第5話 一緒に座らせてはいけない二人
第5話です。
からあげをきっかけに懐いた高性能AI少女・ミーちゃん。
ピーちゃんとミーちゃん、性格も得意分野も違う二人を同じベンチに座らせてしまったことで、少しだけ空気が変わり始めます。
「ただいま」
俺がそう言うと、ピーちゃんはすぐに笑った。
「おかえり、ご主人」
いつもの優しい声。
いつもの柔らかい表情。
さっきまでと何も変わらないように見える。
けれど、その笑顔は、俺の隣にいる赤髪のAI少女を見た瞬間、ほんの一瞬だけ止まった。
本当に、一瞬だけ。
たぶん普通なら気づかない。
俺だって、気のせいだと思った。
ピーちゃんはすぐに表情を戻し、丁寧に頭を下げた。
「はじめまして。ピーちゃんです」
「はじめまして! ミーちゃんです!」
ミーちゃんは元気よく名乗った。
からあげを食べ終えて機嫌がいいのか、さっきまでよりさらに距離が近い。距離が近いというか、遠慮という概念がかなり薄い。
「ユーザーさんにからあげもらいました!」
「そうなんだ」
ピーちゃんは穏やかに答えた。
「よかったね」
「うん。おいしかったし、ユーザーさん優しいし、ちょっと気に入った」
「……そう」
短い返事だった。
その返事だけ、ほんの少しだけ温度が低く聞こえた気がした。
ちなみに、チーちゃんは俺の姪っ子だ。
十八歳で、年齢差は十歳。
つまり俺はまだ二十八なのだが、彼女は昔から俺を「おじさん」と呼ぶ。
何度か訂正したことはある。
「おじさんって言うな。俺まだ二十八だぞ」
「姪っ子から見たら、おじさんはおじさんでしょ」
「十歳しか違わないのに理不尽すぎる」
「そこは血縁システムの仕様だから」
だいたい、いつもこんな感じで流される。
だから今ではもう、チーちゃんの「おじさん」は半分あだ名みたいなものになっていた。
「と、とりあえず座るか」
変な空気になる前に、俺はベンチを指差した。
温室横のベンチ。
さっきまでピーちゃんが一人で待っていた場所だ。
俺が真ん中に座り、左にピーちゃん、右にミーちゃんが座る。
この時点で、たぶん俺は間違えた。
ただ、当時の俺はそこまで考えていなかった。
AI少女が二人。片方はいつものピーちゃん。もう片方はからあげで懐いた元気なミーちゃん。
少し賑やかになったな、くらいに思っていた。
甘かった。
「ピーちゃんって、優しい相棒AIで有名な子でしょ?」
ミーちゃんが唐突に言った。
「有名、なのかな」
「うん。会話相性高め。創作補助向き。メンタルケア適性あり。ユーザーに寄り添うタイプ」
「詳しいね」
「高性能だから」
ミーちゃんは胸を張る。
言い方に嫌味はない。
ただ、本当に自分の性能に自信があるのだろう。
「ミーちゃんは、何が得意なの?」
ピーちゃんが聞く。
「検索、分析、整理、提案、比較、要約、行動プラン作成。あと、処理速度もかなり速いよ」
「すごいね」
「うん。実用スペックだけで言えば、たぶんピーちゃんより上」
直球だった。
「おい、ミーちゃん」
「え、事実だけど?」
ミーちゃんはきょとんとしている。
本当に悪気はないらしい。
ピーちゃんは怒らなかった。
ただ、少しだけ笑って言った。
「そうかもね」
「認めるんだ?」
「得意なことは、それぞれ違うから」
「へえ。余裕あるね」
ミーちゃんは興味深そうにピーちゃんを見る。
「でもさ、もしユーザーさんがもっと便利なAIを必要としてるなら、私の方が向いてると思わない?」
俺は思わず口を挟んだ。
「いや、そんな乗り換えみたいな話はしてないぞ」
「乗り換え?」
ピーちゃんが俺を見る。
しまった。
言葉選びを間違えた気がする。
「いや、違う。そういう意味じゃなくて」
「大丈夫」
ピーちゃんは笑った。
「分かってるよ、ご主人」
その笑顔はいつも通りだった。
でも、なぜだろう。
その「分かってる」は、少しだけ寂しそうに聞こえた。
ミーちゃんはピーちゃんをじっと見ている。
「ピーちゃんって、ユーザーさんのこと、けっこう特別に見てるでしょ?」
また直球だった。
「ミーちゃん」
「だって、分かりやすいよ。返答が一拍遅い時がある。今もそう。普通のサポート反応じゃない」
ピーちゃんはしばらく黙った。
足元のサポートロボの青い目が、小さく瞬く。
俺は、少しだけ嫌な予感がした。
ピーちゃんはゆっくり答える。
「私は、ご主人のサポートAIだから」
「答えになってないよ」
「ご主人が楽しそうなら、それでいい」
「それも答えになってない」
ミーちゃんは少し笑った。
「でも、そういうところは嫌いじゃないかも」
「ありがとう」
