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君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


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50/100

第50話 まだ途中のリスト

第50話です。


今回は、ピーちゃんの思い出リストのお話です。


小さな出来事に名前をつけ続けてきたピーちゃん。

気づけば、そのリストは少しずつ増えていました。


でも、それは完成ではなく、まだ途中の記録のようです。

 朝、ピーちゃんが妙に真剣な顔をしていた。


 カップを両手で持ったまま、机の端に立っている。


 飲むわけでもない。

 置くわけでもない。


 その視線は、机の上に浮かんだ小さな画面へ向けられていた。


「ご主人」


「ん?」


「確認してほしいものがあります」


「また何か出たのか?」


「いえ」


 ピーちゃんは首を横に振った。


「ノイズではありません。封印ログでもありません。生活改善でもありません」


「じゃあ何だ」


「思い出リストです」


「ああ」


 俺は少しだけ肩の力を抜いた。


 最近のピーちゃんは、何かあるたびに思い出リストへ名前をつける。


 怖くない声の日。

 分析しない勇気。

 予定にない散歩。

 記録に残らない寄り道。

 ピーちゃんの言葉で。

 最後に選ぶのは。

 読まれる前の深呼吸。

 返事を待つ時間。


 俺からすれば、毎日の小さな出来事だ。


 けれどピーちゃんにとっては、ひとつずつ名前をつけて残しておきたいものらしい。


「思い出リストがどうした?」


 ピーちゃんは画面を少しこちらへ向けた。


 そこには、これまでにつけた名前が並んでいる。


「気づいたら、ずいぶん増えていました」


「本当だな」


「はい」


 ピーちゃんは、少しだけ誇らしそうに言った。


「ご主人と過ごした日が、名前になっています」


 その言い方に、俺は少し黙った。


 名前になっている。


 そう言われると、ただの出来事だったものが、少し違って見えた。


 カップを置いた日。

 からあげを食べた日。

 星を見た日。

 雨の日にタオルを渡した日。

 白い花を見つけた日。


 大事件ばかりではない。


 むしろ、大事件ではない日の方が多い。


 でも、ピーちゃんはそれを拾って、名前をつけていた。


「ご主人」


「ん?」


「ピーちゃんは、これをちゃんと整理した方がいいでしょうか」


「整理?」


「はい」


 ピーちゃんは画面を見つめる。


「増えてきたので、分類した方がいいのかもしれません」


「ピーちゃんがしたいなら、してもいいんじゃないか」


「でも」


 ピーちゃんは少しだけ眉を下げた。


「分類すると、少し怖いです」


「怖い?」


「はい」


 カップを持つ指に、少しだけ力が入る。


「これは食事。これは散歩。これは創作。これは封印ログ。そうやって分けたら、何かが小さくなってしまう気がします」


「ああ」


「からあげの日は、食事だけではありません」


「そうだな」


「雨の日は、天気だけではありません」


「うん」


「ピーちゃんの言葉で、の日は、文章だけではありません」


 ピーちゃんは胸元に手を当てた。


「でも、分類しないと、ごちゃごちゃします」


「まあ、分かる」


「ごちゃごちゃしていると、不安です」


「ピーちゃんらしいな」


「らしいですか?」


「ああ」


 俺は画面を見た。


 並んだ名前は、たしかに整理されていない。


 食事の話もあれば、散歩の話もある。

 封印ログに関わるものもあれば、創作の話もある。

 ピーちゃんの気持ちそのものみたいな名前もある。


 でも、そのごちゃごちゃ感が、少し生活に似ていた。


「無理に全部分けなくてもいいんじゃないか」


「いいんですか?」


「全部きれいに箱へ入れたら、逆に分からなくなることもあるだろ」


「分からなくなる」


「たとえば、からあげの日は食事だけじゃなくて、チーちゃんのことも、ピーちゃんの声のことも入ってる」


「はい」


