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死体鑑定士、追放されたので魔王の遺体を育てます 〜勇者が殺した魔王を埋めたら、滅びた村に黒い花が咲きました〜  作者: swingout777
第3章 勇者の嘘

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第25話 聖剣の鑑定

 リュシアと旧魔族墓地から戻った日の夕方、黒花の村の境界が二度光った。


 一度目は、旅商人ロズが残していった荷車の跡に黒曜花の根が伸びたときだった。


 それは弱い光だった。


 新しく蒔かれた種を守るような、静かな反応。


 だが、二度目は違った。


 村の南側。


 街道へ続く入口で、黒花の村境界が鋭く銀色に光った。


 敵意を弾く光ではない。


 だが、強い警戒を示す光だった。


「来たか」


 グランが槌を握る。


 ノアも杖を手に取り、顔を険しくした。


「王国軍?」


「いや」


 俺は境界の光を見ながら首を振った。


「数は少ない。二人だ」


 リュシアが黒曜花に手を添える。


「攻撃意思はありません。でも、迷いと強い警戒があります」


「迷い?」


 俺は剣を腰に差し、村の入口へ向かった。


 セレナも後を追う。


 彼女の顔には、予感のようなものが浮かんでいた。


「もしかして……」


 村の入口に立っていたのは、二人だった。


 一人は蒼いローブをまとった女。


 長い黒髪を高く結い、杖を持っている。


 魔導士ミレイユ。


 勇者パーティーの攻撃魔法担当。


 そしてもう一人は、大きな盾を背負った騎士。


 盾騎士ベルク。


 魔王討伐戦で、カイゼルの前に立ち続けた男。


 どちらも王国軍の兵を連れていない。


 だが、丸腰でもない。


 ミレイユは杖を持ち、ベルクは盾と剣を帯びている。


 敵として来たのなら、厄介な相手だ。


「セレナ」


 ミレイユが、境界線の外から呼んだ。


 セレナは息を呑んだ。


「ミレイユ……ベルクまで」


「生きてるわね」


「ええ」


「祈れなくなったって聞いた」


 ミレイユの言葉に、セレナの肩がわずかに揺れた。


「教会の祈りは、まだうまく出ません」


「そう」


 ミレイユは少しだけ目を伏せた。


「でも、あなたの顔を見たら、思ったより安心した」


「安心?」


「完全に壊された顔じゃない」


 セレナは小さく笑った。


「ひどい言い方ね」


「正直なだけよ」


 ベルクは俺を見た。


 その視線は重い。


 勇者パーティーにいたころから、彼は多くを話す男ではなかった。


 だが、一度見たものは忘れない目をしていた。


「レイン」


「ベルク」


「久しぶりだ」


「ああ」


 それだけで、しばらく言葉が途切れた。


 魔王討伐の直後、俺はカイゼルに追放された。


 あのときベルクは何も言わなかった。


 ミレイユも何も言わなかった。


 セレナも。


 全員が、俺がパーティーから消えるのを見ていた。


 今さら責めても仕方ない。


 だが、なかったことにはできない。


「何をしに来た」


 俺は尋ねた。


 ミレイユは境界線の内側を見た。


 黒曜花。


 戻った井戸。


 共同畑。


 逃げてきた子どもたち。


 指名手配された村の入口に掲げられた、黒い花の印。


「見に来たの」


「何を」


「セレナが何を見たのか。レインが何を鑑定したのか。黒花の村が本当に魔王復活派なのか」


 彼女は少し皮肉っぽく笑った。


「そして、勇者様が何を見ようとしていないのか」


 セレナの顔が曇る。


 ベルクは静かに言った。


「カイゼルは、黒花の村を討つつもりだ」


「知っている」


「聖女セレナは救出対象。抵抗すれば拘束。浄化審問の可能性あり」


 セレナは目を伏せた。


「やはり、そうなりましたか」


「まだ決定ではない」


 ベルクは言った。


「だが、近い」


 ミレイユが続ける。


「白面神官は、あなたが黒曜花に汚染されたと主張しているわ。私たちにもそう説明した」


「あなたたちは信じたの?」


 セレナが尋ねる。


 ミレイユは即答しなかった。


「信じたくはなかった。でも、何も見ていない状態では、否定もできなかった」


 ベルクも頷く。


「だから来た」


 俺は二人を見た。


「黒花の村は指名手配されている。ここに来たことが知られれば、君たちも疑われる」


「もう疑われてるわ」


 ミレイユは肩をすくめた。


「カイゼルに、私が黒花を見て同じ結論を出したらどうするか聞いたの」


「何と?」


「私も汚染されている、だって」


 彼女は笑っていた。


 だが、その目は笑っていなかった。


「ずいぶん分かりやすくなったわ。勇者様の世界では、自分と違うものを見た人間は全部汚染されるらしい」


 ベルクは境界線の前に立ったまま言った。


「入っていいか」


「境界が拒まなければ」


 俺が言うと、リュシアが一歩前に出た。


「黒花の村は、攻撃意思のない者を拒みません」


 ミレイユはリュシアを見た。


「あなたが、魔王の娘」


「はい。墓守リュシアです」


「墓守、ね」


 ミレイユは境界線を見下ろした。


「魔導士として言うけれど、この線、奇妙ね。結界なのに閉じていない。拒絶ではなく、選別に近い」


「奪いに来る者は止めます」


 リュシアが言った。


