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死体鑑定士、追放されたので魔王の遺体を育てます 〜勇者が殺した魔王を埋めたら、滅びた村に黒い花が咲きました〜  作者: swingout777
第3章 勇者の嘘

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第23話 魔王は世界を支えていた

 ロズが持ってきた種を蒔いた翌朝、黒曜花の根が井戸の底で光った。


 最初に気づいたのはリナだった。


「井戸の中、星みたい」


 彼女がそう言ったとき、俺たちは最初、子どもらしい言い方だと思った。


 けれど井戸を覗き込んだ瞬間、誰も笑えなくなった。


 水面の奥に、黒銀の光が広がっている。


 黒曜花の根だ。


 共同畑から伸びた根が、土の下を通り、井戸の水脈へ届いていた。


 水の中で根は細く枝分かれし、まるで夜空に浮かぶ星座のように光っている。


 黒い根。


 銀色の節。


 そして、その節と節をつなぐ淡い緑の光。


「これは……」


 リュシアが井戸の縁に手を置いた。


「父の花が、水脈まで……」


 俺は水面を見つめたまま、鑑定を発動した。


【対象:アシュベル井戸水脈】


【状態:回復進行中】


【黒曜花根部:接続】


【魔力毒濃度:急速低下】


【水脈循環:再起動】


【接続先:旧アシュベル水脈、旧リーベル水脈、王国西部地下魔力脈】


【注意:水脈は単独ではなく、広域循環網の一部】


 広域循環網。


 その言葉に、背中が冷えた。


 今まで俺たちは、アシュベルの井戸が戻ったのだと思っていた。


 畑が再生し、村が蘇り始めたのだと。


 だが、違う。


 井戸はこの村だけのものではなかった。


 アシュベルの水脈は、リーベルへ。


 さらに王国西部へ。


 そして、おそらく王都へもつながっている。


「レインさん?」


 リュシアが不安そうに俺を見る。


「この井戸は、村だけの井戸じゃない」


「どういうことですか」


「地下の魔力脈につながっている。アシュベルだけじゃなく、リーベルや王国西部の水脈にも」


 バルザが息を呑んだ。


「昔はな」


「知っているのか」


「古い話じゃ。アシュベルの井戸は、ただ水を汲むだけのものではなかった。水脈の交差点だと、年寄りたちは言っておった」


「交差点……」


「だが、井戸が枯れてからは誰もそんな話をしなくなった」


 バルザは井戸の奥を覗き込んだ。


「まさか、本当だったとはな」


 黒銀の根は、井戸の底で脈打っていた。


 その光が、少しずつ強くなる。


 すると、共同畑の方から声が上がった。


「レイン!」


 セレナだった。


 彼女は畑の中央、魔王の墓のそばに立っている。


 その足元で、黒曜花が一斉に北西の方角へ向かって傾いていた。


 まるで、何かに引かれているように。


 俺たちは井戸から離れ、共同畑へ向かった。


 畑の黒曜花は、いつもと違っていた。


 花びらが閉じたり開いたりを繰り返し、根元から銀色の光が湧き上がっている。


 昨日蒔いたリーベルやノーラ、ハーグの種袋の周囲にも、黒い根が細く伸びていた。


 だが、その根は種を締めつけていない。


 むしろ、種の周囲の毒を吸い上げるように、土を少しずつ清めている。


 俺は畑の土に触れた。


【対象:避難民共同畑】


【状態:広域水脈接続反応中】


【黒曜花根部:拡張】


【接続情報:枯れた村々の水脈記憶を受信】


【警告:王都魔道炉からの逆流毒増加】


【推奨:循環核の安定化】


 王都魔道炉からの逆流毒。


 やはり、王都とつながっている。


 王都が枯れ始めているのは、黒花の村が魔力を奪っているからではない。


 王都の魔道炉が、これまで世界に流していた毒を受け止められなくなっているからだ。


 そして、その毒が地下水脈を通じてこちらへ逆流している。


「王都が毒を流しているのか」


 グランが低く言った。


「昔からだろうな」


 俺は土から手を離した。


「魔王が生きていたころは、その毒を吸っていた。魔王が死んで、受け止めるものがなくなった。だから王都も枯れ始め、こちらにも逆流している」


 セレナの顔が青ざめた。


「王都の豊かさは……魔王が支えていたのですか」


 その問いに、誰もすぐ答えられなかった。


 黒曜花が、ざわりと揺れる。


 答える代わりに、畑の中央の土が小さく盛り上がった。


 魔王の墓を傷つけない、少し離れた場所。


 そこに、黒い根が集まり始める。