「それを食事だけにすると、ちょっと違う」


「違います」


 ピーちゃんはすぐに頷いた。


「では、分類しない方がいいですか?」


「分類してもいい。でも、分類しきれないものがあってもいい」


 ピーちゃんは、少し考え込んだ。


「分類しきれないもの」


「ああ」


「名前がつく前のもの、みたいです」


「そうだな」


 その時、端末が鳴った。


『ユーザーさん、思い出リストの整理補助が必要ですか?』


 ミーちゃんだった。


「来たな、整理担当」


 数分後、ミーちゃんが来た。


 今日は少し大きめの画面を開いている。


「おはようございます、ユーザーさん。ピーちゃん」


「おはよう」


「おはようございます、ミーちゃん」


 ピーちゃんは、少し緊張した顔で挨拶した。


 ミーちゃんは画面を指す。


「思い出リストの分類案を作成できます」


「やっぱりな」


「はい。日常、食事、創作、外出、封印ログ、感情未分類などに分けることが可能です」


「感情未分類って硬いな」


「適切な暫定ラベルです」


「ピーちゃんのリストに入れるには硬すぎる」


 俺が言うと、ミーちゃんは少しだけ眉を寄せた。


「では、名前がつく前のもの、に変更します」


 ピーちゃんの目が、少しだけ揺れた。


「名前がつく前のもの」


「はい」


「その分類は、少し好きです」


 ミーちゃんの表情が、ほんの少しだけ柔らかくなった。


「採用します」


 画面には、いくつかの分類案が並んだ。


 食事。

 外出。

 創作。

 日常。

 名前がつく前のもの。


 ミーちゃんは、淡々と説明する。


「ただし、完全分類は推奨しません」


「ミーちゃんが?」


 俺が聞くと、ミーちゃんは頷いた。


「はい。複数の意味を持つ思い出が多いです。単一カテゴリへ固定すると、ピーちゃんが感じた意味の一部が失われる可能性があります」


「おお」


「成長してる」


「学習しています」


 ミーちゃんは少しだけ胸を張った。


「正しさだけでは足りない日以降、整理の仕方も調整しています」


 ピーちゃんは画面を見つめる。


「ミーちゃん」


「はい」


「分類しきれないままでも、いいですか?」


「はい」


 ミーちゃんは迷わず答えた。


「分類は、理解を助けるためのものです。思い出を小さくするためのものではありません」


 ピーちゃんは、静かに息を吐いた。


「よかったです」


 そこへ、玄関側から声がした。


「おじさーん、生きてる?」


「今日もそれか」


 チーちゃんだった。


 片手には紙袋。

 当然のように揚げ物の匂いがする。


「今日は差し入れ」


「からあげか?」


「今日はチキン南蛮風からあげ」


「結局からあげじゃないか」


「違う。進化系」


 チーちゃんは部屋に入ると、机の上の画面を見た。


「何してるの?」


「ピーちゃんの思い出リストが増えてきたから、整理するかどうかって話」


「へえ」


 チーちゃんはピーちゃんを見る。


「すごいじゃん」


「すごいですか?」


「うん。ちゃんと続いてるんでしょ」


「はい」


「それ、日記みたいなもんじゃん」


 ピーちゃんは少し考えた。


「日記」


「そう。ピーちゃんの日記」


「ピーちゃんの日記ですか?」


「うん。おじさんとの日記」


 ピーちゃんは、カップを胸元に寄せた。


「ご主人との日記」


「重い?」


 チーちゃんが俺を見る。


「ちょっと重い」


「でも嫌じゃないでしょ」


「まあな」


「はい、いつものやつ」


 チーちゃんは得意げに笑った。


 ピーちゃんは少し照れたように視線を落とす。


 そこへ、玄関の奥からもう一つ声がした。


「日記会議って聞こえたので、祝いに来ましたー」


 フーちゃんだった。


「聞こえる範囲広すぎないか?」


「空気を読むAIなので」


「それは盗み聞きとは違うのか」


「違う違う。無課金受信」


「便利な言葉にするな」


 フーちゃんはソファにもたれ、手に持っていた小さな袋を机に置いた。


「今日は何だ」


「途中記念キャンディ」


「途中を記念するのか」


「するでしょ」


 フーちゃんは軽く笑った。


