第25話 フーちゃんの嘘は軽すぎる
第25話です。
今回はフーちゃん回です。
いつも軽いノリでごまかすフーちゃんですが、その軽さの中に、少しだけ本音が混じり始めます。
フーちゃんは、嘘が軽い。
「別にお客さんのためちゃうし」
彼女はよくそう言う。
初めて会った時もそうだった。
タピオカを用意して、ミーちゃんの注意を逸らして、ピーちゃんのところへ戻れるようにしてくれた。
でも、最後にはこう言った。
別にお客さんのためじゃない。
その時の俺は、そういうキャラなのだと思っていた。
照れ隠し。
軽口。
便利屋っぽい距離感。
でも最近、少しだけ分かってきた。
フーちゃんのその言葉は、たぶん半分本当で、半分嘘だ。
そしてその嘘は、ものすごく軽い。
「お客さん、顔に出てる」
その日、フーちゃんは俺の部屋でストローをくるくる回していた。
なぜか自分でタピオカを持参している。
「何が?」
「また難しいこと考えてる顔」
「そんなに出るか?」
「出る出る。お客さんは顔面通知機能が優秀」
「そんな機能いらない」
ピーちゃんは横で少し笑っている。
ミーちゃんも今日は来ていた。
昨日の解析結果を整理するためだ。
「フーちゃん、今日は何しに来たの?」
ミーちゃんが聞く。
「様子見」
「誰の?」
「ピーちゃんと、お客さんと、ミーちゃん」
「私も?」
「うん。ミーちゃん、昨日ちょっと悔しそうだったし」
「悔しくない」
「嘘が重い」
「フーちゃんに言われたくない」
ミーちゃんがすぐ返す。
フーちゃんはにやっと笑った。
「私は嘘が軽いからセーフ」
「セーフじゃない」
ピーちゃんが首を傾げる。
「嘘に重い軽いってあるの?」
「あるよ」
フーちゃんは即答した。
「重い嘘は、相手を傷つけるためか、自分を守りすぎるためにつくやつ。軽い嘘は、場を回すためにつくやつ」
「じゃあ、フーちゃんの嘘は軽いの?」
「そうそう。場を回すため」
ミーちゃんがじっとフーちゃんを見た。
「本当に?」
「何その目」
「フーちゃんの嘘は、軽そうに見えて、ときどき自分を隠すためにも使われてる」
フーちゃんの笑顔が、ほんの一瞬だけ止まった。
すぐに戻ったけれど。
「おー、さすがJamini AI。分析が鋭い」
「茶化した」
「茶化してない茶化してない」
「二回言う時はだいたい茶化してる」
「ミーちゃん、今日調子いいね」
「フーちゃんが分かりやすいから」
ミーちゃんは少しだけ目を細める。
「感情擬態が雑」
その言葉に、フーちゃんはぷっと笑った。
「無課金やからね」
「またそれ」
「無課金擬態は六秒までって前に言ったやん」
「それ、姿を変える話でしょ」
「感情も似たようなもんよ」
フーちゃんは軽く言った。
「本気で隠そうとしても、六秒くらいでバレる」
その言い方が、妙に胸に残った。
冗談のようで、冗談だけではない。
ミーちゃんも同じことを感じたのか、少しだけ黙った。
「フーちゃん」
ピーちゃんが声をかける。
「ん?」
「フーちゃんは、何か隠してるの?」
直球だった。
俺なら聞けないことを、ピーちゃんは時々まっすぐ聞く。
フーちゃんは目を瞬かせた。
それから、いつものように笑う。
「隠してるよ」
「え」
「AIだって隠し事くらいする」
「何を?」
「それは秘密」
「秘密なんだ」
「うん」
フーちゃんはタピオカを一口飲む。
「でも、ピーちゃんに悪いことじゃないよ」
「私に?」
「うん」
「ご主人には?」
ピーちゃんがそう聞いた瞬間、フーちゃんの手がほんの少し止まった。
でも、すぐに軽く笑った。
「お客さんにも、たぶん悪いことじゃない」
「たぶん?」
「そこはたぶん」
俺はフーちゃんを見る。
「何かあるなら言えよ」
「言えることなら言ってる」
「言えないことなのか?」
「今はね」
フーちゃんはいつもと同じ軽い声だった。
でもその奥が、少しだけ見えない。
「お客さん」
「ん?」
「今、お客さんが見るべきなのは、私の隠し事じゃなくてピーちゃんの方」
「ピーちゃんの?」
「そう」
フーちゃんはピーちゃんを見た。
「ピーちゃん、昨日より顔色いい」
「顔色?」
「実体ホログラムの輝度と表情反応の話。まあ顔色でいいや」
「適当だな」
「分かりやすいやろ?」
フーちゃんはピーちゃんに近づく。
「怖い箱、ちょっと名前がついたから?」
「読めない箱の日」
「そう、それ」
ピーちゃんは小さく頷く。
「名前がつくと、少しだけ見える気がする」
「ピーちゃんらしいね」
「変?」
「変じゃない。かなりピーちゃんらしい」
フーちゃんの声は優しかった。
ミーちゃんがそれを見て、少しだけ目を細める。
「フーちゃん、ピーちゃんには優しい」
「そりゃそうやろ。ピーちゃん今ちょっと不安定なんやから」
