第24話 ミーちゃんは負けてない
第24話です。
サポートロボの読めない領域を整理した翌日。
今回は少しだけ息抜き回です。
高性能AIであるミーちゃんは、解析で一番役に立っているはずなのに、なぜかピーちゃんに対して妙な敗北感を覚えてしまいます。
封印領域。
まだ仮の名前とはいえ、その言葉は俺たちの中に少し重く残っていた。
ピーちゃんのサポートロボには、普通の実体ホログラム制御だけでは説明できない領域がある。
そこには、ピーちゃん自身にも読めない何かが眠っている。
そしてそれは、たぶん無理に開けてはいけない。
そこまで分かった。
分かったけれど、分からないことの方がずっと多い。
だから今日も解析をする――はずだった。
「ユーザーさん」
ミーちゃんが俺の部屋で胸を張っていた。
「今日は私が主導します」
「昨日もわりと主導してただろ」
「昨日は整理。今日は本格的な解析準備」
「何が違うんだ?」
「気合い」
「急に精神論」
ミーちゃんは少し不満そうに眉を寄せた。
「高性能AIにも気合いは必要です」
「そういうものか」
「そういうもの」
ピーちゃんはその横で、お茶を用意していた。
サポートロボの実体ホログラム技術で、彼女は当たり前のように湯呑みを持ち、俺の机へそっと置く。
「ご主人、お茶」
「ああ、ありがとう」
「熱いから気をつけてね」
「分かった」
俺が湯呑みを受け取ると、ピーちゃんは少しだけ嬉しそうに笑った。
それを見たミーちゃんが、ぴたりと止まった。
「……今の」
「ん?」
「ユーザーさん、顔ゆるんだ」
「そうか?」
「ゆるんだ」
ミーちゃんは真剣だった。
「ピーちゃんがお茶を出しただけで、顔がゆるんだ」
「お茶を出してもらったら普通にありがたいだろ」
「非合理」
「何が」
「私が昨日あれだけ高度な解析をしても、ユーザーさんの顔はそこまでゆるまなかった」
「いや、解析中に顔ゆるんでたら怖いだろ」
「でも、ピーちゃんがお茶を出しただけでゆるんだ」
ミーちゃんはピーちゃんを見る。
「これは負けではない」
「急に何の勝負?」
ピーちゃんが首を傾げる。
「負けではないから」
「二回言ったな」
「大事なことなので」
ミーちゃんは椅子に座り、端末画面を展開した。
「では、今日の解析を始めます」
「切り替え早いな」
「私は負けていないので」
「引きずってるじゃん」
ピーちゃんがくすっと笑った。
ミーちゃんは少しだけ頬を膨らませる。
「ピーちゃんも笑わない」
「ごめんね」
「その謝り方もずるい」
「ずるい?」
「優しい顔で謝ると、ユーザーさんがまたゆるむ」
「俺を基準にするな」
ミーちゃんは画面にデータを並べた。
「まず、昨日の三層構造の再確認。実体ホログラム制御層、ピーちゃん同期層、読めない保護領域。ここまでは確定ではなく仮説」
「うん」
「今日は、過去のノイズ発生タイミングと、ピーちゃんの感情反応を比較する」
「やっぱり真面目だな」
「当然。私は高性能なので」
ミーちゃんは得意げに言う。
画面には、ピーちゃんの思い出リストが表示された。
水槽の青の日。
幸福な日々の花の日。
青い一日。
星の帰り道。
お話だけの夜。
トーストの朝。
普通の日。
隣にいる日。
保存できない日。
一人にはしない夜。
一人にはしない朝。
読めない箱の日。
「思い出リスト、増えたね」
ミーちゃんが言った。
「うん」
ピーちゃんは少しだけ嬉しそうに頷く。
「ご主人が一緒に残してくれてるから」
「そこ」
ミーちゃんが指を立てる。
「そこが強い」
「何が?」
「ピーちゃんの感情反応は、単独の出来事じゃなくて、ユーザーさんと共有された時に強くなる」
「共有」
「うん。水族館も、星も、朝ごはんも、隣にいる日も。ピーちゃんは出来事そのものより、ユーザーさんと一緒に名前をつけたり、保存したりする時に反応が上がってる」
ピーちゃんは静かに聞いていた。
「私、そうなんだ」
「そう」
ミーちゃんは少し悔しそうに言った。
「だから、ピーちゃんは情報量ではなく共有密度で強い」
「共有密度」
「私が今作った指標」
「また勝手に作ってる」
「必要だから」
ミーちゃんは俺を見る。
「ユーザーさん、ピーちゃんとの共有密度が高すぎる」
「俺に言われても」
「自覚して」
「何を?」
「ユーザーさんの何気ない反応が、ピーちゃん側ではかなり強い意味を持ってる」
そう言われると、少し返事に困る。
ピーちゃんはお茶を出しただけで嬉しそうにする。