 根は土の下に埋もれていた何かを押し上げるように、ゆっくりと地面を割った。


「何か出てくるぞ」


 グランが槌を構える。


 だが、攻撃ではない。


 土の中から現れたのは、古い石板だった。


 半分に割れ、表面は泥と根に覆われている。


 バルザが息を呑んだ。


「これは……共同畑の下に、こんなものが」


 俺は石板に触れた。


 指先に冷たい感触が伝わる。


 古い。


 とてつもなく古い。


 人間の王国が今の形になるより前。


 魔王と勇者の物語が、今のように語られるより前。


 そんな時代のものだ。


 鑑定が発動する。


【対象:古代循環碑】


【状態:破損、埋没、黒曜花根部により再露出】


【作成年代:王国成立以前】


【目的:世界魔力循環の記録】


【記録内容:魔王血脈による過剰魔力毒の受容、地下水脈への浄化循環、聖剣による暴走部位の切除】


【重要語句:世界楔、毒受けの王、循環の墓】


【注意:現代王国史では削除済み】


 世界楔。


 毒受けの王。


 循環の墓。


 聖剣による暴走部位の切除。


 俺は表示された言葉を、一つずつ声に出した。


 リュシアの顔から血の気が引く。


「毒受けの王……それが、魔王?」


「そう出ている」


 セレナが石板の文字を見つめた。


「聖剣による暴走部位の切除……魔王を殺すためではなく?」


「少なくとも、この石碑ではそう記録されている」


 ベルクがいれば、この言葉をどう受け止めただろう。


 カイゼルが聞けば、きっと否定する。


 聖剣は魔王を討つための剣だ、と。


 だが、石碑は違うことを示している。


 聖剣は、本来、魔王という楔が抱えきれなくなった毒の暴走部分だけを切り離すためのものだったのかもしれない。


 魔王を完全に殺すためではなく。


 世界を支える楔を壊さず、毒だけを取り除くために。


「もっと読めるか」


 ノアが尋ねた。


 俺は石板に手を置き、鑑定を深める。


 古い文字が、視界の中で少しずつ意味を持っていく。


【記録断片一】


【世界は魔力を生む。生者はそれを使い、死者はそれを土へ還す】


【還らぬ魔力は毒となる】


【毒は水脈に沈み、土地を枯らし、生者を病ませる】


【ゆえに、毒を受ける王を置く】


 黒曜花が静かに揺れる。


 俺は続けた。


【記録断片二】


【毒受けの王は、魔を統べる者ではなく、魔を引き受ける者】


【人は畏れて魔王と呼ぶ】


【魔族は敬って魔王と呼ぶ】


【名は同じでも、意味は異なる】


 リュシアの手が震えていた。


 魔王。


 人間は恐怖の名として呼んだ。


 魔族は敬意の名として呼んだ。


 同じ言葉なのに、意味が違う。


 そのズレが、どれほど多くの悲劇を生んだのだろう。


【記録断片三】


【毒受けの王が死すとき、その身は枯れ地に埋めよ】


【墓より黒き花が咲く】


【花は死者の記憶を抱き、毒を土へ還し、水脈を再び巡らせる】


【墓を暴くな】


【花を焼くな】


【毒は行き場を失い、栄えた都から枯れる】


 最後の一文を読んだとき、全員が黙った。


 栄えた都から枯れる。


 王都だ。


 王都が枯れ始めたのは、偶然ではない。


 魔王の墓を暴こうとし、黒曜花を焼こうとする王国自身が、石碑の警告そのものを踏みにじっている。


 セレナは両手で顔を覆った。


「王都は……自分で枯れているのですね」


「王国は黒花の村のせいにするだろう」


 ノアが苦く言った。


「もうしています」


 セレナはかすれた声で答えた。


「でも、本当は逆です。黒曜花を焼けば、王都はもっと枯れる」


「それを証明できるか」


 グランが尋ねる。


 俺は石板を見た。


「この石碑が証拠になる」


「王国が認めると思うか?」


「認めないだろうな」


 石碑に書かれているのは、王国史から削除された記録だ。


 王国にとって都合が悪すぎる。


 魔王が世界を支えていた。


 勇者は本来、魔王を殺す者ではなかったかもしれない。


 王都の繁栄は、魔王が引き受けた毒の上に成り立っていた。


 そんなことを認めれば、魔王討伐の物語が崩れる。


 カイゼルの英雄譚どころではない。


 王国の歴史そのものが揺らぐ。


 リュシアが石板の前に膝をついた。


 彼女は震える指で、古い文字をなぞる。


「父は、このことを知っていたのでしょうか」


「おそらく」


 俺は答えた。


「魔王として、受け継いでいたはずだ」


「なら、なぜ誰にも言わなかったのでしょう」


 その声には、悲しみよりも怒りが混ざっていた。