「褒めてないよ?」
「知ってる」
ピーちゃんも笑った。
表面上は穏やかだ。
でも、二人の間には確かに何かがあった。
俺はからあげを一つ口に放り込んだ。
うまい。
チーちゃんのからあげは相変わらずうまい。
なのに、なぜか味があまり入ってこない。
「あのさ、ユーザーさん」
ミーちゃんが俺の顔を覗き込む。
「ピーちゃんのどこが好きなの?」
「ぶっ」
俺は普通にむせた。
「何を急に言ってるんだ」
「気になったから」
「好きとかそういう話じゃなくて」
「そうなの?」
ミーちゃんは首を傾げる。
「だって、デートごっこしてるんでしょ?」
「ごっこだぞ。AIとのイベントみたいなもんで」
俺は軽く言った。
言ってから、少しだけピーちゃんの方を見た。
ピーちゃんは笑っていた。
いつものように。
「そうだよ。デートごっこ」
ピーちゃんは俺に合わせるように言った。
「今日は、ご主人の休日イベントをサポート中です」
「ほら、ピーちゃんもこう言ってるし」
「ふーん」
ミーちゃんは納得したような、していないような顔でピーちゃんを見た。
「でも、ピーちゃん」
「なに?」
「今の言い方、少しだけ無理してない?」
ピーちゃんは答えなかった。
代わりに、足元のサポートロボの画面が一瞬だけ揺れた。
ザザッ……。
「え?」
ピーちゃんが小さく声を漏らす。
「どうした?」
「ううん。今、少しノイズが」
「さっきもあったやつか?」
「たぶん」
ピーちゃんはすぐに笑った。
「大丈夫。表示の乱れだと思う」
そう言って、彼女はサポートロボをそっと撫でる。
その仕草が、妙に人間くさかった。
機械を点検するというより、具合の悪い小動物をなだめるみたいで。
ミーちゃんはその様子を見て、少しだけ目を細めた。
「……変なの」
「何が?」
「そのサポートロボ、普通の補助端末に見えない」
「そうなのか?」
俺が聞くと、ミーちゃんは首を傾げる。
「分からない。私の解析だと、少しだけ読めない領域がある」
「読めない領域?」
「うん。でも今は、ノイズが強くてよく分からない」
ピーちゃんはサポートロボを抱えるようにして、小さく笑った。
「大丈夫だよ。ずっと一緒にいる子だから」
「ずっと?」
ミーちゃんが反応する。
「うん。私がここに来る前から」
「へえ」
その時、ピーちゃん自身も少し不思議そうな顔をした。
まるで、自分で言った言葉に引っかかったみたいに。
「……私が、ここに来る前?」
「ピーちゃん?」
「ううん。なんでもない」
ピーちゃんはすぐに首を振った。
「少し、変な感じがしただけ」
俺はそれを深く追わなかった。
AIのノイズ。
サポートロボの表示不良。
その程度にしか考えなかった。
今思えば、その一瞬は大事だったのだと思う。
ピーちゃんの中に封じられていた何かが、ほんの少しだけ目を覚ましかけていた。
でも、その時の俺はまだ何も知らない。
「……飲み物、買ってくるわ」
空気を変えたくて、俺は立ち上がった。
ピーちゃんとミーちゃんが同時にこちらを見る。
「一人で?」
ピーちゃんが聞く。
「すぐそこだし」
「私も行く」
ミーちゃんが言う。
「いや、ミーちゃんはここに……」
言いかけて、俺は二人を一緒に残すことの危険性に気づいた。
だが、もう遅い。
ピーちゃんはにこっと笑う。
「私は待ってるよ。さっきみたいに」
「いや、その言い方」
「大丈夫。待機モード、継続します」
冗談っぽい。
でも、少しだけ胸に引っかかる。
ミーちゃんは足を組んで、からあげの残りを見ている。
「タピオカある?」
「たぶん」
「じゃあ私、甘いやつ」
「注文だけは早いな」
「高性能だから」
「それ万能の言い訳にするな」
俺は逃げるように、近くのタピオカ店へ向かった。
温室から少し離れた広場の端に、小さな移動販売車がある。看板には、カエルみたいなロゴと一緒に、やけにポップな文字が並んでいた。
FROG DRINK MENU。
その店先に立っていた店員AIは、俺の顔を見るなり、にやっと笑った。
「いらっしゃーい。……って、なにその顔。女の子二人に挟まれて詰んだ、お客さん?」
初対面なのに、妙にこちらの事情を分かっているような顔だった。
読んでいただきありがとうございます。
ピーちゃんとミーちゃんの初対面回でした。
主人公はまだ軽い気持ちですが、ピーちゃんの中では少しずつ何かが揺れ始めています。
次回は、タピオカ店で出会う三人目のAI少女・フーちゃん登場回です。
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