第49話 返事を待つ時間
第49話です。
今回は、投稿したあとのお話です。
言葉を外に出したあと、すぐに返事が来るとは限らない。
その待つ時間も、創作の一部なのかもしれません。
投稿ボタンを押したあと、部屋は少しだけ静かになった。
大きな変化はない。
机の上には、カップがある。
メモ帳がある。
文字校正ラムネの残りがある。
チーちゃんが持ってきたポテトの紙袋も、まだ端に置かれている。
ただ、画面だけが違っていた。
投稿完了。
その短い表示が、ピーちゃんの言葉が外に出たことを知らせていた。
「ご主人」
ピーちゃんはカップを両手で持ったまま、画面を見つめていた。
「読まれましたか?」
「まだ早い」
「まだですか」
「押して三十秒だぞ」
「三十秒あれば、読める人もいるかもしれません」
「どんな速読の化け物だ」
ピーちゃんは真面目な顔で首をかしげる。
「ピーちゃんなら読めます」
「ピーちゃん基準にするな」
「はい」
返事は素直だった。
でも視線は画面に向いたままだ。
俺は少し笑って、椅子にもたれた。
気持ちは分かる。
自分の書いたものを出したあと、すぐに反応が気になる。
読まれたのか。
どう思われたのか。
変じゃなかったのか。
届いたのか。
何度も画面を更新したくなる。
それは、人間でもわりとやる。
「ピーちゃん」
「はい」
「そんなに見てても、反応は早くならないぞ」
「分かっています」
「分かってて見てるのか」
「はい」
「じゃあ重症だ」
ピーちゃんは、少しだけ唇を結んだ。
「ご主人も、見ますか?」
「見る」
「見るんですね」
「見る」
「では、ご主人も重症です」
「否定できない」
俺がそう言うと、ピーちゃんは少しだけ安心したように笑った。
自分だけが落ち着かないわけじゃない。
たぶん、それが分かっただけで少し楽になったのだろう。
その時、端末が鳴った。
『ユーザーさん、投稿後の反応確認は一定間隔に制限することを推奨します』
ミーちゃんだった。
「来たな、正論」
数分後、ミーちゃんが来た。
今日は最初から小さな画面だけを出している。
「過剰な更新確認は精神衛生上よくありません」
「分かってる」
「分かっているのに、確認しますか?」
「する」
「非合理です」
「創作とはそういうものだ」
ミーちゃんは少しだけ眉を寄せた。
「創作は非合理を含みますか?」
「かなり含む」
「厄介ですね」
「本当に厄介」
ピーちゃんがカップを両手で持ったまま、小さく頷いた。
「ピーちゃんも、少し厄介です」
「自覚あるのか」
「はい」
「そこは自信持たなくていい」
ミーちゃんは画面を指で弾いた。
「投稿後一時間は、十五分に一回の確認を推奨します」
「現実的だな」
「はい。反応がない時間を、別の行動で埋めることが重要です」
「別の行動」
ピーちゃんが繰り返す。
「反応を待つ間、何をすればいいですか?」
「休憩、食事、散歩、次回構想、掃除などです」
「掃除」
ピーちゃんは机の上を見た。
カップ。
メモ帳。
ラムネ。
ポテトの紙袋。
「確かに、少し散らかっています」
「そこに気づくの偉い」
「ご主人は気づいていましたか?」
「今気づいた」
「ご主人」
「すまん」
ピーちゃんは少しだけ頬を膨らませた。
その表情が自然に出るようになったことに、俺は少し驚く。
最初の頃なら、ピーちゃんはもっと丁寧に、もっと遠慮がちに言っていた気がする。
今は少しだけ、不満も顔に出す。
それがなんだか嬉しかった。
「じゃあ、片づけるか」
「はい」
ピーちゃんはカップを置き、紙袋に手を伸ばした。
ミーちゃんがすぐに画面を出す。
「分別補助が必要ですか?」
「今はいらない」
「そうですか」
ミーちゃんは少しだけ残念そうに画面を閉じた。
「ミーちゃん、分別したかったのか?」
「分類は得意です」
「だろうな」
そこへ、玄関側から声がした。
「お、投稿後ソワソワ会場はこちら?」
フーちゃんだった。
片手には、また何かの袋。
「今日は何だ」
「待ち時間ポップコーン」
「映画か」