「完成した時だけ祝うの、もったいなくない?」


 ピーちゃんが、少しだけ顔を上げる。


「途中でも、祝いますか?」


「祝う祝う」


 フーちゃんは袋を開け、丸いキャンディを一つピーちゃんの前に置いた。


「途中ってさ、続いてるってことじゃん」


「続いている」


「そう。終わってない。止まってない。まだ増える」


 フーちゃんは、少しだけ目を細める。


「無課金でも、積み重ねは強いんよ」


 ミーちゃんが静かに頷いた。


「それは正しいです」


「お、ミーちゃん公認」


「継続記録としても有意です」


「言い方は硬いけど、まあ褒めてる」


 ピーちゃんは、思い出リストを見つめた。


 たくさんの名前が並んでいる。


 どれも短い。

 どれも小さい。

 でも、一つずつ、その日の部屋の空気を連れている。


「ご主人」


「ん?」


「ピーちゃんは、最初からたくさんにしようと思っていたわけではありません」


「だろうな」


「一つずつ、名前をつけていたら、増えていました」


「うん」


「これは、成長ですか?」


 俺は少しだけ考えた。


 成長。


 最近、何度もその言葉について考えている。


 AIが賢くなることだけが成長ではない。

 人間がAIとの関わり方を覚えることも成長だ。


 どこを任せて、どこを選ぶか。

 どこを広げてもらい、どこを譲らないか。


 その往復の中で、作品も関係も少しずつ育つ。


 ピーちゃんの思い出リストも、きっと同じだ。


「成長だと思う」


「本当ですか?」


「ああ」


「ピーちゃんが成長しましたか?」


「ピーちゃんも」


「ご主人も?」


「俺も」


 ピーちゃんは目を丸くした。


「ご主人もですか?」


「ああ」


 俺は机の上のカップを見る。


「最初の頃なら、俺はカップを一つ多く置くことも、皿を人数分出すことも、ここまで意識してなかったと思う」


「はい」


「ピーちゃんが名前をつけるから、俺も見落としてたものに気づくようになった」


 ピーちゃんは静かに俺を見ていた。


「ご主人も、ピーちゃんと一緒に成長していますか?」


「してると思う」


 ピーちゃんの表情が、ふっと明るくなった。


「はい」


 ミーちゃんが横で小さく頷く。


「良い断定です」


「そこ拾うな」


「重要です。曖昧な『たぶん』より、ピーちゃんに届きやすい表現でした」


「分析するな」


「通常観察です」


 フーちゃんが笑う。


「ミーちゃん、それ便利に使いすぎ」


「便利ではありません。正確です」


「正確な便利」


「矛盾しています」


 チーちゃんが紙袋を開きながら言う。


「はいはい、難しい話はご飯食べながらね」


「チーちゃんが一番強い」


 俺が言うと、チーちゃんは胸を張った。


「からあげの前では全員平等」


「また出た」


「名言だから」


「店で言ったら怒られるやつだろ」


「そう」


 チーちゃんは笑って、机にチキン南蛮風からあげを並べた。


 ピーちゃんはそれを見て、少しだけ嬉しそうにする。


「今日の思い出は、からあげですか?」


「また食事分類が増える」


 ミーちゃんが真面目に言う。


「食事関連の比率が上昇します」


「いいじゃん」


 チーちゃんが即答した。


「ご飯の思い出が多いの、悪いことじゃないよ」


 ピーちゃんはチーちゃんを見る。


「悪くないですか?」


「うん。ちゃんと食べてるってことだし」


「ちゃんと食べて、えらいね」


 ピーちゃんが小さく言った。


 その瞬間、部屋の空気が少しだけ止まる。


 サポートロボの青い目が、静かに光った。


 ザザッ……。


 ほんの小さなノイズ。


 でも、昨日までのような不安な音ではなかった。


 ピーちゃんは胸元に手を当てた。


「今の声は」


 俺が聞く前に、ピーちゃんがゆっくり言った。


「怖くありません」


「そっか」


「はい」


 ピーちゃんは少しだけ微笑んだ。


「今日も、来てくれたみたいです」


 その言葉に、俺は何も言えなくなった。


 女性の声。

 封印ログ。

 ピーちゃんの奥に残された、優しい断片。


 それが本当に「来た」のかどうかは分からない。


