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死体鑑定士、追放されたので魔王の遺体を育てます 〜勇者が殺した魔王を埋めたら、滅びた村に黒い花が咲きました〜  作者: swingout777
第2章 黒花の村

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第11話 死体鑑定士の畑仕事

 魔王を埋めた翌朝、俺は畑に立っていた。


 勇者パーティーにいたころ、朝はだいたい剣の音か、魔物の咆哮か、カイゼルの命令で始まった。


 だがアシュベルの朝は違う。


 井戸の水を汲む音。


 枯れかけた木戸が風に鳴る音。


 鍛冶屋のグランが古い鍬を叩く音。


 そして、黒い花が風に揺れる、かすかな葉擦れの音。


 昨日まで死んでいた村とは思えないほど、静かに、けれど確かに何かが動き始めていた。


 共同畑の中央には、魔王ゼルグレイスの墓がある。


 墓標はまだない。


 代わりに、黒曜花が円を描くように咲いていた。


 夜の間に数は増えていた。昨日は畑の中心だけだった黒い花が、今朝には畝の端にまで広がっている。


 花びらは黒く、縁だけが銀色に光る。


 不気味と言えば不気味だ。


 だが、近くに立つと分かる。


 この花は、死の匂いではなく、土の匂いをしていた。


「……畑仕事なんて、久しぶりだな」


 俺は足元の土を手に取った。


 昨日まで粉のように乾いていた土は、指先で軽く握ると、かすかにまとまる程度の湿り気を持っていた。


 まだ豊かな土とは言えない。


 けれど、完全に死んではいない。


 俺は鑑定を発動する。


【対象:アシュベル共同畑の土】


【状態:魔力毒残留、乾燥、微弱な再生反応】


【改善要素:黒曜花による浄化進行中】


【不足要素:腐葉土、有機質、水分、耕起】


【推奨作業:浅く耕し、黒曜花の根を傷つけずに畝を作る】


 土の鑑定。


 正確には、これは普通の鑑定ではない。


 俺に見えているのは、土そのものの価値ではなく、土の中に残っている死んだ根や虫、魔力毒にやられた微生物の痕跡だ。


 死んだものが含まれているから、俺には見える。


 つくづく、便利なのか不便なのか分からない力だった。


「畑まで死体扱いか」


 思わず苦笑する。


 背後で、くすりと小さな笑い声がした。


 振り返ると、リュシアが立っていた。


 黒い外套を脱ぎ、動きやすい服に着替えている。銀色の髪は後ろで結ばれ、小さな角が朝日に淡く光っていた。


 手には木桶を持っている。


「おはようございます、レインさん」


「ああ。おはよう」


「畑も鑑定できるのですね」


「畑というより、土の中に残っている死んだものを見ている感じだ」


「死んだものを……」


 リュシアは少し考え込んだあと、共同畑を見渡した。


「なら、この畑にはたくさんの記憶があるのですね」


「記憶?」


「はい。昔ここで育った麦や豆や芋。土の中で死んだ虫。枯れた草。村の人たちが耕した跡。そういうものも、残っているのでしょう?」


 俺は少し驚いた。


 死体しか見えないと言うと、大抵の人間は顔をしかめる。


 だがリュシアは、その言葉を嫌がらなかった。


 むしろ、そこに意味を見つけようとしている。


「たぶん、残っている」


 俺は土を手のひらの上で崩した。


「俺には、まだ弱い反応しか見えない。でも、この畑は完全には終わっていない」


「よかった」


 リュシアは胸に手を当てた。


「父を埋めた場所が、死んだままではなかったのですね」


「死んだ場所だったからこそ、魔王の遺体が根を張れたのかもしれない」


「根……」


 リュシアは黒曜花を見た。


「父が、根になっているのですね」


 その声には寂しさがあった。