「名前を持って来る者は、話を聞きます」


「名前を持って来る者……」


 ミレイユはその言葉を繰り返し、境界を越えた。


 黒花の村境界が光る。


 だが、弾かなかった。


 ベルクも続く。


 彼の大盾が境界を越えた瞬間、黒曜花がざわりと揺れた。


 俺の視界に鑑定結果が浮かぶ。


【対象:盾騎士ベルクの大盾】


【状態:損耗、魔王戦痕跡あり】


【付着反応:聖剣片、魔王血痕、魔力毒切断痕】


【注意:聖剣由来反応、黒曜花と共鳴】


 聖剣片。


 俺は目を細めた。


「ベルク。その盾に、何か残っている」


 ベルクは静かに頷いた。


「分かるのか」


「ああ。聖剣片と出ている」


 ミレイユが驚いた顔をする。


「やっぱりね」


「知っていたのか」


「魔王討伐のあと、ベルクの盾に変な反応があったの。聖剣の魔力に似ているけど、少し違う。カイゼルには報告しなかった」


「なぜ」


 ミレイユは苦い顔をした。


「言えば、盾ごと没収されると思ったから」


 ベルクは大盾を地面に置いた。


 盾の表面には無数の傷がある。


 魔物の爪痕。


 魔法の焦げ跡。


 聖剣の余波を受けた白い筋。


 その内側、握り手の近くに、銀色の小さな欠片が食い込んでいた。


 小指の爪ほどの大きさだ。


 普通なら見落とす。


 だが、黒曜花の近くに置くと、その欠片は淡く光った。


「魔王を討った瞬間」


 ベルクが言った。


「聖剣の刃が、ほんの少し欠けた。カイゼルは気づかなかった。私は盾に当たった音を聞いた」


「なぜ黙っていた」


「分からなかった」


 ベルクは正直に答えた。


「聖剣は欠けないと教えられていた。だから、欠けたことを言えば、何かが壊れる気がした」


「勇者の物語が?」


「たぶん」


 その言葉は重かった。


 ベルクは、無意識のうちに何かを守っていた。


 勇者ではなく、勇者の物語を。


 けれど今、その欠片を持ってここへ来た。


「レイン」


 ベルクは盾を差し出した。


「これを鑑定してくれ」


 その場にいた全員が黙った。


 聖剣。


 王国の象徴。


 勇者の証。


 魔王を討った剣。


 その欠片を、死体鑑定士が鑑定する。


 それは、王国の物語そのものに触れる行為だった。


「いいのか」


 俺は尋ねた。


 ベルクは頷いた。


「私は、何を守ってきたのか知りたい」


 ミレイユも言った。


「私も知りたい。聖剣が本当に魔王を殺すための剣なのか」


 セレナは胸元の聖印ではなく、黒曜花を見た。


「私も、見届けます」


 リュシアは少し離れた場所で、静かに父の墓を見つめていた。


 魔王を貫いた剣の欠片。


 それに触れることは、彼女にとって痛いはずだ。


 それでも彼女は、逃げなかった。


「レインさん」


「何だ」


「鑑定してください」


 リュシアの声は静かだった。


「父を殺した剣が、本当は何だったのかを」


 俺は頷いた。


 大盾に食い込んだ銀の欠片へ、指を伸ばす。


 触れた瞬間、冷たい光が走った。


 聖なる魔力。


 だが、それだけではない。


 黒曜花に似た循環の気配。


 魔王の血に似た重い魔力。


 そして、刃物でありながら、何かを閉じる鍵のような感触。


 俺は深く息を吸い、鑑定を発動した。


【対象:聖剣アステリオスの破片】


【状態:本体より剥離、魔王ゼルグレイスの血痕付着】


【由来:古代循環機構】


【分類:聖剣ではなく、循環鍵】


【本来用途:過剰魔力毒の切断、暴走水脈の開放、世界楔との調律】


【誤用履歴:魔王ゼルグレイス心臓部貫通】


【結果:世界楔破断、魔力毒循環不全、王都魔道炉逆流】


【現状態:本体機能低下、勇者魔力との不適合進行中】


 誰も声を出さなかった。


 俺自身も、すぐには言葉にできなかった。


 分類。


 聖剣ではなく、循環鍵。


 魔王を殺す剣ではない。


 毒を切り、水脈を開き、世界楔と調律するための鍵。


 古代循環碑の記録と一致していた。


「読み上げて」


 ミレイユが言った。


 声は硬かった。


「全部」


 俺は鑑定結果をそのまま伝えた。


 聖剣アステリオス。


 古代循環機構。


 循環鍵。


 過剰魔力毒の切断。


 暴走水脈の開放。


 世界楔との調律。


 誤用履歴。


 魔王ゼルグレイス心臓部貫通。


 世界楔破断。


 魔力毒循環不全。


 王都魔道炉逆流。


 本体機能低下。


 勇者魔力との不適合進行中。


 最後の一文を聞いたとき、ベルクが低く呟いた。


「不適合……」


 ミレイユは顔を青くしていた。


「つまり、カイゼルは聖剣を間違って使ったの?」


「鑑定ではそう出ている」


「魔王を討ったんじゃなく、世界の楔を壊した……?」


 セレナが口元を押さえる。


「王都が枯れているのは、そのせい……」


「少なくとも、原因の一つだ」


 俺は破片を見つめた。


「聖剣は魔王を殺すためのものじゃなかった。毒を切って、循環を戻す鍵だった」


 リュシアは目を閉じた。


 その表情は、怒りでも悲しみでも言い表せないものだった。


「父は、聖剣を恐れていませんでした」


 彼女が静かに言った。


「幼いころ、父が聖剣の話をしてくれたことがあります。人間の勇者が持つ恐ろしい剣だと思っていた私に、父は言いました。あれは本来、恐れるものではない。正しく使われれば、世界を軽くするものだ、と」


