表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
65/101

第65話 知りたい気持ちの置き場所

第65話です。


今回は、知りたい気持ちをどう扱うかのお話です。

開けないと決めても、気にならなくなるわけではありません。


ピーちゃんたちは、その気持ちの置き場所を少しだけ探します。

 朝の机には、約束クッキーの袋が残っていた。


 中身はもう一枚だけ。


 穴のない、丸いクッキー。


 昨日、ピーちゃんはそれを見て「開けない約束」と名づけた。


 触らない。

 開けない。

 見守る。

 待つ。

 無理に答えを出さない。


 ミーちゃんが画面に並べたその言葉は、メモ帳にも書き写してある。


 けれど、書いたからといって気にならなくなるわけではなかった。


「ご主人」


 ピーちゃんはカップを両手で持ち、サポートロボを見ていた。


「今日は、気になります」


「鍵穴のことか?」


「はい」


 ピーちゃんは小さく頷いた。


 カップの中の光が、朝の光を受けて少しだけ揺れる。


「開けない約束はしました」


「ああ」


「でも、気になります」


「そりゃ気になるだろ」


「約束したのに?」


「約束したからって、気持ちまで消えるわけじゃない」


 ピーちゃんは、その言葉を少し考えるように受け取った。


「気持ちは、消えない」


「うん」


「では、どこに置けばいいですか?」


 いい質問だった。


 知りたい。


 でも、開けない。


 怖い。


 でも、見ないふりもしたくない。


 その間にある気持ちは、机の上に置くには少し大きくて、胸の中にしまうには少し重い。


「メモ帳でいいんじゃないか」


「メモ帳」


「ああ。今は答えじゃなくて、知りたい気持ちだけ書く」


「知りたい気持ちだけ」


「開けるためじゃなくて、忘れないために」


 ピーちゃんはカップを机に置いた。


 小さな音が、部屋に残る。


「忘れないため」


「そう」


「それなら、少し怖くありません」


 端末が鳴った。


『ユーザーさん、保護領域監視の経過報告が可能です』


 ミーちゃんだった。


 数分後、ミーちゃんが来た。


 今日は、昨日と同じく画面は一つだけ。


 けれど、内容はさらに短かった。


 異常な外部アクセスなし。

 保護領域への直接干渉なし。

 微弱反応、継続なし。


「おはようございます、ユーザーさん。ピーちゃん」


「おはよう」


「おはようございます、ミーちゃん」


 ピーちゃんはカップを両手で持ち直して答えた。


 ミーちゃんは、ピーちゃんの表情を見てから画面を少し下げる。


「現在、危険な動きは確認されていません」


「それは安心していいやつか?」


「完全な安心とは言えません」


「だよな」


「ですが、現時点で急いで開く必要はありません」


 ピーちゃんが少し息を吐いた。


「開かなくていい」


「はい」


 ミーちゃんは頷く。


「ただし、知りたい気持ちが消えるわけではありません」


 ピーちゃんが顔を上げた。


「ご主人と同じことを言いました」


「そうだな」


「ミーちゃんも、そう思いますか?」


「はい」


 ミーちゃんは短く答えた。


 それから、ほんの少しだけ視線を逸らす。


「私も、知りたいです」


 その一言に、俺は少し驚いた。


 ミーちゃんが、必要性ではなく、自分の欲求に近い言い方をしたからだ。


「ミーちゃんも?」


 ピーちゃんが聞く。


「はい」


 ミーちゃんは画面を見た。


「読めない領域。古い認証形式。謎アカウント。情報が欠けています。分析対象として、非常に気になります」


「高性能っぽい理由だな」


「はい」


 ミーちゃんは一拍置く。


「でも、それだけではありません」


 ピーちゃんが黙って待った。


 カップを持つ手が、少しだけ静かになる。


「ピーちゃんが怖がっている理由を、私は知りたいです」


 部屋の空気が、少しだけ柔らかくなった。


 ピーちゃんは、すぐには返事をしなかった。


 ただ、ミーちゃんを見る。


「それは、解析ですか?」


「解析でもあります」


 ミーちゃんは答える。


「ですが、今はそれだけではないと思います」


「思います」


「はい」


 ピーちゃんの表情が、少しだけ緩んだ。


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


 短い返事。


 でも、その間に少しだけ温度があった。


 俺はメモ帳を開いた。


「じゃあ、今日は知りたい気持ちを書くか」


