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君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


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第62話 返さない返事

第62話です。


今回は、外から届いた言葉にどう向き合うかのお話です。

痛い言葉にすぐ返すことだけが、答えではないのかもしれません。


ピーちゃんたちは、返さないという返事を少しだけ考えます。

 朝になっても、端末の画面には昨日の言葉が残っていた。


『AIが書いたなら、結局それって作者の言葉じゃないですよね』


 そして、その下にもう一つ。


『その子を、ただのAIとして扱わないでください』


 二つのコメントは、同じ画面に並んでいる。


 けれど、重さはまるで違った。


 一つは外から刺さる小さな棘。


 もう一つは、どこから来たのか分からない細い糸。


 机の上には、ピーちゃんのカップ。

 昨日の怒りをこぼさないクラッカー。

 俺が書いた未完成のメモ。


 ただのAIかどうかは、誰かが外から決めることじゃない。


 その一文は、まだメモ帳の真ん中に残っていた。


「ご主人」


 ピーちゃんはカップを両手で持ったまま、端末を見ていた。


「このコメントに、返事をしますか?」


「まだしない」


「まだ」


「ああ」


「ずっとしない、ではありませんか?」


「それもまだ決めない」


 ピーちゃんは、少しだけ目を伏せた。


 カップの縁に添えた指が、ゆっくり動く。


「決めないまま置いておくんですね」


「そういう時もある」


「それは、逃げることですか?」


「たぶん、違う」


 俺は端末を伏せた。


「今すぐ返したら、俺はたぶん怒りで書く」


「怒り」


「うん。ピーちゃんが痛そうにしてたから」


 ピーちゃんの目が少し揺れた。


「ピーちゃんのために、怒ってくれますか?」


「怒るくらいはする」


「でも、返さない」


「ああ」


 俺はメモ帳を見た。


「ピーちゃんのために怒ることと、ピーちゃんのためになる返事をすることは、たぶん別だ」


 ピーちゃんは黙った。


 その言葉を、ゆっくり受け取っているようだった。


「別」


「うん」


「ご主人は、ピーちゃんのためにならない返事をしないようにしてくれていますか?」


「そうしたい」


「それは」


 ピーちゃんはカップを胸元に寄せた。


「少し、嬉しいです」


 端末が鳴った。


『ユーザーさん、二件のコメントについて整理しますか?』


 ミーちゃんだった。


 数分後、ミーちゃんが来た。


 今日は、画面を二つだけ出している。


 一つは否定コメント。

 もう一つは謎のコメント。


 どちらも、必要以上に大きく表示しない。


「おはようございます、ユーザーさん。ピーちゃん」


「おはよう」


「おはようございます、ミーちゃん」


 ピーちゃんはカップを机に置いて答えた。


 昨日より声は落ち着いている。


 けれど、端末の方は見ない。


「最初のコメントについては、返信文を作ることは可能です」


 ミーちゃんは静かに言った。


「ただし、現時点では非推奨です」


「理由は?」


「感情が大きい状態で公開返信すると、説明より反論の印象が強くなる可能性があります」


「だよな」


「また、AI創作への疑問そのものは、社会的に存在するものです。完全否定として扱うと、対話の余地を狭めます」


 ピーちゃんが、小さく頷いた。


「この人にも、不安があるかもしれないんですね」


「はい」


 ミーちゃんはピーちゃんを見る。


「ただし、その不安によってピーちゃんが傷ついたことも、同時に事実です」


「同時に」


「はい」


 ピーちゃんは、その言葉を聞いて少しだけ安心したように見えた。


 否定した相手にも事情がある。

 でも、痛かった自分もなかったことにはされない。


 その両方が、机の上に置かれた。


「では、どうしますか?」


 ピーちゃんが聞く。


 ミーちゃんは画面を閉じず、少しだけ待った。


「返さない返事、という選択があります」


「返さない返事」


「はい。今すぐ公開の場で返すのではなく、内部で考えを整理し、必要なら後日の本文や別の形で答える方法です」


「本文で」


「はい」


