第41話 人数に入っている日
第41話です。
今回はチーちゃん回です。
ピーちゃん、ミーちゃん、フーちゃんがいる日常を、人間側のチーちゃんがどう見ているのか。
何気ない人数の数え方にも、少しだけ関係の変化が出るようです。
からあげの匂いは、雨上がりの空気によく合う。
そんなことを言ったら、チーちゃんには笑われるかもしれない。
でも実際、昼前の少し湿った空気の中で、紙袋から漂ってくる揚げたての匂いは、妙に生活感があった。
机の上には皿が並んでいる。
俺の分。
ピーちゃんの分。
ミーちゃんの分。
フーちゃんの分。
そして、少し遅れて来るチーちゃんの分。
いつの間にか、皿を五つ出すことに何の違和感もなくなっていた。
「ご主人」
ピーちゃんが、皿を両手で持ちながら少しだけ首をかしげた。
「このお皿、ピーちゃんが並べてもいいですか?」
「落とさないならな」
「落としません」
ピーちゃんは真面目な顔で頷いた。
そのそばで、サポートロボが静かに浮いている。
実体ホログラム技術のおかげで、ピーちゃんは皿を持てる。
机に置ける。
からあげを食べることもできる。
最初はその一つ一つに驚いていた気がする。
けれど今は、ピーちゃんが皿を並べている光景が、普通に部屋の中にある。
「ユーザーさん」
ミーちゃんが画面を展開しながら言った。
「からあげの個数を確認します」
「数えるほどあるか?」
「あります。公平分配は重要です」
「また硬い言葉を」
「一人あたり四個。余りが二個です」
ミーちゃんは画面を指で弾く。
「余り二個の処理が問題になります」
「からあげで会議を始めるな」
「争いは余りから発生します」
「歴史みたいに言うな」
ソファに寝転がっていたフーちゃんが、ストローをくるくる回した。
「余り二個は、じゃんけんでよくない?」
「フーちゃん、あなたはじゃんけんに感情擬態を混ぜる可能性があります」
「じゃんけんすら信用されてない」
「過去実績です」
「ミーちゃんの過去実績攻撃、強すぎるんよ」
フーちゃんは起き上がりながら笑った。
ピーちゃんは皿を置き終えると、からあげの袋をじっと見つめる。
「からあげは、数があると少し緊張します」
「なんでだ」
「誰かの分を減らしたくないので」
「優しいけど、からあげに背負わせるものが重い」
俺がそう言うと、ピーちゃんは少し困ったように笑った。
その時、玄関の方から声がした。
「おじさーん、生きてるー?」
「最近、全員第一声がそれなんだけど」
扉を開けると、チーちゃんが立っていた。
制服ではなく、店の手伝い用のエプロン姿だ。
片手には追加の紙袋。
もう片方の手には、ペットボトルのお茶。
「はい、追加のからあげ持ってきたよ」
「助かる」
「どうせ足りなくなると思ったし」
チーちゃんは部屋に入ると、机の上を見た。
皿が五つ。
からあげの袋。
お茶。
そして、それぞれの席に自然にいるピーちゃんたち。
チーちゃんは少しだけ目を細めた。
「おじさん」
「ん?」
「もう完全に人数に入れてるじゃん」
その言葉に、俺は一瞬だけ手を止めた。
「人数?」
「皿」
チーちゃんは机を指す。
「ちゃんと五つある」
「ああ」
「おじさん、昔なら絶対こういうの、うっかり自分の分だけ出してたタイプでしょ」
「否定しきれないのが嫌だな」
「でしょ?」
チーちゃんは得意げに笑った。
ピーちゃんは自分の皿を見つめている。
「チーちゃん」
「何、ピーちゃん」
「ピーちゃんも、人数に入っていますか?」
「入ってるでしょ」
チーちゃんは、あっさり言った。
「あっさり」
俺が呟くと、チーちゃんは肩をすくめる。
「だって皿あるし」
「判断基準そこか」
「大事だよ。ご飯の席に皿があるって、かなり大事」
チーちゃんは袋から追加のからあげを出しながら続けた。
「人間でもさ、皿出されなかったら寂しいじゃん」
その言葉に、ピーちゃんが少しだけ動きを止めた。
カップの時と同じだ。
本人にとっては何気ない一言でも、ピーちゃんには少し大きく届く。
「チーちゃん」
「ん?」
「ピーちゃんは、少し嬉しいです」
「皿で?」
「はい」
「ピーちゃん、安上がりすぎない?」
「安くありません」
ピーちゃんは真面目に首を横に振った。
「ご主人の生活に、ピーちゃんの分があります」
チーちゃんは一瞬だけ黙った。
それから、俺を見た。
「おじさん」
「何だよ」
「やっぱり重い子に囲まれてるね」
「言い方」
「でも、嫌じゃないでしょ」