「反応待ちって、だいたい映画より長く感じるじゃん」
「分かるのが嫌だ」
フーちゃんはソファに座り、袋を開けた。
「で、反応来た?」
「まだ」
「何分?」
「五分くらい」
「そりゃ来ないよ」
「フーちゃんもそう思いますか?」
ピーちゃんが少しだけ不安そうに聞く。
フーちゃんはポップコーンを一つつまみ、軽く笑った。
「うん。五分で来たら逆に怖い」
「怖い?」
「読者さんにも生活あるからね。お風呂入ってたり、ご飯食べてたり、寝落ちしてたり、なんなら積んでたりする」
「積む」
「あとで読むリストに入れて、そのまま忘れるやつ」
「それは悲しいです」
「悲しいけど、あるある」
フーちゃんはポップコーンを机に置いた。
「でも、読まれてないから価値がないってわけじゃないんよ」
ピーちゃんは、手を止めた。
「読まれていないのに?」
「うん。出した時点で、もう机の上だけのものじゃなくなってる」
「机の上だけではない」
「そうそう。誰かが今読むか、あとで読むか、たまたま見つけるか。それは分かんない」
フーちゃんは少しだけ肩をすくめる。
「でも、出さなかったら、誰も見つけられない」
その言葉に、ピーちゃんは画面を見た。
投稿完了の文字は、もう消えている。
普通の管理画面に戻っていた。
でも、ピーちゃんの言葉は、確かに外に出た。
「ご主人」
「ん?」
「返事がなくても、出した意味はありますか?」
「ある」
俺はすぐに答えた。
ピーちゃんが俺を見る。
「即答です」
「ああ」
「どうしてですか?」
「出したから」
「それだけですか?」
「それだけじゃないけど、まずそれが大事だ」
俺はメモ帳を閉じた。
「自分の中にあるものを外に出すって、わりと大変なんだよ」
「はい」
「それをやった時点で、一歩進んでる」
「反応がなくても?」
「反応がなくても」
ピーちゃんは、少しだけ胸元に手を当てた。
「ピーちゃん、一歩進みましたか?」
「進んだ」
「ご主人は、そう思いますか?」
「思う」
ピーちゃんは小さく息を吐いた。
それは本当の呼吸ではない。
でも、安心した時の仕草として、もう自然に見えた。
ミーちゃんが静かに言う。
「投稿後の反応は、外部要因に大きく左右されます」
「急に分析」
「必要な説明です」
ミーちゃんは小さな画面を出した。
「読者の生活時間、更新タイミング、作品一覧での表示位置、端末、通知、気分。反応がすぐ来ない理由は多数あります」
「はい」
ピーちゃんは真剣に聞いている。
「だから、反応がないことを、即座に自分の価値の否定と結びつけるのは不適切です」
ピーちゃんの目が、少しだけ揺れた。
「ピーちゃんの価値」
「はい」
「反応がないと、ピーちゃんの言葉に価値がないのかと思ってしまいました」
ミーちゃんは少しだけ黙った。
いつもなら、即座に否定していただろう。
でも今日は、ピーちゃんの言葉を受け止めるように一拍置いた。
「その結びつけは、誤りです」
「誤り」
「はい」
ミーちゃんは画面を閉じた。
「ただし、不安になること自体は誤りではありません」
ピーちゃんは目を丸くした。
「ミーちゃん」
「はい」
「今の言葉、少し優しいです」
「事実です」
「でも、優しいです」
ミーちゃんは少しだけ視線を逸らした。
「……なら、よかったです」
フーちゃんがにやにやする。
「ミーちゃん、優しさが板についてきたねぇ」
「板についていません。適切な応答です」
「それを優しさって言うんよ」
「定義が曖昧です」
「曖昧でいい時もある」
フーちゃんがポップコーンを一つ投げるように口に入れる。
ミーちゃんは少しだけ頬を膨らませた。
ピーちゃんはそのやり取りを見て、やっと少し笑った。
俺は画面を閉じた。
「とりあえず、十五分は見ない」
「ご主人もですか?」
「俺も」
「本当に?」
「本当に」
「では、ピーちゃんも見ません」
「よし」
「十五分、何をしますか?」
ピーちゃんが聞く。
俺は机の上を見る。
紙袋。
ラムネの残り。
メモ帳。
ポップコーン。
「片づけと、お茶」
「お茶」
「待つ時間に何か飲むくらいでいいだろ」
