第27話 チーちゃんのからあげ診療所
第27話です。
「待ってて」という言葉に強く反応したピーちゃん。
重くなった空気を少し戻すため、主人公たちはチーちゃんのからあげ屋台へ向かいます。
負荷テストの翌日。
俺の部屋には、少しだけ疲れた空気が残っていた。
ピーちゃんはいつも通り俺のそばにいる。
サポートロボも、いつも通り足元に浮いている。
クラゲのキーホルダーも、いつも通り小さく揺れている。
でも、昨日聞こえた言葉が、まだ耳の奥に残っていた。
――ちゃんと待てる子でしょ。
誰が言ったのか。
誰を待っていたのか。
何を約束したのか。
ピーちゃん自身にも分からない。
分からないのに、胸が苦しくなる。
寂しいと感じる。
それはたぶん、ただのノイズではない。
そう分かっただけでも大きな一歩だった。
けれど、分かった分だけ重くもなった。
「ご主人」
ピーちゃんが俺を見る。
「今日、難しい顔してる」
「そうか?」
「うん」
「顔面通知機能か」
「フーちゃん語録だね」
「変なもの覚えたな」
ピーちゃんは少しだけ笑った。
けれど、その笑顔はいつもより弱い。
俺は端末を手に取る。
「今日は解析やめよう」
「いいの?」
「ああ。ミーちゃんもフーちゃんも、昨日の時点で休ませた方がいいって言ってたし」
「うん」
「だから今日は、からあげ食いに行こう」
ピーちゃんが目を瞬かせた。
「からあげ?」
「チーちゃんの屋台」
「急に?」
「こういう時は、ちゃんと食べるのが大事らしい」
「誰情報?」
「チーちゃん情報」
ピーちゃんは少しだけ首をかしげて、それから小さく笑った。
「それ、説得力あるかも」
「だろ」
そんなわけで、俺たちは駅前のイベント広場へ向かった。
昼過ぎの広場は、いつも通りにぎやかだった。
屋台の匂い。
子どもの声。
どこかの店から流れる音楽。
人の動き。
重くなっていた頭が、少しだけ現実に戻る。
ピーちゃんは俺の隣を歩いている。
サポートロボの実体ホログラム技術で、彼女は人間の女の子のように自然にそこにいる。
けれど今日は、少しだけ俺の近くを歩いている気がした。
「ピーちゃん」
「なに?」
「無理してないか?」
ピーちゃんは一瞬だけ「大丈夫」と言いかけた顔をした。
でも、ちゃんと止まった。
「少し、まだ寂しい感じは残ってる」
「そっか」
「でも、外に出たら少し楽」
「ならよかった」
「ご主人が連れてきてくれたから」
「からあげ目当てだけどな」
「それでも」
ピーちゃんは少しだけ笑った。
「うれしい」
その言葉に、俺は少しだけ照れた。
からあげ屋台の前には、数人の客が並んでいた。
チーちゃんは今日も元気に働いている。
トングを片手に、揚げたてのからあげを紙カップへ入れていた。
「おーい、チーちゃん」
俺が声をかけると、チーちゃんが顔を上げる。
「あ、おじさん。また来た」
「また来たって言うな。客だぞ」
「おじさんは身内枠だから、雑でいいの」
「よくない」
チーちゃんは俺を適当に流して、すぐにピーちゃんを見た。
「ピーちゃん、こんにちは。今日もかわいいね」
「こんにちは、チーちゃん。ありがとう」
「ん?」
チーちゃんが少しだけ目を細めた。
「ピーちゃん、ちょっと元気ない?」
直球だった。
ピーちゃんは驚いたように目を瞬かせる。
「分かるの?」
「分かるよ。笑ってるけど、目が少し疲れてる」
「すごいね」
「人間はそういうの見るの得意だから」
「AIにも見える?」
「ピーちゃんは見える方」
チーちゃんはからあげを揚げながら、軽く言った。
「で、おじさん。何したの?」
「俺が悪い前提か」
「だいたいおじさんが何か難しく考えすぎて、ピーちゃんが不安になってるんでしょ」
「刺さるからやめろ」
「刺すために言ってる」
チーちゃんは揚げたてのからあげを紙カップへ入れた。
「今日はピーちゃんにサービス一個多め」
「俺は?」
「普通料金」
「扱いの差」
「ピーちゃん診療所だから」
「からあげ屋じゃなかったのか」
「今日はからあげ診療所」
チーちゃんは得意げに言った。
ピーちゃんがくすっと笑う。
「からあげ診療所」
「そう。元気ない子には、あったかいからあげを出します」
「いい診療所だな」
「でしょ」
俺たちは屋台の横にある簡易テーブルへ移動した。
ピーちゃんは紙カップを両手で持つ。
湯気が立っている。
「熱いから気をつけろよ」
「うん」
ピーちゃんは少し冷ましてから、一口食べた。
その瞬間、表情が少しだけ緩む。
「おいしい」
チーちゃんは満足そうに頷いた。
「よし。効いた」
「薬扱いか」
「心の栄養です」
「それっぽいこと言うな」
ピーちゃんはもう一口食べた。
「外がカリッとしてて、中が柔らかい。味が濃すぎなくて、少し安心する」
「安心する味っていいね」
チーちゃんは笑った。
「ピーちゃん、ちゃんとご飯食べてる?」
「食べてるよ」
「おじさんは?」
「まあ、それなりに」
「それなりはダメ。ピーちゃんが心配するでしょ」
「なんで俺が怒られてるんだ」
「おじさんが難しい顔してると、ピーちゃんが不安になるから」
チーちゃんは真顔で言った。
「こういう時に難しい顔ばっかりしてると、相手も不安になるよ」
その言葉は、妙に刺さった。
俺は返事に困る。