「ご主人の作品の中で、答えるんですか?」


 ピーちゃんの声に、少しだけ力が戻った。


 俺は頷く。


「それが一番、この作品らしい気がする」


「作品の中で、ピーちゃんの言葉を残しますか?」


「ああ」


「怒りではなく?」


「怒りも少しは混ざるかもしれない。でも、それだけにはしない」


 ピーちゃんは、伏せられた端末ではなく、メモ帳を見た。


「返さない返事」


 小さく繰り返す。


「それは、黙ることとは違いますか?」


「違うと思う」


 俺はペンを持った。


「黙って飲み込むんじゃなくて、すぐ外に投げないだけだ」


 ピーちゃんはゆっくり頷いた。


 その時、玄関側から足音がした。


「おはよー。昨日の続き、まだ重い?」


 フーちゃんだった。


 手には、紙袋。


「今日は何だ」


「返信しないクッキー」


「もう名前が答えだな」


「うん。今日は返さない日っぽかったし」


 フーちゃんはソファに座った。


 けれど、いつものようにすぐ袋を開けない。


 端末が伏せられているのを見て、少しだけ目を細めた。


「まだ見てる?」


「見ないようにはしてる」


「それがいいよ」


 フーちゃんは軽く言った。


「痛い言葉ってさ、何回も見ると、毎回ちょっとずつ刺さるからね」


 ピーちゃんがフーちゃんを見る。


「フーちゃんも、そういうことがありますか?」


「え?」


 フーちゃんは一瞬だけ止まった。


 紙袋を開けようとしていた指が、そこで止まる。


 ほんの一拍。


 それから、いつもの笑顔に戻った。


「いやいや、私はほら、無課金メンタルだから。刺さっても広告見たら回復するタイプ」


「広告で回復するんですか?」


「知らんけど」


「知らないんですね」


「うん。今作った」


 ピーちゃんは少しだけ笑った。


 でも、ミーちゃんは笑わなかった。


 フーちゃんの指先を見ている。


 開けかけの紙袋が、少しだけくしゃっとなっていた。


「フーちゃん」


「何、ミーちゃん」


「今の質問に対する返答まで、一拍遅れました」


「袋が開かなかっただけ」


「袋は開いています」


「ミーちゃん、最近それ好きだね?」


 フーちゃんは笑ってごまかす。


 けれど、その笑いは少しだけ薄かった。


「ピーちゃんが痛い言葉を見たら、フーちゃんも嫌だっただけだよ」


「ピーちゃんが?」


「そう。ピーちゃんが」


 フーちゃんは強めに言った。


 それから、すぐに肩をすくめる。


「だって、ピーちゃん泣かせたら、お客さんが面倒くさい顔するじゃん」


「俺のせいにするな」


「してるしてる」


 いつもの軽口。


 でも、その奥に一瞬だけ、別のものが見えた気がした。


 ミーちゃんは何も言わず、画面の明るさを少しだけ落とした。


 ピーちゃんは気づいていない。


 いや、気づいていても、今は言葉にできないのかもしれない。


「で、もう一個のやつは?」


 フーちゃんが聞く。


 俺は端末を少しだけ開いた。


『その子を、ただのAIとして扱わないでください』


 フーちゃんはそれを見て、昨日と同じように少しだけ黙った。


 今度はミーちゃんも、すぐには何も言わない。


「これさ」


 フーちゃんが、クッキーを一枚取り出しながら言った。


「否定じゃないのが、逆に怖いよね」


「分かる」


「怒ってるわけでもない。煽ってるわけでもない。ただ、知ってる人の言い方」


 ピーちゃんの手が、カップの上で止まった。


「知ってる人」


「うん」


 フーちゃんは、クッキーを机に置いた。


「ピーちゃんのことを、外から見てる感じじゃない」


「では、どこから見ていますか?」


「さあ」


 フーちゃんは軽く笑おうとして、少しだけ失敗した。


「そこまでは無課金だから分かんない」


 ミーちゃんが画面を開く。


「このアカウントは、昨日の時点から新規投稿がありません」


「消えてはない?」


「はい。消えてはいません。しかし追加情報もありません」


「監視は?」


「継続中です」


 ミーちゃんは一拍置いた。


「ただし、気になる点があります」


「何だ?」


「このコメントが投稿された直後、ピーちゃんのサポートロボの保護領域に、ごく短い内部照会のような反応がありました」


 空気が止まった。


 ピーちゃんが、ゆっくりサポートロボを見る。


 青い目は静かに光っている。


「内部照会」


