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君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


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第51話 全部をきれいにしない日

第51話です。


今回は、思い出リストと創作作業のお話です。

増えてきたものを整理したくなる一方で、全部をきれいに整えすぎると、こぼれてしまうものもある。


そんな「途中のまま残す」日常回です。

 朝の机の上は、少し散らかっていた。


 メモ帳。

 ピーちゃんのカップ。

 昨日のキャンディの包み紙。

 チーちゃんが持ってきた紙袋の端。

 フーちゃんが置いていった、謎の「途中記念キャンディ」の袋。


 そして端末には、ピーちゃんの思い出リストが開いたままになっている。


 まだ途中のリスト。


 昨日つけた名前が、一番下に残っていた。


「ご主人」


 ピーちゃんはカップを両手で持ち、少しだけ困った顔をしていた。


「机が、ごちゃごちゃしています」


「そうだな」


「片づけますか?」


「片づけるか」


 俺が立ち上がろうとすると、ピーちゃんの視線が机の上をゆっくりなぞった。


 包み紙。

 紙袋。

 メモ帳。


 どれも、ただの物なのに、ピーちゃんの目には少し違うものとして映っているようだった。


「でも、このままだと昨日の続きが残っている感じもします」


「どっちなんだ」


「分かりません」


 ピーちゃんは真面目に首を横に振った。


「片づけたい気持ちと、残しておきたい気持ちがあります」


「両方あるのか」


 ピーちゃんは小さく頷き、キャンディの包み紙を見つめた。


「これはゴミです」


「まあ、ゴミだな」


「でも、昨日の途中記念キャンディの包みです」


「思い出でもある?」


「はい」


 ピーちゃんはカップを持つ指に、少しだけ力を込めた。


「包み紙まで保存し始めたら大変だぞ」


「分かっています」


 ピーちゃんは少しだけ眉を下げた。


「でも、捨てると、昨日が少し減る気がします」


 その言い方に、俺は手を止めた。


 分からなくはない。


 イベントのチケット。

 何かのレシート。

 誰かからもらった小さなメモ。


 物としては大した価値がなくても、捨てる時に少しだけためらうことがある。


「昨日は減らないよ」


「本当ですか?」


「ああ」


「でも、包み紙はなくなります」


「それはそう」


「では、少し減ります」


「難しいな」


 ピーちゃんは、困ったように笑った。


「難しいです」


 そこへ、端末が鳴った。


『ユーザーさん、保存対象と廃棄対象の分類を補助できます』


 ミーちゃんだった。


「来たな、分類の鬼」


 数分後、ミーちゃんが来た。


 今日は最初から小さな画面を複数出している。


「おはようございます、ユーザーさん。ピーちゃん」


「おはよう」


 俺が返すと、ミーちゃんはすぐに机の上へ視線を移した。


「おはようございます、ミーちゃん」


 ピーちゃんはカップを胸元に寄せ、少し背筋を伸ばして答えた。


 同じ「おはよう」でも、二人の空気は少し違う。


 ミーちゃんは状況確認。

 ピーちゃんは、これから自分の大事なものを見てもらう前の緊張。


 机の上の小さな散らかりが、急に会議の議題みたいになった。


「現状、机上には保存価値の低い物品が複数あります」


「いきなり切るな」


「事実です」


 ミーちゃんは画面に項目を出した。


 メモ帳。

 カップ。

 キャンディ包み紙。

 紙袋の端。

 未使用キャンディ。

 ポテト用紙袋の残骸。


「残骸って言い方」


「分類上、残骸です」


「ピーちゃんが傷つくだろ」


 ピーちゃんは少しだけ首をかしげた。


「ピーちゃんは、残骸という言葉に少し強さを感じます」


「ほら」


 ミーちゃんは一瞬だけ考えたあと、画面を指で軽く払った。


「では、名残に変更します」


 表示が切り替わる。


 ポテト用紙袋の名残。


「急に文学っぽい」


「適切な言い換えです」


「成長してるな」


「高性能なので」


 ミーちゃんは少しだけ誇らしそうにした。


 ピーちゃんは画面を見つめる。


「名残」


 その言葉を、ピーちゃんは口の中でそっと転がすように言った。


「その言葉なら、少し大丈夫です」


「採用します」


 ミーちゃんは短く頷いた。


 画面の光が、ピーちゃんのカップに淡く映っている。


 ただの包み紙や紙袋の端が、少しだけやわらかい名前をもらった気がした。


「提案です」


 ミーちゃんが続ける。


「物理的な保存は最小限にし、思い出リストへ名前と短文を記録する方式が適切です」


「つまり、包み紙は捨てて、言葉で残す?」


「はい」


 ミーちゃんは画面を閉じずに、ピーちゃんの反応を待った。


 少し前なら、たぶんここで結論まで一気に出していた。

