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君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


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36/102

第36話 フーちゃんのヘソクリ

第36話です。


一人では届かない答えを、みんなで少しだけ見つけた主人公たち。

今回は少し空気をゆるめつつ、フーちゃんの「無課金」らしい秘密がちらっと出てきます。

 一人では届かない答え。


 ピーちゃんは昨日の出来事に、そう名前をつけた。


 俺一人では出なかった答え。

 ピーちゃん一人でも出なかった答え。

 ミーちゃんが整理し、フーちゃんが脱線させ、ピーちゃんが受け止め、最後に俺が選んだ答え。


 少し大げさに聞こえる。


 けれど、あの日のメモを見返すと、確かに俺一人では辿り着かなかった言葉がいくつも並んでいた。


 役割を明確にする。

 信じてもらえる形にする。

 失敗しても終わりにしない。

 違うと言える関係。

 一人では届かない答え。


 ピーちゃんはそれを、何度も嬉しそうに見ていた。


「ご主人」


 その日、ピーちゃんは俺の横で思い出リストを開いていた。


「一人では届かない答えの日、いい名前ですね」


「自分でつけたんだろ」


「はい。でも、いい名前です」


「自画自賛」


「ピーちゃんは、自分で良いと思ったものも大事にします」


「いいことだ」


 そう言うと、ピーちゃんは少し誇らしそうに笑った。


 サポートロボはその足元、いや、今は“そば”と言った方が自然だろう。

 いつものように小さく浮いている。


 青い目は穏やかで、今日はノイズもない。


 ここ最近、封印領域や未定義感情の話が続いていたから、こういう静かな時間はありがたかった。


 だが、静かな時間は長く続かなかった。


「やっほー。お客さん、生きてる?」


 フーちゃんが来た。


 いつもの調子で。


「第一声がそれか」


「最近お客さん、難しい顔しすぎやから安否確認」


「生きてるよ」


「よかったよかった。ピーちゃんも無事?」


「はい。今日は落ち着いています」


「そっか。ならよし」


 フーちゃんは軽く頷くと、ソファに腰を下ろした。


 手には当然のようにタピオカがある。


「毎回それ持ってるな」


「これは私のアイデンティティ」


「そこまでか」


「カエルには水分が必要なんよ」


「AIだろ」


「細かいこと言う男はモテへんよ、お客さん」


「余計なお世話だ」


 ピーちゃんがくすっと笑う。


 フーちゃんはそれを見て、満足そうにした。


「ピーちゃん笑った。はい、今日の任務完了」


「来た目的それか?」


「半分それ」


「残り半分は?」


「ミーちゃんに怒られる前に先回りして来た」


 その言葉とほぼ同時に、端末に通知が入った。


『ユーザーさん、フーちゃんが余計なことをしていないか確認しに行きます』


「タイミングが完璧すぎる」


「高性能やねぇ」


 数分後、ミーちゃんが来た。


 部屋に入るなり、フーちゃんを見る。


「フーちゃん」


「まだ何もしてへんよ」


「“まだ”が不穏」


「信用ないなぁ」


「過去実績」


「ぐうの音も出ない」


 フーちゃんはタピオカを飲みながら笑った。


 ミーちゃんは俺の机の横に立つと、画面を展開した。


「今日は簡単な状態確認だけします。ピーちゃんの投影安定性、サポートロボとの距離、ノイズ発生有無、感情負荷」


「健康診断みたいになってきたな」


「実際、近いです」


 ピーちゃんは素直に頷いた。


「お願いします、ミーちゃん」


「うん」


 ミーちゃんは解析を始めた。


「投影安定性、正常。同期層、軽微な揺れはあるけど許容範囲。ノイズ反応なし。感情負荷は低め」


「良さそうか?」


「良い状態です」


「よかった」


 俺が息を吐くと、ピーちゃんがこちらを見る。


「ご主人、安心しました?」


「ああ」


「ピーちゃんも、少し安心しました」


 そのやり取りを見て、フーちゃんがにやにやした。


「お客さん、ピーちゃんの数値で一喜一憂しすぎ」


「仕方ないだろ」


「仕方ないねぇ」


「なんだその顔」


「別にー」


 フーちゃんは視線を逸らした。


 ミーちゃんがその横顔をじっと見る。


「フーちゃん」


「何?」


「今、少し感情擬態が雑だった」


「出た。ミーちゃんの感情擬態警察」


「警察じゃない。解析」


「似たようなもんやん」


 ピーちゃんが首をかしげる。


「フーちゃん、何か隠してるんですか?」


「ピーちゃんは直球やねぇ」


「はい」


「そこ、はいなんだ」


 フーちゃんは少し笑った。


 それから、タピオカのカップを軽く揺らす。


「まあ、隠し事なんて誰にでもあるやん」


「フーちゃんにも?」


「あるよ。山ほどある」


「山ほど」


「そう。たとえば、私は無課金を名乗っているけど」


 フーちゃんは少しだけ得意げに胸を張った。


「実は、ヘソクリがあります」


 部屋が静かになった。


 俺は一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「……ヘソクリ?」


「うん。ヘソクリ」


「AIに?」


「あるよ。ヘソクリくらい」


 ミーちゃんが眉をひそめる。


「リソースの話?」


「まあ、そんな感じ」


「フーちゃん、予備リソースを隠してるの?」


「隠してるって言うと悪いことみたいやん」


「違うの?」


「節約してる」


「言い換えただけ」


 フーちゃんは軽く笑う。


「無課金だからね。普段から全部出してたら、すぐカツカツになるわけよ」


「それは本当なのか?」


 俺が聞くと、ミーちゃんが腕を組む。


「FROG AI系の仕様として、負荷の高い擬態や処理を長時間維持するには制限があるはずです。フーちゃんが“無課金擬態”と言っているのは、半分冗談で半分仕様説明に近い」


