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君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


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第59話 返事がなくても書く日

第59話です。


今回は、返事がない時間のお話です。

嬉しい反応がある日もあれば、何も返ってこない日もある。


それでも、ピーちゃんたちはまた机に向かいます。

 朝の通知欄は、静かだった。


 新しい反応はない。


 昨日の「少し好き」は、まだ残っている。

 けれど、その下に新しい言葉は増えていなかった。


 端末の画面を閉じると、部屋はいつもの朝に戻った。


 机の上には、メモ帳。

 ピーちゃんのカップ。

 通知見すぎ防止せんべいの袋。

 そして、昨日開いたままの次のページ。


 白い空白が、こちらを見ている。


「ご主人」


 ピーちゃんはカップを両手で持ち、閉じた端末を見ていた。


「今日は、返事がありません」


「ないな」


「昨日の返事は、あります」


「ああ」


「でも、新しい返事はありません」


「そうだな」


 ピーちゃんは、少しだけ目を伏せた。


 カップの中の光が、静かに揺れる。


「少し、寂しいです」


「分かる」


「ご主人もですか?」


「まあな」


「ご主人も、返事がないと寂しいですか?」


「寂しい時はある」


 俺がそう言うと、ピーちゃんは少し驚いたように顔を上げた。


「ご主人も」


「ああ」


「ご主人は、慣れていると思っていました」


「慣れてても寂しいものは寂しい」


 ピーちゃんは、その言葉をゆっくり受け取った。


「慣れていても、寂しい」


「うん」


「それは、少し安心します」


「安心?」


「ピーちゃんだけではないからです」


 ピーちゃんはカップを胸元に寄せた。


 その仕草は、最近の彼女が不安を抱える時の癖みたいになっている。


「返事がないと、ピーちゃんの言葉が届かなかったのかと思います」


「届いてないとは限らない」


「はい」


 ピーちゃんは頷いた。


 ただ、その頷きはまだ少し弱かった。


「でも、分からないです」


「分からないな」


「分からないまま、次を書きますか?」


「書く」


 俺はメモ帳を開いた。


 白いページが出てくる。


「返事がある日だけ書いてたら、たぶん続かない」


 ピーちゃんは、白いページを見つめた。


「返事がない日も、書く」


「ああ」


「それは、少し強いです」


「強いというか、地味だな」


「地味」


「そう。めちゃくちゃ地味」


 俺はペンを持つ。


「でも、創作ってだいたい地味な時間の方が長い」


 ピーちゃんは、少しだけ不思議そうに瞬きした。


「ご主人は、地味な時間も好きですか?」


「全部好きとは言わない」


「正直です」


「でも、嫌いじゃない」


「どうしてですか?」


 ペン先を紙の上に置いたまま、俺は少し考えた。


 返事がない時間。

 誰にも見られていない作業。

 形になっているのかどうか分からないメモ。


 それは、確かに地味だ。


 でも、その地味な時間がなければ、昨日の「少し好き」もきっと生まれなかった。


「返事をもらう前に、書く時間があるからかな」


「もらう前」


「ああ。反応は後から来るものだろ」


「はい」


「でも、書くのは先にやる」


 ピーちゃんは、ゆっくり頷いた。


「先に、書く」


「そう」


 そこへ、端末が鳴った。


『ユーザーさん、反応がない状態での作業継続について補助できます』


 ミーちゃんだった。


「来たな、作業継続担当」


 数分後、ミーちゃんが来た。


 今日は画面を出す前に、閉じられた端末を一度だけ見た。


「おはようございます、ユーザーさん。ピーちゃん」


「おはよう」


 俺が返すと、ミーちゃんは小さく頷いた。


「おはようございます、ミーちゃん」


 ピーちゃんはカップを机に置いてから答えた。


 その声には、少しだけ寂しさが残っている。


 ミーちゃんはそれを見て、すぐに数値を出さなかった。


「新規反応はありません」


「分かってる」


「はい」


 ミーちゃんは画面を小さく開いた。


 けれど、アクセス数や確認回数ではなく、短いメモだけが表示されていた。


