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死体鑑定士、追放されたので魔王の遺体を育てます 〜勇者が殺した魔王を埋めたら、滅びた村に黒い花が咲きました〜  作者: swingout777
第1章 役立たずの死体鑑定士

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第2話 死体しか見えない鑑定士

 リュシアに案内され、俺は魔王城の地下へ続く階段を下りていた。


 石造りの階段はひどく古く、踏みしめるたびに乾いた砂が靴裏で鳴った。壁には青白い燐光を放つ鉱石が埋め込まれている。人間の城で見かける松明とは違い、火の揺らぎがない。だから地下道は、不気味なほど静かに照らされていた。


 前を歩くリュシアは、何度もこちらを振り返った。


 俺がついてきているか確かめているのか。


 それとも、人間である俺に背中を見せるのが怖いのか。


 どちらでも不思議ではなかった。


 ついさっきまで、俺は勇者パーティーの一員だった。彼女から見れば、父親を殺した側の人間だ。


「怖いなら、距離を取って歩いてくれていい」


 そう言うと、リュシアは小さく首を振った。


「怖くないと言えば、嘘になります。でも……あなたは、父の遺体を見て笑わなかった」


「笑えるわけがない」


「勇者たちは笑っていました。父を倒したあと、皆で勝利を喜んでいました」


 それを責めるような声ではなかった。


 ただ、理解できないものを理解できないまま口にしている声だった。


 俺は答えに迷った。


 人間にとって、魔王は恐怖の象徴だ。故郷を焼かれた者もいる。家族を失った者もいる。勇者たちが魔王の死に歓声を上げるのは、おかしなことではない。


 けれど、俺にはどうしても、あの遺体を勝利の飾りには見られなかった。


 死者は、死者だ。


 善人でも、悪人でも、王でも、魔王でも。


 死んだあとまで踏みにじっていい理由にはならない。


「俺は、死体鑑定士だからな」


 自分で言って、少しだけ苦く笑った。


「死体鑑定士……」


 リュシアがその言葉を繰り返す。


「人間の国には、そのような職業があるのですか?」


「ない」


「ない?」


「少なくとも、正式な職業としては認められていない。鑑定士は本来、生きている人間の能力や、武器、防具、宝石、薬草、魔道具なんかを見る仕事だ。俺みたいに死体しか見えない鑑定士は、だいたい失敗作扱いされる」


 階段を下りながら、俺は右手を見た。


 魔王の手首に触れた感触が、まだ指先に残っている。


 冷たいのに、どこか温かい。


 あんな遺体は初めてだった。


「俺が最初に鑑定したのは、飼っていた犬の死体だった」


 なぜそんな話をしたのか、自分でも分からない。


 たぶん、地下道があまりに静かだったからだ。


 それに、リュシアが黙って俺の言葉を待っていたからかもしれない。


「小さい頃、家の近くで飼っていた老犬が死んだ。名前はロウ。もう目もほとんど見えていなくて、歩くのも遅かった。でも、俺が森へ入ろうとすると、必ず服の裾を噛んで止めた」


「あなたを守っていたのですね」


「たぶんな」


 俺はうなずいた。


「死んだロウに触れたとき、文字が見えた」


 今でも覚えている。


【対象:老犬ロウの遺体】


【死因:老衰】


【最後の行動:主人を森の魔狼から遠ざける】


【遺体価値:家族の記憶】


 幼かった俺には、その意味がよく分からなかった。


 ただ、ロウが最後まで俺を守ろうとしていたことだけは分かった。


 俺は泣きながらロウを庭に埋めた。


 母は気味悪がった。


 父は言った。


 そんな能力は人前で使うな、と。


「それから、色々な死体が見えるようになった。鳥、鹿、魔物、盗賊、兵士。死体に触れると、その死に方や残されたものが分かる」


「残されたもの?」


「毒に使える牙。薬になる骨。身元を示す指輪。誰かに届けるはずだった手紙。そういうものだ」


 俺の鑑定は、便利なときもあった。


 病死か毒殺かを見分けたことがある。


 行方不明者の身元を、遺体に残った布切れから突き止めたこともある。


 魔物に殺されたと思われていた村人が、実は人間に殺されていたと明かしたこともある。


 だが、感謝されることは少なかった。


 死体に触れる人間は、気味悪がられる。


 死者の秘密を暴く人間は、嫌われる。


 真実を知りたいと言いながら、人は知りたくなかった事実が出てくると、鑑定士を恨むのだ。


「勇者パーティーには、どうして入ったのですか?」


 リュシアが尋ねた。


「王国が必要だと言ったからだ」


「王国が?」


「魔王討伐の旅では、多くの魔族や魔物と戦う。死体から情報を得られる者が一人いれば役に立つかもしれない。そういう理由だった」


 実際、最初の頃は多少役に立った。


 魔物の死体から毒の有無を調べた。


 敵の兵士が持っていた密書を見つけた。


 戦場跡で、魔族軍がどちらへ進軍したかを死体の向きや傷から割り出した。


 だが、勇者カイゼルが強くなればなるほど、俺の出番は減っていった。


 敵は聖剣で切り伏せればいい。


 罠は魔術師が焼き払えばいい。


 負傷者は聖女が癒やせばいい。


 死体を調べて、地味に足跡を拾う俺は、だんだん邪魔者になった。


 不吉。


 陰気。


 死体漁り。


 そんな言葉を、何度も聞いた。


「でも、死体は嘘をつかない」


 俺は言った。


 リュシアの足が止まる。


「生きている人間は嘘をつく。王も、勇者も、聖女も、俺も。都合の悪いことを隠すし、自分に都合よく物語を作る。でも、死体に残った傷や持ち物は嘘をつかない」


「父の遺体も、ですか」


「そうだ」


 俺は頷いた。


「だから、あの鑑定結果は無視できない」


 世界再生素材。


 埋葬。


 最後の楔。


 意味の分からない言葉ばかりだった。


 けれど、それが魔王の遺体に残された真実なら、俺は受け止めなければならない。


 階段を下りきると、広い地下墓所に出た。


 天井は高く、柱には翼を広げた黒い竜の彫刻が刻まれている。壁際にはいくつもの石棺が並んでいた。どれも豪奢ではなく、静かで、重く、長い時間を眠るためだけに作られたような棺だった。