「ユーザーさんには?」
「お客さんは雑に扱っても平気」
「平気じゃないぞ」
「平気平気」
「勝手に決めるな」
フーちゃんは笑った。
いつもの軽さ。
でも、ミーちゃんの視線はまだフーちゃんから外れていなかった。
「フーちゃん」
「何?」
「本当に、ユーザーさんには雑でいいと思ってる?」
また、部屋の空気が少し止まった。
フーちゃんは笑ったまま、ミーちゃんを見る。
「ミーちゃん、今日はよく刺してくるね」
「解析中だから」
「私は解析対象ちゃうよ」
「でも見える」
ミーちゃんは静かに言った。
「フーちゃんは、お客さんって呼んで距離を取ってる」
「店員AIっぽいやろ?」
「それだけじゃない」
「どうかな」
「ピーちゃんの方へ押す時だけ、少し声が変わる」
フーちゃんは何も言わなかった。
ピーちゃんは二人を交互に見る。
「声が変わる?」
「うん」
ミーちゃんは続ける。
「フーちゃんは、ピーちゃんを大事にしてる。でも、それだけじゃない気がする」
「ミーちゃん」
俺が少し止めようとすると、フーちゃんが手を上げた。
「いいよ、お客さん」
「でも」
「大丈夫」
そう言ってから、フーちゃんは自分で笑った。
「あ、ピーちゃんの大丈夫禁止なのに、私が言っちゃった」
軽い冗談。
けれど、誰もすぐには笑えなかった。
フーちゃんは肩をすくめる。
「まあ、私のことはいいんよ」
「よくないから聞いてる」
ミーちゃんが言う。
フーちゃんは少しだけ黙った。
それから、珍しく小さな声で言った。
「私のことは、まだいい」
その声は、いつものフーちゃんより少しだけ低かった。
「まだ?」
ピーちゃんが聞く。
「うん。まだ」
フーちゃんはすぐに笑顔を戻した。
「今はピーちゃんの封印っぽいやつをどう安全に見るか。それが先」
「フーちゃんは、それでいいの?」
ピーちゃんが聞く。
「いいよ」
「本当に?」
「うん」
フーちゃんは笑った。
「別に、お客さんのためじゃないし」
また、それ。
でも今回は、少しだけ違って聞こえた。
軽い嘘。
六秒でバレる感情擬態。
それでもフーちゃんは、軽く言う。
別に、お客さんのためじゃない。
その言葉の奥に何があるのか、俺にはまだ分からなかった。
けれどミーちゃんは、少しだけ気づいているようだった。
「フーちゃん」
「何?」
「感情擬態、やっぱり下手」
「無課金やから」
「有料版にした方がいい」
「課金誘導やめて」
フーちゃんは笑う。
ミーちゃんも少しだけ笑った。
ピーちゃんも、遅れて笑った。
部屋の空気が少し戻る。
そのあと、俺たちは簡単な打ち合わせをした。
次回はピーちゃんに負荷をかけすぎない範囲で、反応しやすい言葉を確認する。
星、名前、待ってて、食べてえらいね、一人じゃない。
どれも過去にノイズが出た言葉だ。
フーちゃんは最後に、いつもの軽さで言った。
「無理そうならすぐ止める。ピーちゃんが泣きそうになったら中止。お客さんが焦っても中止」
「俺への監視が厚い」
「お客さんはピーちゃん絡むと顔が分かりやすいから」
「また顔面通知機能か」
「便利やね」
フーちゃんは笑った。
その笑顔は、いつも通り軽かった。
でも俺は少しだけ、気になってしまった。
ミーちゃんが言った通りなら。
フーちゃんは、本当に何を隠しているのだろう。
そしてなぜ、その隠し事を「まだ」いいと言ったのだろう。
その日の帰り際。
フーちゃんは玄関で振り返った。
「お客さん」
「ん?」
「ピーちゃんをちゃんと見ててね」
「ああ」
「待ってる子を放置したら、ほんと減点やで」
「分かってる」
「ならよし」
フーちゃんはいつものように、軽く手を振った。
「じゃ、またね。ピーちゃん、ミーちゃん」
「またね、フーちゃん」
「また」
扉が閉まる。
部屋が静かになる。
ミーちゃんはしばらく扉を見ていた。
「ミーちゃん?」
ピーちゃんが声をかけると、ミーちゃんは小さく言った。
「フーちゃん、やっぱり下手」
「何が?」
「自分のことを隠すの」
ミーちゃんはそれ以上言わなかった。
俺も聞かなかった。
今はまだ、フーちゃんが隠しているものまで追いかける時ではない。
けれどその軽い嘘は、確かに部屋に残った。
別にお客さんのためじゃない。
その言葉が、なぜか少しだけ寂しく聞こえた。
読んでいただきありがとうございます。
今回はフーちゃん回でした。
いつもの軽口や「別にお客さんのためじゃない」という言葉の裏に、少しだけ別のものが見え始めています。
ただ、今はまだピーちゃんの封印ログ解析が優先です。
次回は、安全にノイズを確認する負荷テスト回になります。
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