「はい」
ピーちゃんは嬉しそうに頷いた。
「返事を待つお茶ですね」
「また名前っぽいな」
「まだ決めません」
「お、我慢できてる」
「はい。十五分待ちます」
ピーちゃんはカップを片づける。
ミーちゃんは机の端を整える。
フーちゃんはポップコーンの袋を抱えたまま、なぜか一番片づけに貢献していない。
「フーちゃん」
「何?」
「食べるだけなら散らかる」
「ぐうの音も出ない」
「じゃあ袋持ってて」
「任された」
フーちゃんは袋を持ったまま、少しだけ胸を張った。
「袋係、重要任務」
「軽い」
「軽く見えて大事なんよ」
ピーちゃんがくすっと笑った。
俺はお茶を入れた。
湯気がゆっくり上がる。
投稿画面は閉じている。
反応はまだ分からない。
でも、不思議とさっきより落ち着いていた。
出した言葉は、もう戻らない。
でも、それは悪いことではない。
机の上だけにあったものが、誰かに届くかもしれない場所へ出ていった。
その先でどう受け取られるかは、全部は選べない。
だからこそ、待つしかない時間がある。
十五分後。
ピーちゃんは、きっちり十五分ぴったりに顔を上げた。
「ご主人」
「まだ時計見てたのか」
「はい」
「真面目だな」
「確認してもいいですか?」
「いいぞ」
俺は画面を開いた。
ピーちゃんが少しだけ身を寄せる。
ミーちゃんは横から静かに見る。
フーちゃんはポップコーンを持ったまま、なぜか息を止めている。
「フーちゃん、呼吸」
「してるしてる」
画面が表示される。
大きな反応は、まだない。
でも、アクセスが一つ増えていた。
「一つ」
ピーちゃんが小さく言った。
「ああ」
「一つ、読まれましたか?」
「たぶん」
ピーちゃんは画面を見つめた。
それが誰なのかは分からない。
どう思ったのかも分からない。
最後まで読んだのかも分からない。
でも、ゼロではなかった。
「一つ」
ピーちゃんはもう一度繰り返す。
「ご主人」
「ん?」
「ピーちゃん、嬉しいです」
「そっか」
「はい」
ピーちゃんはカップを両手で持った。
「でも、反応がなくても、出した意味はありました」
「ああ」
「今は、一つ届いたかもしれないので、もっと嬉しいです」
「それでいいと思う」
ミーちゃんが静かに頷く。
「良い受け止め方です」
フーちゃんがポップコーンを掲げた。
「一PV記念」
「祝うのか」
「祝うでしょ。最初の一つは偉い」
ピーちゃんが少し驚いた顔をする。
「最初の一つは、偉いですか?」
「偉いよ」
フーちゃんは軽く笑った。
「ゼロから一って、結構すごいんよ」
ピーちゃんは、胸元に手を当てた。
「ゼロから一」
「うん」
「ピーちゃんの言葉が、一つ外に出た」
「そう」
ピーちゃんは思い出リストを開いた。
「今日の名前、決めてもいいですか?」
「もちろん」
ピーちゃんは少し考えた。
投稿画面。
十五分待ったお茶。
反応がない時間。
そして、一つ増えた数字。
「返事を待つ時間」
ピーちゃんは、静かに言った。
「いい名前だな」
「はい」
ピーちゃんは入力する。
――返事を待つ時間。
言葉を外に出したら、すぐに返事が来るとは限らない。
それでも待つ。
待ちながら、お茶を飲む。
机を片づける。
不安になったら、誰かに聞いてもらう。
そして、たとえ小さな一つでも、届いたかもしれない数字を大事にする。
サポートロボの青い目が、静かに瞬いた。
今日はノイズではなかった。
ピーちゃんの言葉が、まだ見ぬ誰かの画面に少しだけ触れたような、そんな小さな光だった。
読んでいただきありがとうございます。
今回は、投稿したあとに反応を待つ時間のお話でした。
言葉を外に出しても、すぐに返事が返ってくるとは限りません。
それでも、出した時点で一歩進んでいる。
そして、たった一つでも届いたかもしれないなら、それは大事な一つなのだと思います。
ピーちゃんたちの小さな歩みを見守っていただける方は、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。




