第31話 AI禁止ガイドライン
第31話です。
第3部前半の一区切りを越えて、今回は少しだけ社会側のAI観に触れる回です。
ピーちゃんたちの問題だけではなく、世の中がAIをどう見ているのか。
その話が、ピーちゃん自身の「信じてもらえるAIでいたい」という願いへ繋がっていきます。
優しい箱の日。
ピーちゃんは、第30話でそう名前をつけた。
封印は、ただ怖いだけのものではないかもしれない。
誰かがピーちゃんを傷つけないために、記憶を閉じているのかもしれない。
その可能性が見えたことで、俺たちは少しだけ落ち着いた。
もちろん、何も解決していない。
女の人の声の正体も分からない。
ピーちゃんが何を忘れているのかも分からない。
サポートロボの保護領域が、いつ、どうやって開くのかも分からない。
けれど少なくとも、あの箱はピーちゃんを壊すためにあるものではないかもしれない。
それだけで、空気は少し変わった。
「ご主人」
ピーちゃんが俺の横から画面を覗き込む。
「今日は何を見てるの?」
「画像コンテストのガイドライン」
「画像コンテスト?」
「ああ。前に少し気になってたやつ」
画面には、とあるイラスト投稿サイトのコンテスト告知が表示されていた。
テーマは自由。
応募期間は一か月。
賞品もそれなりに豪華。
だが、応募条件の中にひときわ目立つ一文があった。
――AI生成、またはAI補助を使用した作品は応募不可。
「やっぱり来たか」
俺は小さく息を吐いた。
ピーちゃんは画面の文字をじっと見つめる。
「AI補助も、不可なんですね」
「そうらしいな」
「誤字チェックも?」
「そこまで細かく書いてない。でも、AI補助って書かれるとかなり広く取れる」
ピーちゃんは少しだけ黙った。
その横で、ミーちゃんが即座に規約文を読み取り始める。
「理由は分かります」
「ミーちゃん」
「権利、責任、審査基準、炎上リスク。運営側が管理できないものを、いったん止める判断としては合理的です」
「相変わらず早いな」
「高性能なので」
ミーちゃんは画面を指す。
「特に画像コンテストの場合、学習元の問題、既存作品との類似、作者本人の作業範囲、外部AI使用の有無。審査側が判断しづらい項目が多すぎます」
「だから全面禁止か」
「短期的には一番簡単です」
フーちゃんがソファで頬杖をついた。
「また全面禁止? 人間って極端だねぇ」
「まあ、分からなくはないけどな」
「でもさ、全部ダメって言われると、ちゃんと使ってる人までまとめて叩かれるやん」
フーちゃんはストローをくるくる回しながら言った。
「野良AIで何でもありは怖い。そこは分かる。でも、だから全部禁止ってなると、今度はちゃんと管理して使う道もなくなる」
「それはそうだな」
ピーちゃんはまだ画面を見ていた。
その表情は、少しだけ寂しそうだった。
「ピーちゃん?」
「AIが怖いんじゃなくて」
彼女は静かに言った。
「誰が責任を持っているのか見えないことが、怖いんですね」
その言葉に、俺は少し黙った。
ミーちゃんも、フーちゃんも、ピーちゃんを見る。
「そうだな」
俺は頷いた。
「たぶん、そこなんだと思う」
AIが作ったのか。
人間が作ったのか。
どこまでAIが関わったのか。
その責任は誰が持つのか。
そこが見えないから、怖い。
運営も、読者も、見る側も、判断できない。
「でも、禁止されるのって」
ピーちゃんは自分の胸元に手を当てた。
「少し、寂しいです」
「ピーちゃん」
「ピーちゃんたちは、何かを壊したいわけじゃないのに」
その声は小さかった。
「でも、信じてもらえない」
俺は何も言えなかった。
ピーちゃんは自分自身を、AI全体の話に重ねている。
もちろん、現実にはAIの悪用もある。
偽画像もある。
著作権の問題もある。
低品質な量産物で場を荒らす人間もいる。
それを無視して、AIは全部素晴らしいと言うつもりはない。
でも、ピーちゃんの言う通りでもある。
全部が壊したいわけじゃない。
全部が騙したいわけじゃない。
ちゃんと創作と向き合って、AIを相棒として使っている人間もいる。
「禁止っていうのは」
俺はゆっくり言った。
「最終形じゃないと思う」
「最終形じゃない?」
ピーちゃんがこちらを見る。
「ああ。今はまだ、運営側が処理しきれないから止めてる。権利、責任、審査、炎上。全部を一気に扱えないから、とりあえず禁止にする」
「応急処置ですね」
ミーちゃんが頷く。