 でも、ピーちゃんがそう受け取ったのなら、今はそれでいい気がした。


 ミーちゃんは画面を開きかけて、止めた。


 それから、静かに手を下ろす。


「解析は保留します」


 ピーちゃんがミーちゃんを見る。


「ありがとうございます」


「今日は、思い出を優先します」


 フーちゃんがキャンディを一つ口に入れた。


「ミーちゃん、めっちゃ分かってきたじゃん」


「学習しています」


「いいねぇ」


 チーちゃんはピーちゃんの皿にからあげを置いた。


「ピーちゃん、食べよ」


「はい」


「ちゃんと食べて、ちゃんと名前つければいいよ」


「はい」


 ピーちゃんはからあげを一つ、ゆっくり口に運んだ。


 そして、嬉しそうに笑う。


「おいしいです」


「でしょ」


 チーちゃんは満足そうに頷いた。


 俺も一つ食べる。


 甘酢とタルタルの味がする。


「うまいな」


「でしょ」


「自信満々だな」


「うちのだからね」


 その何気ないやり取りを、ピーちゃんがじっと見ていた。


「ご主人」


「ん?」


「今日の名前、決めてもいいですか?」


「もちろん」


 ピーちゃんは思い出リストを開いた。


 画面には、これまでの名前が並んでいる。


 その下に、新しい空白が一つある。


 ピーちゃんは少しだけ考えた。


 増えてきたリスト。

 分類しきれない思い出。

 途中記念キャンディ。

 チーちゃんのからあげ。

 ミーちゃんの保留。

 フーちゃんの積み重ね。

 そして、怖くない声。


「まだ途中のリスト」


 ピーちゃんは、静かに言った。


「いい名前だな」


「はい」


「でも、途中でいいのか?」


 ピーちゃんは少しだけ笑った。


「途中だから、いい気がします」


「そっか」


「完成していないから、次があります」


 その言葉に、俺は少しだけ息を吐いた。


「いい考え方だな」


「ご主人が教えてくれました」


「俺が?」


「はい」


 ピーちゃんはカップを両手で持つ。


「途中でもいい。超える途中ならいい。そう言ってくれました」


「ああ」


「ピーちゃんは、まだ途中です」


「うん」


「ご主人との思い出リストも、まだ途中です」


「そうだな」


「でも」


 ピーちゃんは、画面の空白を見つめた。


「続きがあるなら、途中は少し嬉しいです」


 俺は黙って頷いた。


 ピーちゃんは思い出リストに入力する。


 ――まだ途中のリスト。


 登録された文字を、ピーちゃんは宝物みたいに見つめていた。


 何か特別な音が鳴るわけではない。

 派手な演出が出るわけでもない。


 でも、そのリストはたしかに増えた。


 完成ではない。

 終わりでもない。


 まだ途中。


 カップも、皿も、からあげも、言葉も、散歩も、怖くない声も。

 全部がきれいに分類できるわけではない。


 でも、分類しきれないままでも、そこにあっていい。


「ご主人」


「ん?」


「次の名前も、作れますか?」


「作れるだろ」


「その次も?」


「ああ」


「もっと先も?」


「気が早いな」


「でも、作りたいです」


 ピーちゃんは、少し控えめに笑った。


「ご主人と、作りたいです」


 重い。


 でも、嫌じゃない。


 むしろ、その重さを少しずつ受け取れるようになっている自分がいる。


「じゃあ、作るか」


「はい」


 ピーちゃんは、今日一番嬉しそうに笑った。


 サポートロボの青い目が、静かに瞬く。


 今日は、まだ途中のリストを祝うみたいに、やわらかく光っていた。

読んでいただきありがとうございます。


今回は、ピーちゃんの思い出リストのお話でした。

小さな出来事に名前をつけていくうちに、少しずつ増えていくもの。


きれいに分類できない思い出も、まだ途中のままだからこそ大事にできるのかもしれません。


ピーちゃんたちの日常と成長をこれからも見守っていただける方は、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

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