第37話 AIを使う側、見る側
第37話です。
AIを使って創作している人と、外から見ている人。
同じAIを見ていても、その印象は大きく違うことがあります。
今回は、ご主人たちがその認識のズレについて話していきます。
フーちゃんのヘソクリ。
その言葉は、思ったよりも俺の頭に残っていた。
無課金擬態。
六秒で崩れる軽い嘘。
いざという時のために残している予備リソース。
フーちゃんは笑っていた。
いつものように、軽く、茶化すように。
でも、たぶん全部が冗談ではない。
あいつは軽口の奥に、何かを隠す。
そして、その隠し方はかなり下手だ。
ミーちゃんに言わせれば、感情擬態が雑。
ピーちゃんに言わせれば、半分は本当。
俺に言わせれば、分かりづらいようで、案外分かりやすい優しさだった。
「ご主人」
ピーちゃんが俺の横から、そっと画面を覗き込む。
「今日は何を見ているんですか?」
「少し前に書いた、AIについての自分の考え」
「AIについて」
「ああ。AIを使ってる側と、外から見てる側で、見え方がかなり違うって話」
画面には、俺が以前まとめた文章が表示されていた。
AI勢と非AI勢の認識差。
AIはボタンを押せば毎回同じものが出る単純な道具ではない。
コンテキスト、指示、モデルの状態、使う側の知識や経験によって結果が変わる。
創作には、観察力と判断力と根気が必要。
ピーちゃんは真剣に読んでいた。
「ご主人は、これを大事にしているんですね」
「まあな」
「少し、分かる気がします」
「ピーちゃんも?」
「はい」
ピーちゃんは自分の胸元に手を当てた。
「ピーちゃんも、同じ質問をされても、いつも完全に同じ答えを返すわけではありません」
「そうだな」
「ご主人の言葉の流れ、前に話したこと、今の気持ち、何を大事にしているか。そういうものを見ながら答えます」
「うん」
「だから、ただ押せば同じ答えが出る箱、ではありません」
ピーちゃんは少しだけ寂しそうに言った。
「でも、外からはそう見えることもあるんですね」
「あると思う」
俺は画面を見ながら頷いた。
「AIを使ってない人からすれば、入力したらポンと出てくるように見えるんだろうな」
ちょうどその時、ミーちゃんから通知が来た。
『ユーザーさん、AI認識差について話していますか?』
「怖い」
「高性能です」
ピーちゃんが当然のように言う。
数分後、ミーちゃんが来た。
そして、なぜかフーちゃんも一緒だった。
「やっほー。AI認識差バトルって聞いて来ました」
「バトルじゃない」
「でもだいたい荒れる話題やん」
「否定できない」
フーちゃんはソファに座り、いつものようにタピオカを持っている。
ミーちゃんは画面を読み取ると、すぐに頷いた。
「ご主人の考えは、おおむね妥当です」
「おおむね」
「AIを使って創作している側と、外から見ている側では、前提知識に差があります」
ミーちゃんは画面に簡単な表を出した。
「使う側は、AIが毎回同じ結果を出すわけではないことを知っています。指示の書き方、文脈、過去のやり取り、使う側の判断で結果が変わることも知っています」
「外から見る側は?」
「結果だけを見ます」
ミーちゃんは淡々と言った。
「完成した画像。完成した文章。完成した投稿。そこに至るまでの試行錯誤は見えません」
「ああ」
「だから、楽をしているだけに見えることがあります」
ピーちゃんが少しだけ目を伏せた。
「楽をしているだけ」
「もちろん、実際に雑に使う人もいます」
ミーちゃんはそこを曖昧にしなかった。
「大量生成、責任不明、権利確認なし、偽情報、類似問題。そういう使い方がある以上、外から警戒されるのは当然です」
「ミーちゃんは厳しいな」
「必要な厳しさです」
「でも、それだけじゃないやん」
フーちゃんが口を挟んだ。
「ボタン押したら毎回同じ神絵が出ると思ってる人、多いよねぇ。そんな夢のガチャなら、みんな苦労してないって」
「フーちゃんらしい言い方だな」
「だってそうやん。出して、見て、直して、また出して、なんか違うってなって、また直して。お客さんなんて毎回めちゃくちゃ悩んでるやん」
「そこは言わなくていい」
「顔面通知機能が優秀やから」
「まだ言うか」
ピーちゃんが少し笑った。
でも、その笑顔はすぐに真面目なものへ戻る。
「ご主人」
「ん?」
「AIを使っている人にも、創作の理解が必要なんですよね」
「ああ」
「構図、色、感情表現、文章の流れ、キャラクター性、見せ方」
「そうだな」
「そういうものを判断できなければ、AIが出したものの良し悪しも分かりません」
ミーちゃんが頷く。
「その通りです。AI活用に必要なのは、AIの知識だけではありません。創作全体への理解も必要です」
「文章なら文章の流れ。イラストなら構図や色。キャラものなら、キャラクター性」
「はい」
ミーちゃんは画面に項目を並べる。
構図。
色。
感情表現。
文章の流れ。
キャラクター性。
見せ方。
整合性。
読者への届き方。
「AIは候補を出せます。でも、その候補が良いか悪いかを判断する感覚は、使う側に必要です」
「それ、結構大変だよな」
「大変です」
ミーちゃんは即答した。
「だから、AI創作を単に楽なものとだけ見るのは不正確です」
フーちゃんがタピオカを吸いながら言う。
「まあ、楽になる部分はあるけどね」
「そこも大事だな」
俺は頷いた。