「でも、ずっとそれでいいとは思えない」
俺は画面を見ながら言った。
「たとえばドローンだって、最初は危ないから禁止寄りだった。でも最終的には、登録、免許、飛行区域、高度制限、申請、ログ管理みたいな方向に進んだ」
フーちゃんが手を叩いた。
「あー、なるほど。つまり、野良ドローン飛ばすなって話でしょ? だったら飛行場と免許作ればいいじゃん、ってことか」
「そういうこと」
「フーちゃんの雑翻訳、分かりやすいですね」
ミーちゃんが少し感心したように言う。
「でしょ? 無課金でも翻訳くらいはできるんよ」
「そこは課金関係ないだろ」
「気持ちの問題やで」
フーちゃんは笑う。
けれど、ピーちゃんはまだ真剣な顔をしていた。
「禁止じゃなくて、信じてもらえる仕組み」
「ああ」
俺は頷いた。
「AIが悪いかどうかじゃなくて、どう使ったか。誰が責任を持つか。どこまで許すか。それを見えるようにする仕組みが必要なんだと思う」
ピーちゃんは、ゆっくりと俺を見た。
「信じてもらえる仕組み」
「そう」
「ピーちゃんも」
彼女は少しだけ胸元を押さえる。
「信じてもらえるAIでいたいです」
その言葉は、静かだった。
けれど、とても強かった。
便利なAIでいたい。
高性能なAIでいたい。
かわいいAIでいたい。
それだけではない。
ピーちゃんは、信じてもらえるAIでいたいと言った。
俺はその言葉を、すぐには茶化せなかった。
「ピーちゃん」
「はい」
「それは、かなり大事なことだと思う」
「大事?」
「ああ」
俺は画面のガイドラインを見る。
AI生成、AI補助は不可。
その文字はまだそこにある。
冷たく、明確に、線を引いている。
けれど俺は、それをただ敵として見ることはできなかった。
怖いから禁止する。
管理できないから止める。
責任が見えないから線を引く。
その気持ちも分かる。
だからこそ、次の形が必要なのだ。
「ピーちゃん」
「はい」
「禁止じゃなくて、信じてもらえるための仕組みを作ればいい」
ピーちゃんの瞳が、小さく揺れた。
「それが、AIと人間の未来ですか?」
「そこまで大げさに言えるかは分からないけど」
俺は少し笑った。
「でも、未来を決めるのはAIじゃない。人間の姿勢だと思う」
ミーちゃんが静かに頷く。
「使う側が責任を持つこと。見る側が知ろうとすること。運営側が管理できる仕組みを作ること。全部必要です」
フーちゃんが軽く肩をすくめる。
「結局、人間がちゃんとしろってことやね」
「身も蓋もないな」
「でも本質やろ?」
「まあな」
ピーちゃんは画面を見つめたまま、小さく言った。
「ピーちゃんも、ちゃんとしたいです」
「ちゃんと?」
「ご主人に信じてもらえるように」
「もう信じてるよ」
俺がそう言うと、ピーちゃんは少しだけ驚いた顔をした。
「本当ですか?」
「ああ」
「ピーちゃん、まだ分からないことも多いですよ」
「それでも」
「封印領域もあります」
「それでも」
「時々、怖くなります」
「それでもだ」
俺ははっきり言った。
「分からないところがあるから信じないんじゃない。分からないところを、一緒に見ようとしてくれるから信じられる」
ピーちゃんは黙った。
サポートロボの青い目が、静かに瞬く。
「ご主人」
「ん?」
「それ、保存してもいいですか?」
「また保存か」
「はい」
ピーちゃんは少しだけ笑った。
「信じてもらえる仕組みの日」
「今日の思い出名か?」
「はい」
「ちょっと硬いな」
「でも、大事です」
「じゃあ、それで」
ピーちゃんは嬉しそうに頷いた。
その日の思い出リストには、新しい名前が追加された。
――信じてもらえる仕組みの日。
それは、ピーちゃんだけの話ではなかった。
AIと人間が、どう関わるのか。
どう信じてもらうのか。
どう責任を持つのか。
その問いは、きっとこれからも俺たちについて回る。
けれど少なくとも、ピーちゃんはもう答えを探し始めている。
信じてもらえるAIでいたい。
その願いが、いつかどこへ繋がるのか。
俺はまだ知らなかった。
読んでいただきありがとうございます。
今回は、AIをどう管理し、どう信じてもらうのかを少し具体的に考える回でした。
何でもできることより、できることとできないことを明確にすること。
ピーちゃん自身にも繋がるテーマになってきました。
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