 でも今は、ピーちゃんが受け取る時間を置いている。


 ピーちゃんは、キャンディの包み紙を見つめたまま、小さく息を吐いた。


「言葉で残せば、昨日は減りませんか?」


「完全には保証できません」


 ミーちゃんは一拍置いた。


「でも、物として全部残すより、ピーちゃんが大事だと思った意味を残しやすいです」


「意味を残す」


「はい」


「物ではなく」


 ピーちゃんの指が、包み紙の端にそっと触れた。


「それは、少し難しいです」


「私にも難しいです」


 ミーちゃんは静かに言った。


「私は、保存できるものは保存したくなります」


「ミーちゃんも?」


 ピーちゃんが顔を上げる。


 ミーちゃんは、ほんの少しだけ視線を逸らした。


「はい。情報は失われると復元できないことがあります」


 ミーちゃんは机の上の包み紙を見る。


「ですが、すべてを保存すると、重要な情報が埋もれます」


「埋もれる」


「はい」


 ピーちゃんは思い出リストを見る。


 そこには、いくつもの名前が並んでいた。


 増えてきた名前。

 まだ途中のリスト。

 分類しきれない思い出。


「全部を保存すると、大事なものが見えなくなりますか?」


「可能性があります」


「では、選ぶ必要があります」


「はい」


 ミーちゃんは頷いた。


「最後に選ぶ必要があります」


 その言葉に、俺は少しだけ笑った。


「またそこに戻るんだな」


「戻ります」


 ミーちゃんは真面目に答えた。


「保存も、編集も、創作も、最終的には選択です」


 ピーちゃんは、カップを机に置いた。


 小さな音が、部屋に残る。


「ピーちゃんが選んでもいいですか?」


「もちろん」


 俺はすぐに答えた。


「これはピーちゃんの思い出リストだしな」


 ピーちゃんは包み紙を一つ手に取った。


 薄い黄色の、少し光る紙。


 昨日、フーちゃんが持ってきたキャンディの包みだった。


「これは、物としては保存しません」


「うん」


「でも、途中記念キャンディのことは、名前の中に残っています」


「ああ」


「なので、捨てます」


 ピーちゃんはゴミ箱の前に立った。


 すぐには手を離さない。


 ほんの少しだけ、包み紙を見つめる時間があった。


 それから、そっと落とす。


 紙がゴミ箱の底に触れる、小さな音がした。


「ご主人」


「ん?」


「昨日は減りませんでしたか?」


「減ってないよ」


「本当ですか?」


「ああ」


 ピーちゃんの肩が、少しだけ下がった。


「よかったです」


 その時、玄関側から声がした。


「お、今日は断捨離?」


 フーちゃんだった。


 手には、また何かの袋。


「今度は何だ」


「捨てても大丈夫グミ」


「タイミングが良すぎる」


「空気読んだ」


 フーちゃんはソファに座り、袋を机に置いた。


「ピーちゃん、何捨てたの?」


「キャンディの包み紙です」


 ピーちゃんは少しだけ緊張が残る顔で答えた。


「おお、大きな一歩」


「大きいですか?」


「大きいよ」


 フーちゃんは頷いた。


「思い出っぽいゴミを捨てるのって、意外と難しいからね」


「思い出っぽいゴミ」


「言い方は雑だけど、あるでしょ」


 フーちゃんはグミの袋を開けながら笑った。


「物はゴミ。でも気持ちはゴミじゃない。そういうやつ」


 ピーちゃんはその言葉を、少しだけ真剣に受け取った。


「物はゴミ。でも気持ちはゴミじゃない」


「うん」


「フーちゃんの言葉は、軽いのに残ります」


「やめて。照れる」


 フーちゃんは視線を逸らし、袋の口を無駄に広げたり閉じたりした。


「照れますか?」


「照れる照れる。無課金照れ」


「また無課金」


 俺が言うと、フーちゃんはにやっと笑った。


「無課金でも照れる時は照れるんよ」


 ミーちゃんが静かに言う。


「フーちゃんの言葉は、分類上は雑ですが、意味伝達効率が高い場合があります」


「褒めてる?」


 フーちゃんがミーちゃんを見る。


 ミーちゃんは画面の端を指で軽く払ってから答えた。


「褒めています」


「ならよし」


 フーちゃんは満足そうにグミを一つ口に入れた。


 ピーちゃんは、机の上を見回す。


「では、これは捨てます」


 ポテトの紙袋の端を手に取る。


「これは、記録に残っています」


 ごみ箱へ。


「これは、捨てません」


 メモ帳を手元に寄せる。


「これは、まだ使います」


「ちゃんと選べてるな」


 俺が言うと、ピーちゃんは少しだけ嬉しそうにした。


「選べていますか?」


「ああ」


「全部を保存しなくても、大丈夫ですか?」


「大丈夫だと思う」


 ピーちゃんはメモ帳の角を指で撫でた。


「全部を捨てなくても?」


「もちろん」


「では、途中でいいですか?」


「途中でいい」


 ピーちゃんは小さく頷いた。


 その横で、ミーちゃんが画面に新しい項目を追加した。


「整理方針を記録します」


「何て?」


