第24話 リュシアの父
魔王ゼルグレイスは、世界を支えていた。
その事実が石碑から明らかになった夜、リュシアは一言も泣かなかった。
古代循環碑の前で、彼女は静かに父の記録を見つめていた。
毒受けの王。
世界楔。
循環の墓。
魔王とは、世界を滅ぼす者ではなく、世界に溜まった魔力毒を引き受ける者。
人間は恐れて魔王と呼び、魔族は敬って魔王と呼んだ。
同じ名。
違う意味。
その重さを知ったとき、リュシアは涙を流さなかった。
ただ、黒曜花の前で長く膝をついていた。
誰も声をかけられなかった。
バルザも。
グランも。
セレナも。
俺も。
父が世界を支えていたと知ることは、誇りになるのか。
それとも、悲しみになるのか。
俺には分からなかった。
分かるはずもなかった。
俺にとって魔王ゼルグレイスは、鑑定結果の中に現れた世界再生素材であり、魔力循環の楔であり、王国が奪おうとした遺体だった。
だがリュシアにとっては違う。
世界を支えた偉大な存在である前に、彼は父だった。
翌朝、リュシアの姿が村から消えた。
最初に気づいたのはセレナだった。
「リュシアさんが、共同畑にいません」
朝の水汲みの時間。
いつもなら黒曜花の根を確認しているはずのリュシアが、畑にも井戸にもいなかった。
エナの家にもいない。
バルザの小屋にもいない。
村の入口にもいない。
俺は黒曜花に触れた。
【対象:黒曜花群】
【状態:安定】
【墓守リュシア:村外移動】
【方向:旧魔族墓地】
【危険度:低】
【備考:父の記憶を求めている】
「旧魔族墓地にいる」
俺が言うと、バルザが顔を上げた。
「あそこか」
「知っているのか」
「村の北側の丘じゃ。昔、アシュベルに住んでいた魔族や混血の者たちの墓がある。井戸が枯れてからは、誰も行かなくなった」
「一人で?」
「墓守なら、行くだろうな」
バルザは静かに言った。
「父のことを考えたいときに、畑では人が多すぎる」
俺はしばらく迷った。
追うべきか。
そっとしておくべきか。
リュシアは強い。
だが、強いからといって一人で抱えられるとは限らない。
俺が黙っていると、セレナが言った。
「行ってあげてください」
「俺が?」
「はい」
「君ではなく?」
セレナは小さく首を振った。
「私は、まだ彼女のお父上を討った側の人間です。そばにいるには、近すぎて遠い」
その言葉は、彼女自身にも刺さっているようだった。
「レイン。あなたは、魔王の遺体を最初に弔おうとした人です」
「俺は、棺に入れただけだ」
「その“だけ”が、彼女には必要だったのだと思います」
俺は黒曜花を見た。
黒い花は、朝の光の中で静かに揺れている。
その根は村の井戸へ、畑へ、住居区へ伸びている。
リュシアの父の墓から生まれた花が、村を支えている。
だが今、父を支えたい者は誰もいない。
「分かった」
俺は剣を腰に差し、村の北側へ向かった。
旧魔族墓地は、アシュベルの外れの小高い丘にあった。
道はほとんど草に埋もれている。
だが、黒曜花の根が地面の下を細く走り、ところどころ黒銀の光を見せていた。
まるで、リュシアが通ったあとを覚えているようだった。
丘の上には、いくつもの墓標が並んでいた。
人間の墓より低く、丸みを帯びた黒い石。
そこに魔族の文字と、人間の文字が並んで刻まれている。
魔族だけの墓ではない。
混血者の墓もある。
中には、名前の横に小さな花の印が彫られたものもあった。
黒曜花の印だ。
リュシアは、一番奥の墓標の前にいた。
黒い外套をまとい、膝をつき、両手を重ねている。
俺が近づくと、彼女は振り返らずに言った。
「レインさんですね」
「分かるのか」
「足音が、迷っていました」
「それは悪かった」
「いいえ。来てくださると思っていました」
そう言われて、俺は少しだけ困った。