「世界を軽くする……」


 セレナが繰り返す。


「毒を切るからか」


 俺が言うと、リュシアは頷いた。


「今なら分かります。父は聖剣を、自分を殺す剣としてではなく、自分の負担を減らすものとして見ていたのかもしれません」


 ベルクの拳が震えた。


「では、魔王ゼルグレイスは……」


「聖剣を待っていた可能性がある」


 俺は言った。


「殺されるためではなく、毒を切ってもらうために」


 その場の空気が、重く沈んだ。


 魔王城の玉座の間。


 勇者カイゼルが聖剣を構えたとき、ゼルグレイスは何を思っていたのか。


 自分を殺しに来た勇者だと思ったのか。


 それとも、本来の役目を果たしに来た者だと、最後まで信じたのか。


 あの瞬間、俺にはまだ何も分からなかった。


 ただ、魔王の遺体を鑑定し、世界再生素材と表示されたことに驚くばかりだった。


 もし、あのときこれを知っていたら。


 そんな後悔が胸をよぎる。


 だが、死者の前で過去は変えられない。


 残されたものを読むしかない。


 ミレイユが震える声で言った。


「カイゼルは、これを知ったら……」


「否定するだろう」


 俺は答えた。


「確実に?」


「確実に」


 ベルクが顔を上げる。


「だが、見せる必要がある」


「ああ」


「聖剣本体を鑑定すれば、もっと分かるか」


「たぶん」


 俺は破片から手を離した。


「破片だけでもここまで出た。本体なら、聖剣の現在状態、本来の使い方、カイゼルとの適合率も見えるかもしれない」


 ミレイユが苦い顔をする。


「問題は、カイゼルが聖剣を手放すわけがないことね」


「奪うのは無理だ」


 ベルクが言う。


「カイゼルから聖剣を奪えば、即座に戦闘になる」


「なら、彼に抜かせるしかない」


 俺の言葉に、全員がこちらを見た。


「どういうこと?」


 ミレイユが尋ねる。


「カイゼルは黒花の村へ来る。必ず聖剣を抜く。そのとき、俺が鑑定する」


「戦闘中に?」


「近づければ」


「無茶よ」


「最近、よく言われる」


「冗談じゃないわ」


 ミレイユの声が強くなる。


「カイゼルが本気で聖剣を振れば、あなたは一撃で死ぬ」


「かもしれない」


「かもしれない、じゃないわ」


 ベルクが静かに言った。


「その場合、私が盾になる」


 ミレイユが振り返る。


「ベルク」


「私はそのために来た」


「カイゼルの前に立つつもり?」


「必要なら」


「それは裏切りと見なされるわよ」


「かもしれない」


 ベルクは俺を見た。


「だが、私は守るべきものの前に立つために盾を持った」


 その言葉は、第21話で彼がカイゼルに言ったものと同じ意味を持っていたのだろう。


 勇者を守るためだけの盾ではない。


 守るべきものの前に立つ盾。


 今、その守るべきものが変わり始めている。


 カイゼルではなく、真実かもしれない。


 死者の名かもしれない。


 黒花の村かもしれない。


 ミレイユは頭を抱えた。


「本当に、勇者パーティーがめちゃくちゃになってきたわね」


「まだ崩壊していない」


 ベルクが言う。


「だからこそ、間に合うかもしれない」


「あなた、そんなこと言う人だった?」


「私も驚いている」


 ミレイユは小さく笑った。


 その笑いは疲れていたが、少しだけ軽かった。


 セレナが破片に近づき、そっと膝をついた。


「聖剣は、祈りに似ています」


「どういう意味だ」


 俺が尋ねると、彼女は答えた。