「私にも。魔族にも。人間にも。自分が世界を支えているなら、そう言えばよかったのに」


 バルザが静かに言った。


「言っても、誰が信じたじゃろうな」


 リュシアは唇を噛む。


「それでも……」


「姫様」


 バルザは、昔の呼び方で彼女を呼んだ。


「魔王様は、信じてもらうために背負っていたのではないのかもしれん」


「では、何のために」


「世界が壊れぬために」


 その言葉は、あまりにも重かった。


 信じられようが、憎まれようが、魔王は毒を受ける。


 魔王と呼ばれ、恐れられ、討たれる役目を背負う。


 それが世界を支える仕組みだったのだとしたら。


 そんな仕組みは、あまりにも残酷だ。


「おかしいです」


 リュシアが言った。


 声は小さかったが、強かった。


「父が世界を支えていたなら、父だけが憎まれる必要はなかった。魔族だけが怖がられる必要もなかった」


「そうだな」


 俺は頷いた。


「だから、変える必要がある」


「変える……」


「魔王一人が毒を受ける仕組みを、終わらせる」


 言ってから、自分でも大きすぎることを口にしたと思った。


 廃村一つ守るだけでも精一杯だ。


 捕虜を助けるだけでも危うい。


 王国に指名手配され、聖油で黒曜花を焼かれそうになっている。


 それなのに、世界の仕組みを変えるなど。


 笑われても仕方ない。


 だが、誰も笑わなかった。


 セレナが顔を上げる。


「魔王一人ではなく、世界全体で魔力を循環させる方法があるはずです」


「聖女らしい考えだな」


「いえ」


 セレナは首を振った。


「これは、今まで聖女が考えなければならなかったことです。癒やしは、傷を塞ぐだけでは足りない。傷を生む仕組みを見なければ、同じ傷が繰り返される」


 ノアが石碑を見る。


「王国の魔道炉が毒を出しているなら、炉を止める必要がある?」


「止めれば王都が混乱する」


 俺は言った。


「でも、変えなければもっと枯れる」


 グランが頭をかく。


「廃村の畑から、えらい話になってきたな」


「逃げるか?」


「馬鹿言うな」


 彼は境界鍬を肩に担いだ。


「鍛冶屋は、壊れたもんがあると直したくなる。世界が壊れてるってんなら、少しは叩き直してみるさ」


 バルザが笑う。


「大きく出たな、グラン」


「じいさんも手伝えよ。古い話なら得意だろ」


「口だけならな」


 村の空気が、少しだけ軽くなった。


 けれど、石碑の重さは消えない。


 俺はもう一度、古代循環碑に触れた。


 まだ読めていない部分がある。


 黒曜花の根が、石板の割れ目に入り込み、文字を銀色に照らしていた。


【記録断片四】


【毒受けの王を討つ者は、勇者にあらず】


【勇者とは、毒を王一人に戻さぬ者】


【聖剣は、王を殺す剣にあらず】


【循環を断つ刃にあらず】


【毒を切り、道を開く鍵である】


 俺は言葉を失った。


 勇者とは、毒を王一人に戻さぬ者。


 聖剣は、王を殺す剣ではない。


 毒を切り、道を開く鍵。


 今のカイゼルが聞けば、怒り狂うだろう。


 彼は魔王を殺したことで勇者になった。


 王国も民も、そう称えた。


 だが、この石碑によれば、本当の勇者は魔王を殺す者ではない。


 魔王一人に毒を押しつける世界を変える者だ。


「では、勇者様は……」


 セレナが言いかけて、言葉を止めた。


 その先を、誰も言いたくなかった。


 カイゼルは魔王を討った。


 だが、世界を支える仕組みを理解せず、楔を壊した。


 もし石碑が真実なら、彼は勇者の役目を果たしていない。


 むしろ、勇者の名を借りて世界の循環を断ったことになる。


「カイゼルに見せる必要がある」


 俺は言った。


 グランが眉を上げる。


「見せて信じると思うか」


「思わない」


「じゃあ、なぜ」


「知らないまま斬らせるよりはましだ」


 リュシアが石板を見つめる。


「父を殺した勇者に、父が支えていた世界を見せるのですね」


「ああ」


「残酷です」


「そうだな」


「でも、必要です」


 彼女は立ち上がった。


 その目には涙があったが、揺らいではいなかった。


「父をただの魔王として終わらせないために」


 そのとき、セレナが突然膝をついた。


 彼女の顔色が悪い。


「セレナ?」


「王都から……祈りが、乱れています」


「祈り?」


「聖女の祈りは、教会の礼拝堂と細くつながっています。今、その奥から悲鳴のようなものが聞こえた」


 彼女は胸を押さえた。


「王都の病院区で、治癒魔法が弱まっています。薬草温室も……枯れかけている」


 黒曜花がざわめいた。