来るべきだったのか、来ない方がよかったのか、まだ判断できていなかったからだ。
リュシアは墓標を見つめたまま言った。
「ここは、アシュベルに住んでいた魔族たちの墓です。父が、昔、私を連れてきてくれたことがあります」
「覚えているのか」
「はい。私はまだ幼くて、墓の意味もよく分かっていませんでした。ただ、父が一つ一つの墓に頭を下げていたことは覚えています」
リュシアは墓標に触れた。
「そのとき、私は聞きました。お父さまは魔王なのに、どうしてこんな小さなお墓に頭を下げるのですか、と」
「魔王は何て?」
「父は、少し困った顔をして言いました」
リュシアの声が、かすかに揺れた。
「大きな名を持つ者ほど、小さな名を忘れてはいけない、と」
その言葉に、俺は何も言えなかった。
魔王ゼルグレイス。
世界を支える毒受けの王。
人間に恐れられ、魔族に敬われた存在。
その彼が、小さな墓に頭を下げていた。
石碑に刻まれた世界の真実より、その記憶の方が、リュシアにとっては父に近いのかもしれない。
「レインさん」
「何だ」
「私は、父を知らなかったのでしょうか」
彼女はようやくこちらを見た。
目は赤くない。
涙もない。
だが、泣くより苦しそうな顔だった。
「昨日、石碑を読みました。父は世界を支えていた。魔力毒を受けていた。王都の豊かさも、王国の水も、父が黙って背負っていたものに支えられていたのかもしれない」
「ああ」
「でも、私はそんな父を知りません」
リュシアの手が、胸元の布を握る。
「私が知っている父は、朝が苦手で、苦い薬草茶を嫌がって、私が墓守になると言ったら三日も黙り込んだ人です」
俺は少し驚いた。
「魔王が、薬草茶を嫌がったのか」
「とても嫌がりました」
リュシアは、ほんの少しだけ笑った。
「でも、侍医がいる前では平然と飲むのです。侍医がいなくなると、私にだけ小声で言いました。これは毒より苦い、と」
「毒受けの王なのに」
「はい。世界の毒は受けられるのに、薬草茶は苦手だったのです」
その小さな記憶が、妙に胸に残った。
石碑の文字よりも。
鑑定結果よりも。
魔王ゼルグレイスが、急に人に近くなった。
いや、彼は最初から人だったのだ。
世界が魔王という役目で覆い隠していただけで。
「父は、怖い顔をするのが下手でした」
リュシアは続けた。
「臣下の前では魔王らしく振る舞っていました。でも、私が幼いころ、夜に怖い夢を見て泣くと、困り果てた顔で枕元に座ってくれました」
「慰めてくれたのか」
「はい。でも、言葉が下手で」
「何て言ったんだ」
「夢の中の怪物も、きっと勤務中なのだ、と」
「勤務中?」
「はい。怪物にも役目がある。だから、怖がられるのはつらいかもしれない。そう言いました」
俺は思わず黙った。
幼い娘に言う慰めとしては、ずいぶん変わっている。
だが、魔王らしいとも思った。
怪物にも役目がある。
怖がられるのはつらい。
それは、彼自身のことだったのかもしれない。
「私は、その話を聞いて余計に泣きました」
「だろうな」
「父はもっと困っていました」
リュシアは少し笑った。
だが、その笑みはすぐに消えた。
「そんな父を、私は覚えています。けれど、世界を支えていた父は知らない。毒を受けて苦しんでいた父も知らない。王国に憎まれることを覚悟していた父も知らない」
「知らなかったことが、父を知らなかったことにはならない」
俺は言った。
リュシアが俺を見る。
「そうでしょうか」
「俺は、父親というものを語れるほど立派じゃない。でも、少なくとも君が今話した魔王は、石碑よりずっと生きている」
「生きている……」
「薬草茶を嫌がること。怖い夢の慰めが下手なこと。小さな墓に頭を下げること。そういうものは、記録には残らない」
俺は墓標に視線を落とした。
「だから、君が覚えている」
