号が響いた。


「いたぞ!」


「魔族の娘だ!」


「棺を運んでいる!」


 王国兵だ。


 地下墓所の結界を破り、こちらまで来たのだろう。


 数は分からない。だが足音は多い。


 リュシアが棺の前に立った。


 俺は彼女を庇うように、一歩前へ出る。


 剣は持っている。


 だが、まともに戦えるとは思えない。


 相手は武装した兵士たちだ。こちらは追放された鑑定士と、墓守の少女と、魔王の遺体が入った棺。


 普通に考えれば、逃げられるはずがない。


 けれど、不思議と足は震えなかった。


 たぶん、もう決めていたからだ。


 俺は勇者パーティーから追放された。


 報酬も、名誉も、帰る場所も失った。


 だからこそ、今さら失うものは少ない。


 俺は棺に手を置き、静かに言った。


「リュシア」


「はい」


「魔王の遺体を盗むぞ」


 彼女は一瞬だけ目を見開き、それから小さくうなずいた。


「はい」


 扉が蹴破られる。


 王国兵たちがなだれ込んできた。


 その先頭にいた兵士が、棺を見て叫ぶ。


「魔王の遺体を確保しろ! 王都へ運ぶんだ!」


 俺は、剣を抜いた。


 人を倒すためではない。


 死者を守るために。


「悪いが」


 俺は兵士たちを見据えた。


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