 だが、昨日のように泣き崩れる気配はなかった。


 彼女の中でも、父の死が少しずつ形を変え始めているのかもしれない。


 喪失ではなく、弔いへ。


 弔いから、守るべきものへ。


「レインさん」


「何だ?」


「私にも、畑仕事を教えてください」


「俺も詳しくはないぞ」


「でも、鑑定で分かるのでしょう?」


「分かるのは、やってはいけないことくらいだ」


「それで十分です」


 リュシアは真面目な顔で言った。


「私は、黒曜花の根を傷つけたくありません」


 その言葉に、俺はうなずいた。


「じゃあ、まず水だな。ただし、花の根元に直接かけすぎない方がいい」


「なぜですか?」


「鑑定では、根が魔力毒を吸っている。急に水を入れすぎると、浄化前の毒が広がるかもしれない」


「では、少し離れた場所に?」


「ああ。畝の外側に細い溝を作って、そこへ流す」


 リュシアは真剣にうなずいた。


 魔王の娘が、木桶を抱えて畑の水やりを覚えている。


 ほんの数日前の俺なら、そんな光景を想像もしなかっただろう。


「おーい、鑑定士殿」


 村の方から、片目の鍛冶屋グランが歩いてきた。


 昨日、王国軍相手に「逃げるのか」と言って、カイゼルを少しだけ怒らせた男だ。


 年は四十前後だろうか。


 右目は布で覆われ、左腕には古い火傷の痕がある。体格はいいが、長い飢えと病で頬はこけている。


 それでも、今朝の彼には昨日より少しだけ力が戻っていた。


 肩には、修理された鍬が二本担がれている。


「使えそうな道具をかき集めてきた。だが、どれも半分死んでる」


「半分死んでるなら、俺の出番だな」


「言うと思ったぜ」


 グランは鍬を地面に置いた。


 柄はひび割れ、刃は錆びている。


 俺はそのうち一本に触れ、鑑定を発動した。


【対象:古い鍬】


【状態:刃こぼれ、柄に亀裂】


【由来:アシュベル共同畑で二十七年使用】


【残存価値:土の癖を覚えた農具】


【修復推奨:刃を研ぎ直し、柄を半分だけ交換】


【注意:柄を全交換すると、畑との馴染みが低下】


「柄は全部替えない方がいい」


 俺が言うと、グランは眉を上げた。


「普通は全部替えるぞ。ここまで割れてるんだからな」


「でも、この鍬はこの畑で二十七年使われている。土の癖を覚えているらしい」


「土の癖?」


「そう出てる」


 グランは鍬をまじまじと見た。


「農具が土の癖を覚えるのか」


「俺も初めて見た」


「死体鑑定士ってのは、農具の人生まで見えるのかよ」


「死んだような農具ならな」


 グランは一瞬ぽかんとしたあと、大声で笑った。


「そいつは便利だ! この村は死にかけのもんだらけだからな!」


 リュシアが驚いたようにグランを見る。


 笑い声が、村に響いた。


 それはたぶん、アシュベルで久しぶりに聞こえた大きな笑い声だった。


 家の戸口から、バルザが顔を出す。


「朝から騒がしいぞ、グラン」


「じいさん、聞いたか。この鑑定士殿は死にかけの鍬まで見てくれるらしい」


「なら、わしも鑑定してもらうか。そろそろ死にかけだ」


「じいさんはまだ口が達者だから無理だ」


 グランがそう返すと、バルザは鼻を鳴らした。


 リュシアが小さく笑う。


 俺も、つられて少し笑った。


 追放されてから初めて、胸が軽くなった気がした。


 勇者パーティーでは、俺の能力が笑われることはあった。


 だがそれは、馬鹿にする笑いだった。


 ここでの笑いは違う。


 死にかけのものを見られるなら、使い道がある。


 そう言われているようだった。


「よし」


 グランは鍬を拾い上げた。


「柄を半分だけ替えて、刃を研ぐ。昼までには使えるようにしてやる」


「頼む」


「その代わり、あとで壊れた井戸の滑車も見てくれ。あれも半分死んでる」