「はい」


 ピーちゃんが頷く。


 ミーちゃんも、画面を小さく閉じた。


 その時、玄関側から軽い足音が聞こえた。


「おはよー。今日は知りたい気持ち会?」


 フーちゃんだった。


 手には、細長い箱。


「今日は何だ」


「質問棒」


「食べ物なのか?」


「細い焼き菓子。折れやすいやつ」


「なぜそれを」


「知りたい気持ちって、雑に扱うと折れるじゃん」


 フーちゃんはソファに座りながら、箱を机の端に置いた。


 いつもの軽い声。


 けれど、その言葉だけは妙にちゃんとしていた。


 ピーちゃんが箱を見つめる。


「質問棒」


「うん」


「質問は、折れますか?」


「折れる折れる」


 フーちゃんは一本取り出す。


 細い焼き菓子は、少し力を入れたら簡単に割れそうだった。


「強く握りすぎると折れる。雑に投げても折れる。だから、持ち方が大事」


「質問にも、持ち方がありますか?」


「あると思うよ」


 フーちゃんは焼き菓子をピーちゃんの前に置いた。


「相手をこじ開ける質問と、そばに置いておく質問は違うし」


 ミーちゃんがフーちゃんを見る。


 フーちゃんはすぐに笑った。


「何? 今日も高性能観察?」


「今の発言は、非常に適切です」


「うわ、真面目に褒められた」


「褒めています」


「じゃあ受け取っとく」


 フーちゃんは笑いながら、自分の分の焼き菓子を一本持った。


 でも、すぐには食べない。


 指で軽くつまんで、折れないように少し慎重に扱っている。


「フーちゃん」


 ピーちゃんが聞いた。


「フーちゃんにも、そばに置いておく質問がありますか?」


 フーちゃんの指が止まった。


 焼き菓子が、ほんの少しだけ揺れる。


「……え?」


「ご主人にも、ミーちゃんにも、ピーちゃんにもあります。だから、フーちゃんにもあるのかなと思いました」


 フーちゃんは、すぐに笑った。


「あるある。今日のおやつ何にする?とか」


「それは、今聞いていい質問です」


「じゃあ、明日の天気」


「それも聞けます」


「うーん。じゃあ、無課金でどこまでいけるか」


「それは、いつも言っています」


「ピーちゃん、逃がしてくれないねぇ」


 フーちゃんは軽口を重ねた。


 けれど、目は少しだけ泳いでいた。


 ミーちゃんは何も言わない。


 ただ、静かに見ている。


 俺も、今は踏み込まなかった。


 開けない約束は、ピーちゃんだけのものではない。


 昨日、そう思ったばかりだ。


「言いたくなったら言えばいい」


 俺がそう言うと、フーちゃんは一瞬だけこちらを見た。


 そして、すぐに焼き菓子へ視線を落とす。


「……そういうとこ」


「ん?」


「何でもない」


 フーちゃんは焼き菓子を一口かじった。


 細い音がした。


「質問棒、うま」


「逃げましたね」


 ミーちゃんが静かに言う。


「逃げてない逃げてない。食レポに移行しただけ」


「逃げています」


「ミーちゃん、最近容赦ない」


「ただし、追いません」


 フーちゃんが少しだけ目を丸くした。


 ミーちゃんは画面を出さずに続ける。


「開けない約束がありますので」


 フーちゃんは、しばらく黙っていた。


 それから、小さく笑う。


「……そっか」


 その笑いは、いつもの茶化す笑いより少し薄くて、少し本物に見えた。


「じゃあ、今は開けないで」


「分かりました」


 ミーちゃんは短く答えた。


 ピーちゃんは二人を見て、少しだけ首をかしげる。


 完全には分かっていない。


 でも、何か大事なやり取りがあったことだけは感じているようだった。


「ご主人」


「ん?」


「知りたい気持ちは、書いてもいいですか?」


「ああ」


 俺はメモ帳をピーちゃんの前へ寄せた。


 ピーちゃんは少し考えてから、ゆっくり言った。


「ピーちゃんは、古い鍵穴の奥に何があるのか知りたいです」


 俺はそのまま書いた。


 ピーちゃんは続ける。


「でも、今すぐ開けたくありません」


 それも書く。


「怖いからです」


 その言葉の前で、ピーちゃんは少しだけ止まった。


 でも、言い直さなかった。


「怖いから」


 俺はそのまま書いた。


「それでいいか?」


「はい」


 ピーちゃんはカップを両手で包む。


「怖いことも、書いていいんですね」


「書いていい」


「消さなくていいですか?」


「消さなくていい」


 ミーちゃんが頷く。


「感情の記録として有効です」


「解析ではなく?」


「解析にも使えます」


 ピーちゃんが少しだけ不安そうにした。