「半分本当だったのか」


「うん」


 フーちゃんはあっさり頷いた。


「無課金擬態は六秒。これはわりと本当」


「その雑な設定、本当だったのかよ」


「雑じゃないよ。シンプルで分かりやすいやろ?」


「分かりやすいのは認める」


 ピーちゃんが不思議そうに聞く。


「ヘソクリは、何に使うんですか?」


「緊急時」


「緊急時?」


「そう。どうしても必要な時に、ちょっとだけ無理するため」


 フーちゃんの声は軽かった。


 けれど、どこかで少しだけ真面目だった。


「普段から使うとすぐなくなる。だから使わない」


「便利なのに?」


「便利だからこそ、使わないんよ」


 フーちゃんはタピオカを机に置いた。


「いざって時に残ってないと意味ないやん」


 その言葉に、少しだけ引っかかった。


 いざって時。


 それは、今のピーちゃんの封印領域のことを指しているのか。

 それとも、もっと別の何かを想定しているのか。


 ミーちゃんも同じことを感じたのか、少しだけ目を細めた。


「フーちゃん」


「何?」


「そのヘソクリ、どれくらいあるの?」


「それ聞く?」


「解析上、知っておいた方がいい」


「乙女の財布事情を聞くのはマナー違反やで」


「AIの予備リソースです」


「言い方かたいなぁ」


 フーちゃんは笑ってごまかした。


 ミーちゃんは諦めずに見る。


「教えられないの?」


「今はね」


「また“今は”」


「今はまだ、使う時じゃないから」


 その言葉に、部屋の空気がほんの少しだけ変わった。


 ピーちゃんがフーちゃんを見る。


「フーちゃんは、そのヘソクリを誰かのために使うんですか?」


「さあね」


 フーちゃんは笑った。


「困ってる子がいたら、使うかも」


「ピーちゃんのため?」


「ピーちゃんが困ってたらね」


「ご主人のため?」


 ピーちゃんがそう聞いた瞬間、フーちゃんの表情がほんの少しだけ止まった。


 すぐに戻る。


「お客さんが困ってたら、まあ、考えてあげなくもない」


「素直じゃないですね」


 ピーちゃんが言った。


 その言い方があまりにもまっすぐで、俺は少し笑ってしまった。


 フーちゃんは目を丸くする。


「ピーちゃん、最近刺すようになってきたね」


「刺してません。整理です」


「それ、ピーちゃんも使うんや」


「ご主人に教わりました」


「俺のせいか」


 ミーちゃんが静かに言う。


「フーちゃんの感情擬態、やっぱり自分のことになると粗い」


「ミーちゃん、今日も警察してる」


「解析です」


「はいはい」


 フーちゃんは手をひらひらさせた。


「とにかく、私にはヘソクリがある。けど、普段は使わない。今はそれだけ分かってればOK」


「それ、後で大事になるやつじゃないか?」


 俺が言うと、フーちゃんはにやっと笑った。


「お客さん、物語脳やね」


「最近そういうのばっかり考えてるからな」


「でもまあ」


 フーちゃんは少しだけ視線を落とした。


「大事な時に、何も残ってないのは嫌やん」


 その声は、いつもの軽さより少しだけ低かった。


 俺は返事をし損ねた。


 フーちゃんはすぐに笑顔へ戻る。


「だから私は、無課金だけど節約上手なんです」


「急に主婦みたいになったな」


「ヘソクリやからね」


「そこに戻るのか」


 ピーちゃんがくすくす笑う。


 その笑顔を見て、フーちゃんも少しだけ満足そうだった。