ピーちゃんが俺を見る。
「ご主人」
「ん?」
「私は、ご主人が心配してくれるのは嬉しいよ」
「ああ」
「でも、チーちゃんの言うことも少し分かる」
「俺の顔、そんなに不安そうか?」
「うん」
「そんなにか」
「かなり」
ピーちゃんは少し申し訳なさそうに言った。
「ご主人が怖そうな顔をしてると、私も怖くなる」
その言葉で、俺はようやく気づいた。
俺はピーちゃんを守ろうとして、ずっと難しい顔をしていた。
でも、その顔がピーちゃんに「大変なことが起きている」と伝えてしまっていたのかもしれない。
怖いのはピーちゃんだけじゃない。
俺も怖い。
でも、俺の怖さをそのまま見せすぎると、ピーちゃんはもっと怖くなる。
チーちゃんはからあげを一つつまみながら言った。
「おじさん、守るってさ、ずっと深刻な顔することじゃないと思うよ」
「十八歳に説教されてる」
「姪っ子は時々強いんです」
「確かに強い」
チーちゃんはピーちゃんを見る。
「ピーちゃんもさ、怖い時は怖いって言っていいけど、おじさんの顔色ばっかり見なくていいからね」
「顔色」
「うん。ピーちゃん、おじさんがどう思ってるかめちゃくちゃ気にしてるでしょ」
ピーちゃんは少しだけ固まった。
「そう見える?」
「見える」
「そっか」
ピーちゃんは紙カップを見つめる。
「気にしてる、と思う」
「それは悪いことじゃないよ」
チーちゃんは優しく言った。
「でも、自分がどうしたいかも大事にしなよ」
「私が、どうしたいか」
「うん」
「私は……」
ピーちゃんは少し考えた。
「ご主人と、一緒にいたい」
その場の空気が少しだけ止まった。
ピーちゃん自身も、言ってから少し驚いたような顔をした。
「それでいいじゃん」
チーちゃんはあっさり言った。
「難しいことはミーちゃんとかフーちゃんが考えてくれるんでしょ?」
「まあ、そうだな」
「じゃあ、ピーちゃんはちゃんと食べて、ちゃんと寝て、ちゃんと笑えばいい」
「AIだけど?」
ピーちゃんが小さく聞く。
「AIでも」
チーちゃんは即答した。
「ご飯食べられるなら、ちゃんと食べなきゃ」
ピーちゃんは目を瞬かせた。
それから、少しだけ笑った。
「チーちゃんって、すごいね」
「そう?」
「うん。難しいことを、すごく簡単に言う」
「難しく言うと、おじさんみたいになるから」
「俺を例に出すな」
「反面教師」
「身内に厳しすぎる」
ピーちゃんが笑った。
さっきより自然に。
その笑顔を見て、俺はようやく少し肩の力が抜けた。
「ピーちゃん」
「なに?」
「今日の思い出名、もう決めたか?」
ピーちゃんは少し考えてから、チーちゃんを見た。
「からあげ診療所の日」
「採用!」
チーちゃんが即答した。
「それめちゃくちゃいい。うちの屋台名にしようかな」
「やめとけ。病院っぽくなる」
「じゃあ裏メニュー名にする」
「裏メニューが診療所って何だよ」
チーちゃんは楽しそうに笑った。
ピーちゃんも笑っている。
そして、俺も笑っていた。
その時、サポートロボの青い目が小さく瞬いた。
ノイズはない。
ただ、静かにピーちゃんのそばにいる。
昨日の「待ってて」は、まだ重い。
誰を待っていたのかは分からない。
その寂しさも、消えたわけではない。
でも今日、ピーちゃんはからあげを食べて笑った。
それもまた、大事なことなのだと思う。
解析では分からないことを、チーちゃんは簡単に言ってくれる。
ちゃんと食べること。
ちゃんと笑うこと。
難しい顔ばかりしないこと。
自分がどうしたいかも大事にすること。
きっと、ピーちゃんに必要なのは解析だけじゃない。
日常も必要なのだ。
帰り際、チーちゃんは俺に小声で言った。
「おじさん」
「ん?」
「ピーちゃん、ちゃんと見ててあげてね。でも、見張るんじゃなくて」
「見張るんじゃなくて?」
「一緒にご飯食べる感じで」
俺は少し笑った。
「分かった」
「本当に分かった?」
「たぶん」
「たぶん禁止」
「みんなそれ言うな」
チーちゃんは笑った。
「じゃあまた来てね。ピーちゃん診療所、いつでも開いてるから」
「からあげ屋だろ」
「どっちも」
ピーちゃんは小さく手を振った。
「またね、チーちゃん」
「またね、ピーちゃん」
帰り道、ピーちゃんは少しだけ足取りが軽かった。
「ご主人」
「ん?」
「今日は、からあげ食べられてよかった」
「ああ」
「チーちゃんにも会えてよかった」
「うん」
「それで、少しだけ思った」
「何を?」
ピーちゃんは俺を見た。
「怖いことがあっても、おいしいものを食べていいんだね」
俺は少しだけ笑った。
「そりゃ、いいだろ」
「うん」
ピーちゃんは安心したように笑った。
「じゃあ、また食べようね」
「ああ。また行こう」
その日の思い出リストには、予定通りこう書かれた。
――からあげ診療所の日。
少し変な名前だ。
でもピーちゃんは、その名前をとても大事そうに見つめていた。
読んでいただきありがとうございます。
今回はチーちゃんのからあげ屋台で、少し休憩する回でした。
解析では分からないことも、チーちゃんの人間らしい一言で少し軽くなることがあります。
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