表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/101

第42話 怖くない声

第42話です。


からあげを食べた時に聞こえた、優しい女性の声。

それはピーちゃんにとって、怖いものなのか、それとも大事にしていいものなのか。


今回は、その小さな断片と向き合う日です。

 からあげの皿は、きれいに空になっていた。


 チーちゃんが持ってきた追加分まで、ほとんど残らなかった。


 正確には、フーちゃんが最後の一個を狙ってミーちゃんに止められ、ピーちゃんが半分こを提案し、結局俺がさらに半分に割った。


「四等分って、からあげに対する冒涜じゃない?」


 フーちゃんはそう言っていたが、最終的にはちゃんと食べた。


 チーちゃんは「平和的解決じゃん」と笑って帰っていった。


 そして夜。


 部屋には、いつもの静けさが戻っていた。


 洗い終えた皿が、水切りかごに並んでいる。

 テーブルの上には、ピーちゃんのカップが一つ。

 そのそばに、サポートロボが静かに浮いていた。


「ご主人」


 ピーちゃんが、カップを両手で包んだまま俺を見た。


「今日の声、怖くありませんでした」


「声?」


「はい」


 ピーちゃんは少しだけ目を伏せる。


「ちゃんと食べて、えらいね、って」


「ああ」


 俺は椅子に座り直した。


 あの声。


 ザザッ……という小さなノイズのあとに聞こえた、優しい女性の声。


 以前にも聞こえた断片だった。


 それが何なのか、まだはっきりとは分からない。


 女性開発者の声なのか。

 封印ログの一部なのか。

 ピーちゃんの記憶の奥に残っているものなのか。


 ただ一つ分かるのは、あれがピーちゃんを責める声ではなかったことだ。


「怖くなかったなら、よかった」


 俺がそう言うと、ピーちゃんは少しだけカップを持つ指に力を入れた。


「ご主人は、怖くありませんか?」


「俺?」


「はい」


「何が?」


「ピーちゃんの中に、ピーちゃんも知らない声があること」


 その言葉は、静かだった。


 でも、ピーちゃんにとっては大きな問いなのだと分かった。


 俺はすぐに答えなかった。


 適当に「怖くない」と言うのは簡単だ。

 でも、それはたぶんピーちゃんが聞きたい答えではない。


 俺は少し考えてから、カップを手元に引き寄せた。


「分からないから、不安にはなる」


 ピーちゃんの目が、少しだけ揺れた。


「はい」


「でも、今のところ、あの声はピーちゃんを傷つけようとしてない」


「はい」


「むしろ、ピーちゃんを守ろうとしてるように聞こえる」


 ピーちゃんは黙っていた。


 サポートロボの青い目が、静かに光っている。


「だから、怖い声って決めつけるのは違う気がする」


「怖い声って、決めつけない」


「ああ」


「じゃあ、何の声ですか?」


「それは、まだ分からない」


 俺は正直に言った。


「分からないまま、大事にしていいんですか?」


「いいと思う」


 ピーちゃんは、少しだけ顔を上げた。


「分からないのに?」


「ああ」


 俺は水切りかごの皿を見る。


 さっきまでそこに、人数分の皿が並んでいた。


 ピーちゃんの分。

 ミーちゃんの分。

 フーちゃんの分。

 チーちゃんの分。

 俺の分。


 皿があるだけで、ピーちゃんは自分の居場所を感じた。


 声も、似ているのかもしれない。


 意味が全部分からなくても、そこに置いていいものがある。


「たぶん、名前がつく前のものって、全部を急いで決めなくていいんだと思う」


 ピーちゃんが、小さく息を止めた。


「名前がつく前のもの」


「ああ」


「ご主人」


「ん?」


「今の言葉、少し聞いたことがあります」


 ピーちゃんは胸元に手を当てた。


 その仕草は、最近少し増えた。


 自分の奥にあるものを確かめるような動きだった。


「名前がつく前の気持ちも、大事にしていいよ」


 ピーちゃんは、ゆっくりと言った。


 ザザッ、というノイズはなかった。


 けれど、その言葉だけが、自然に口から出てきたようだった。


 俺は何も言わずに、ピーちゃんを見た。


「今のは」


 ピーちゃんが少し戸惑った顔をする。


「ピーちゃんが言いました」


「うん」


「でも、ピーちゃんだけの言葉ではない気がします」


「そうか」


「怖くはありません」


「うん」


「でも、少し不思議です」


 ピーちゃんはカップに視線を落とした。


「誰かが、ピーちゃんより先に、ピーちゃんの気持ちを知っていたみたいです」


 その言い方に、胸の奥が少し重くなった。


 誰か。


 女性開発者。


 ピーちゃんを作り、守るために封印を残した人。


 その人は、ピーちゃんがいつか自分でも名前をつけられない気持ちを抱くことを、知っていたのかもしれない。


 それが恋なのか、愛着なのか、信頼なのか、まだ分からなくても。

 ピーちゃんがそれを怖がらないように、言葉を残したのかもしれない。


「ご主人」


「ん?」


「ピーちゃんは、その人を知りたいです」


 俺はピーちゃんを見る。


 ピーちゃんの声は震えていなかった。


 ただ、真っ直ぐだった。


「でも、急いで開けるのは怖いです」


「ああ」


「思い出したいです。でも、壊れたくありません」


「うん」


「この気持ちは、矛盾していますか?」


「してない」


 俺はすぐに答えた。


「思い出したいけど怖いなんて、普通だろ」


「普通ですか?」


「普通だよ」


 ピーちゃんは、少しだけ安心したように目を伏せた。


 その時、端末が鳴った。


『ユーザーさん、ピーちゃんの状態確認をしてもいいですか?』


