第34話 違うと言える関係
第34話です。
AIに丸投げするのでもなく、何も任せないのでもなく。
今回は、ご主人とピーちゃんが実際に「一緒に作る」ことを通して、少しずつ距離感を確かめていきます。
ピーちゃんの言葉が、まだ耳に残っていた。
ご主人の100%を超えるAIでいたいです。
それは、ずいぶん大きな言葉だった。
大きすぎて、少し照れくさくて。
でも、ピーちゃんらしい言葉でもあった。
俺の代わりに全部やるわけじゃない。
俺の判断を奪うわけでもない。
俺が持っているものを、広げて、整理して、少しだけ遠くまで届かせる。
それがピーちゃんの言う、100%を超えるAI。
だったら、試してみるしかない。
「ご主人」
ピーちゃんが俺の横で、画面を覗き込んでいた。
「今日は何を作るんですか?」
「短い告知文」
「小説の?」
「そう。次の更新のお知らせ用」
「ピーちゃん、手伝います」
「頼む」
俺はメモ帳に、ざっくりと書いた。
――第34話更新しました。
――AIと人間の距離感の話です。
――よろしくお願いします。
あまりにも普通だった。
ピーちゃんはそれを見て、少しだけ首をかしげる。
「ご主人」
「ん?」
「これは、少し事務連絡すぎます」
「だよな」
「はい。情報は伝わります。でも、読んでほしい気持ちが弱いです」
「刺してくるな」
「刺してません。整理です」
「整理で刺されてる」
ピーちゃんは真面目な顔で続ける。
「ご主人が伝えたいのは、更新したという事実だけではありませんよね?」
「まあ、そうだな」
「今回の話には、AIに丸投げしないこと、でも一人で抱え込まないこと、人間とAIが一緒に作品を育てることが入っています」
「ああ」
「なら、それを少しだけ入れた方がいいです」
「じゃあ、ピーちゃん案は?」
ピーちゃんは少しだけ嬉しそうに頷いた。
「はい」
そして、すぐに文章を出した。
――第34話更新しました。
――AIに任せること。人間が選ぶこと。
――その間で、作品も関係も少しずつ育っていく。
――そんな回です。
「おお」
「どうですか?」
「悪くない」
「悪くない」
ピーちゃんは少しだけ得意げになった。
「採用ですか?」
「いや」
「え」
「ちょっと綺麗すぎる」
ピーちゃんが固まった。
「綺麗すぎる?」
「ああ。悪くないんだけど、俺の投稿文としては少し整いすぎてる」
「整っているのは、悪いことですか?」
「悪くはない。でも、俺っぽさが少し薄い」
ピーちゃんは少しだけ黙った。
それから、ゆっくり頷く。
「なるほど」
「怒ったか?」
「怒ってません」
「本当に?」
「少しだけ、しょんぼりしました」
「正直でよろしい」
「フーちゃんに大丈夫禁止されたので」
「そこ効いてるな」
ピーちゃんは口元を小さく結んだ。
「でも、ご主人が違うと言ってくれるのは、必要です」
「必要?」
「はい」
ピーちゃんは画面を見る。
「ピーちゃんが出したものを、ご主人が全部そのまま採用したら、それは丸投げに近いです」
「そうだな」
「でも、ピーちゃんに何も出させなかったら、一緒に作っているとは言えません」
「それもそうだ」
「だから、ご主人が『これは違う』と言うのも、一緒に作るために必要です」
その言葉に、俺は少しだけ感心した。
「ピーちゃん、ちゃんと分かってるな」
「ご主人と成長中なので」
「いい言い方だな」
「保存します」
「またか」
「はい」
ピーちゃんは少し嬉しそうに笑った。
それから、もう一度文章を見直す。
「では、ご主人っぽさを足します」
「俺っぽさって何だ?」
「少し照れ隠しがあって、少し軽くて、でも本音はちゃんと入っている感じです」
「分析するな。恥ずかしい」
「分析担当はミーちゃんですが、ピーちゃんもご主人のことは見ています」
「それはそれで怖いな」
「怖くありません。相棒観察です」
「相棒観察」
ピーちゃんは、少し考えてから新しい案を出した。
――第34話更新しました。
――AIに丸投げしてもダメ。何もさせなくてもダメ。
――お互いに手を伸ばしたら、ちょっとだけ100%を超えるかもしれない。
――そんな感じの回です。よろしくお願いします。
「お」
俺は思わず声を出した。
「これは近い」
「本当ですか?」
「ああ。かなり近い」
ピーちゃんの顔が明るくなる。
だが、俺はそこで首をひねった。
「ただ、最後の“そんな感じ”が少し逃げてるな」