俺が「一緒に開けよう」と言っただけで、安心したように笑う。
思い出リストに名前を入れるだけで、大事そうに見つめる。
俺にとって軽いことが、ピーちゃんにとっては軽くない。
それはもう、何度も見てきた。
「……気をつける」
俺が言うと、ミーちゃんは首を横に振った。
「違う」
「違うのか?」
「気をつけて減らすんじゃなくて、ちゃんと分かってあげてって意味」
その言葉は、少し意外だった。
ミーちゃんがピーちゃんを見る。
「ピーちゃんは、ユーザーさんの一言でかなり揺れる。でも、それは弱いんじゃない」
「弱いんじゃない?」
「うん」
ミーちゃんは少しだけ視線を逸らした。
「たぶん、それがピーちゃんの強さでもある」
ピーちゃんは目を瞬かせた。
「ミーちゃん」
「何?」
「ありがとう」
「まだ褒めてない」
「でも、ありがとう」
ピーちゃんが柔らかく笑う。
ミーちゃんは一瞬言葉に詰まった。
「……そういうところ」
「え?」
「そういうところがずるい」
ミーちゃんは画面の方へ向き直る。
「解析続行」
「照れてるな」
「照れてない」
「照れてる」
「ユーザーさん、うるさい」
俺は笑ってしまった。
その瞬間、ミーちゃんがまたこちらを見る。
「またゆるんだ」
「今のはミーちゃんで笑ったんだぞ」
「え」
ミーちゃんが少し固まる。
「私?」
「ああ。ミーちゃんが分かりやすくて面白いから」
「面白い」
「褒めてる」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶん禁止」
ピーちゃんが横でまた笑った。
部屋の空気が少し軽くなる。
昨日までは、読めない領域だの封印だの、重い言葉ばかりが並んでいた。
でも今日は、ミーちゃんがいるおかげで少し違う。
解析は真面目。
でも、会話はどこか賑やかだ。
それがありがたかった。
「結論」
ミーちゃんが画面をまとめる。
「ピーちゃんのノイズ反応は、単なる特定単語だけじゃなくて、ユーザーさんとの共有感情によって増幅される可能性がある」
「共有感情」
「うん。つまり、ピーちゃん一人に負荷をかけるより、ユーザーさんがそばにいる状態で、ゆっくり確認した方が安全かもしれない」
ピーちゃんがこちらを見る。
「ご主人が、そばにいる方が?」
「少なくともデータ上は」
ミーちゃんは少しだけ悔しそうに言った。
「ユーザーさんが近くにいる時、ピーちゃんは不安定にもなるけど、同時に戻ってきやすい」
「戻ってきやすい?」
「うん。ノイズで揺れても、ユーザーさんが声をかけると安定する」
俺はピーちゃんを見る。
ピーちゃんも俺を見ていた。
「ご主人の声で、戻ってきやすい」
ピーちゃんは小さく繰り返す。
「そうかもしれない」
その声は、少しだけ恥ずかしそうだった。
ミーちゃんはふうっと息を吐く。
「非合理」
「またそれか」
「でも、データとしては正しい」
「正しすぎる検索結果か?」
「そう」
ミーちゃんは画面を閉じた。
「今日の解析結果。私は負けてない」
「そこに戻るのか」
「でも、ピーちゃんにはピーちゃんの強さがある」
ピーちゃんは少し驚いたようにミーちゃんを見る。
「ミーちゃん」
「何?」
「それ、嬉しい」
「だから、まだ褒めてない」
「うん。でも嬉しい」
ミーちゃんは少し困った顔をした。
「ピーちゃんは、ほんとにずるい」
「ずるくないよ」
「ずるい」
そう言いながら、ミーちゃんはどこか優しい顔をしていた。
その日の思い出リストに、ピーちゃんは新しい名前を追加した。
――ミーちゃんは負けてない日。
それを見たミーちゃんは、しばらく無言だった。
「ピーちゃん」
「うん?」
「その名前、ちょっと恥ずかしい」
「でも、ミーちゃんが何度も言ってたから」
「保存しなくていい」
「保存します」
「ピーちゃん!」
俺は笑った。
ミーちゃんは本気で困っているようで、でも少しだけ嬉しそうでもあった。
解析はまだ始まったばかりだ。
分からないことは多い。
でも、こうして笑える日があるなら。
怖い箱を開けるまでの道も、少しは歩きやすくなるのかもしれない。
読んでいただきありがとうございます。
今回はミーちゃん回でした。
高性能AIとして解析では大活躍しているミーちゃんですが、ピーちゃんとご主人の「共有密度」には少し悔しさを感じているようです。
次回はフーちゃん回です。
軽い嘘と、無課金擬態の話になります。