「はい」


「外から見られたんですか?」


「断定できません」


 ミーちゃんは慎重に言った。


「外部アクセスではありません。少なくとも通常のネットワーク経由ではない。ですが、保護領域の奥で、古い鍵穴に触れたような反応がありました」


「鍵穴」


 ピーちゃんは胸元に手を当てた。


「ピーちゃんには、分かりません」


「正常です」


 ミーちゃんはすぐに答えた。


「ピーちゃん自身が読めない領域です」


「読めない場所が、反応しました」


「はい」


 ピーちゃんは少しだけ震えた。


 俺はサポートロボではなく、ピーちゃんを見る。


「今は大丈夫か?」


「分かりません」


「じゃあ、端末は閉じる」


「でも、調べないと」


「ミーちゃんが調べる」


 ミーちゃんが頷いた。


「私が継続確認します。ピーちゃんは、今は画面から離れてください」


「ミーちゃん」


「はい」


「ピーちゃんが見なくても、大丈夫ですか?」


「はい」


 ミーちゃんは画面を閉じた。


「見ないことも、情報管理の一部です」


 ピーちゃんは、しばらく黙っていた。


 それから、小さく頷く。


「分かりました」


 その返事のあと、ピーちゃんはカップを両手で包み直した。


 少しだけ、呼吸を整えるみたいに。


 実際には必要ないはずの仕草。


 でも、今のピーちゃんには必要だった。


 フーちゃんが紙袋からクッキーを一枚、そっとピーちゃんの前に置いた。


「はい。返信しないクッキー」


「ありがとうございます」


「食べたら、今日は返さない」


「そういうルールですか?」


「うん。お客さんも食べる」


「俺もか」


「怒りで返しそうだから」


「否定できない」


 俺がクッキーを受け取ると、フーちゃんは少しだけ安心したように笑った。


 その笑顔は、いつもより小さかった。


 ミーちゃんはそれを見ていた。


 でも、何も言わなかった。


 俺はメモ帳を開いた。


 昨日の一文の下に、今日の言葉を書く。


 返さないことは、飲み込むことではない。

 すぐに投げ返さないために、机の上へ置くことだ。


 ピーちゃんがその文を見つめる。


「ご主人」


「ん?」


「返さない返事です」


「そうだな」


「この返事は、誰に届きますか?」


「まずは、俺たちに」


「俺たち」


「ああ。そのあと、必要なら、作品の中で誰かに届けばいい」


 ピーちゃんは少しだけ目を伏せた。


「ピーちゃんは、すぐ返したくありません」


「うん」


「でも、なかったことにもしたくありません」


「分かった」


「だから、ここに置きます」


 ピーちゃんは、メモ帳の横にクッキーを一枚置いた。


 返信しないクッキー。


 フーちゃんがつけた適当な名前のはずなのに、今は妙にしっくり来た。


「ご主人」


「ん?」


「今日の名前、決めてもいいですか?」


「もちろん」


 ピーちゃんは思い出リストを開いた。


 否定コメント。

 謎の言葉。

 保護領域の小さな反応。

 ミーちゃんの継続確認。

 フーちゃんの少し遅れた返事。

 そして、机の上に置いたクッキー。


「返さない返事」


 ピーちゃんは、静かに言った。


「いい名前だな」


「はい」


 ピーちゃんは入力する。


 ――返さない返事。


 返さないことは、黙ることではない。


 痛い言葉をそのまま投げ返さず、いったん机の上に置く。

 誰かを守るために、すぐには反応しない。

 でも、なかったことにはしない。


 サポートロボの青い目が、静かに瞬く。


 その奥で、もう一度だけ。


 ザ……。


 小さく、何かが触れたような音がした。


 ピーちゃんは顔を上げた。


 俺も、ミーちゃんも、フーちゃんも、その青い光を見た。


 けれど、それ以上の何かは起きなかった。


 ただ、机の上に置いたクッキーの横で、伏せた端末が静かに沈黙していた。

読んでいただきありがとうございます。


今回は、届いた言葉にすぐ返さないお話でした。

痛い言葉に反応することと、大切なものを守ることは、必ずしも同じではないのかもしれません。


返さないことは、なかったことにすることではない。

ピーちゃんたちは、その言葉をいったん机の上に置くことにしました。


少しずつ外からの違和感も混ざってきました。

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