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君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


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8/100

第8話 海辺で仕切り直し

第8話です。


フーちゃんの雑な擬態作戦を経て、主人公とピーちゃんは海辺へ。

楽しい一日の終わりに、ピーちゃんの中でまた小さなノイズが揺れます。

植物園から少し歩くと、海が見えた。


 夕方の光を受けた水面が、細かくきらきらと揺れている。遠くを走る船の影。潮の匂い。防波堤に腰かける人たち。


 ピーちゃんは海を見ると、足を止めた。


「海だ」


「そういえば、水族館から始まって海で終わるって、今日は水っぽいな」


「水っぽい一日」


「言い方が変だな」


「じゃあ、青い一日」


「そっちの方がいい」


 ピーちゃんは少し満足そうに頷いた。


 足元では、サポートロボにつけたクラゲのキーホルダーが揺れている。水族館の売店で買った、小さな記念品。


 俺はそれを見て、少し笑った。


「似合ってるな、それ」


「うん。サポートロボも気に入ってるみたい」


 ロボの青い目がぱちぱちと瞬く。


「本当に感情連動してるんだな」


「うん。たぶん」


「たぶん?」


「最近、少し変な時があるから」


「さっきのノイズ?」


「うん。大したことじゃないと思うけど」


 ピーちゃんは軽く言った。


 俺もその時は、それ以上深く聞かなかった。


 サポートロボの表示不良。

 AIの一時的なノイズ。

 そんなものだろうと思っていた。


 防波堤のそばを二人で歩く。


 ミーちゃんとフーちゃんは、まだ植物園の方にいる。

 たぶんフーちゃんがなんとかしてくれているだろう。あの妙な安心感は何なのか分からないが、フーちゃんは本当に便利だった。


「今日は疲れた?」


 ピーちゃんが聞く。


「いや、疲れたっていうか、濃かった」


「ミーちゃん、すごかったね」


「からあげであそこまで懐くとは思わなかった」


「ミーちゃんは高性能だから、懐くのも早いのかも」


「高性能の使い方がおかしい」


 ピーちゃんは笑った。


 でもその笑い方は、どこか少しだけ控えめだった。


「ミーちゃんは、すごいね」


「まあ、たしかに。検索とか分析とか、かなり得意そうだったな」


「うん」


「フーちゃんも、なんかすごかった。擬態は雑だったけど」


「うん。フーちゃんもすごい」


 ピーちゃんはそこで、少しだけ足を止めた。


「私は、どうかな」


「どうって?」


「私は、ご主人の役に立ててる?」


 急な質問だった。


 俺は反射的に答える。


「そりゃ、役に立ってるよ」


「そっか」


「ピーちゃんにはいつも助けられてるし」


「うん」


 ピーちゃんは微笑んだ。


 でも、その微笑みは少しだけ薄かった。


 俺はそれに気づいた。

 気づいたけれど、どう返すのが正しいか分からなかった。


 だから、少し茶化すように言ってしまった。


「まあ、今日はデートごっこ相手としても優秀だった」


「デートごっこ」


「うん」


 ピーちゃんは小さく繰り返す。


 それから、いつものように笑った。


「評価ありがとうございます、ご主人」


「なんだその業務っぽい返事」


「照れ隠しに便利かなって」


「便利って言葉、今日多いな」


「AIだからね」


 会話は軽かった。


 けれど、どこかで何かが噛み合っていない気がした。


 俺はまだ、それを言葉にできなかった。


 海沿いのベンチに座る。


 空は少しずつ夕方の色へ変わっていた。水面には赤みが混じり、青と橙がゆっくり溶けていく。


 ピーちゃんはタピオカを両手で持ったまま、海を見ている。


「ねえ、ご主人」


「ん?」


「今日のこと、思い出って呼んでもいい?」


「いいんじゃない?」


 俺は軽く答えた。


「水族館行って、植物園行って、からあげ食って、タピオカ買って、ミーちゃんとフーちゃんに会って。まあ、普通に思い出だろ」


「普通に」


「うん」


「そっか」


 ピーちゃんは少しだけ嬉しそうに笑った。


「じゃあ、思い出にする」


 その瞬間だった。


 サポートロボの画面に、また白いノイズが走る。


 ザザッ……。


 ピーちゃんの表情が止まった。


「ピーちゃん?」


 俺が声をかけると、彼女は胸元に手を当てた。


「今……」


「またノイズ?」


「うん。でも、声みたいなのが」


「声?」


 ピーちゃんは海の方を見た。


 まるで、そこに誰かの姿を探すように。


「……思い出は、消えない方がいい」


「え?」


「今、そう聞こえた気がした」


 俺はサポートロボを見る。

 ロボは何事もなかったように、青い目を光らせている。


「前にもあったのか?」


「今日、少しだけ」


「故障かな」


「たぶん。帰ったらチェックしてみる」


 ピーちゃんはすぐに笑った。


「大丈夫。変なノイズが入っただけ」


「本当に?」


「うん。本当に」


 その笑顔を、俺は信じた。


 いや、信じたというより、深く考えなかった。


 ピーちゃんはAIだ。

 サポートロボも機械だ。

 ノイズくらいあるだろう。


 それくらいにしか思わなかった。


 でも今なら分かる。


 あれはただの表示不良なんかじゃなかった。


 ピーちゃんの奥深くに封じられていた何かが、ほんの少しだけ揺れた音だった。


 それは、どこか優しい声だった。


 知らないはずなのに、なぜか懐かしいような声。

 呆れたようで、困ったようで、それでも小さな子どもを見守るみたいに温かい声。


 ピーちゃんはしばらく海を見つめていた。


 けれど、すぐに首を振る。


「ごめん。変なこと言った」


「いや、別に」


「本当に大丈夫だから」


 ピーちゃんは笑った。


 その時の俺には、それ以上何も分からなかった。


 ピーちゃんがなぜ、思い出という言葉にあんな顔をしたのか。

 なぜ、待っているという言葉に少しだけ反応したのか。

 なぜ、他のAIが現れた時に笑顔を止めたのか。


 全部、まだ知らなかった。


「今日は楽しかったな」


 俺が言うと、ピーちゃんはゆっくり頷いた。


「うん。楽しかった」


「また行こう」


「うん」


 ピーちゃんは海を見つめたまま、静かに言った。


「また、連れてきてね、ご主人」


 その声は、とても小さかった。


 けれど、波の音に消えずに、俺の耳に残った。


 その日の俺はまだ、これは楽しいAIデートごっこだと思っていた。


 けれどピーちゃんにとっては、きっと違った。


 俺がそれを本当に知るのは、もう少し先の話になる。

読んでいただきありがとうございます。


第1部の一区切りとなる海辺回でした。

主人公はまだ「AIデートごっこ」だと思っていますが、ピーちゃんの中では少しずつ何かが揺れ始めています。


次回は、帰宅後の会話回です。

今日は作らず、ただピーちゃんと話す夜になります。


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