「祈りは本来、人を救うためのものです。でも、浄化という名で村を焼く言葉にもなった。聖剣も、本来は毒を切る鍵だった。でも、魔王を殺す剣として使われた」


 彼女は自分の手を見る。


「道具も言葉も、使う者が間違えれば、人を傷つける」


「なら、正しく使い直せばいい」


 グランが言った。


 いつの間にか、村人たちも少し離れて集まっていた。


 彼は境界鍬を担ぎながら、聖剣の破片を見ている。


「壊れた鍬だって、槍にするか境界を刻むかで未来が変わった。聖剣も同じじゃねえのか」


「聖剣を鍬と同じにするの?」


 ミレイユが呆れたように言う。


「同じ道具だろ」


「王国が聞いたら卒倒するわね」


「知るか。鍛冶屋から見れば、剣も鍬も使い方次第だ」


 その言葉に、俺は少しだけ救われた気がした。


 聖剣という名に圧倒される必要はない。


 それは道具だ。


 本来の役目があり、誤った使い方があり、これから別の未来を持つ可能性もある。


 俺はもう一度、聖剣の破片に触れた。


【対象:聖剣アステリオスの破片】


【現在価値:誤用の証拠】


【未来価値候補:聖剣本来機能を再認識させる鍵】


【共鳴対象:黒曜花、古代循環碑、世界楔の遺体、聖女の祈り、盾騎士の守護意思】


【注意:勇者本人の拒絶が最大障害】


 勇者本人の拒絶。


 結局、そこへ行き着く。


 聖剣が本来どういうものでも、カイゼルが認めなければ剣は誤ったまま振るわれる。


 そして彼は、自分の英雄譚を守るためなら、証拠すら作れと言った男だ。


 ベルクが破片を盾から外そうとした。


 だが、俺は止めた。


「そのままにしておいた方がいい」


「なぜ」


「盾と共鳴している。君の守護意思が未来価値に出ている」


「守護意思?」


「ああ。聖剣本来機能を再認識させる鍵の一部になっている」


 ベルクは大盾を見下ろした。


「私の盾が?」


「聖剣は毒を切る鍵。君の盾は、たぶんそれを守る器になる」


 ミレイユが腕を組む。


「剣を守る盾、ね。勇者パーティーらしいと言えばらしいけど、持ち主が勇者じゃなくなりそうね」


 ベルクは何も言わなかった。


 だが、盾を持つ手に力がこもる。


 彼はまだ、カイゼルを見限ったわけではない。


 だからこそ苦しいのだろう。


 守ってきた勇者が、守るべきものから外れようとしている。


 それでも、彼はまだ対話を諦めていない。


「ベルク」


 セレナが言った。


「カイゼル様は、今どうしていますか」


「黒花の村討伐の準備を進めている」


「白面神官は?」


「聖油馬車の修復と、古代循環碑の破壊を提案している」


 俺たちは一斉に顔を上げた。


「石碑のことを知っているのか」


「断片的にだが、黒花の村に王国史に反する記録があると掴んでいるらしい」


 ミレイユが苦い顔をする。


「研究院か白面神官の探査でしょうね。古代文字の反応が出たのかも」


「石碑を破壊されれば、証拠が消える」


「そうなる前に写しを取る必要があるわ」


 ミレイユは杖を握った。


「私が記録魔法で複写する。完璧ではないけど、手書きよりは速い」


「頼めるか」


「そのためにも来たのよ」


 彼女は共同畑の奥、古代循環碑の方を見る。


「でもその前に、ひとつ確認したい」


「何だ」


「黒曜花が、本当に私を拒まないか」


「境界は通った」


「境界じゃなくて、花そのものよ」


 ミレイユは少しだけ緊張していた。


 王国の魔導士として、魔王由来の花に触れること。


 それは彼女にとって、セレナが教会の祈りを疑ったのと同じくらい重いことなのかもしれない。


 リュシアが黒曜花の前に案内した。