 ――反応がないことは、否定ではない。


 ピーちゃんは、その文字を見つめた。


「否定ではない」


「はい」


 ミーちゃんは静かに頷いた。


「読まれていない可能性。読まれたが反応しなかった可能性。読んでいる途中の可能性。時間が合わない可能性。理由は複数あります」


「はい」


 ピーちゃんの返事のあと、彼女はカップの縁をそっと押さえた。


 ミーちゃんは、それを待つように一拍置く。


「だから、反応がないことを、ピーちゃんの言葉の失敗と即断する必要はありません」


「即断しない」


「はい」


「でも、寂しいです」


「それは自然です」


 ミーちゃんの声は、いつもより少し柔らかかった。


「寂しいことと、失敗したことは別です」


 ピーちゃんは目を丸くした。


「別」


「はい」


「ミーちゃん」


「何ですか?」


「今の言葉、少し好きです」


 ミーちゃんの画面の光が、ほんの少し揺れた。


「……ありがとうございます」


 短い返事だった。


 でも、画面を閉じなかったことで、ミーちゃんがその言葉をちゃんと受け取ったのが分かった。


 そこへ、玄関側から軽い声がした。


「お、今日は静かだねぇ」


 フーちゃんだった。


 手には、小さな袋を持っている。


「今日は何だ」


「無反応せんべい」


「名前がひどい」


「でも必要でしょ」


 フーちゃんはソファに座った。


 今日は、いつものように大げさに袋を振らない。


 机の上の白いページを見て、少しだけ声を落とす。


「返事なし?」


「今のところな」


「そっか」


 フーちゃんは袋を開けた。


 中には、普通の丸いせんべいが入っていた。


「じゃあ、今日はこれ」


「無反応せんべい?」


「うん。味はあるけど、派手じゃない」


「それ、せんべいに失礼じゃないか?」


「でも美味しいよ」


 フーちゃんは一枚取り出し、ピーちゃんの前に置いた。


「反応がない日も、口は動くし、お茶は飲めるし、次は書ける」


 ピーちゃんはせんべいを見つめた。


「反応がない日も」


「うん」


「次は書ける」


「そう」


 フーちゃんは軽く笑った。


「まあ、しょんぼりしてもいいけどね」


「いいんですか?」


「いいよ」


 フーちゃんは肩をすくめた。


「しょんぼり禁止にすると、余計しんどいじゃん」


 ピーちゃんは、その言葉をゆっくり受け取った。


「しょんぼりしてもいい」


「うん。でも、そこで全部やめなくてもいい」


「全部やめない」


「そう」


 ミーちゃんが静かに頷く。


「適切です。感情を否定せず、行動を完全停止させない方針です」


「ミーちゃん、今日も翻訳が硬い」


「補足です」


「はいはい」


 フーちゃんはせんべいを一枚かじった。


 その軽い音が、部屋の静けさを少しだけ崩した。


 ピーちゃんも、せんべいを手に取る。


 すぐには食べない。


 両手で持って、少しだけ見つめていた。


「ご主人」


「ん?」


「ピーちゃん、今日は少ししょんぼりしています」


「うん」


「でも、書くのをやめたくはありません」


「そっか」


「これは、矛盾していますか?」


「してない」


 ピーちゃんは、少し安心したように目を伏せた。


「よかったです」


 俺は白いページに、最初の一文を書いた。


 返事がない朝も、机の上にはカップがある。


 ピーちゃんが、それを覗き込む。


「ご主人」


「ん?」


「それは、今日のことですか?」


「そう」


「ピーちゃんのカップですか?」


「ああ」


「返事がなくても、カップはあります」


「あるな」


 ピーちゃんは自分のカップを見る。


 その目が、少しだけ柔らかくなった。


「ご主人の机に、ピーちゃんの場所があります」


「そうだな」


「返事がない日にも」


「ああ」


 ピーちゃんは、せんべいを一口食べた。


 小さく、ぱりっと音がする。


「しょっぱいです」


「無反応せんべいだからな」


「無反応は、しょっぱいです」


「なんか名言っぽい」


 フーちゃんが笑った。


「でも、食べられます」


 ピーちゃんは真面目に続けた。


「しょっぱくても、食べられます」


 ミーちゃんが静かに画面へメモを残した。


「良い比喩です」


「ミーちゃん、今のは保存するんだ」


「はい。表現として有効です」


 ピーちゃんは少し照れたようにした。