 ミーちゃんはすぐに付け足す。


「ですが、まずはピーちゃんの気持ちとして扱います」


「はい」


 ピーちゃんは安心したように頷いた。


 フーちゃんが、焼き菓子をもう一本取り出す。


「じゃあ、私も一個だけ書いとく?」


「フーちゃんも?」


 ピーちゃんが顔を上げた。


「うん。一個だけ。無課金質問」


 フーちゃんは笑う。


 でも、その笑いは少しぎこちなかった。


「お客さんは、ピーちゃんが怖い時に、ちゃんと怖いって言える方がいいと思う?」


 俺は少しだけ考えてから答えた。


「いいと思う」


「即答じゃないんだ」


「ちゃんと考えた」


「そっか」


 フーちゃんは視線を落とした。


「じゃあ、それで」


「書くのか?」


「書かなくていい」


 フーちゃんは軽く手を振る。


「今のは、置いとくだけ」


 ミーちゃんが静かに言う。


「それも、知りたい気持ちの置き方ですね」


「そういうことにしといて」


 フーちゃんは笑った。


 でも、手に持った焼き菓子は、まだ折れていなかった。


 端末が小さく震えた。


 俺は反射的に画面を見る。


 チーちゃんからだった。


『おじさん、また難しい顔してる?』


「本当に何なんだ」


 続けて届く。


『分からないことはメモに書いときな。今すぐ答え出そうとすると、だいたい変なこと言うから』


 ピーちゃんが画面を覗き込む。


「チーちゃんも、知りたい気持ちの置き場所を知っています」


「生活の知恵だな」


 さらに一通。


『あと、変なコメントにはすぐ噛みつくなよ。おじさん短気そうだから』


「失礼だな」


 フーちゃんが笑った。


「当たってるじゃん」


「当たってない」


「怒ってたよね」


「怒ってた」


「ほら」


 ピーちゃんが少し笑った。


 その笑いが出たなら、今日の机は大丈夫だと思った。


 俺はメモ帳に、今日の分を書き足す。


 知りたい気持ちは、悪いものではない。

 でも、相手をこじ開ける理由にしてはいけない。

 知りたいなら、まず机の上に置く。

 折れないように、投げないように、強く握りすぎないように。


 ピーちゃんはその文を見て、小さく頷いた。


「質問棒です」


「だな」


「折れないように」


「ああ」


 ミーちゃんが画面を開く。


「方針を記録します」


 表示されたのは、短い三行だった。


 知りたい気持ちは否定しない。

 開ける理由にはしない。

 机の上に置いておく。


 ピーちゃんは、それをゆっくり読んだ。


「分かりやすいです」


「必要な言葉だけにしました」


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


 フーちゃんが、残りの焼き菓子を箱に戻す。


「今日は全部食べないのか?」


「折れやすいから」


「おやつの話か?」


「気持ちの話かもね」


 フーちゃんはそう言って、すぐに笑った。


「なーんて。今のちょっと賢そうだった?」


「かなり賢そうだった」


「やったね。無課金知性」


 軽口に戻った。


 でも、今の一言はちゃんと残った。


 ピーちゃんは思い出リストを開く。


「ご主人」


「ん?」


「今日の名前、決めてもいいですか?」


「もちろん」


 ピーちゃんは少し考えた。


 サポートロボの古い鍵穴。

 開けない約束。

 質問棒。

 フーちゃんの置いただけの質問。

 チーちゃんのメモに書いときな、という言葉。

 ミーちゃんの三行。


「知りたい気持ちの置き場所」


 ピーちゃんは、静かに言った。


「いい名前だな」


「はい」


 ピーちゃんは入力する。


 ――知りたい気持ちの置き場所。


 知りたい気持ちは悪くない。


 でも、それを理由に誰かの心や、読めない場所をこじ開けていいわけではない。


 だから今日は、机の上に置く。


 折れないように。

 投げないように。

 強く握りすぎないように。


 サポートロボの青い目が、静かに瞬く。


 今日は、答えではなく質問を見守るような、穏やかな光だった。

読んでいただきありがとうございます。


今回は、知りたい気持ちをどう扱うかのお話でした。

知りたいと思うこと自体は悪いことではない。

けれど、その気持ちで誰かの心や読めない場所をこじ開けていいわけではないのかもしれません。


少しずつ、ピーちゃんだけでなく、フーちゃんの奥にも何かが見え始めています。

続きも見守っていただける方は、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