リュシアは唇を噛んだ。
「私は、覚えていていいのでしょうか」
「なぜ駄目なんだ」
「父は世界を支えていたのに、私はそんな小さなことばかり思い出します」
「小さなことだから、大事なんじゃないか」
リュシアの目が揺れた。
「魔王ゼルグレイスを世界の楔として語る人は、これから出てくるかもしれない。王国が消そうとしても、石碑がある。黒曜花がある。俺の鑑定もある」
俺は彼女を見た。
「でも、リュシアの父を語れるのは、たぶん君だけだ」
その瞬間、彼女の表情が崩れた。
涙は、まだ落ちなかった。
だが、これまでこらえていたものが、喉の奥で震えているのが分かった。
「私は……」
リュシアは声を絞り出した。
「父を、世界に返したくありません」
それは、初めて聞く本音だった。
「黒曜花が広がって、村を守って、リーベルの死者を弔って、王都の毒まで受けようとしている。父がまた、世界を支えようとしている」
彼女は両手で顔を覆った。
「でも、私は娘です。世界の前に、父を返してほしいと思ってしまう。父を偉大な魔王にしないでほしい。世界の楔にしないでほしい。ただ、私の父だった人として眠らせてほしい」
風が墓地を通り抜けた。
古い墓標の間で、草が揺れる。
俺は何も言えなかった。
その願いは、あまりにも当然だった。
世界のために父を差し出せと言われ続けた娘が、もう差し出したくないと思うこと。
それを誰が責められるだろう。
黒曜花は村を救っている。
魔王の遺体は世界の循環を戻そうとしている。
けれど、その中心にあるのは、一人の父の死体だ。
死者の価値を、生者の明日へ変える。
俺はそう言ってきた。
だが、死者の価値を使いすぎれば、また素材にしていることと何が違うのか。
その問いが、胸に刺さった。
「リュシア」
「はい」
「俺は、魔王の遺体を世界のために使おうとしていたのかもしれない」
彼女はゆっくり顔を上げた。
「レインさんが?」
「ああ。王国のように切り刻むつもりはなかった。焼くつもりも、魔道炉に入れるつもりもなかった。でも、黒曜花が村を救うなら、もっと広げるべきだと思った。王都を救う手がかりになるなら、石碑を使うべきだと思った」
「それは、間違いではありません」
「たぶん、間違いではない。だが、君の父を世界に返せと言う前に、君の父が君にとって誰だったのかを聞くべきだった」
リュシアは目を見開いた。
俺は頭を下げた。
「すまない」
「どうして、レインさんが謝るのですか」
「死体鑑定士なのに、死者を役目だけで見かけた」
魔王の遺体。
世界再生素材。
魔力循環の楔。
それらはすべて事実だ。
だが、事実のすべてではない。
死者は、役目だけでできているわけではない。
名前があり、誰かとの記憶があり、薬草茶を嫌がるような小さな癖がある。
それを忘れたら、王国と同じになる。
死者を素材にする国と。
「レインさん」
リュシアは涙を拭わないまま、首を振った。
「あなたは、父を棺に納めてくれました」
「それだけだ」
「その“それだけ”が、私には必要でした」
セレナと同じことを言われた。
俺は少し苦く笑った。
「よく言われるな」
「本当のことです」
そのとき、墓地の奥で黒曜花の根が光った。
共同畑から伸びてきた根が、旧魔族墓地まで届いていたのだ。
根は墓標の間を傷つけないように通り、リュシアの前に小さな黒い芽を出した。
芽はゆっくり開き、一輪の黒曜花になった。
魔王の墓から離れた場所で咲いた、小さな花。
リュシアは息を呑む。
「ここにも……」
俺は花に触れず、そっと鑑定した。
【対象:旧魔族墓地の黒曜花】
【由来:魔王ゼルグレイスの埋葬地】
【状態:分枝開花】
【効果:墓地記憶接続】
【開示可能記憶:リュシアに関する父の記憶】
【条件:娘の呼びかけ】
俺はリュシアを見た。