「俺の仕事が増えるな」


「畑仕事ってのは、そういうもんだ」


 グランは笑いながら戻っていった。


 リュシアは木桶を置き、袖をまくる。


「私は溝を作ります」


「無理するなよ」


「墓守は、土を掘るのに慣れています」


「それはそうかもしれないけど、畑の溝と墓穴は違うだろ」


「どちらも、土に何かを受け入れてもらうために掘るものです」


 俺は返す言葉に詰まった。


 リュシアは真顔だった。


 魔族の墓守は、ときどき妙に深いことを言う。


 俺たちは畑の外側に細い溝を掘り始めた。


 硬かった土は、昨日よりずっと柔らかくなっている。鍬が入るたび、乾いた粉ではなく、湿った土が裏返った。


 その下から、小さな白い根のようなものが見えた。


 黒曜花の根ではない。


 もっと細く、弱い。


 俺は手を止め、鑑定する。


【対象:休眠種子】


【状態:発芽準備中】


【種別:アシュベル麦】


【休眠期間:九年】


【発芽条件:水分、魔力毒濃度低下】


「種が残ってる」


 俺が言うと、リュシアが目を見開いた。


「種?」


「ああ。九年前の麦の種だ。まだ死んでいない」


 近くで聞いていたバルザが、杖を落としそうになった。


「アシュベル麦だと?」


「知っているのか?」


「この村で育てていた麦だ。痩せた土地でも育つ。だが、井戸が枯れてからは一粒も芽を出さなくなった」


「まだ眠っているらしい」


 俺は土を戻した。


「水を入れれば、芽が出るかもしれない。ただし、魔力毒が下がってからだ」


 バルザは目を赤くしていた。


「まだ……残っていたのか」


 その声は、誰かの生存を知ったときのようだった。


 ただの麦の種。


 けれど、この村にとっては違う。


 失われたと思っていた暮らしの記憶だ。


「死んでいないものも見えるのですね」


 リュシアが言った。


「死にかけだからな」


「でも、生きています」


「ああ」


 俺は土を見つめた。


「生きてる」


 その言葉は、不思議と胸に残った。


 俺の力は死体しか見えない。


 そう思っていた。


 だが、死にかけているものを見るということは、まだ助けられるものを見つけることでもあるのかもしれない。


 壊れた鍬。


 枯れた畑。


 眠った種。


 死にかけた村。


 どれも、完全には終わっていなかった。


「レインさん!」


 村の方から声がした。


 振り返ると、昨日まで熱を出していた少年が走ってきた。


 名前はミト。


 妹のリナを連れている。


 二人ともまだ顔色は悪いが、昨日より目に力が戻っていた。


「走るな」


 母親が後ろから慌てて追ってくる。


 ミトは俺の前で足を止め、息を切らしながら両手を差し出した。


 手のひらには、小さな骨があった。


「これ、見て」


「骨?」


「畑の端で見つけた。動物の骨かなって」


 俺は慎重に受け取った。


 小さな骨。


 鳥か、小動物のものだろうか。


 鑑定する。


【対象:畑ネズミの骨】


【死因:魔力毒による衰弱】


【残存価値:土中毒濃度の指標】


【現在値:危険域から注意域へ低下】


 俺は息を吐いた。


「いい知らせだ」


「いい知らせ?」


「この骨の周りの毒が、昨日より薄くなっている。畑が回復している証拠だ」


 ミトの顔が明るくなる。


「じゃあ、作物が育つ?」


「すぐには無理だ。でも、準備はできる」


「僕も手伝う!」


「病み上がりだろ」


「水くみくらいならできる!」


 母親が困ったように言う。


「すみません、レインさん。この子、昨日からずっと畑を手伝うと言って聞かなくて」


「無理しない範囲ならいい」


 俺はミトに骨を返した。


「これは畑の隅に埋めておけ。ここが回復した証になる」


「うん!」