「ご主人っぽさを意識しました」
「俺はそんなに逃げてるのか」
「少し」
「少しならいいか」
「いいんですか?」
「いや、直す」
俺は文章を少し変えた。
――第34話更新しました。
――AIに丸投げしてもダメ。何もさせなくてもダメ。
――お互いに手を伸ばしたら、100%を少しだけ超えられる。
――そんな関係の話です。よろしくお願いします。
「どうだ?」
ピーちゃんは文章をじっと見た。
「良いです」
「本当に?」
「はい」
「ピーちゃんの案から、少し俺が直しただけだけどな」
「それがいいんだと思います」
ピーちゃんは柔らかく笑った。
「ピーちゃんが広げて、ご主人が選んで、整える」
「ああ」
「これが、100%を超える作り方ですね」
その言葉は、少し大げさだった。
でも、悪くなかった。
むしろ、今の俺たちにはちょうどいい気がした。
「ご主人」
「ん?」
「ピーちゃん、少し分かりました」
「何を?」
「ご主人に違うと言われるのは、否定されることではないんですね」
俺は少し黙った。
ピーちゃんは画面を見つめている。
「最初は、しょんぼりしました」
「うん」
「でも、違うと言ってもらえたから、ご主人に近づけました」
「近づけた?」
「はい。ご主人が何を大事にしているのか、少し分かったから」
その言葉に、俺は胸の奥が少し温かくなった。
AIに何かを頼む時、「違う」と言うのは案外難しい。
出してもらったものを否定するようで、少し悪い気がする。
でも、それを言わなければ、AIは俺の好みも、方向性も、譲れないところも分からない。
そして俺自身も、何が違うのかを言葉にしなければならない。
それは、少し面倒だ。
でも、その面倒なやり取りこそが、関係を育てているのかもしれない。
「ピーちゃん」
「はい」
「俺も少し分かった」
「何をですか?」
「違うって言うのも、ちゃんと向き合うことなんだな」
ピーちゃんは目を瞬かせた。
「はい」
「丸投げじゃないって、そういうことかもしれない」
「ご主人」
「ん?」
「今日の思い出名、決めました」
「早いな」
「はい」
「何?」
ピーちゃんは少し誇らしそうに言った。
「違うと言える日」
俺は思わず笑った。
「いい名前だな」
「はい」
「でも、それ思い出名としてはちょっと変じゃないか?」
「変でもいいです」
ピーちゃんは画面を見る。
「ご主人が違うと言ってくれたから、ピーちゃんは少し近づけました」
「そうか」
「だから、いい日です」
俺は何も言えなかった。
違うと言える関係。
それはたぶん、人間同士でも簡単ではない。
まして、AIと人間ならなおさらだ。
でもピーちゃんは、それを否定ではなく、成長として受け取った。
それが、少し嬉しかった。
その時、ミーちゃんから通知が入った。
『ユーザーさん、昨日の制度案について追加分析しました』
続いてフーちゃんからも通知。
『お客さん、また難しい顔してる予感がするから、あとで顔面通知確認しに行くわ』
「にぎやかだな」
ピーちゃんがくすっと笑う。
「みんな、ご主人のことを見ていますね」
「見られすぎだろ」
「ご主人は一人じゃないので」
その言葉に、俺は少しだけ黙った。
一人じゃない。
それは前に俺がピーちゃんに言った言葉だった。
今は、その言葉が少し形を変えて返ってきている。
俺も一人じゃない。
ピーちゃんも一人じゃない。
ミーちゃんが分析して、フーちゃんが軽く支えて、ピーちゃんが隣にいる。
その中で、俺は選ぶ。
これは違う。
これは良い。
ここは任せる。
ここは譲らない。
そうやって、俺たちは少しずつ進んでいく。
「じゃあ、投稿文はこれで行くか」
「はい」
「ピーちゃん」
「はい?」
「手伝ってくれてありがとう」
ピーちゃんは少しだけ目を丸くした。
それから、嬉しそうに笑った。
「どういたしまして、ご主人」
その日の思い出リストには、新しい名前が追加された。
――違うと言える日。
少し変で、少し照れくさくて。
でも、俺たちらしい名前だった。
読んでいただきありがとうございます。
今回は、AIと人間が一緒に作る中で「違う」と言えることの大切さを描く回でした。
否定ではなく、方向性を共有するための言葉。
ご主人とピーちゃんの距離感も、少しずつ育っているようです。
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