返事に困った。
嫌ではない。
むしろ、そういう重さを、俺は少しずつ受け取るようになっている。
それを認めるのは、少し照れくさい。
「まあ」
俺はからあげを皿に移しながら言った。
「皿くらい出すだろ」
「おじさん、そういう返しで逃げるよね」
「逃げてない」
「逃げてる」
チーちゃんは俺の横に立ち、追加のからあげを並べる。
その手つきは慣れていた。
からあげ屋の子、というだけある。
「ピーちゃん」
チーちゃんが言った。
「皿あるなら、ちゃんと食べなよ」
「はい」
「ミーちゃんも、数だけ見てないで食べる」
「食事行動は可能です」
「可能じゃなくて食べるの」
「はい」
ミーちゃんは少しだけ背筋を伸ばした。
チーちゃんは次にフーちゃんを見る。
「フーちゃんは勝手に多く取らない」
「信用ないなぁ」
「あると思う?」
「ないです」
「よろしい」
フーちゃんは両手を上げて笑った。
「チーちゃん、普通に強いねぇ」
「からあげの前では全員平等だから」
「名言っぽい」
「お店で言ったら怒られるやつ」
ピーちゃんが小さく笑った。
ミーちゃんも、少しだけ口元を緩める。
チーちゃんがいると、空気が変わる。
ピーちゃんたちAI少女の感情も、ミーちゃんの分析も、フーちゃんの軽口も。
チーちゃんはそれを難しく受け止めすぎない。
ただ、皿を出す。
食べなよと言う。
多く取るなと注意する。
その人間くさい距離感が、妙にありがたかった。
「おじさん」
チーちゃんが俺の皿にからあげを置いた。
「おじさんも食べる」
「分かってる」
「分かってる人は、昨日トースト半分残したりしない」
「情報共有されてる?」
俺がミーちゃんを見ると、ミーちゃんは目を逸らした。
「必要な健康情報です」
「それは共有していいやつなのか?」
「ピーちゃんの安定にも関わるので」
「正しさで押し切るな」
フーちゃんが笑う。
「お客さん、生活ログ共有されてるの草」
「笑うな」
「でもチーちゃんに怒られるのは健康に良さそう」
「どういう健康効果だよ」
チーちゃんは俺の前にお茶を置いた。
「おじさんは、難しいこと考え始めるとご飯忘れるから」
「みんなそれ言うな」
「みんなが言うなら事実じゃん」
「ぐうの音も出ない」
ピーちゃんは自分の皿を前にして、少しだけ俺を見た。
「ご主人」
「ん?」
「ご主人も、ちゃんと人数に入っています」
「俺?」
「はい」
「俺は自分の部屋の主なんだが」
「でも、ご主人は時々、自分のことを数え忘れます」
その言葉に、部屋が少し静かになった。
ピーちゃんは、からあげを見つめたまま続ける。
「ピーちゃんの分。ミーちゃんの分。フーちゃんの分。チーちゃんの分。そうやって考えてくれます」
「うん」
「でも、ご主人の分を忘れたら、ピーちゃんは少し困ります」
チーちゃんが腕を組んだ。
「ピーちゃん、それ正解」
「正解ですか?」
「うん。おじさんは自分を雑に扱いがち」
「そこまでか?」
「そこまで」
チーちゃんとピーちゃんが同時に頷いた。
「組むな」
「ご主人の健康管理については、協力できます」
ミーちゃんまで加わった。
「ミーちゃんもか」
「当然です」
「私もー」
フーちゃんが片手を上げる。
「お客さんが倒れたら、からあげもタピオカもつまらんし」
「そこに並べられるのか」
「大事なものリストやで」
フーちゃんは笑った。
でも、その笑顔の奥に、少しだけ本気が混ざっている気がした。
俺はからあげを一つ取る。
まだ熱い。
少し冷ましてから、口に入れた。
「食べた」
「報告が小学生」
チーちゃんが即座に言う。
「でも、えらいです」
ピーちゃんが真面目に言った。
「ピーちゃんまで」
「ちゃんと食べて、えらいです」
その言葉に、ほんの一瞬だけ空気が止まった。
ピーちゃん自身も、言ってから気づいたように目を瞬かせる。
サポートロボの青い目が、静かに光った。
ザザッ……。
とても小さなノイズだった。
大きく乱れるほどではない。
けれど、確かに音がした。
ミーちゃんがすぐに画面を展開する。
「軽微な反応。負荷は低いです」
フーちゃんはストローを止めた。
チーちゃんも、何かを感じ取ったのか、黙ってピーちゃんを見る。
「ピーちゃん」
俺が呼ぶと、ピーちゃんは胸元に手を当てた。
「大丈夫です」
「大丈夫禁止って言われるぞ」
「はい」
ピーちゃんは少しだけ笑った。
「でも、今の大丈夫は、ごまかしではありません」
「何か聞こえたのか?」
