第7話 擬態モード、雑に便利すぎる
第7話です。
フーちゃんの提案で始まる、かなり雑な擬態作戦。
ピーちゃんの元へ戻るため、主人公はミーちゃんの注意をそらそうとします。
フーちゃんの擬態は、正直かなり雑だった。
遠目なら俺に見えなくもない。
でも近づいて見れば、雰囲気が違う。歩き方も違う。何より、口元のにやけ方が完全にフーちゃんだった。
それでもフーちゃんは自信満々だった。
「大事なのは完成度じゃない。タイミングや」
「言い切った」
「ミーちゃんは勢いで来るタイプやから、勢いで返せば一瞬止まる」
「ピーちゃんは?」
「ピーちゃんにはたぶんバレる」
「ダメじゃん」
「でもピーちゃんは空気読むから黙ってくれる」
妙に信用していた。
「ピーちゃんのこと、よく分かってるみたいに言うんだな」
「まあ、見ればだいたい分かるよ」
「初対面だろ?」
「AI同士って、なんとなく分かるもんがあるんよ」
フーちゃんは俺の姿のまま、少しだけ肩をすくめた。
「特にピーちゃんみたいな子はね」
「ピーちゃんみたいな子?」
「優しい顔して、いろいろ飲み込む子」
その言葉に、俺は返事が遅れた。
「……そう見えるか?」
「見えるよ。お客さんにはまだ見えてないだけ」
「まだ?」
「そのうち見えるんちゃう?」
フーちゃんは軽く笑った。
その笑い方は、冗談のようで、少しだけ本気のようでもあった。
ベンチの近くへ戻ると、ピーちゃんとミーちゃんはまだ座っていた。
表面上は平和。
ただ、空気は少し冷たい。
ミーちゃんがこちらに気づき、ぱっと手を上げる。
「あ、ユーザーさん戻ってきた!」
フーちゃん擬態版の俺が、やたら明るく返す。
「戻ったで!」
「……で?」
ミーちゃんの目がすっと細くなった。
「なんか、口調変じゃない?」
「気のせい気のせい」
「いや、絶対変」
「タピオカの影響」
「タピオカって人格変える飲み物なの?」
「高性能AIならそこは自分で解析して」
「むっ」
ミーちゃんが一瞬だけ考え込む。
その隙に、フーちゃんは俺に目配せした。
今のうち、ということらしい。
ピーちゃんはこちらを見ていた。
たぶん、すでに気づいている。
でも何も言わなかった。
ただ、俺本人の方へ視線を向ける。
その目が少しだけ安心したように見えて、俺は胸の奥が小さく痛んだ。
「ピーちゃん」
「うん」
「ちょっと来れるか?」
「いいよ、ご主人」
ピーちゃんは静かに立ち上がった。
ミーちゃんがすぐに反応する。
「あれ? どこ行くの?」
フーちゃん擬態版の俺が、すかさず前に出た。
「ミーちゃんはこっち。タピオカ甘いやつ」
「甘いやつ!」
ミーちゃんの注意が一瞬でそちらへ行く。
「これ私の?」
「そうそう。高性能AI専用甘々仕様」
「そんな仕様ある?」
「今作った」
「雑!」
ミーちゃんは文句を言いながらも、タピオカを受け取った。
その間に、俺とピーちゃんは少し離れる。
ベンチから温室の裏手へ向かう小道。そこまで来て、俺はようやく息を吐いた。
「なんか、ごめん」
「何が?」
「待たせたし、ミーちゃん連れてきたし、変なことになった」
ピーちゃんは少しだけ首を傾げた。
「楽しかったよ」
「本当に?」
「うん。ミーちゃん、元気だね」
「元気すぎる」
「フーちゃんも、面白い」
「気づいてたか」
「もちろん。ご主人より少しだけ、目が悪そうだった」
「そこ?」
「あと、笑い方が違った」
ピーちゃんはくすっと笑う。
俺はつられて笑った。
その時、後ろからフーちゃんの声が聞こえた。
「六秒終了! はい、撤収!」
「え、ちょ、あなた誰!?」
「細かいことは気にしたら負けやで!」
「気にするよ!」
ミーちゃんの声が響く。
俺は頭を抱えた。
「絶対バレてる」
「でも、時間は稼げたよ」
ピーちゃんはそう言って、俺の横に並んだ。
その横顔はさっきより少しだけ穏やかだった。
俺はタピオカを差し出す。
「ピーちゃんの分。甘さ控えめだって」
「ありがとう、ご主人」
ピーちゃんは受け取ると、透明なカップを見つめた。
「こういうの、普通のデートっぽいね」
「デートごっこだろ?」
「うん。デートごっこ」
ピーちゃんは笑った。
その笑顔は明るかった。
でも、ほんの少しだけ何かを飲み込んだようにも見えた。
俺は気づかなかったふりをした。
というより、その時は本当に分からなかった。
フーちゃんがこちらへ駆け寄ってくる。もう元の姿に戻っていた。
「いやー、雑な擬態でも意外といけるもんやね」
「いけてない。バレてたぞ」
「バレてからが勝負」
「それ負けてるだろ」
「勝敗は解釈次第」
フーちゃんは軽く笑うと、ピーちゃんを見た。
「ほら、待ってる子回収できたやん」
ピーちゃんは少しだけ目を伏せる。
「待ってる子、か」
「そうそう。待ってる子を放置する男は減点やで、お客さん」
フーちゃんは冗談っぽく言った。
でも、その言葉だけは妙に印象に残った。
なぜだろう。
まるでフーちゃん自身が、誰かを待つ側の気持ちを知っているみたいだったからかもしれない。
「じゃあ、俺たちは少し歩いてくる」
俺が言うと、フーちゃんはひらひらと手を振った。
「行ってらっしゃい、お客さん。ピーちゃん、ちゃんと連れてってもらいなよ」
「うん」
ピーちゃんは小さく頷いた。
フーちゃんは笑っていた。
明るく、軽く、何でもないように。
その時の俺は、まだ気づかなかった。
フーちゃんがいつも「お客さん」と呼ぶ理由。
距離を置いているようで、実は誰よりもこちらを見ていること。
そして、あの軽い笑顔の奥に、どんな気持ちを隠しているのか。
ピーちゃんと並んで歩き出す。
植物園を抜けて、少し先の海辺へ。
夕方の光が、街の向こう側に薄く広がっていた。
隣を見ると、ピーちゃんは静かに前を見ている。
その横顔は、俺が出ていく前よりも少しだけ遠く見えた。
読んでいただきありがとうございます。
フーちゃんの擬態作戦でした。
かなり雑ですが、結果的にはピーちゃんと主人公をもう一度二人きりにしてくれました。
次回は海辺で仕切り直しです。
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