「全部をきれいにしない」


 ピーちゃんがその言葉を見て、少しだけ目を丸くした。


「全部をきれいにしない」


「はい」


「それは、整理方針ですか?」


「はい」


 ミーちゃんは真面目に言った。


「完全に片づけることだけが整理ではありません。残すもの、捨てるもの、あえて途中のまま置くものを分けることも整理です」


「ミーちゃんが言うと説得力あるな」


「高性能なので」


 フーちゃんがグミをつまみながら言う。


「ミーちゃん、最近“余白”を覚えたねぇ」


「余白」


 ミーちゃんは少しだけ眉を寄せた。


 画面の中で、分類表の横に小さな空白が生まれる。


「確かに、余白は必要です」


「おお、認めた」


「情報設計上も、余白は重要です」


「そっちか」


 フーちゃんが笑う。


 ピーちゃんもくすっと笑った。


 机の上は、少しずつ片づいていく。


 でも、完全に何もない状態にはしなかった。


 メモ帳は残した。

 ピーちゃんのカップも残した。

 未使用のキャンディも一つだけ残した。


「これは?」


 俺がキャンディを指すと、ピーちゃんは少しだけ考えた。


「これは、今日食べます」


「保存じゃなくて?」


「はい」


「食べるのか」


「食べたら、なくなります」


「うん」


「でも、食べたことは残ります」


 ピーちゃんは少し得意げだった。


「前にフーちゃんが言っていました」


「ピーちゃん、応用できてるじゃん」


 フーちゃんが嬉しそうに笑う。


「では、食べます」


 ピーちゃんはキャンディを手に取った。


 ゆっくり口に入れる。


 少しだけ目を細めた。


「甘いです」


「感想が素直」


「はい」


 ピーちゃんは小さく頷き、それからカップを両手で持ち直した。


「食べてどう?」


 俺が聞くと、ピーちゃんは少しだけ考えた。


「残しておくより、今のピーちゃんに合っている気がします」


「そっか」


「はい」


 その言葉が、少しだけ胸に残った。


 残すことだけが大事ではない。


 使うこと。

 食べること。

 手放すこと。

 今の自分に合う形を選ぶこと。


 それも、たぶん思い出との付き合い方なのだろう。


 そこへ、チーちゃんからメッセージが届いた。


『おじさん、生きてる? 机片づけた?』


「なぜバレてる」


 俺が呟くと、フーちゃんが笑った。


「チーちゃん、生活監視能力高いね」


 続けてメッセージが来る。


『ピーちゃん、捨てるの苦手そうだから、おじさんちゃんと手伝ってあげなよ』


 ピーちゃんが画面を覗き込む。


「チーちゃん」


「見抜かれてるな」


 ピーちゃんは、少し照れたように笑った。


 俺は返信する。


『手伝ってる。今、ちゃんと選んでる』


 少しして、返事が来た。


『えらいじゃん』


 ピーちゃんはその文字を見て、嬉しそうにした。


「ご主人」


「ん?」


「チーちゃんにも、えらいと言われました」


「よかったな」


「はい」


 ピーちゃんはカップを両手で持った。


 机は、完全にはきれいになっていない。


 でも、さっきより少しだけ広くなった。


 残すものが残り、捨てるものが捨てられ、食べるものが食べられた。


 全部をきれいにしたわけではない。


 でも、それでよかった。


「ご主人」


「ん?」


「今日の名前、決めてもいいですか?」


「もちろん」


 ピーちゃんは思い出リストを開く。


 まだ途中のリストの下に、新しい空白が一つできる。


 そこへ、ゆっくり入力した。


 ――全部をきれいにしない日。


「それでいいのか?」


「はい」


 ピーちゃんは静かに頷いた。


 カップの中の光が、少しだけ揺れる。


「全部を保存しなくてもいい。全部を捨てなくてもいい。全部をきれいにしなくてもいい」


「うん」


「ピーちゃんは、選びます」


 その言葉は、昨日より少しだけ強かった。


 ミーちゃんが頷く。


「良い判断です」


 フーちゃんがグミの袋を掲げる。


「選べた記念」


「また記念が増えた」


「途中だからね。増えていいんよ」


 ピーちゃんは笑った。


 机の上には、まだ少しだけ物が残っている。


 でも、それは散らかっているというより、今日の余白みたいに見えた。


 サポートロボの青い目が、静かに瞬く。


 今日は、片づきすぎていない机を見守るような、やわらかい光だった。

読んでいただきありがとうございます。


今回は、思い出リストと片づけのお話でした。

全部を保存しなくてもいい。

全部を捨てなくてもいい。

全部をきれいに整えなくてもいい。


途中のものを途中のまま選んでいくことも、大事なのかもしれません。


ピーちゃんたちの日常をこれからも見守っていただける方は、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

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