 ミトは妹と一緒に駆けていった。


 母親が深く頭を下げる。


「ありがとうございます」


「俺は何も」


「いいえ。昨日までは、あの子たちが走る姿をもう見られないと思っていました」


 彼女は黒い花を見た。


「魔王様のおかげなのでしょうか」


「たぶん」


「人間の国では、そんなことを言ったら罰せられるのでしょうね」


「かもしれない」


「でも、私は覚えておきます」


 彼女は小さく言った。


「この村の子どもたちを、魔王様の花が救ってくれたことを」


 俺は何も言えなかった。


 魔王が人を救う。


 そんな言葉は、王国では許されない。


 だが、ここではそれが事実だった。


 昼近くになると、畑の周りには村人全員が集まっていた。


 五人しかいない村人。


 そこに、リュシアと俺を加えて七人。


 たった七人の畑仕事。


 それでも、昨日まで死んでいた村には大きすぎる変化だった。


 グランが修理した鍬を持って戻ってきた。


 バルザは古い種袋を探し出してきた。


 ミトとリナは井戸の水を小さな桶で運んだ。


 母親は乾かして残していた豆の種を持ってきた。


 リュシアは黒曜花の根を傷つけないよう、一本一本の位置を丁寧に確認していた。


 俺はその横で、土と道具と種を鑑定し続けた。


【発芽可能】


【水分過多注意】


【魔力毒残留あり】


【この畝は浅く】


【この種は死んでいる】


【この種は眠っている】


 死んだものと、まだ生きているもの。


 終わったものと、戻せるもの。


 その境目を見分ける仕事だった。


 勇者パーティーでは、俺の鑑定は戦いの後始末だった。


 だがこの村では、始まりのために使われている。


 それが、少しだけくすぐったかった。


「レインさん」


 リュシアが隣で言った。


「畑仕事は、死者を弔うことに似ていますね」


「そうか?」


「はい。土に眠るものを傷つけず、残されたものを見つけて、次の命につなぐ」


 俺は手についた土を見た。


 死体鑑定士の手。


 死者の傷や毒を見てきた手。


 その手が今、畑の土で汚れている。


 悪くない汚れだった。


「そうかもしれないな」


 俺は答えた。


 そのとき、畑の中央の黒曜花が一斉に揺れた。


 風はない。


 花びらの間から、黒い光が薄く広がる。


 畑全体を撫でるように光が流れ、俺たちが作ったばかりの畝に染み込んでいった。


 バルザが息を呑む。


「これは……」


 俺の視界に鑑定結果が浮かぶ。


【黒曜花群:土地再生促進】


【アシュベル共同畑:初期再生段階へ移行】


【休眠種子:一部発芽準備完了】


 畝の一つから、小さな緑の芽が顔を出した。


 ほんの指先ほどの芽。


 弱く、頼りなく、すぐに折れてしまいそうな芽。


 それでも、緑だった。


 アシュベルに、十年ぶりの緑が出た。


 誰も声を出せなかった。


 リュシアが両手で口元を押さえる。


 バルザが膝をつく。


 グランが空を見上げる。


 子どもたちは、芽を怖がらせないようにそっと近づいた。


 俺は、その小さな芽を見つめた。


 死体しか見えない鑑定士。


 そう呼ばれて追放された俺が、今、死にかけた畑から芽を見つけている。


 死者を見てきた力が、生きるものを支え始めている。


 それは、俺自身にも信じられないような光景だった。


「レインさん」


 リュシアが静かに言った。


「今日は、父の墓に最初の朝が来たのですね」


「ああ」


 黒い花のそばで、緑の芽が揺れていた。


 死者の花と、生者の芽。


 その二つが同じ畑にある。


 アシュベルの畑仕事は、そこから始まった。


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