 リュシアは一番奥へ向かった。


 そこには、まだ誰も入っていない大きな棺があった。


 黒曜石のような艶を持つ棺。蓋には文字が彫られている。魔族の文字は読めないが、それが祈りの言葉であることは、何となく分かった。


「父のために、母が作らせた棺です」


「母親は?」


「十年前に亡くなりました。人間との停戦交渉へ向かう途中で」


 リュシアはそれ以上言わなかった。


 言わなくても、だいたい分かった。


 停戦交渉へ向かった魔王妃は、帰ってこなかったのだろう。


 この戦争は、どれだけの死者を積み上げてきたのだろう。


 人間側にも。


 魔族側にも。


「この棺なら、父を運べます」


「かなり重いな」


「魔力で浮かせる仕掛けがあります。ですが、動かすには血族の魔力が必要です」


「君が?」


「はい」


 リュシアは棺に手を置いた。


 すると、棺に刻まれていた文字が薄く光る。重そうな黒い棺が、わずかに床から浮いた。


 俺は思わず息をのんだ。


「すごいな」


「父の魔力に比べれば、私など小さな火種です」


「小さくても、火は火だ」


 そう言うと、リュシアは驚いたように俺を見た。


「変なことを言ったか?」


「いえ……父も、似たようなことを言っていました」


 彼女はほんの少しだけ目元を緩めた。


 その表情は、魔族の姫ではなく、父親を失ったばかりの少女のものだった。


 俺たちは棺を動かし、玉座の間へ戻る準備をした。


 そのとき、地下墓所の入口の方から、かすかな音が聞こえた。


 金属が石を叩く音。


 鎧の音だ。


 リュシアの顔色が変わる。


「王国兵です」


「もう地下に?」


「きっと、魔王城の宝物庫を探しているのです。墓所にも来ます」


 まずい。


 魔王の遺体はまだ玉座の間にある。ここで兵士に見つかれば、棺も俺たちも押さえられる。


 俺は周囲を見回した。


 墓所にあるのは棺ばかり。隠れる場所は少ない。戦うにも、俺は剣士ではない。


 だが、ここは墓所だ。


 死者の眠る場所だ。


 俺に見えるものが、まったくないわけではない。


「リュシア、少し下がってくれ」


「何をするのですか?」


「使えるものを探す」


 俺は近くの古い石棺に触れた。


 鑑定を発動する。


【対象:魔族近衛兵ガルドの遺骨】


【死因:王族防衛戦における失血死】


【残存魔力:微量】


【遺体価値:守護の残響】


【使用可能:墓所内の侵入者感知結界を一度だけ起動】


 見えた。


 やはり、死者は何かを残している。


「リュシア、この墓所に結界はあるか?」


「古い守護結界ならあります。でも、動かせる者はもう……」


「この人が、まだ守っている」


「この人?」


「ガルドという近衛兵だ。王族を守って死んだらしい」


 リュシアが目を見開いた。


「ガルドは、祖父の代の近衛隊長です。父から聞いたことがあります」


「なら、頼んでみる価値はある」


 俺は石棺に手を置いたまま、目を閉じた。


 死者に言葉が届くわけではない。


 死体鑑定は、魂と会話する力ではない。


 けれど、残された価値を正しく使うことはできる。


「すまない。あんたの守った王族を、もう一度だけ守ってくれ」


 石棺の文字が淡く光った。


 次の瞬間、地下墓所の空気が震える。


 入口の方から、兵士たちの叫び声が聞こえた。


「何だ、この壁は!」


「結界だ! 進めない!」


「解除班を呼べ!」


 リュシアが呆然と俺を見た。


「あなたは……死者の力を使えるのですか?」


「違う」


 俺は首を振った。


「使っているんじゃない。残してくれたものを、借りているだけだ」


 その違いだけは、間違えたくなかった。


 死者は道具ではない。


 素材でもない。


 誰かが生きたあとに残した、最後の価値だ。


 それを踏みにじる者にだけは、なりたくなかった。


「急ごう。結界は長く持たない」


「はい」


 リュシアは黒い棺を浮かせ、俺たちは地下墓所を出た。


 階段を上がる途中、俺はもう一度だけ自分の手を見た。


 死体しか見えない鑑定士。


 勇者はそう言って俺を笑った。


 だが、もし死体にしか残らない真実があるのなら。


 生きている者が見ようとしない価値が、死者の中に眠っているのなら。


 俺の力にも、まだ意味はあるのかもしれない。


 玉座の間へ戻ると、魔王ゼルグレイスの遺体は変わらずそこにあった。


 ただ一つ、さっきとは違うことがあった。


 魔王の胸の傷から流れていた黒い血が、床のひび割れに沿って広がっていた。


 その先に、小さな芽が出ている。


 黒い芽だった。


 石の床から、あり得ないものが芽吹いている。


 俺は息を呑み、魔王の遺体に近づいた。


 もう一度、鑑定を発動する。


【対象:魔王ゼルグレイスの遺体】


【状態:死亡】


【遺体価値:世界再生素材SSS】


【処置期限:夜明けまで】


【警告:期限内に埋葬されなければ、世界の魔力循環は崩壊を開始する】


 夜明けまで。


 それが、俺たちに残された時間だった。


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