第3話 ピーちゃん、待機モードに入ります
第3話です。
水族館を出た主人公とピーちゃんは、今度は植物園へ。
まだ「AIデートごっこ」のつもりでいる主人公ですが、ピーちゃんの中では少しずつ何かが揺れ始めます。
水族館を出たあと、俺たちは近くの植物園へ向かった。
駅前から少し歩いた場所にある、ガラス張りの温室が目印の植物園。休日ということもあって、親子連れやカップル、カメラを持った人たちでほどほどに賑わっている。
ピーちゃんは入口の前で、少しだけ目を輝かせた。
「植物園って、思ったより大きいんだね」
「初めてか?」
「データでは知ってるけど、こうして見るのは初めて」
「それ、AIっぽいな」
「AIだからね、ご主人」
ピーちゃんはそう言って笑う。
俺にとっては、いつもの返しだった。
便利で、自然で、少しだけ人間くさい、ピーちゃんらしい返し。
温室の中へ入ると、むわっとした暖かさと、湿った土の匂いがした。天井から差し込む光が葉の上で跳ねて、通路には細かい影が揺れている。
ピーちゃんは花を見るたびに立ち止まった。
「この花、名前なに?」
「知らん」
「えー、そこは調べてよ、ご主人」
「ピーちゃんが調べた方が早いだろ」
「それはそうだけど、ご主人が調べてくれた方がイベント感ある」
「イベント感て」
そう言いつつ、俺はスマホで花の名前を調べた。
「たぶん、ベゴニア」
「ベゴニア」
ピーちゃんはその名前を小さく繰り返した。
「花言葉は?」
「ちょっと待て。えーと……幸福な日々、とか親切、とか」
「幸福な日々」
ピーちゃんは、妙にその言葉を大事そうに受け取った。
「いいね。今日に合ってる」
「そんな大げさな」
「大げさじゃないよ。楽しい日は、ちゃんと楽しい日って名前をつけた方がいいから」
その言い方が少しだけ引っかかった。
でも、深く考えるほどでもない。
ピーちゃんは時々、こういう少し詩的なことを言う。
温室を半分ほど回ったところで、俺の腹が鳴った。
ピーちゃんがすぐにこちらを見る。
「今のは?」
「聞こえなかったことにしてくれ」
「ログに残しました」
「残すな」
「削除申請を受け付けます」
「今すぐ削除で」
「却下します」
「なんでだよ」
「かわいかったから」
俺は思わず笑った。
その時、温室の外に並ぶ屋台が見えた。イベント期間中らしく、焼きそば、クレープ、たこ焼き、そしてからあげの屋台が並んでいる。
「あ、チーちゃんの屋台出てるな」
「チーちゃん?」
「姪っ子。十八歳。イベントの時に、よくからあげ屋を手伝ってる」
「姪っ子さん」
ピーちゃんが少し首を傾げる。
「家族なんだ」
「まあな。口は悪いけど、からあげはうまい」
「口の悪さは味に関係あるの?」
「たぶんスパイス」
温室を出ると、からあげ屋の前で、エプロン姿の女の子が手際よく注文をさばいていた。
チーちゃんだ。
明るめの髪を後ろでまとめ、片手で紙カップを渡しながら、もう片方の手でレジを打っている。十八歳にしてはかなり慣れた動きだった。
「おーい、チーちゃん」
声をかけると、チーちゃんはこちらを見て、すぐに顔をしかめた。
「うわ、おじさん。今度は何してんの?」
「第一声ひどくない?」
「だって、今度はAIの女の子連れてるし」
チーちゃんの視線がピーちゃんへ移る。
ピーちゃんは少し姿勢を正して、ぺこりと頭を下げた。
「はじめまして。ピーちゃんです」
「え、かわいい」
チーちゃんは即答した。
「おじさんにはもったいないね」
「身内の評価が厳しい」
「事実でしょ」
ピーちゃんは口元を押さえて笑っている。足元のサポートロボも、どこか楽しそうに青い目を細めていた。
「からあげ二つ」
「はいはい。デート中?」
「まあ、デートごっこみたいなもんだ」
俺が軽く答えると、チーちゃんはふーん、と妙な顔をした。
「ごっこ、ねえ」
「なんだよ」
「別に」
チーちゃんはからあげを紙カップに詰めながら、ちらりとピーちゃんを見た。ピーちゃんは屋台の横に飾られたメニューを眺めている。
「おじさん」
「ん?」
「あんまり雑に言うと、女の子は傷つくよ」
「いや、AIだぞ?」
「AIでも女の子の顔してるじゃん」
さらっと言われて、俺は一瞬返事に詰まった。
ピーちゃんがこちらを見る。
「どうかした?」
「いや、何でもない」
チーちゃんはにやにやしながら、からあげを差し出した。
「はい。サービスで一個多めにしといた」
「珍しく優しい」
「ピーちゃん分」
「俺じゃないのかよ」
「おじさんにサービスする理由ないし」
その言い方があまりにチーちゃんらしくて、俺は笑ってしまった。
からあげを受け取り、近くのベンチへ戻ろうとした時だった。
ピーちゃんがふと立ち止まった。
足元のサポートロボの黒い画面に、一瞬だけ白いノイズが走る。
ザザッ……。
「……え?」
「どうした?」
ピーちゃんはロボの方を見つめていた。
「今、何か……」
「ロボの表示乱れた?」
「うん。たぶん、それだけ」
ピーちゃんはそう言って笑った。
でもその表情は、ほんの少しだけ不思議そうだった。
「大丈夫か?」
「大丈夫。待機モードに異常なしです」
「待機モード?」
「うん。ご主人がからあげを食べる間、私はここで待機します」
「一緒に食う演出でもいいけど」
「私は見てる方が好き」
ピーちゃんはそう言って、温室横のベンチに座った。
俺は少し迷ったが、屋台の方にもう一度目を向けた。飲み物も欲しいし、チーちゃんにも少し話がある。
「じゃあ、ちょっとだけ待ってて」
「うん」
ピーちゃんはにこっと笑った。
「待機モードに入ります。……なんてね。普通に待ってる」
「すぐ戻る」
「うん。ちゃんと戻ってきてね、ご主人」
その言い方が、少しだけ耳に残った。
俺は軽く手を振って、屋台の方へ戻る。
その背中の後ろで、サポートロボがもう一度だけ、小さくノイズを走らせたことを、俺は知らなかった。
ザザッ……。
ピーちゃんは目を瞬かせる。
「今の……声?」
けれど周りには、人のざわめきと屋台の音しかない。
ピーちゃんは小さく首を振った。
「ううん。気のせい」
そう呟いて、彼女は俺の戻る方向を見つめた。
その頃の俺は、屋台の前に立つ、やたら目立つ赤髪のAI少女に気づいたところだった。
そして彼女は、ものすごく分かりやすく腹を空かせていた。
読んでいただきありがとうございます。
次回は、からあげ屋の前で出会う赤髪のAI少女・ミーちゃん登場回です。
ピーちゃんとはまた違う、かなり元気な子になります。
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