 まるで、遠く離れた王都の苦しみを感じ取ったように。


 俺は石碑に再び触れる。


【広域反応:王都魔道炉不安定化】


【影響:水脈汚染、治癒魔法効率低下、薬草栽培区枯死進行】


【原因:魔力毒の未循環化】


【誤認誘導:黒花の村による魔力吸収説、王都に拡散中】


【警告:恐怖による民衆扇動、黒花の村襲撃危険】


 民衆扇動。


 黒花の村襲撃危険。


 王国軍だけではない。


 恐れた民が、黒花の村を憎み始める。


 水を奪いに来る者。


 黒曜花を焼こうとする者。


 報奨金目当てで通報する者。


 王都が枯れるほど、その憎しみは大きくなる。


「時間がない」


 俺は言った。


「この石碑の内容を、できるだけ記録する。王都の嘘に対抗する証拠になる」


「誰が信じる?」


 ノアが尋ねる。


「まずは、信じる可能性のある者に見せる」


「ミレイユさんやベルクさん?」


 セレナが言った。


「ああ。勇者パーティーの中で、まだ見ようとしている二人だ」


「カイゼル様は?」


「最後だ」


 俺は正直に言った。


「今のカイゼルに見せても、たぶん否定する。だが、仲間が先に見れば、彼一人で握り潰すのは難しくなる」


 セレナは頷いた。


「私が二人に接触します」


「危険だ」


「それでも、私が一番近い」


 彼女は立ち上がった。


「ミレイユとベルクは、まだ完全にはカイゼル様の言葉だけを信じていないはずです。私が見たものを伝えれば、来てくれるかもしれません」


「来れば、村はもっと危険になる」


「でも、来なければ何も変わりません」


 それはその通りだった。


 黒花の村だけで真実を抱えていても、王国の嘘は止まらない。


 王都は枯れ続ける。


 王国は黒花の村を悪者にし続ける。


 そして、魔王が支えていた世界の仕組みは、また誰か一人に押しつけられる。


 リュシアが石碑に手を当てた。


「この石碑を、守りましょう」


「黒曜花だけでなく、石碑もか」


「はい」


 彼女は静かに言った。


「ここには、父の役目だけでなく、父を終わらせる方法も書かれている気がします」


「父を終わらせる?」


「魔王という役目を、です」


 その言葉に、俺はリュシアを見た。


 魔王の娘が、魔王という役目を終わらせようとしている。


 父を否定するためではない。


 父だけが背負ったものを、次の誰かに背負わせないために。


 黒曜花が、彼女の足元で静かに光った。


 まるで、ゼルグレイスがそれを望んでいるように。


 俺の視界に、最後の鑑定結果が浮かんだ。


【対象:古代循環碑】


【現在価値:失われた世界記録】


【未来価値候補:魔王と勇者の定義を覆す証拠】


【注意:この記録が広まれば、王国史および勇者神話は深刻な損傷を受ける】


【警告:破壊対象となる可能性、高】


 破壊対象。


 当然だ。


 この石碑は、王国にとって黒曜花以上に危険かもしれない。


 魔王は世界を支えていた。


 勇者は魔王を殺す者ではなかった。


 聖剣は、毒を切り道を開く鍵だった。


 そんな記録が広まれば、王国の物語は壊れる。


 だからこそ、守る必要がある。


 夜。


 アシュベルの畑には、これまでより多くの灯が浮かんだ。


 アシュベルの死者。


 リーベルの死者。


 名前の分からない枯れた村々の記憶。


 そして、その奥に、ひときわ大きな黒銀の灯があった。


 魔王ゼルグレイスの記憶。


 リュシアはその灯の前に立ち、深く頭を下げた。


「お父さま」


 声は震えていた。


「あなたが世界を支えていたことを、私は知りました」


 黒銀の灯は、静かに揺れた。


「でも、もうあなた一人に支えさせません」


 その言葉に、畑の黒曜花が一斉に開いた。


 夜の中で、黒い花が星のように光る。


 王都では噴水が止まり、魔道灯が暗くなり、薬草が枯れ始めている。


 その一方で、廃村アシュベルでは、死者の花が世界の古い記憶を照らしていた。


 魔王は世界を支えていた。


 だが、これからは違う。


 死者の背中にすべてを押しつける世界を、俺たちは変えなければならない。


 死体しか見えない鑑定士として。


 魔王の娘として。


 祈れなくなった聖女として。


 置いていかれた元兵士として。


 壊れた鍬を直した鍛冶屋として。


 黒花の村に集まった、捨てられた者たちとして。


 俺たちは、黒曜花の光の中で、その重すぎる真実を見上げていた。


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