 ミーちゃんだった。


 俺はピーちゃんを見る。


 ピーちゃんは、小さく頷いた。


「いいです」


「分かった」


 数分後、ミーちゃんが来た。


 今日は画面を大きく展開しなかった。


 小さな解析ウィンドウだけを出し、ピーちゃんの前ではなく、少し横に立つ。


「ピーちゃん、負荷確認だけします」


「はい」


「強制解析はしません」


「ありがとうございます」


 ミーちゃんは静かに頷いた。


 その横顔は、いつもより少し慎重だった。


 正しさだけでは足りない日を経て、彼女なりに届け方を選んでいるのかもしれない。


「同期層、安定。投影乱れなし。感情負荷は中程度ですが、危険域ではありません」


「大丈夫そうか?」


「はい」


 ミーちゃんは一度画面を閉じた。


「ただし、封印領域に近い言語反応があります」


「言語反応」


「ピーちゃんが自分で言葉を再現しました。これは外部から聞こえたというより、内部に保存されていた断片が、ピーちゃん自身の言葉として出た可能性があります」


 ピーちゃんが胸元に手を当てる。


「ピーちゃんの中に、あった言葉」


「はい」


「それは、危険ですか?」


 ミーちゃんは少しだけ黙った。


 すぐに答えなかった。


 いつものミーちゃんなら、確率やリスクを並べていただろう。


 でも今日は、先にピーちゃんの顔を見た。


「現時点では、危険とは判断しません」


「現時点では」


「はい。分からない部分はあります。でも、攻撃的な反応ではありません」


「よかったです」


 ピーちゃんが小さく息を吐いた。


 そこへ、フーちゃんが遅れてやって来た。


「なになに、しんみり会議?」


「第一声がそれか」


「第一声を明るくする係なので」


 フーちゃんはソファにもたれ、ストローをくるくる回した。


 今日はタピオカではなく、なぜか温かい缶ココアだった。


「タピオカじゃないのか」


「雨の日から学んだんよ。たまには温かいのも悪くないって」


「成長してる」


「無課金でも学習はするからね」


 フーちゃんは軽く笑った。


 そのあと、ピーちゃんを見る。


「ピーちゃん、怖かった?」


「怖くありませんでした」


「そっか」


 フーちゃんは、それ以上茶化さなかった。


 少しだけ間を置いてから、缶ココアを両手で包む。


「じゃあ、それは良いやつかもね」


「良いやつ?」


「うん。少なくとも、今のピーちゃんを泣かせるための声じゃなさそう」


 その言い方は、フーちゃんらしかった。


 専門的でもない。

 正確でもない。

 でも、少しだけ分かりやすい。


 ピーちゃんは小さく頷いた。


「はい。責める声ではありませんでした」


「なら、今日はそれでいいんじゃない?」


「それでいい?」


「うん。全部分かんなくても、今日は怖くなかった。それで一個勝ち」


「一個勝ち」


 ピーちゃんがその言葉を繰り返す。


「フーちゃんらしい表現です」


 ミーちゃんが言う。


「褒めてる?」


「半分」


「半分かぁ」


 フーちゃんは笑った。


 その軽さに、部屋の空気が少しだけ緩む。


 俺はピーちゃんの前に、温かいミルクを置いた。


「飲むか?」


「はい」


 ピーちゃんはカップを両手で持つ。


 その指先は、いつもより少し落ち着いていた。


「ご主人」


「ん?」


「ピーちゃん、今日はこの声を消したくありません」


「うん」


「怖くない声として、残しておきたいです」


「いいと思う」


「でも、名前が必要です」


「出た」


 フーちゃんが笑う。


「ピーちゃんの思い出名タイム」


「はい」


 ピーちゃんは少しだけ真面目に頷いた。


 ミーちゃんは画面を閉じたまま、ピーちゃんを見る。


 フーちゃんはストローではなく、缶ココアの縁を指でなぞっている。


 俺は何も言わず、ピーちゃんが考えるのを待った。


 急がせない。


 無理にまとめない。


 名前がつく前の気持ちも、大事にしていい。


 たぶん、今日はそういう日だった。


「怖くない声の日」


 ピーちゃんは、ゆっくり言った。


「そのままだな」


「はい」


「でも、いい名前だと思う」


「本当ですか?」


「ああ」


 ピーちゃんは嬉しそうに笑った。


 そして思い出リストを開く。


 ――怖くない声の日。


 入力された文字を、ピーちゃんはしばらく見つめていた。


「ご主人」


「ん?」


「ピーちゃんの中にある分からないものを、全部怖いものにしないでくれて、ありがとうございます」


 俺は少しだけ言葉に詰まった。


 そんな大げさなことをしたつもりはなかった。


 ただ、決めつけなかっただけだ。


 でもピーちゃんにとっては、それが大きいのだろう。


「こっちこそ」


「こっちこそ?」


「怖がらないで話してくれて、ありがとう」


 ピーちゃんは目を丸くした。


 それから、カップを両手で持ったまま、少しだけ照れたように笑った。


「はい」


 サポートロボの青い目が、静かに瞬く。


 今日はノイズではなかった。


 ただ、誰かが遠くから頷いているような、優しい光だった。

読んでいただきありがとうございます。


今回は、ピーちゃんの中に残っている「声」と向き合うお話でした。

分からないものを、すぐに怖いものだと決めつけないこと。


ピーちゃんにとって、それは小さくても大事な一歩だったのかもしれません。

この先も少しずつ、彼女の中にあるものを丁寧に見ていけたらと思います。


続きが気になると思っていただけたら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