「君に関する魔王の記憶が見られるかもしれない」
リュシアの顔がこわばった。
「父の……私に関する記憶?」
「ああ」
「見たいです」
即答だった。
けれど、すぐに彼女は不安そうに目を伏せた。
「でも、怖いです」
「見なくてもいい」
「いいえ。見ます」
リュシアは黒曜花の前に膝をついた。
両手を重ね、目を閉じる。
「お父さま」
声は震えていた。
「墓守リュシアではなく、あなたの娘として呼びます。私に隠していたことではなく、私を見ていたあなたを、少しだけ見せてください」
黒曜花が光った。
銀色の灯が一つ、花の中から浮かび上がる。
そして、墓地の空気がゆっくりと変わった。
そこに映ったのは、魔王城の一室だった。
大きな窓。
黒い石壁。
書類の積まれた机。
その前で、魔王ゼルグレイスが椅子に座っている。
まだ若いリュシアが、机の反対側で両手を握って立っていた。
おそらく、十歳くらいだろう。
幼いリュシアは、真剣な顔で言っている。
声は聞こえない。
けれど口の動きは読めた。
私は、墓守になります。
記憶の中のゼルグレイスは、固まった。
本当に固まった。
世界を支える魔王が、娘の宣言を前に石像のようになっていた。
幼いリュシアは、さらに何かを言う。
死者を忘れたくない。
死者を守りたい。
そういう内容だろう。
ゼルグレイスは長く沈黙したあと、ゆっくり口を開く。
その表情は厳しい。
だが、目だけが困っていた。
リュシアは小さく笑った。
「あの日です」
「墓守になると言った日か」
「はい。父は三日黙りました」
記憶の場面が変わる。
夜。
魔王ゼルグレイスは一人で書斎にいる。
机の上には、墓守に関する古い書物が積まれていた。
彼はそれを読んでいる。
真剣に。
そして、ときどき頭を抱えている。
「父……」
リュシアの声が揺れる。
ゼルグレイスは別の紙を取り出した。
そこには、幼いリュシアのために書かれたらしい文字がある。
【墓守とは何か】
【墓守の危険】
【墓守にならない場合の選択肢】
【娘を説得するための穏当な言い方】
俺は思わず声を漏らしそうになった。
魔王が、娘を説得するための言い方を書き出している。
しかも、穏当な言い方。
世界を支える毒受けの王が、娘の進路相談で悩んでいる。
記憶の中のゼルグレイスは、何度も紙を書き直した。
だが最後には、その紙を丸めて捨てた。
そして、別の紙に一文だけ書いた。
【リュシアが選ぶなら、墓守の道を軽んじてはならない】
リュシアの涙が、そこで初めて落ちた。
「父は……反対したかったのですね」
「そう見えるな」
「でも、私の選んだ道を、軽んじないでくれた」
記憶はさらに変わる。
魔王城の地下墓所。
ゼルグレイスが、幼いリュシアの少し後ろを歩いている。
リュシアは小さな花を抱え、一つ一つの墓に供えている。
その後ろで、魔王は墓標の名前を確認し、娘が花を置き忘れた墓にそっと目を向ける。
リュシアが気づき、慌てて花を置く。
ゼルグレイスは何も言わない。
ただ、少しだけ頷く。
父が墓守の師だった。
そう言ってもいい光景だった。
リュシアは泣きながら笑った。
「父は、私が失敗したとき、叱りませんでした。ただ、見ていました」
「信じていたんだろう」
「はい……」
次の記憶は、王都の方角を見つめる魔王だった。
場所は魔王城の高塔。
夜の空に、遠く王都の光が見える。
ゼルグレイスは一人で立っている。
肩に黒い毒のような影がまとわりついていた。
苦しそうだった。
だが、誰にも見せない。
そこへ幼いリュシアがやって来る。
ゼルグレイスはすぐに姿勢を正し、何事もなかったように振り返った。
リュシアは何かを差し出す。
小さな杯。
薬草茶だ。
ゼルグレイスの顔が、ほんの一瞬だけ引きつった。
だが、彼は受け取った。