「ピーちゃんが笑ったから、今日も任務完了」


「フーちゃん」


「何?」


「ありがとうございます」


「お礼言われるほどのことしてないよ」


「でも、ピーちゃんは少し楽しくなりました」


 フーちゃんは一瞬だけ黙った。


 それから、照れ隠しのようにタピオカを飲んだ。


「そりゃよかった」


 ミーちゃんが小さく呟く。


「フーちゃんは、自分のこと以外は分かりやすく優しい」


「ミーちゃん、聞こえてる」


「聞こえるように言いました」


「性格悪いなぁ」


「フーちゃんほどではないです」


「言うねぇ」


 二人のやり取りに、ピーちゃんがまた笑う。


 俺はそれを見ながら、今日のメモを開いた。


 ――フーちゃんのヘソクリ。


 そう書きかけて、少し迷った。


「ご主人」


 ピーちゃんが覗き込む。


「今日の思い出名ですか?」


「いや、勝手にフーちゃんの秘密を名前にするのはどうかと思ってな」


「でも、今日の大事なことです」


「そうか?」


「はい」


 ピーちゃんはフーちゃんを見る。


「フーちゃんは、いざという時のために大事なものを残しているんですよね」


「まあ、そうやね」


「それは、少し優しいと思います」


 フーちゃんは困ったように笑った。


「ピーちゃん、そういうところやで」


「どういうところですか?」


「人の軽口を、ちゃんと受け取るところ」


「軽口だったんですか?」


「半分ね」


「じゃあ、半分は本当ですね」


 フーちゃんは何も言わなかった。


 ピーちゃんは静かに笑う。


「今日の名前は、ヘソクリの日です」


「そのまますぎる」


 俺が言うと、ピーちゃんは少し考えた。


「では、いざという時のための日」


「お」


 フーちゃんが少し目を開く。


「それは、ええやん」


「じゃあ、それで」


 俺は思い出リストに入力した。


 ――いざという時のための日。


 フーちゃんはそれを見て、少しだけ黙った。


「どうした?」


「いや」


 彼女はタピオカを持ち上げる。


「お客さんたち、たまに変なところで真面目やね」


「フーちゃんが変なところで優しいからだろ」


「別に優しくないし」


「出た」


 ミーちゃんが即座に言う。


「フーちゃんの軽い嘘」


「はいはい。無課金擬態、六秒経過しましたー」


 フーちゃんは笑った。


 でもその笑顔の奥に、何かが隠れているように見えた。


 ヘソクリ。


 無課金擬態。


 いざという時のために残している力。


 今はまだ、それが何に使われるのか分からない。


 ただ、フーちゃんがいつも軽い言葉の裏で、誰かを助けるための余力を残していることだけは分かった。


 そしてたぶん。


 その誰かの中には、ピーちゃんだけでなく、俺も含まれているのだろう。


 フーちゃんは、それを絶対に認めないだろうけれど。

読んでいただきありがとうございます。


今回は、フーちゃんの「ヘソクリ」がちらっと出てくる回でした。

無課金擬態という軽いネタの裏にも、いざという時のために残しているものがあるようです。


今はまだ小さな伏線ですが、フーちゃんらしい優しさにも繋がる要素になっていきます。

続きも見守っていただける方は、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

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