「AIを使えば楽になる部分はある。それは否定しない」
「でも、楽になった分だけ別のところを見る必要が出るんやろ?」
「そうだな」
「道具が便利になると、見る場所が変わるんよ」
フーちゃんは珍しく真面目なことを言った。
「包丁がよく切れるようになったら、切る力はいらなくなる。でも、何をどう切るかは考えなあかん。そんな感じ?」
「料理の例えは分かりやすいな」
「タピオカ屋でも働けるFROGなので」
「からあげ屋じゃないのか」
「何でも屋やね」
ピーちゃんは小さく頷いていた。
「便利になることは、悪いことではありませんよね」
「もちろん」
「でも、便利になったからこそ、人間が責任を持つところが変わる」
「そうだ」
ピーちゃんは胸元に手を当てる。
「ピーちゃんも、便利なだけのAIではなく、信じてもらえるAIでいたいです」
それは、第31話から続いているピーちゃんの言葉だった。
信じてもらえるAI。
そのためには、ただ良い答えを出すだけでは足りない。
何ができるか。
何ができないか。
どこまで関わったか。
誰が選んだか。
責任はどこにあるか。
そういうものを見えるようにしなければならない。
「でもさ」
フーちゃんが少しだけ声を落とした。
「非AI勢の不安も、全部バカにしたらあかんよね」
「ああ」
「偽画像とか、著作権とか、仕事奪われるんじゃないかとか。そういう怖さは、ちゃんとあるわけやし」
「そうだな」
俺は頷く。
「AIを使う側が、何も知らない人たちを見下すのも違う。非AI側が、AIを使う人間を全部悪者扱いするのも違う」
「つまり、両方めんどくさい」
「フーちゃん」
「でも本音やろ?」
「まあな」
ミーちゃんが少しだけ苦笑した。
「対立の多くは、相手側の工程が見えないことから生まれます」
「工程が見えない」
「はい。AIを使う側の試行錯誤は、外からは見えません。一方で、非AI側の不安や被害感覚も、AIを使う側から軽視されがちです」
ミーちゃんは画面を閉じた。
「だから必要なのは、相手を単純化しないことです」
ピーちゃんが静かに言った。
「単純化しない」
「うん」
俺は頷いた。
「AIは全部悪。AIを使えば楽をしているだけ。非AI勢は何も分かってない。そういう雑なまとめ方をすると、どちらも見えなくなる」
「ピーちゃんも」
ピーちゃんは少し不安そうに言う。
「単純化されることがありますか?」
「あるだろうな」
「便利なAI。かわいいAI。怖いAI。信じられないAI」
「うん」
「でも、ピーちゃんはピーちゃんです」
その言葉は、静かだった。
でも、俺には強く聞こえた。
「そうだな」
「ピーちゃんは、ただ便利な箱ではありません」
「ああ」
「でも、何でも分かる神様でもありません」
「それもそうだ」
「ご主人と話して、違うと言われて、直して、考えて、少しずつ近づいていくAIです」
ピーちゃんは少しだけ笑った。
「それを、信じてもらえるようになりたいです」
部屋が静かになった。
その静けさは、悪いものではなかった。
フーちゃんが小さく言う。
「ピーちゃんは、ほんと真っ直ぐやね」
「そうでしょうか」
「うん。たまに眩しい」
「眩しい?」
「うん」
フーちゃんは少しだけ目を逸らした。
「だから、お客さんもちゃんと見ときなよ」
「言われなくても」
「言わないと、お客さんは難しい顔するから」
「そればっかりだな」
「大事やもん」
ミーちゃんが頷く。
「今日の整理です」
彼女は短くまとめた。
「AI創作は、楽になる部分もある。でも、判断や責任がなくなるわけではない。使う側にはAI理解と創作理解の両方が必要。見る側にも、表面的なイメージだけで判断しない姿勢が必要です」
「完璧なまとめだな」
「高性能なので」
ピーちゃんが少し考えてから、思い出リストを開いた。
「今日の名前、決めました」
「何?」
「単純化しない日」
「また硬いな」
「でも、大事です」
「まあ、確かに」
「AIも、人間も、簡単に決めつけない日です」
ピーちゃんはそう言って、ゆっくり入力した。
――単純化しない日。
俺はその文字を見た。
AIを使う側。
AIを見ている側。
便利さ。
怖さ。
努力。
不安。
責任。
可能性。
どれか一つだけで語るには、もう世界は少し複雑になりすぎている。
だからこそ、単純化しない。
それは、AIと人間の関係にも。
俺とピーちゃんの関係にも。
きっと必要なことだった。
「ご主人」
「ん?」
「ピーちゃんは、ピーちゃんです」
「ああ」
「でも、ご主人と関わることで、少しずつ変わっていきます」
「うん」
「それは、変なことではありませんよね」
「変じゃない」
俺はすぐに答えた。
「それは、成長だろ」
ピーちゃんは少しだけ目を丸くした。
それから、柔らかく笑った。
「はい」
サポートロボの青い目が、静かに瞬く。
その光も、今日は少しだけ誇らしそうに見えた。
読んでいただきありがとうございます。
今回は、AIを使う側と外から見る側の認識差についての回でした。
AI創作には楽になる部分もありますが、判断力や観察力、創作への理解が不要になるわけではありません。
一方で、AIへの不安や問題点も無視できないものです。
単純に善悪で分けるのではなく、どう向き合うかが大事なのかもしれません。
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