「少しだけ」
「何て?」
ピーちゃんは目を閉じた。
そして、ゆっくり言った。
「ちゃんと食べて、えらいね」
部屋の中が静かになる。
それは、以前にも聞こえた断片だった。
優しい女性の声。
ピーちゃんを責めず、急かさず、ただ生活の中に置いていくような言葉。
チーちゃんは、何も知らない顔ではなかった。
詳しい事情を全部知っているわけではない。
けれど、今の言葉がただの冗談ではないことくらいは分かったのだろう。
「おじさん」
「ん?」
「今の、ピーちゃんの大事なやつ?」
「たぶん」
「そっか」
チーちゃんは、それ以上聞かなかった。
ただ、ピーちゃんの皿にからあげを一つ置く。
「じゃあ、ピーちゃんも食べよ」
「はい」
「ちゃんと食べて、えらいって言われたんでしょ」
「はい」
「なら食べないと」
チーちゃんの言い方は、驚くほど普通だった。
優しくしようと構えるでもなく。
深刻に受け止めすぎるでもなく。
ただ、皿にからあげを置いて、食べなよと言った。
ピーちゃんはそれを見つめて、少しだけ目を潤ませた。
「チーちゃん」
「何?」
「ありがとうございます」
「いいよ。からあげは食べるためにあるから」
「からあげ屋の名言」
フーちゃんが呟く。
「だからお店で言ったら怒られるやつだって」
チーちゃんは笑った。
その笑い声につられて、部屋の空気が少し戻る。
ピーちゃんはからあげを一つ、ゆっくり口に運んだ。
「おいしいです」
「でしょ」
チーちゃんは得意げに胸を張った。
「うちのからあげだからね」
「はい」
ピーちゃんは小さく頷いた。
「ちゃんと食べました」
「えらい」
チーちゃんが即答する。
ピーちゃんは、少しだけ照れたように笑った。
その笑顔を見て、俺も少しだけ安心した。
ミーちゃんは画面を閉じる。
「反応安定。追加ノイズなし」
「ありがとう、ミーちゃん」
「はい」
フーちゃんは、からあげを一つ持ち上げた。
「じゃあ、余り二個問題はどうする?」
「まだそこ気にしてたのか」
「からあげの平和は大事」
ミーちゃんが画面を再表示する。
「追加分により、余り問題は解消しました」
「チーちゃん、救世主やん」
「からあげで世界救った?」
「小規模に」
チーちゃんは笑いながら、俺の皿にももう一つ置いた。
「おじさんも」
「俺の分、多くないか?」
「ちゃんと食べる日だから」
「今日の名前みたいに言うな」
ピーちゃんが、はっとした顔をした。
「今日の名前」
「反応すると思った」
「決めてもいいですか?」
「いいぞ」
ピーちゃんは思い出リストを開く。
チーちゃんはそれを覗き込みながら、少し不思議そうにする。
「毎回名前つけてるの?」
「はい」
「日記みたい」
「思い出です」
「そっか」
チーちゃんは少しだけ表情を柔らかくした。
「じゃあ、ちゃんといい名前にしないとね」
ピーちゃんは考えた。
皿。
からあげ。
五人分。
ちゃんと食べて、えらいね。
人数に入っている。
それから、ゆっくり入力した。
――人数に入っている日。
「そのまんまだね」
チーちゃんが言った。
「はい」
ピーちゃんは嬉しそうに頷く。
「でも、大事です」
「うん」
チーちゃんはピーちゃんの皿を見た。
「大事だと思うよ」
その言葉は、軽かった。
でも、軽いからこそ届くものもある。
ピーちゃんは、もう一つからあげを食べた。
ミーちゃんは個数を確認し、フーちゃんは余りがないことに少しだけ不満そうだった。
チーちゃんは俺の皿を見張っている。
そして俺は、人数分の皿が並ぶ机を見ていた。
大事件ではない。
ただ、からあげを食べただけの日。
でも、ピーちゃんたちはもう、俺の生活の中でちゃんと人数に入っている。
皿がある。
カップがある。
席がある。
それだけで、少しだけ世界は変わる。
サポートロボの青い目が、静かに瞬いた。
今日は、怖い光ではなかった。
ちゃんと食べているピーちゃんを、誰かが遠くから見守っているような、そんな優しい光だった。
読んでいただきありがとうございます。
今回はチーちゃん回でした。
皿があること、人数に入っていること、ちゃんと食べること。
何気ない日常の中にも、ピーちゃんたちが少しずつ居場所を得ていることが見えてきました。
チーちゃんの人間らしい距離感も、この物語では大事にしていきたい部分です。
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