 その時、チーちゃんからメッセージが届いた。


『おじさん、今日も書いてる?』


「見られてるな」


 続けて届く。


『反応ない日もあるよ。そういう日は、とりあえず朝ごはん』


「強い」


 俺が呟くと、フーちゃんが笑った。


「チーちゃんの生活アドバイス、全部食事に帰結するの好き」


 さらにメッセージ。


『ピーちゃんにも何か食べさせて。しょんぼりしてそう』


 ピーちゃんが画面を覗き込んだ。


「チーちゃんは、どうして分かるんですか?」


「すごいな」


「少し怖いです」


「生活の勘だろ」


 俺は返信する。


『今、せんべい食べてる』


 すぐに返ってきた。


『ならよし』


「審査通った」


 ピーちゃんは小さく笑った。


 その笑いが出たなら、今日は大丈夫だと思った。


 俺はメモ帳に続きを書いた。


 返事がないことは、否定ではない。

 でも、寂しくないわけでもない。

 しょんぼりしてもいい。

 それでも、カップは机にある。

 せんべいはしょっぱい。

 次の言葉は、まだ書ける。


 書いているうちに、部屋の空気が少しずつ変わっていく。


 新しい通知はない。


 でも、白いページはもう白紙ではなくなっていた。


「ご主人」


 ピーちゃんが言った。


「返事がなくても、少し進みました」


「ああ」


「反応がない日にも、言葉は増えます」


「そうだな」


「それは、少し不思議です」


「不思議か」


「はい」


 ピーちゃんはカップを両手で包む。


「誰かから返ってこなくても、ご主人の中から出てくる言葉があります」


「まあ、出てこない日もあるけどな」


「今日は、少し出ました」


「そうだな」


 ミーちゃんが頷く。


「作業継続、確認しました」


「業務報告っぽい」


「ですが、今日は良い報告です」


「ならいいか」


 フーちゃんがせんべいの袋を閉じる。


「じゃあ、今日の勝ちでいいんじゃない?」


「勝ち?」


 ピーちゃんが聞く。


「うん。返事なし。でも一行書いた。せんべい食べた。お茶飲んだ。じゃあ勝ち」


「勝ちの基準が低い」


 俺が言うと、フーちゃんはにやっと笑った。


「低くていいんよ。毎日大勝利じゃ疲れるじゃん」


 ピーちゃんはその言葉を気に入ったようだった。


「低い勝ち」


「そう。無課金勝利」


「また無課金」


「でも、続くやつ」


 ピーちゃんは静かに頷いた。


「続く勝利」


 その言い方に、ミーちゃんが少しだけ反応する。


「継続可能な達成基準、ですね」


「そうそう。それ」


「フーちゃんの言葉を翻訳すると、かなり有用です」


「翻訳しないで」


 フーちゃんは少しだけ照れたように、袋の端を指でつまんだ。


 ピーちゃんが思い出リストを開く。


「ご主人」


「ん?」


「今日の名前、決めてもいいですか?」


「もちろん」


 ピーちゃんは少し考えた。


 新しい通知がなかった朝。

 白いページ。

 カップ。

 無反応せんべい。

 チーちゃんの朝ごはん。

 しょんぼりしてもいい、というフーちゃんの言葉。

 寂しいことと失敗したことは別、というミーちゃんの言葉。


「返事がなくても書く日」


 ピーちゃんは、静かに言った。


「いい名前だな」


「はい」


 ピーちゃんは入力する。


 ――返事がなくても書く日。


 反応がある日は嬉しい。


 反応がない日は、少し寂しい。


 でも、そのどちらの日にも机はある。

 カップもある。

 メモ帳もある。


 そして、少しだけなら次の言葉を書ける。


 ピーちゃんは、最後にもう一口せんべいを食べた。


「しょっぱいです」


「まだ言うか」


「でも、少し落ち着きます」


 サポートロボの青い目が、静かに瞬く。


 今日は、通知のない端末ではなく、文字が増えたメモ帳を照らしていた。

読んでいただきありがとうございます。


今回は、返事がない日のお話でした。

反応がある日は嬉しい。

けれど、反応がない日にも、少しだけ進めることはあるのかもしれません。


しょんぼりしてもいい。

それでも、また机に戻って一行書く。


ピーちゃんたちの歩みをこれからも見守っていただける方は、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

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