飲んだ。
苦そうにした。
幼いリュシアが笑う。
ゼルグレイスも、少しだけ笑った。
その背後で、王都の光は輝き続けていた。
魔王は毒を受けながら、娘の前では薬草茶の苦さに顔をしかめていた。
世界の楔でありながら、父だった。
それ以上でも、それ以下でもなく。
記憶の灯が、ゆっくり薄れていく。
リュシアは両手を伸ばしかけた。
けれど、触れなかった。
死者の記憶にすがりつけば、前へ進めなくなると分かっているのかもしれない。
最後に、ゼルグレイスの姿がもう一度現れた。
魔王城の地下墓所。
彼は一人、黒い棺の前に立っていた。
自分のために作られた棺だ。
ゼルグレイスは棺に手を置き、何かを呟いた。
今回は、かすかに声が聞こえた。
「リュシア」
リュシアが息を止める。
「お前が墓守を選んだことを、私は恐れている」
低く、静かな声だった。
「だが、同時に誇っている」
リュシアの涙が止まらなくなる。
「私が魔王として眠る日、お前はきっと私を魔王としてではなく、死者として扱うだろう」
ゼルグレイスは、少しだけ笑ったように見えた。
「それでいい」
黒い棺の上に、彼の手が置かれる。
「世界は私を魔王と呼ぶ。王国は私を災厄と呼ぶ。魔族は私を王と呼ぶ」
彼は目を閉じた。
「だが、お前だけは、私を父と呼んでくれ」
その言葉を最後に、記憶は消えた。
旧魔族墓地に、朝の風が戻ってくる。
黒曜花が一輪、静かに揺れていた。
リュシアは、声もなく泣いていた。
俺は何も言わなかった。
慰めの言葉は、たぶん邪魔だった。
彼女は父を取り戻したわけではない。
けれど、父の記憶を一つ受け取った。
世界の楔でも、毒受けの王でもない。
リュシアに父と呼ばれたかった男の記憶を。
しばらくして、リュシアは涙を拭いた。
「レインさん」
「ああ」
「私は、父を世界に返したくないと言いました」
「ああ」
「その気持ちは、まだあります」
「それでいい」
「でも、父が世界を支えていたことも、消したくありません」
彼女は黒曜花を見た。
「父が背負ったものを、ただ隠して眠らせることは、父の生き方を消すことになる気がします」
「どうする」
「父を、素材にはしません」
リュシアの声は、もう震えていなかった。
「父を、神にも英雄にもしません。世界の便利な楔にも戻しません」
彼女は立ち上がる。
「でも、父が守ろうとした循環を、私たちが引き継ぎます。父の遺体を使うのではなく、父が残した花と記憶から学んで」
俺は頷いた。
「それが、魔王という役目を終わらせる方法か」
「はい」
リュシアは涙の跡を残したまま、まっすぐ前を向いた。
「私は、魔王の娘です。でも、それ以上に、リュシアです。ゼルグレイスの娘で、墓守です」
黒曜花が光る。
旧魔族墓地の墓標たちも、朝日に淡く照らされている。
「父を、父として弔います」
彼女は静かに言った。
「そして、父だけに世界を背負わせた仕組みを、終わらせます」
その言葉に、俺の視界に鑑定結果が浮かんだ。
【対象:墓守リュシア】
【状態:喪失、悲嘆、決意】
【過去価値:魔王の娘】
【現在価値:父を弔う墓守】
【未来価値候補:魔王という役目を終わらせる者】
俺はその表示を、リュシアには言わなかった。
まだ早い気がした。
それは彼女に背負わせる称号ではなく、彼女が自分で選び続けた先にある未来だ。
ただ、俺は思った。
魔王ゼルグレイスは世界を支えていた。
だが、彼は最期まで魔王である前に、父だったのだと。
そして今、その娘が、父を世界から取り戻しながら、世界を変えようとしている。
俺たちは旧魔族墓地をあとにした。
丘を下りる道で、リュシアは一度だけ振り返った。
黒曜花が一輪、墓標の間で揺れている。
それはもう、世界の楔の花ではなく。
娘が父を思い出すための、小さな墓花に見えた。