「触れる前に、名前を告げてください」


「名前?」


「はい。黒曜花は、名前を持って来る者を拒みません」


 ミレイユは一瞬戸惑ったあと、花の前に立った。


「ミレイユ・ラザフォード。王国魔導士。勇者パーティーの一員」


 そこで言葉を切り、苦笑する。


「今のところは、ね」


 黒曜花は静かに揺れた。


 ミレイユが指先を花びらに近づける。


 触れた瞬間、彼女の魔力がふわりとほどけた。


 攻撃魔法の鋭い気配ではなく、もっと柔らかい、古い魔力の流れ。


 ミレイユの目が見開かれる。


「吸われていない……整えられている」


「セレナも同じことを言っていた」


「これが魔王復活の花?」


 彼女は呆然と呟いた。


「違う。これは、魔力を奪う花じゃない。乱れた魔力を土へ返す導管みたいなものよ」


 ミレイユは黒曜花から手を離し、深く息を吐いた。


「レイン。あなたの鑑定は正しいと思う」


「まだ疑っていたのか」


「当然でしょ。死体しか見えない男の鑑定ひとつで、王国史をひっくり返せるかどうかなんて、普通は疑うわ」


「正直だな」


「でも、今は私の魔力感覚も同じことを言っている」


 彼女はベルクを見た。


「黒曜花は、災厄じゃない」


 ベルクは静かに頷いた。


「なら、カイゼルに伝える」


「伝えて聞くと思う?」


「聞かせる」


 ベルクは大盾を背負い直した。


 その盾には、聖剣の破片がまだ光っている。


「私は盾だ。斬るためではなく、止めるためにいる」


 ミレイユは、少しだけ笑った。


「じゃあ私は、燃やすためじゃなく、照らすために魔法を使うことにするわ」


「似合わないな」


「うるさい」


 そのやり取りを見て、セレナが小さく笑った。


 久しぶりに、勇者パーティーらしい空気がそこにあった。


 だが、中心にカイゼルはいない。


 その事実が、少しだけ寂しかった。


 夜になる前に、ミレイユは古代循環碑の複写を始めた。


 彼女の記録魔法は、石碑の表面を淡い青い光でなぞり、文字の形を羊皮紙へ写し取っていく。


 セレナはその横で、読める部分を口に出して確認した。


 リュシアは黒曜花に手を添え、石碑が傷つかないよう見守った。


 ベルクは村の入口に立ち、盾を構えていた。


 もし王国兵が来れば、最初に彼が止めるつもりなのだろう。


 俺は聖剣の破片の鑑定結果を書き写した。


 聖剣アステリオス。


 循環鍵。


 誤用履歴。


 世界楔破断。


 王都魔道炉逆流。


 勇者魔力との不適合進行中。


 どれも重い言葉だった。


 これをカイゼルに見せる日が来る。


 そのとき、彼は何をするのか。


 否定するか。


 怒るか。


 剣を振るうか。


 それとも、ほんの一瞬でも迷うのか。


 俺には分からない。


 だが、死者は嘘をつかない。


 そして、聖剣の破片も嘘をつかなかった。


 夜風が黒花の村を抜ける。


 村の入口の布が揺れる。


 黒い花の印。


 指名手配された村の看板。


 その下で、勇者パーティーの三人が、初めて勇者のいない場所で同じものを見ていた。


 セレナは死者の名前を呼び。


 ミレイユは黒曜花の魔力を記録し。


 ベルクは聖剣の欠片を盾に宿したまま、村を守る側に立っている。


 勇者パーティーは、まだ完全には崩れていない。


 だが、確実に形を変え始めていた。


 そしてその中心にあるのは、勇者ではなく。


 魔王の墓に咲いた、黒い花だった。


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